★悠悠自適な日記☆
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今日、これまで通院していた皮膚科をやめて、3年ぶりにアレルギー内科の病院に行ってきました。アトピーによる体の痒みが日増しに悪くなってきたからです。
しかし、ここで不思議なのは、私のアトピー症状は決して酷くないということです。皮膚は少し色素沈着を起こしている程度で、前々から散々ツライと言っている頭も、少々の乾燥はあれど、過去みたいに炎症を起こして赤くなっている箇所はどこにも見当たらないのです。
それなのに痒みだけは尋常じゃない。お医者さんは言います。「心因性の可能性も考えられます」と。心因性、つまりは精神的なモノ、ストレスです。
お医者さんは私に対してとても簡単に「ストレス」と言い放ちます。私がドライアイの症状を訴えて眼科に行った時、生理痛が酷くて産婦人科に担ぎ込まれた時、これまでに通っていた皮膚科、そして今日行ったアレルギー内科…全ての病院でこの言葉を使われました。
たまたま体の調子が悪い時に、ストレスが加わる事で抵抗力が弱まったり、ホルモンバランスが崩れると体に異常が表れます。お医者さんも患者が症状を訴えている以上何もしない訳にはいかないのでホルモンバランスを整える薬だったり、痛み止めだったり、恐い恐いステロイドであったりを処方してくれます。ところが私はこれがとても恐いのです。
「ストレスが原因で症状を悪化させている場合があるので、できるだけストレスを溜めないような生活をしてください。」処方箋を書きながらお医者さんはこう言います。
「じゃぁ、ストレスってどうすれば溜まらないのよ?」私はいつもこう言ってやりたくなります。薬の飲み方は教えてくれても、ストレスについては何ひとつ教えてくれません。ストレスを解決しない限り症状は改善されないのなら、今医者がしていることは表面的な治療でしかないのだ…と私は言いたいのです。
「頑張らないで」「気楽に」「のんびりと」「ゆったり」よくこんな言葉が使われます。いかにもストレスを感じている人に効果的な言葉に聞こえます。このような生き方をすれば、誰でも元気になれそうです。
しかし、これはウソです。こんな戯言で誰もがストレスから開放される訳ありっこないのです。実際、私は「頑張らないで」「気楽に」「のんびりと」「ゆったり」を実行しました。けれど私に効果はありませんでした。私には使命感や義務感ではなく、自分の意志として「頑張りたい」気持ちがあるのに、体が「頑張らない」ことをすると、そこで衝突を起こして前にも後ろにも進めなくなるのです。前にも後ろにも進めなくなると、それこそどうしようもなくなって、ツライ。だから「頑張らないこと」は必ずしも人を癒す言葉ではないということを私は主張します。
ストレスとの関わり方は、人によって違うと思います。「頑張って!」という言葉が時に人を苦しめるように、「頑張らないで」がいつも人に優しい言葉とは限らないのです。
お医者さんはその筋の専門の人であって、カウンセラーではありませんが、これからの時代、ストレスは避けて通れない問題です。だからストレスの問題を全く無視して治療をされても、患者にとっては不安が募るばかりです。
そういう意味でも私は、今こうしてストレスと向かわざるを得ない自分の為に、そしてこれから出会って行く人の為に、ストレスとの関わり方を勉強したいと思うのです。
P.S 甲子園口にアレルギー専門のカウンセラーがいるとのことなので、今度お邪魔することになりそうです。
早朝5時、私は部屋中に新聞を敷き詰め、もう一度鏡の前の自分と向き合った。私は決意した。
短い髪に憧れていた訳ではなかった。前日まではパーマを当てたいと思っていた。しかし私は右手にハサミを握っている。まずハサミでとことん短く切って、それからバリカンで一気に刈りあげよう。当初の計画はこうだった。
私は坊主頭にするつもりだった。理由は簡単だ。今の髪の毛に我慢ができなくなったからである。
私は頭皮にアトピーがある。中学2年生の時に突然発症した。牛乳やタマゴ、動物のような外的なものには反応するのではなく、主な原因はストレスからくるものだと言われている。当時の私のストレスなんて全然覚えていない。しかし一度発症するとやっかいなのがこのアトピー性皮膚炎。現在の私の体は完全にストレスに弱い体に出来上がってしまっている。私自身がそれほどストレスを感じていないと思っていても、体がついてこない。いくら私が気合十分、やる気満々であっても、体がそれを拒んでしまう。今の私は「頑張りたい気持ち」と「頑張れない体」の戦いの渦中に存在している。
私は去年大学受験に失敗した後、体のことを考えて浪人することを両親から反対された。しかし私はどうしても自分のやりたい勉強を諦めることはできず、もう1年頑張ることを許してもらった。ところがいざ体を気遣いながら勉強をするとなると、口で言う程容易ではないことが身にしみて分かる。右手で鉛筆を動かしていても、左手は無意識のうちに頭を掻き毟っている。そこで落ちてくるフケが気になって、更に掻き毟る。勉強をしていたはずの脳はいつのまにか停止している。あまりにも気持ち悪いので髪の毛を洗う。が、乾燥してまた痒くなる。他人の目が気になる。こんな自分の体にイライラする。こうして悪循環を繰り返してしまうのだ。
アトピーのせいで私の髪はパサパサになってしまった。理想からどんどん離れていく私の髪に、私は耐えられなくなった。自分の髪にリセットをかけたい。そこで私は肩まで伸ばした髪を一度全部切り落とそうと考えたのである。
女の子が坊主頭になる―誰が禁止した訳でもないが、日本でこれを自ら実行する人は、それなりにポリシーを持っているような少数派で、私の状況とは違うように思う。私は怖いと思った。できることならやりたくないと思った。しかし、やらなければ今に自分から開放されない。
―ザク。私はおもむろに髪を掴んでハサミを入れた。しかし手に掴んでいた髪の束は一瞬のうちに、パラパラという音と共に私の頭から離れていった。ザクザクザクザク―続けて私は掴んでは切り、掴んでは切る。何も考えず、ただ無心に私はハサミを入れ続けた。
後はバリカンで刈り上げるのみというところまで切って、一度ハサミを置いた。あぁ、自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。切るまでの過程に後悔はないが、切り終えた結果は不安でならない。鏡を直視するのが怖かった。こんなにも鏡を見るのが怖いと思ったのは生まれて初めてかもしれない。
いち、にの、さん―息を呑んで下向きだった頭を前に上げる。するとどうだろう。予想ダニしなかった光景が目に飛び込んできた。なんと私の髪型が、クラスの男の子達よりも短い短い髪の毛が、自分にとてもよく合っているのである。私はしばらくの間呆然と立ちつくしてしまった。
ふと我に返り、最初の決意を思い出す。坊主頭にするのではなかったのか。こんな中途半端なところでやめてしまっていいのか。自問自答を繰り返す。けれど私はこの先の作業に入る気にはなれなかった。
坊主頭にしたら、キレイな髪のカツラを買って、とにかく人目につかないようにすることばかりを考えていた。しかし坊主頭の一歩手前のその時、私の中に芽生えたものは新たな自分に対する欲望だった。あんな服が似合うかもしれない、こんな格好をしたいかもしれない―様々な可能性が次々と頭に浮かんでくるのである。
パーマを当てたいと思っていた私が坊主頭になることを決意し、その一歩手前で新しい可能性を見つける。頭の痒みはつらいままだが、その中で私はちょっとした自分探しの方法を発見した。
最近ちょっと治まっていた病気が再発しました。アトピー性皮膚炎です。…といっても、昔と少し違っているのは、内部からの炎症ではなく、外部からの損傷により痒みを誘発している部分の方が大きいということです。
原因はストレス。ストレスで頭を掻き毟ってしまうのです。
薬は大量に処方されています。飲み薬と、ステロイドと…。しかし、今はほとんど服用していません。熱を出したり生理前で体温が上がったりするとたまに内部から炎症を起こしたりすることもありますが、もう薬による内部治療よりも、外部から受ける刺激を減らしていくことの方が重要な課題となっています。
私の今の一番の治療法は『がんばらないこと』だそうです。いくら前向きに、意欲的に、気合いを入れて頑張っていても、体がついてきてくれないのです。頑張ろうとすれば頑張ろうとするほど、体は頑張るなという拒絶サインを出してきます。
周囲は受験勉強によるストレスだと言います。だからやりたくない時は勉強しなくていいし、休みたい時は休めばいいと言ってくれます。だけど私は受験自体はストレスの原因じゃない…と、思っています。だって受験なんて皆が経験することだし、そんなことでペシャってなってしまう程私はヤワじゃないと思っています。そして何より、私は勉強することに意義を感じているし、私は勉強をしたいと思っている…。「がんばらなければならない」という強制的な意味合いではなく、「頑張りたい」という意欲です。
精神的には気合十分。やる気満々!だけど体がついてきてくれません。体を動かす機会が少ないのでなおさら。体と精神がバラバラになっていく感じ。机に座って問題集を広げていても、いつの間にか精神機能が停止していて、頭に手が伸びている。それでどっと疲れて、どっと眠る。この繰り返し。勉強しなきゃならないのに。勉強したいのに…。私はこれが一番のストレスだと思っています。
どうしようどうしよう…一昨日も昨日もあまり勉強できなかった…体の調子が精神にも追い討ちをかけてきてパニックに陥ります。ここまで追い込まれると、机に座っても勉強どころではなく、外に出て人と顔をあわせるのもおっくうになります。「もしかして自分は怠けているだけかもしれない…」頑張れない自分が恥ずかしくて、外に出られなくなるのです。
そして、いっそのこと手が一時的にでも使い物にならなくなればいいと思い、左手を床に打ちつけるという自傷行為に走りかけてしまいました。
状況が非常に緊迫したものとなってきたので、両親のススメで、勉強はやれそうな時にやる…という方針で生活をすることになりました。自分もどこかで歯止めをかけないとどんどんダメになっていってしまいそうな気がしたし、それがかえって勉強の妨げになるのはもっと嫌なので、あえてその方針を受け入れる事にしました。ぼーっとテレビ見たり、ゲームやったり、昼寝したり、気が向いたら勉強する。この1週間そんな生活です。確かにこういう生活は体にとってはラクです。だけど不安は消えません。だけど気を張って机に向かっても何もできないのだから、どうしようもないのです。
「頑張りたい」私の意欲と「がんばらない」という私の体との戦いが始まっています。
とりあえず、1日も机に座らない日がないようにすることが、今の目標です。
夏期講習、3日もサボっちゃった…あ〜あ…。
| 2003年08月06日(水) |
誰に責任を求めるのか |
今日は8月6日。広島では平和記念式典が行われました。
そして、この日を前にして、残念な事件も起こりました。関学生による、折鶴放火事件。私のクラスでも多くの学生が志している人気大学なだけに、とても残念な事件でした。
新聞を読んでいて少し疑問に思いました。大学はそれはそれは謙虚な態度で謝罪をしていましたが、そもそも大学が謝罪しなければならないことなのでしょうか?
中学生や高校生、最近では小学生も軽視することができませんが、彼らが事件を起こすと、学校での教育に問題があったのではないかと指摘されたり、未成年ということもあったりで学校側が謝罪をするというのは残念かな見慣れた光景ですが、大学でもその謝罪が必要なのでしょうか?大学生といえば自主性を認められた学生なのであって、中学生や高校生という子供の部類より、大人として扱われる側にいると思うのです。
例えば企業の1社会人が事件を起こしても企業は当然謝罪しないワケで、だから大学が謝罪をするのも少しおかしい気がしました。誰に責任を求めるのか?それは大学ではない筈です。
関学に通っている友達は、関学に悪いイメージを持たないで欲しいと言っていました。別に私は関学に対して悪いイメージを持ったとか、そういうのではありません。むしろ事件の内容や犯人のことよりも、やたら関学!関学!と大学名ばかりを強調するメディアに不満を覚えました。
それだけ関学が優秀なブランド校だということの表れなのかもしれませんが。
某大学の心理学体験に参加しました。気合いたっぷりで、一番前の教授の目の前の席を陣取りました。内容はエコグラムによる性格診断。50個の質問に答えて出来上がったグラフを元に診断します。
教授が「誰か診断の見本になってくれる人」と言われた時はモチロン元気良く「ハイ!」だって実際に精神科という現場で働いている人にタダで診断してもらえるんです。これはやってもらわない訳にはいきません。それに、こうやって1番に誰かやれば他の人も後に続きやすい。ね?私は現場の盛り上げ方を心得てるワ(爆)おかげで私の腹黒い結果が明るみになりましたが。
エコグラムは主に �。達弌僻稟重�な親の自我状態。父親的考状態) �■裡弌瞥椣蘚�な親の自我状態。母親的状態) ��A(合理的、客観的自我状態。コンピューター的状態) �ぃ藤叩兵�由奔放な子供の自我状態。わがままな子供の状態) �ィ腺叩塀膠�した子供の自我状態。イイ子ぶった子供の状態)
この5つで診断されるそうです。つまり、人間には5つの側面が存在していて、それぞれのバランスがどうなっているのかによってその人の普段の行動の仕方や対人交流のあり方を把握することができます。�´△録討�ら受け継いだ性質、���い�感情的な性質だそうです。
私の場合、CP(19)、NP(14)A(14)FC(20…満点)AC(15)という結果となり、�ぃ藤叩兵�由奔放な子供の自我状態)が高い典型的な芸術家タイプだそうです。しかし、�。達弌僻稟重�な親の自我状態)も高く、秩序やルールに堅実でなければならないという考えが強いので双方がお互いを縛りあう状態なのだそうです。しかも��A(合理的、客観的自我状態)と�■裡个�他と比べて低いので冷静さに欠け、母性が弱いので自分に優しくするのが下手なタイプなので、葛藤、自己嫌悪苦悩を繰り返しながら生きていく苦悩の芸術家タイプなのだそうです。ドナルドダックタイプなのだそうですが、ドナルドダックって誰のことだかわかりません。(ディズニーじゃないよね。さすがに)
芸術家かどうかは知りませんが、でも大体当たっているのでビックリしました。教授のアドバイスによると、A(合理的、客観的自我状態)すなわち冷静さ、論理性を向上させるとバランスの取れた人間になるのだそうです。ふぅ〜ん…。
他に親子で結果を見てもらっている人がいて、教授には「親子の関係がこのグラフにありありと表れていますね。」と言われていました。母親の方が強く前進していけるタイプで娘さんの方が1歩下がったバランスの良い親子なのだそうです。私の母の結果も見て欲しいと思いました。
私が学びたいのはこれらと少しズレているのですが、何にせよ、心理学っておもしろい!各分野の専門書も展示されていて、私の目はキラキラ☆もっとじっくり読みたかったです。
この大学に行きたいな〜。
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