まゆ日記
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2003年05月30日(金) あーあ

去年の今頃、多分書いたと思うけど。
σ( ̄▽ ̄)の住んでいる町は夏と冬しかない。春と秋があっという間に終わって昨日や一昨日は30度だもん。
連日ぴーかんのいい天気なのだ。
なのになのに、日曜日は台風が来て雨が降るらしい。お子の初めての運動会なのに。なんか応援のフレーズを家で練習したりなんかしているのに。
「忍たま乱太郎体操するの(^。^)」と言ってるのに。
マジかい^^;


2003年05月29日(木) 飲み会

どうなんだろーなー。
いいよなー。

いきなりの飲み会がここんとこ続いているまゆ旦那。いいよなー。


2003年05月28日(水) 赤いうちわ

昨日書き忘れた話。
帰ってくるなりお子が「赤いうちわ」と言い出した。
今度の日曜日、運動会なのだ。赤組の応援のためのうちわ。赤い紙を張るか塗るかして明日学校に持っていかなくてはいけないとプリントを出して説明する。だが、我が家にうちわなんてあるんだろうか。
探した探した×2…会社で残業中の事務長にも電話して聞いたところ使わないみたいなので捨てた、とのこと。
探した探した×4…ようやくやたら大きなうちわ発見。
赤い紙も絵の具もないので明日(つまり今日)、会社に来てもらっている文具屋さんに赤い紙を注文して張ろうと思った。ら、まゆ旦那帰宅するなり「赤のペンキを使おう」
赤のスプレーペンキで塗り捲り、部屋中シンナーくさくなりながら乾かして今日無事に「赤いうちわ」をもたせることができた。
お子は(^。^)嬉しそうだった。

しかし土日の天気予報、雨のようだ…


2003年05月27日(火) またーりまゆお子

今日も地震があったんだなあ…この辺は有感地震はなかったようだけど。

あまりにもまたーりとすごしてしまった朝のお子。
集合時刻でトイレでがんばってしまい、しょうがないので登校班の子供たちに先に行ってもらった。ものすごく落ち込んだ顔のお子は、あとからまゆ旦那が車に乗せて連れて行き、追いつくことになった。本当にもう…^^;


2003年05月26日(月) 年齢バレバレ

打ち合わせしつつ仕事を進め、集計しようかと思った矢先ぐらぐらっ。
このあたりでは結構珍しいくらいの大きさのゆれの地震であった。

震度4くらいかな。
災害にとんと縁のない土地柄なので、ローカルニュースでもFMでも、結構アナウンサー本人がうろたえていたりして。

中学生の頃、帰宅して制服を着替えている最中に家中がぐらぐら。当時古い借家住まいだったので母が泣き叫ぶように外に出なさいと言っていた。
茶碗や植木鉢が落ちた。いい加減な土台でつくったブロック塀が倒れて何人かの人が亡くなった。ガス・水道・電気が止まって、当時銀行員だった父が、一度帰宅してから勤務先へとんぼがえり。電気でロックされるはずの金庫が開けっ放し状態なのであと数人の若い社員と金庫の寝ずの番をしにいくとのこと。
いつもなら夕方ネオンサインや夜景が見えてくるはずなのにぼーーっと薄暗い街へ出かける父を見送るときにものすごい心細さを感じた。
水はいまのように売っていなかったしコンビニなんてのもなくて、近所の店はほとんど売り切れ。給水車が来るまでご飯は炊けなかった。それよりガスがなかったのでプロパンボンベを買ったり。
なにより兄ちゃんのとても大事にしていたハーレ・ダビッドソンのプラモデルが床に落ちて全壊…(このあと兄ちゃんはプラモデルを作れなくなるというトラウマにおちいる)。
これが宮城県沖地震だった。

そういえば今日「日本海中部地震から今日で20年目になります」と、ニュースでやっていた。
学校サボって喫茶店でお茶してたら、軽くテーブルの上の水の入ったコップとコーヒーがゆれるので何だと思ったらかかっていたラジオから震度1の微震とかいう放送があって、続報を聞いたら秋田が震源地とかいってる。
秋田には当時両親が住んでいた。青くなって電話してみると「ツーツーツー」
災害時に一時的に電話がつながりにくくなることは知らなかったのである。
で、たまたま母が秋田から私たちの家に来ていた。いつものようにひょっこりである。母も、私たちの家についてから近所の家に遊びに行ってて地震のことなんか全く知らなかった。
海辺に遠足に来た小学生だったか幼稚園児だったか…津波で大勢の子供たちが一瞬のうちに亡くなったそうである。
あとで、父曰く。家に帰るとプロパンガスのボンベが倒れていて、シューシューと本当ならガスが噴出しなにかの火が引火して大爆発するかって状態だったのに元栓のバルブはしまっていたとのこと。通りがかりの人が親切にも閉めていってくれたのかなあということだった。

今日の地震でいっきに思い出してしまったぜ。


2003年05月25日(日) 挫折

着物(もちろんポリエステル100%洗濯機洗いOK)を着てまたーりとした休日を過ごそうと思ったのに旦那の猛反対により、挫折。
借家住まいでそんなんおかしいとのこと。

しゃあねえなあ…


2003年05月24日(土) ガス湯沸かし器 購入物語

電化製品というか、その手の類のものが最近壊れる。
もんのすごく高価な電化製品は、つい購入してしまったミシン。おかげでめっぽうミシン貧乏だし。
玄関の電球は旦那が頭をぶつけて壊れた(割れたわけじゃないので大丈夫だよ)し、この一週間、ガス湯沸かし器がすぐにガスが消える。
はっきりいって危険じゃないのかなと思う。火が消えているのに水はでているっつーのは。
というわけで本日ガス湯沸かし器購入。
ミシン+ガス湯沸かし器貧乏になったまゆ家。こんどはどの電化製品が壊れるんだろう。怖いようでもあり賭けのネタになりそうでもあり…( ̄ー ̄)ニヤリッ


2003年05月22日(木) 守秘義務

一昨日から昨日まで一泊どまりで会議。

一応どんな職業でも絶対にあると思うこと。守秘義務ってやつだろうと思う。仕事上で得た情報は他に漏らしてはいけない。
だもんで仕事内容が「忙しい」だの「暇だ」のそんなふうにしか表現できないのであるが。
いまから自分が書こうとしていることは、この守秘義務ぎりぎりのことになるかもしれない。

いろんな事があるとは思う。経済的なこと、人間関係のこと、恋愛問題かもしれないし学生であれば成績のこと、抱える問題はきっといろいろな大きさでそれぞれの人が持っているのに違いない。
だけど、悩みをもつ人にはほとんどの場合家族がいる。天涯孤独な人でも仕事上の同僚、友人、恋人なんて立場の人がいるのに違いない。天涯孤独というのはその人にとっては正確な表現ではなくなる。
もし仮に急にその人がここからいなくなったら。
家族の一人一人が、そして同僚、友人、あるいは恋人がその人がいなくなった原因について泣き叫びながら追求するのに違いないと思う。挙句の果てには自分自身がその原因だったのではないかと自分を責めることになるのに違いないのだろうと思う。原因は何であれ、それを引き止めることが出来なかったのだろうかと重い十字架を背負わざるを得なくなる。
多かれ少なかれ、関係者はそうなるのに違いない。

まわりの人がいない、誰も知り合いのいない天涯孤独の人はまずいないと思う。生きていくうえでさまざまな選択肢はあるのだが、自殺だけは選ばないでいただきたい。

今日強烈にそう思った。


2003年05月18日(日) 実家天国

めいっぱい朝寝坊。実家父と自転車乗りにいったお子。実家母の手料理を温め直しさえすれば腹いっぱい食える朝飯。
これを実家天国と言わずとしてなんと言う!

帰りの車で、朝から遊びすぎたお子は爆睡してしまい、夜眠れなくてうだうだいうのが玉に瑕…^^;


2003年05月16日(金) どきどき家庭訪問

家庭訪問だったので、会社を早退する。どきどきしながらお掃除をして、お湯を沸かして。
先生が来るまでお子は家のまわりで自転車を乗る。乗ってると雨がふってきた。雨が本降りになってきて、先生(♀)到着。
順番から行くと我が家が一番最後だったので先生ももしかしてゆっくりしていってくれたかな?
お子は学校で、とてもとてもよい子でいるらしい。「とても疲れると思います」とのこと。先生誉めすぎだよ^^;だけど、σ( ̄▽ ̄)が心配しすぎだよみたいなことをかなり遠まわしに言われたのかなみたいな気がする。
だけど「先生は『ぜったいに年齢を明かさない』ということにしているんです(^-^)」と言う。その言い方がいいキャラだなあと内心思ってしまった。


2003年05月15日(木) 痛くて熱い話

銀行に行ったら、σ( ̄▽ ̄)の前を歩いていた人がいて、その人の後からぼーっとして入っていったら右ひじに自動ドアが激突。よくみたらすこしすりむいていた。
会社にもどって痛てえ×2を連発しながら、ポットのお湯を別のポットに移そうとしていたら熱湯のしずくが左手の甲にぽたぽた。
熱い×2を連発していると同僚さん曰く「ヴァカ…」

そのとおりである。しょうがないので左手の甲と右ひじに熱さまシートを一枚ずつはっつけた。


2003年05月13日(火) 危険な薄暮

夕方がいつまでもあかるくなってきた。
で、今日…ものすごいものを見てしまった。バケモノが自転車に乗ってゆっくりσ( ̄▽ ̄)の車の前に近づいてくる…
バケモノ!!!!!!(ノ゚��゚)ノと思ったら、よーく見てみるとそれは自転車の前の籠にあじさいのようなでかい花を山のように積んで、運転しているおじさんの顔がほとんど埋まった状態の自転車だった。
かなり不気味だった。よく見ると綺麗な花なんだろうが。


2003年05月12日(月) 勘弁してくれ

はあ、ため息が出るほど…なんともいえない。

なんだって10回近くも「歯を磨きなさい!」といわないとお子は歯を磨かないのだ?


2003年05月11日(日) 母の日

今日は全国的に「母の日」だった。気がついたのは夕方、スーパーに買い物に行ったときだった。
「母の日」か。母にしてくれたのは、お子だよね。お子が生まれて来てくれなかったら母にはなれなかったんだと改めて実感。
ありがとう。


2003年05月10日(土) 頭痛 自転車 ミシンがけ

朝、目覚めるとものすごい頭痛…痛みで起きれない。
お子が朝から早くに遊びに行きたいといおうが旦那が着替えて散らかった部屋を片付けろといおうが、動けなかった。旦那はお友だち薬屋さんへGO!
1時間半後…何事もなかったかのように、頭痛がひいた。なんだったんだろ。

σ( ̄▽ ̄)が頭痛と散らかった部屋と戦っている間、お子は旦那に連れられて近くの川原へ。自転車の練習である。
まもなく帰ってきて「見て!見て!」
旦那いわく「あっという間に」補助輪をとって、乗れたそうである。お子すげー。σ( ̄▽ ̄)は小学校3年生まで自転車には乗れなかったのだ。いまだに二人乗りも出来ない。
お子はあっという間にいろいろ覚えるんだろうなあと思った。

この前、思い切って購入したミシンをようやく作動させる。お子のワンピを縫うのだ。ペダル無しの電子ミシン。本当にいまどきのミシンは音が静かで、テレビの音も聞こえるんだね。快調快調。
ただ、お子の服を縫うのはまるっきり一年ぶりなのでなかなか手間取っている。少し余計な時間がかかるなあ。そのうち昔のペースに戻るさ(´∀`)


2003年05月09日(金) 通販ディ

昨日お子を寝かしつけてたら一緒に寝てしまった。髪が生乾きのまま…^^;

今日、またまたすげ寒い。
通販で注文したものが昨日今日と続けて3個到着した。重なるときは重なるものである。


2003年05月07日(水) (ノ゚��゚)ノびっくり!!

朝、誰よりも早く起きたのはお子だった。
7時15分…お子が学校に行く登校班の待ち合わせ時間は7時30分過ぎ…
みんな青くなって大騒ぎでお子の準備をした。すげーつかれた^^;


2003年05月06日(火) 最悪のGW

5月に入ってから初めて書く日記だ。
こんなことになるとは露にも思わず…1日に熱出して会社を早退したんだ。
朝、めちゃめちゃ寒くて、いつまでたっても寒くて寒くて、でも周りの人は寒くないというし、なんか震度0のような地震はあるし変だなあと思っていたら体温計は37度を越していた。家に帰ってばったり。そのまんま。
翌日から39度の連続で、寒いの何の。
世間は半そで、今日は本当にいいお天気でしたの天気予報のアナウンサーの大嘘つき野郎状態。寒い寒い。せっかく片付けたフリースの上下を引っ張り出し、ババシャツを着込んでハイソックスを重ねてはいて毛布をかけて布団をかけてそれでも寒い寒いといいながら、あっと気がつくといつもいつも4時間くらいたっている。
そんなこんなで5月2日。
お子は元気に帰ってきた。はじめて学校から徒歩で帰ってきたのだ。というのも夕方σ( ̄▽ ̄)が学童保育所に迎えにいってばかりで徒歩で学校から帰ることはさせたことがなかったのだ。かなーり(ノ゚��゚)ノびっくり!!
一緒の方向のお友達をさがして「ママがお熱で病気なの」と言って帰ってきたそうだ。で、夕方まゆ実家両親+兄が迎えに来て彼女はお姫さま状態の3日間を送ることになる。
翌3日は旦那がツーリングで一泊。結構2日からσ( ̄▽ ̄)は一人でのうのうと寝ていられた。やっぱりお子がいたり旦那がいたりすればご飯を作ったりお風呂の準備をしたりしてしまう。いなければいないでなんにもしないで寝ていられる。それが幸いしてか4日にはようやく熱もさがってきて久しぶりにお風呂をした。
5日困ったことに午後からまたも発熱。
明日から仕事なのになあ…と憂鬱になった。
なんとか6日は仕事ができたのだが、なんだかぼけぼけしている。だましだまし一日を過ごしたような気分だった。


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番目に読んでいただき多謝 いい加減なカウンタです^^;