2004年12月09日(木) |
心理学的考察 |
私は自分の造形が嫌いである。 顔も体も、何もかもが嫌いだ。 自分のチャームポイントは何かと聞かれても、「髪かな?強いて言えば」と、こんな感じだ。 チャームポイントが体から不必要になればなるほど、その人は自分を大事にしていない。 逆に、「好きな人の体の一部になれるとしたら、どこがいい?」と聞かれた場合、心臓や脳やらと答えるのはその人を支配したいことの現れだという。それだけ「好き」という意味だ。 ちなみにこの問の答えも、私は「髪、かな?」と答えている。 その人にどう思われていてもかまわないし、自分もそう考えている。つまり「好きではないが、嫌いではない」という感じ。 今は、どうかというと…やっぱり「髪」と答えるだろうな。これには深い事情があって。おほほほ とにかく、私は自分のすべてが嫌いだ。 性格、声、行動、何もかも否定したい。 親から「ブス」とか「デブ」とか言われて育っていれば、そうもなるか。 「デブ、眼鏡、その上ニキビ面。まさにブスの三大要素がMILETにはつまってるわね」 と言って、大笑いする母親に、青春(恥ずかしい言葉)時代は真っ暗にされていたし。 ま、実際デブじゃなかったし、眼鏡は仕方なかったけれど、ニキビは親も漢方薬やら、なにやら得体の知れないものの入った風呂やらに入れてくれてはいたが。 自分が一番わかっていることを、改めて近親者には言われたくない。 小さい頃から、可愛いと言われたことが一度もない私は、可愛いと言ってくれたダーリンと結婚した。安易だったかもしれないけれど、正解だったからノープロブレム。 うちでは可愛いとか綺麗とかは私への形容詞で使われることは、ほとんど無かった。 幼少期はそれが顕著で、兄に対して大人たちは「美少年」だの「綺麗ねー」だの「かわいいわ」だの言ってちやほやしていた。私はその陰で、三白眼でそんな大人たちを眺めていた。 私に気がついた大人は、「女の子はお父さんに似ると幸せになるって言うし」とかなんとか言っていた。つまり、私は「不細工」だと、言いたかったんだろ?え?おばさんよ。(不良幼女) まぁ、実際兄は人目を引く容姿だし。今もイケメンの部類に入っていると思う。 しゃべらなければ、だけど。しゃべると下ネタばんばんとばす、ただのおやぢに… その上、巨人びいきだし。 でもって、サッカーフリークだし。今のお気に入りはマンチェスターらしい。その話をするために、わざわざうちに電話してきて、1時間もサッカーの話をべらべらしゃべる。用もないのに電話してくるなっての。 最初、病床の妹を見舞うために電話しているのに、いつの間にかサッカーの話になってるのはなぜなんだ、兄。 なんだか、どんどん表題とずれてきてしまった。 ま、いっか。(おい) こんな私でも、好意を寄せてくれる友人やダーリンがいるのは、幸せなことである、ってことで。
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