だからなに。
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Gといえば 自分ではあんまり指を入れてみることがなくて おおよその場所はなんとなくわかるのに どこにそれがあるのか、未だに自分ではよくわからない。
自分でコントロールすることができない誰かの指は そんなわたしのそんな場所を よく知っていることは多くて この人すごいなぁ って思ったことがある。 なんでそこだってわかるの?
ざらざらしてるとか、他にも何やら一般的には言われているけど 自分の指で確認してみようと思っても 届いているのかいないのか、見当外れなのか、 自分の指だからなのか、 とにかく見つけられない。 人の指だと「あ そこだ」って思うのにな。
自分で見つけられなくても別にいいんだけどね。 指を入れてみる人が見つけてくれたら、 ふたりでしていることはもっと気持ちよくできるでしょう。
自分でしっかり見つけてしまったら その弊害として いかないともったいないような気がしてくるのでは と思う。 でもあたしは「いく」っていう感覚を知らないことが大きな問題で 自覚したことは一度だけしかなくて なんだかもったいないなぁと思う。 だけど、知らないからといってそこに執着すると ますます集中できなくなりそうでそれも困るから、 気持ちいいからそれでいいのぉ、って思ってる。 カラダも心も気持ちよく。
カラダから始まって気持ちがあとからついていっちゃう、 気持ちから始まってあとからカラダもいただきます、 わたしは相変わらずなんだけどカラダはおまけぐらいに思ってて、 どんな思い方でもいいんだけど気持ちが繋がってないとやだなぁ。 そしたらカラダはおまけになっていって、 でもおまけってもれなくついてくるものだぞ って いつか言われたことはあるんだけど(笑) それでも「おまけ」 オプションというよりは、やっぱりおまけ。 オプションだったら選べるけど、おまけって選べないのも多いな。 些細な幸せ、おまけつき。
鍛えておかないといけないかもです。 わぁ。
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