部長motoいっぺい
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2004年02月29日(日) ヒーターのリファンド(3回目)

去年の日記にも書いたように、去年は2台のヒーターが次々と壊れ、今年使っていたのは3台目のもの。

今年は10月にヒーターを買いなおし(昨年の2台目と同タイプ)、先週まで使っていたのだが、今年も春を目前にして見事に壊れてくれた。自分で修理が出来るかもしれないと、ヒーターを分解してみたのだが、温風を送るファンの部分が、熱により変形しており、この部品を交換しない限り再生は不可能。

というわけで、三たび購入先であるホーム・デポへ。

ヒーターに、それを購入したときのレシートをつけて持って行き、店員に壊れている状況を説明すると、珍しく店員が困った顔をしている。話を聞くと、交換・返金については、購入から90日以内が原則らしい。僕の場合、4ヶ月を超えていたので、ルールからすると返金は受け付けられないと言う。また、同じヒーターの在庫は無く、無償交換もできないらしい。

そこで、カスタマーサービスの店員は、担当マネージャーを呼び、取り扱いについて相談した。

マネージャーは、熱でファンが歪んでいること、これが2回目の故障であるという説明を聞き、購入価格の全額を払い戻すことに同意した。

ビバ!ホームデポ!


2004年02月28日(土) 殺人事件?

木曜日早朝のこと、わが家から程近いコミュニティーカレッジ入り口のガソリンスタンドの裏手に変死体があるのを、ガソリンスタンドの従業員が発見した。こんなに近くで事件が起こるのは初めてだったので、かなり驚いた。

特に嫁にとっては、カレッジへの通学の時に、毎回歩いて通る道であり、怖さ3倍増といったところらしい。

その後、嫁は研修生のYくんの奥さんにその話をして、お互い「怖いね〜」と言っていたらしいのだが、その後のニュースによると、どうやら外傷などはなく、「殺人事件」の疑いは薄いらしい。

じゃあ、早朝午前3時に変死体として発見される状況とは、一体何なんだ?となるが、現時点でこれ以上の情報は得られなかった。

なんにしても、事件性がないと良いのだが。


2004年02月26日(木) 理想の結婚相手

昨日、一昨日と、結婚ネタが続いたので、今日も引き続き結婚ネタ。

数日前、女優の水野真紀さんが、若手国会議員の後藤田氏と結婚するとのニュースを目にした。後藤田といえば、僕らの世代には「後藤田正晴官房長官」というフレーズとして、記憶に残っている名前である。ちなみに幹事長と言えば、二階堂幹事長。

話題を戻して、水野真紀。

一部には、「屁が臭そう」という意見もあるようだが(笑)、僕の理想の結婚相手は、何と言っても水野真紀さんだ。

彼女の結婚のニュースを見て、

「やっぱり、水野真紀と結婚するためには、国会議員にでもならないとダメか〜」
と、ぼやいたところ、

「『きれいなお姉さん』でなくて、悪かったわね!」
と嫁。。。

いや、その〜、そういうつもりでは。。。(汗)


2004年02月25日(水) 後輩と友人の結婚

昨日の夕方、同期社員のメーリングリストから、衝撃のメールが届いた。

それは、同期のAさん(女性)からのメールであり、突然の「入籍しました」宣言だった。同期のAさんと僕は、同期の中でもかなり仲の良い友人で(少なくとも、僕のほうはそう思っている(笑))、僕の結婚前には、僕とAさんがつき合っていると、勝手に思い込んでいる連中もいたぐらいだ。

今となっては笑い話だが(嫁にとっては、笑い話ではないかもしれないが)、結婚前に彼女(今の嫁)からの電話を寝ぼけて取った僕は、てっきりAさんからの電話だと思い、「あ〜Aさん?」と出てしまったことがある。その時、彼女と僕は遠距離恋愛中だったので、彼女は「終わった・・・」と一瞬思ったらしい(笑)

そんなAさんの突然の入籍宣言だったので、もちろん驚いたのだが、何が驚いたって、相手が僕の後輩のKだったことだ。

僕同様、日本全国にちらばっている同期も、相当驚いたようで、昨日から今日にかけてのメーリングリストは、その話題で持ちきりだった。

Kは来月から2年間の海外研修をロサンゼルスで送るのだが、Aさんが会社を退職して帯同するのかなど、一切は不明のまま。まあ、このタイミングで入籍するのだから、来月からとは言わないまでも、そう遠くない時期にロサンゼルスに来るのだろう。

新婚早々の海外生活となり、何かと大変なこともあるかもしれないが、まあロサンゼルスは比較的日本の環境に近いらしいので、二人で力を合わせて楽しい新婚生活を送って欲しいと思う。


2004年02月24日(火) 同性間の結婚について

日本でどの程度大きなニュースになっているか分からないが、ここのところアメリカでは、サンフランシスコ市が同性愛者の結婚を認めたとのニュースでもちきりである。サンフランシスコ市には、結婚証明書の発行を求める同性愛者が殺到しているらしい。

結婚証明書の発行は国や州ではなく、市の単位で発行するため、そこの市長が証明書を発行すると言えば、発行することができるらしい。

サンフランシスコ市長いわく、時代を先取りしているだけだとし、「20年後には、『なんで20年前には、あんなに大きなニュースになったんだろう』と言われるようになる」と言っているらしいが、実際のところどうなのだろう。

確かに「性別を問わず、愛するものどうしに結婚する自由がある」と言えなくも無いのだろうが、制度には必ず何らかの枠組みがあるものだ。例えば、同姓どうしの結婚が許されるのであれば、一夫多妻制や、極端な話、ペットとの結婚なども許されるべき、とするグループが出てきても不思議ではない。

そういった意味において、倫理的にどうとか、権利的にどうとか言う前に、子孫を残さねば絶滅するという生物として、結婚という制度に、「異性間に限る」という枠組みを付与するというのは、ごく自然なことに思えるのだが。

同性愛者は、単にその枠組みから外れるというだけで、そのこと自体は「差別」という言葉で表されるべきことではないと思う。

ただし、夫婦にのみ付与される税金の控除や、その他財産などに関する制度については、もしかしたら改善の余地があるのかもしれないが。


2004年02月23日(月) 2つの身分証明書

ただ今、駐在日誌2周年記念、「駐在日誌クイズ大会」を実施中。締め切りは水曜日。ふるってご応募を!

この日記を書いている、月曜午後9時半(米国太平洋時間)現在、応募者1名!
↑締め切りを、あと一年ぐらい延ばそうかなぁ〜(笑)




先週の金曜日に、新6ヶ月研修生となるTくんが赴任。
あいにく、僕は先週の木曜日と金曜日の両日、ミーティングのサポートで外出だったため、引越し作業は駐在3号にお願いする。

月曜日の今日は、銀行口座の開設など、身の回りの生活一般などに関する手続きごとを、僕がサポートした。

昨今は、銀行口座を開設するのにも、マネーロンダリング防止の観点から、写真入り身分証明書が二つ以上必要だ。パスポートと国際運転免許証を持っていったのだが、銀行の窓口の人いわく、国際運転免許証はIDとして認められないという。

国際運転免許証がダメだったので、�.僖好檗璽函↓▲僖好檗璽箸謀修衂佞韻蕕譴討い襯咼供△瞭鵑弔任匹Δ世反劼佑燭里世�、やや渋い顔。渋い顔の彼女は、「○○社のIDカードなら良いんだけど・・・」と、独り言。

○○社とは、僕の駐在室が入っている大手現地企業であり、Tくんも遠からずIDカードを入手する。しかし、残念ながら、今日の段階では持っていなかった。

そこで僕が、「○○社のIDカードでいいなら、○○社と取引のある◎◎社(わが社)のIDカードでどう?」と、ダメモトで聞いてみたところ、以外にも彼女はOKを出してくれた。。。

なんで、日本国が発行する国際運転免許証がダメで、私企業のIDカードが認められるのか、全く理解に苦しむところだが、まあ、口座が開けたのでヨシとしよう。


2004年02月22日(日) サーフ&スノー

ただ今、駐在日誌2周年記念、「駐在日誌クイズ大会」を実施中。ふるってご応募を!

この日記を書いている、日曜午後9時(米国太平洋時間)現在、応募者1名(爆)
↑これって、設問が難しすぎたせいですよね、きっと(涙)
応募者の方、本当にありがとうございます!




昔の松任谷由美の曲で、サーフ&スノーという曲があったが、この週末はさしずめ「ゴルフ&スノー」という感じだった。

この季節にしては珍しく、ここ数日晴天が続いたため、土曜日は、またもや駐在3号とその知り合い達と一緒に、ゴルフにいった。ゴルフ場では、息子の同級生のお父さんであるSさんと偶然にお会いしたため、軽く挨拶を交わす。

ゴルフのスコアの方はというと、久々の3桁スコア。。。
まだまだ修行が足りないようだ。

日曜日は、朝から子供達とスキー場に行く。先々週まで通っていたスキースクールが主催するレースイベントがあったため、子供達をそれに参加させた。

ここでもSさん家族と顔をあわせる。「土曜日がゴルフで、日曜日がスキーなんて、日本の会社の人に知れたら、怒られちゃいますよね〜」と言ったら、Sさんも笑っていた。

レースの方はというと、赤・青と交互に立てられたポールの外側を通り、ゴールまでのタイムを競うもの。娘と一緒にリフトに乗り、練習をしている人を見せて、「ああやって滑るんだよ」と説明をする。子供達にも一度練習させようとスタートのところまで行ったところ、ちょうど練習時間が終了した所で、いきなり娘の出番となってしまった。

僕は急いで下にすべり、娘が滑ってくるのをビデオに撮影した。が・・・、滑ってきた娘は、赤・青の旗門を完全に無視して滑ってくる。。。

滑り終わった娘に、「ちゃんと、ポールの外を滑らないとダメじゃないか!」と声をかけたところ、「あ。。。」と言い、周囲の笑いを誘う。

続いて息子の出番。
この段階で、既にいやな予感がしていたのだが、やはりその予感は的中。

妹と全く同じコースを滑ってきやがった(怒)!


まったくウチの兄妹たちときたら・・・(呆)


2004年02月20日(金) 読者参加特別企画/日記2周年記念

昨日を持って「駐在日誌」が、丸2周年を迎えました。

私のこれまでの人生の中で最も長く続いた日記は、一ヶ月程度(いつかの夏休み)でしたので、それを大幅に超える「長寿」記録となっております。ウェブ日記作家さんがよく言われることで、「誰かが読んでくれているウェブ日記だからこそ続けられる」というものがありますが、まさにその通りだと思います。

当面の目標は、日本完全帰国までとなっておりますので、もうしばらくの間、お引き立て頂きますよう、よろしくお願いいたします。




本日の日記は2周年記念ということで、清水の舞台から飛び降りるつもりで(←大袈裟)、読者参加企画と致します。

以下は、「駐在日誌」に関するクイズです。本企画にご参加頂ける方は、chuzai2go@hotmail.com宛て、または日記の下に"MAIL"と表示されている部分をクリックし、フォームメール経由で、回答をお寄せください。なお、掲示板への回答の書き込みはご遠慮ください。
※フォームメールの場合、送信者のメールアドレスはこちらに通知されません(メールアドレス記入欄には、ダミーアドレスを記入されても結構です)

回答締め切りは2月25日水曜日(日本時間)とし、高得点の方には、僕から粗品をお送り致します。

この手の企画に対する参加者が「極小数」だった場合、企画側としては非常に凹みますので、助けると思ってご回答ください(笑)

では、参ります。


【問1】駐在2号。(以下、僕)の会社は、どのような業種でしょうか?
    (ズバリ会社名が分かる方は、会社名をお書きください)

【問2】僕がアメリカで在住しているのは、何州何市でしょうか?

【問3】僕は日本の持ち家は、何県何市にあるでしょうか?

【問4】僕のTOEICの最高スコアは、何点でしょうか?

【問5】僕のゴルフのベストスコアは、いくつでしょうか?

【問6】僕の車は、現在約何マイル走っているでしょうか?

【問7】僕がアメリカで観に行った映画を、全て書いてください。

【問8】僕は嫁のことを、何のチャンピオンと呼んでいるでしょうか?

【問9】息子は、渡米から何日たったら日本に帰ることが出来ると信じているでしょうか?

【問10】母の日に、娘がお母さんに「ありがとう」と言うのは、何故だと先生に答えたでしょうか?



皆様の、あたたか〜いご支援を、心よりお待ちしてます♪


2004年02月19日(木) 世界同時多発性ウィルス

先週の土曜日(日本時間で日曜日)のこと。今年初のゴルフをしたことは日記に書いたが、その前に「重大な事件」が発生していたことを、告白せねばならない。

当日の朝、僕は銀行に立ち寄り、ATMに小切手を預け入れ、手持ちの現金が少なかったので、200ドルを引き落としてから、ゴルフ場に向かった。ゴルフ場について、フロントでプレー代を払おうと思ったとき、僕は驚愕の事実に気がついた。それは、

キャッシュカードが財布にない!

どうやら、ゴルフ場に行く前に使ったATMに、カードを置き忘れたらしい。
以前に嫁がやったことはあるが、僕がカードをATMに置き忘れたのは、これが初めて。

ATMに残されたカードは、一定の時間がたつとATM機に引き込まれるということは、以前の嫁の経験から知っていたのだが、念のためにカードの不正使用を防止するため、銀行に電話をかけた。

ここで、久しぶりにアメリカ名物の「電話のたらいまわし攻撃(笑)」に遭いながらも、15分ほどの悪戦苦闘の末に、何とか所期の目的を達成し、安心してゴルフを楽しむことが出来た。


さて、ここまで読んだ皆さんの中で、僕のこの失敗が、この方やこの方、またはこの方(皆さん女性ですが)と、世界同時発生的に感染したウィルスによる、「サザエさん現象」であると、同意していただける方が、どのくらいいらっしゃるでしょうか(笑)



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2004年02月18日(水) Mid-Winter Breakスキー旅行(後編)

スキー場は峠にあり、宿泊するホテルは峠から約40分の所にあったため、ホテルへは雪の下り道。慎重に運転をする。

ホテルについて部屋に入ると、期待していたほど大きくはないが、暖炉や応接セット(机上にはサービスのワインボトル&グラス2つ)、それにジャグジーつきのバスルームがあり、子供たちは大喜び。

その後、所用があってフロントに行く途中、ホットスパとプールがあったため、部屋に戻ってから子供たちと行くことにした。あらかじめホットスパはあると思っていたので、水着は用意しておいたのだが、プールまでやっているとは思わなかった。ちなみにプールは、屋外プールの外側にビニールハウスをかぶせて、「室内」温水プールとしていた。

夜はホテルのレストランでお食事。購入したホテルの宿泊券に、50ドル分のお食事券が含まれていたので、4人でたらふく飲み食いしても、チップ込みで32ドルの支払いで済んだ。

翌朝、午前9時頃にやおら起き出して、朝食バフェ(無料)へと並ぶ。今まで行ったホテルの朝食の中で、このホテルのものが一番充実しており、おいしく頂く。

朝食後もゆっくりと支度をして、午前10時半頃にチェックアウト。前日の夕食代の差額である32ドルを部屋に付けていたので、支払いをしようとすると、「夕食代は宿泊券に含まれているので、支払いは不要」という。夕食の支払いは合計82ドルで、50ドル引いた分が32ドルなのだが、どうやらフロントが勘違いしているようだった。

「ラッキー!」と心の中で思い、その場を立ち去ろうとしたところ、嫁が「今、夕食代が含まれているから、支払わなくていいって言ったよね」と言う。そう、以前の彼女であれば、絶対に聞き取ることができない会話だったのだが、今や彼女も相当なスピードの英語のヒアリングができることを失念していた。

嫁のとがめる様なまなざしに負け(笑)、再びカウンターに戻り、「やっぱり32ドルは支払わなければならないと思うんだけど・・・」と、正直に申告する。まあ、気持ちよく宿泊でき、ズルをせずに支払いをしたので、ある意味すがすがしい気分(笑)

帰りはホテル近くの「ドイツ村」を散策し、帰途に着く。途中、昨日のスキー場に、おみやげを購入するために立ち寄ったところ、昨日よりも天候が良く、一瞬悔やむ。が、程なくして風が強まり、昨日よりもかなり体感温度が低いことに気がつき、「やはり昨日で良かった!」と、ほっと胸をなでおろす。

帰りにラーメン屋で遅い昼食をとり(スキーと言えばラーメン!)、帰宅は午後4時頃。


2004年02月17日(火) Mid-Winter Breakスキー旅行(前編)

今週はMid-Winter Breakで、学校はお休み。
というわけで、月・火と有給休暇をとって、家族でスキー旅行へ行く。

昨年末のサイレント・オークションで購入した、スイートルーム宿泊券を使って、スキー場近くのホテルに泊まる。

一泊だけの予定だったので、日曜日のみの宿泊としたいところだったが(土曜日は日本語補習学校があるため、出発不可)、日曜日は単日での宿泊が認められておらず、やむなく月曜日の宿泊となった。

スキー場までの所要は約1時間半を見込んでおり、12時からの午後券を使うことを考えて、自宅の出発は午前10時とした。現地に近づくにつれ、どんどん天候が悪くなってきたため、「あまり天気が悪いようであれば、今日のスキーはパスして、明日にしよう」と嫁と相談する。

スキー場につくと、やはり雪は降っていたものの、風が弱かったこともあり体感温度はそれほど低く感じなかったので、スキーをすることにする。

まずはスキー場のカフェテリアで腹ごしらえをし、その間に僕がリフト券を買いに行く。リフト券はいわゆるリフト券売り場ではなく、カフェテリア近くのコーヒースタンドでも売っていたので、そこで購入する。あらかじめウェブサイトで、午後券の存在は知っており、かつ6歳以下の子供は格安であることを知っていたため、店員に「午後券を、大人2枚、8歳1枚と、6歳1枚」とお願いする。

すると店員いわく「6歳はユース扱いなので、8歳と同額です」と言われる。「あれっ?」と思い、聞きなおしたところ、やはりそうだという。ここで議論をしても勝ち目がないのは経験上分かっていたので、言われたとおりにチケットを買い、コーヒースタンドを離れる。


(この間2分間の長考)


が、やっぱり悔しかったので(笑)、もう一度コーヒースタンドに戻り、「6歳が8歳と同じ料金というのは、確かですか?」と聞き直した。店員は、「画面上に『Under 6(6歳未満)はKids』となっている」と僕に説明したが、僕も負けずにスキースクールのパンフレットを持ち出し、「Kidsは3歳から6歳、Youthは7歳から12歳となっている」と言い返し、再確認を求めた。

そこに、たまたまスキー場の係員が通りかかったため、コーヒースタンドの店員が係員に確認したところ、やはり僕の理解が正しいという。

というわけで、約30ドルを取り返すことに成功!

その後家族で雪の中のスキー(僕はスノボ)を楽しみ、夕方にホテルへと向かう。


2004年02月15日(日) Kさんがお亡くなりになった

いつもの日曜日の夜のように、月曜日になった東京からのEメールを確認していたところ、東京にいたころに所属していた部署のKさんがお亡くなりになったというメールが届いていた。

Kさんは、享年59歳。定年退職を目前に控えたご逝去だった。

僕がKさんを初めて知ったのは、今から約9年前の入社5年目のこと。現業部門からデスクワークを行う部門に僕が異動したときの、部の庶務担当であった。

Kさんは、いわゆる女性一般職ではあるが、入社以来ずっと庶務系の仕事をてきぱきとこなされ、今の取締役クラスのエライさんも、若い頃にお世話にならなかった人・怒られなかった人はいないであろうという程の有名人だった。

僕が東京にいた頃には、Kさんは何かと僕に声をかけてくださり、アメリカ駐在が決まったときも「希望がかなって良かったわね」と声をかけてくれた思い出がある。また、2年前に出張で帰国したときも、たまたま部の歓送迎会だったこともあり、一緒にお酒を飲みながら、アメリカでの生活について話を聞いてくれたりした。

数年前に手術(乳がんだったと思う)をしたとは聞いていたが、こんなに悪いとは知らなかった。先日の東京出張の際に、ご挨拶ができなかったなと、帰ってきてから気がついたのだが、今思うと入院中だったのだろう。

Kさんのご冥福を、心からお祈りします。


2004年02月14日(土) 本年1回目のゴルフ

土曜日は、2004年初めてのゴルフ。

昨日までの数日間は、めずらしく晴天がつづいており、駐在3号と研修生のNくんとラウンドしようという話になっていた。

しかし昨夜遅くから雨が降り、土曜日もいつ降り出してもおかしくないような空模様。3号から「どうしましょう?」という相談の電話があったので、僕は「3号とNくんの判断に任せる」と言い、一旦電話を切った。

数分後、再び3号から電話があり、「Nくんは、今日は見送ろうかと言ってます」という。僕は年明け初のゴルフということもあり、結構やる気だったので、少々残念ではあったが、「乗り気でない人を無理やり連れて行くのも悪いな」と思い、中止の決定とした。

その30分後。

3号から、再度電話連絡。

「Nくんの気が変わったそうです(笑)。まだ予定開いてますか?」
と。

Nくんいわく、「最初の電話を受けたときは寝起きで、外も見ずに判断してしまったが、外を見ると日が差していたため、がぜんやる気が起きた」ということらしい。

もともとやる気があった僕は、即座に了承。ゴルフ場へと向かう。

ここのところ、駐在3号は僕に2連敗していたため、「今日は2号。さんには負けませんよ」と、闘争心むき出し(笑)

もともとゴルフは3号の方がはるかに上手なので、なにも「素人」相手にムキになることもないだろうと笑いながら話していたのだが、3号の闘争心の成果か、前半修了の時点で6打もの大差をつけられてしまった。

が、ここからが生まれ変わった駐在2号。の腕の見せ所。

後半に入り俄然調子を上げ、今日のメンバーの中では唯一のバーディーを奪う。反対に駐在3号は、力が入りすぎたのか、後半はメタメタ。

結局6打差を挽回し、トータルでは引き分けとなった。というわけで、3戦連続「負けなし」。


2004年02月13日(金) ステレオタイプに基づくグループ分け

昨日の日記で、日本語補習学校の父母について、「バックグラウンドが大きく異なる・・・」と書いたのだが、具体的にどういうグループに大別できるかについて考えてみた。

まず大別できるのは、

A)将来日本に帰国する予定がある。
B)将来的にも米国に住み続ける。

Aに属する人の多くは、僕たちのような日系企業の駐在家族であり、子供の教育については、「帰国した時に子供たちが困らないように」という考え方をもつ人が多い。

Bに属する人たちの、日本語補習学校に対するニーズは、人により大きく異なるのだが、「日本と同等レベルの教育」を求める人と、「日本語は覚えて欲しいが、帰国を前提とした子供たちのレベルまでは求めない」という考え方に大別できるであろう。

PTAなどの場で困るのは、人によって学校に対するニーズが全く違うことを考えずに、自分が学校に対して持つニーズのみが「正しい」ニーズであるような発言をする人がいる場合だ。

また、各グループに対するステレオタイプな偏見を持つ人も困りものだ。

よくあるステレオタイプな偏見としては、

Aグループに対しては、「日本人で固まる。アメリカ人と交流がない。」
Bグループに対しては、「妙にアメリカ人化している。ズケズケと物を言う。」

というものがある。

Bグループについては、両親とも日本人か、それとも片親だけが日本人かに細分され、更には片親がアメリカ人の場合、米軍関係者か否かなんていうグループ分けもあり、それぞれのグループに対する偏見もあるようだ。

まあ、「傾向」や「確率論」としてグループ化をすることは否定しないが、結局は「人によって考え方が異なる」というところを考えないと、まっとうな議論にはならないと思うのだが。


2004年02月12日(木) 駐在1号ピンチ!の巻

日本国外でも、ある程度の大きさの都市であれば、日本人(日系人)コミュニティーが存在する。コミュニティーの核となるのは、商工会であったり、親睦団体であったりするわけだが、当地にもご多分に漏れず商工会が存在する。

ウチの駐在室は若干3名程度の小規模事務所、かつ日系企業との業務上の取引きが頻繁にあるわけではないので、商工会に属する必然性はないのだが、日本語補習学校の運営母体が当地の商工会となっているため、おつきあいとして商工会のメンバーとなっている。
(商工会メンバーの子女は、若干ではあるが授業料の割引が適用される)


先日、駐在1号のところに、商工会の役員さんから電話がかかってきた。その内容はというと・・・

「次期商工会の役員をやってもらえませんか?」

駐在1号に依頼があったその役職とは、なんと

PTA会長!

もちろんPTA会長は、PTA会における互選により選出される役職なのだが、例年自発的な立候補者がいないため、商工会の役員が事前調整をしているのだそうだ。


↑言い得て妙な、エンピツ投票ボタン

僕も2回ほどPTA会に出席したことがあるが、考え方やバックグラウンドが大きく異なる父母の意見を集約するのがとても難しく、最終的には会議の収拾がつかなくなる(各々の意見が、それぞれ尤もらしいというのも、混乱を招く一因)・・・という経験をしているため、嫁の言葉が良く理解できる。

幸いなことに、現PTA会長のKさんは、駐在1号が日本にいる時から仕事上のお付き合いがある方だったので、駐在1号は早速Kさんに電話をして、PTA会長がどのくらい大変な仕事なのかを聞いてみた。すると、

「駐在1号さんじゃなかったら、『大したことないですよ〜♪』って騙すとこですが(笑)、実のところ結構大変ですよ」
と「アドバイス」を受けたそうだ。

「在任中に何らかの役員をやらないといけないとは思うんだけど、今回はちょっとパス・・・」
と、駐在1号。

ホント、それが正解だと思いますよ>駐在1号さん



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2004年02月11日(水) げきのやくを聞きにいった。

ネタの無い日は、息子の日記をコピペ(笑)




先週の金曜日ジェームスって言うげきで、一ばんえらい人のところへいきました。

かれにボクがなんのやくをするのか聞きにいったら、ジェームスが、
「キミタチハ、カタツムリ ニ ナルンダヨ。」
と言いました。

せきでなやんで、
「また赤ちゃんみたいなやくか〜。」
と、ボクが言ったとき、ボクのげんちこうのようちえんの先生が来て、

「アラ!。○○○ジャナイノ?。コンナトコロニイルナンテシラナカッタワ。」
と、先生がいったとき、ボクは、

「う、うん。まあね。でもかたつむりだからすこし はずかしいな。」
と、ボクが言いました。

「ジャーワタシノムスコガ ナンノゲキヲスルカキイテクルカラ。バイバイ。」
と、先生が言いました。

「バイバイ。」
と、ボクがいって帰りました。


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2004年02月10日(火) アパート探し

現在2月11日午前9時。
平日の朝であるが、家から更新。というのは、今日は会社と反対方向にあるホテルで、午前10時半から会議があるため、午前10時くらいまでは家にいられるからだ。

来週の金曜日に、6ヶ月研修生のT君が赴任することが、急遽数日前に決まった。T君が今月中に赴任することは知っていたのだが、VISAが思いのほか早く出てしまったため、赴任日が僕の予想よりも早くなった。

研修生が赴任するとなると、彼が住むアパートを探さなければならない。もちろん、これまでの研修生が住んでいたアパート(前任が帰ったときに解約済み)でも良いのだが、建物が旧くなってきたため新しいアパートを探すことにした。

インターネットを使って検索したり、会社の周りでアパートの多そうな通りを車で流したり、アシスタントAを使って口コミ情報を集めたり・・・と、可能な範囲でアパートを探し、結局はAが聞いてきた会社近くのアパートと契約することにした。

とりあえずは、これで一安心だが、この後は荷物の搬入に加え、電話の敷設、電気・ガス会社などとの契約が残っている。


夜は出張者と韓国焼肉レストランでお食事。
狂牛病の本拠地となってしまった米国で、焼肉を食べるというのもなかなかブレイブな話ではあるが、「神経が通っているであろう、骨の部分は避けよう」ということで、骨付き肉のみを禁忌とする(笑)


2004年02月09日(月) 危機一髪?

いつものように、地元新聞のウェブサイトで、ローカルニュースをチェックしていたところ、

Propane Tank Fire Forces Evacuation Of Ski Areas
(プロパンガスタンクの火災により、スキー場から客が避難)

という記事が目にとまった。
よく読むと、僕たちが昨日訪れたスキー場で発生した火災のようだ。記事によると、幸いけが人などは出なかったらしい。

火事が起きたのは、午後4時頃。僕たちがスキー場を後にしたのは、午後2時頃だから、その約2時間後に火災が発生したらしい。

そういえば、スキー場を後にするときに、「ちょっとガス臭いな」とは思ったのだが、それほど強いガス臭ではなかったので、気にも留めなかった。

ひとつ間違えば、火災ではなく爆発になる可能性もあったかと思うと、ちょっと怖くなった。


2004年02月08日(日) ぶっちぎられる。

今日は、6週間続いた子供たちのスキーレッスン最終日。

先週の、僕の出張中のスキーレッスンは、天候にも恵まれて無事嫁が送り迎えをすることが出来たため、結局一回も休むことなく最終日を迎えた。

レッスンを終わって子供たちは修了証をもらい、昼食を食べた後に、僕と息子が再びゲレンデに戻る。娘は嫁とともに、レストハウスでお留守番。

息子がレッスンのときに行ったという、頂上付近まで行きたいというので、少々急坂ではあるがそこへ向かう。やはり、急坂になると息子のペースはゆっくりになり、スノボではあるが僕のほうが先行する。

何回か、そのゲレンデを滑った後、娘と嫁が待つレストハウスへと向かう。途中から、それほどの急坂ではなくなったため、後ろを振り返らずに途中までハイペースで飛ばす。

それでもはぐれてしまってはまずいと思い、途中で一旦止まって上のほうを見やると、なぜか息子がいない。

「転んだかな・・・?」
と思い、じっと上のほうを見ていると、

「おとうさ〜ん!」
という声が、ふもとの方から聞こえてくる。

そう、本人がハイペースですべているつもりが、途中で息子にぶっちぎられていたのだ。。。

「そういうことなら・・・」と思い、息子の脇を滑りぬけ、レストハウスに向けて最高速でスノボを滑らせたのだが、その僕の脇を、息子がいとも簡単に追い抜いていった。


2004年02月07日(土) 人間ドック

先日の出張の最終日に、人間ドックを受診してきた。現地でも健康診断を行うことは出来るし、会社により認められてもいるが、やはり日本語でやりとりできるのは安心なため、今回は日本で受診することにした。

東京八重洲口にあるその人間ドックは、僕のような海外駐在の一時帰国者に対する健康診断も珍しくないらしく、問診票の中に「一時帰国」という欄が設けてあった。
(八重洲口の施設を選んだのは、検査終了後すぐに成田エクスプレスに乗れるため)

しかし医師による問診の際に、「いつご出発ですか?」と聞かれ、「今日です」と答えたときは、さすがに驚いていたが。

実はこれが僕にとっては初めての人間ドックで、超音波診断(エコー)は今回が初めての検査であった。

その、エコーで、驚愕の事実が発覚!
↑ちょっと大げさ。

それは、胆嚢に小さなポリープがあるというもの。
医師によると、胆嚢のポリープ自体はそれほど珍しいものではなく、次回以降の検査で肥大していなければ、そのままにしておいても問題ないらしい。

「良性か悪性かは、どうやったら分かるんですか?」
という僕の問いかけに、

「最終的には、手術をして切除して調べてみないと分からない」
「90数%以上の場合は、コレステロール性の良性ポリープなんだけどね。まあ、運の悪い人もいるしねぇ〜」

という。

まあ、秋口に再度日本出張があると思われるため(その前に、帰任という話も・・・)、その時に再度人間ドックで確認することにしよう。



↑エンピツ投票ボタン


2004年02月05日(木) かける言葉もない・・・

先程、無事日本出張より戻ってまいりました。


月曜日に会社に出社すると、部内の雰囲気が何かいつもと違う感じがした。
「久しぶりに出社するからかな?」と思っていたのだが、先輩のMさんが近づいてきて、こう耳打ちした。

「今日、Yの奥さんが亡くなった」

Yは僕の同期入社で、新入社員研修の時には、同室した仲である。仕事上、大声でケンカしたこともあるが、大切な仲間の一人だ。

Yの奥さんは36歳の若さで亡くなったとのことで、Yと3歳の男の子が残された。

奥さんは約1年ほど前にガンが発見され、以来、治療の見込みは無かったのだそうだ。無くなった奥さんの希望で、Yはそのことを会社の誰にも知らせておらず、それまでと変わらず、明るく元気に仕事に励んでいた。

不幸中の幸いという言葉が適切ではないと思うが、水曜日にお通夜があったため、僕も参列することができた。

通夜の場で気丈に振舞うYの顔を見たときに、何か一言かけようかとも思ったのだが、かける言葉が見つからず、かつ、何か声に出すと僕のほうが泣き出して、Yに迷惑をかけそうだったので、何も言えずじまいだった。


2004年02月02日(月) 出張途中経過

某所Yahoo Cafeより更新。
これまでの出来事を、時系列順に並べる。

1月31日(土)
予定通り成田到着。
今回の宿泊は、経費節減のため会社の研修所。研修所到着後、バッグからスーツを取り出してハンガーにかけ、その足でしばこあ夫妻に会うべく、都内某所へと向かう。
研修所を出るときに、こあらさんの携帯に連絡するはずだったのだが、それを忘れ、「駅までの間の公衆電話でかければいいや」と思うも、公衆電話が見つからず・・・。途中の乗り継ぎ駅にてようやく電話をみつけ、行きますコール。それにしても、携帯がないと住みにくい世の中になった。

しばこあさんと合流後、とりあえずラーメン屋で腹ごなし。入り口で食券を買うタイプのラーメン屋だったが、なかなかの美味。
その後、日記によく登場する「Mさんの店」に連れて行ってもらい、美味しいお酒を頂きながら、しばしご歓談。こあらさんが、しば子さんに「デコピン」をしようと、二人でじゃれあう姿に、若さを見る(笑)
大切な土曜日の夜につきあっていただき、ありがとうございました>しばこあさん。

2月1日(日)
持ち家の「偵察」。使い慣れた駅を降りたら、懐かしさでなんだか笑ってしまった。駅前のスーパーが薬の福太郎に変わっていたり、日本を発つ時に家族で行った蕎麦屋が店じまいしていたりなど、やはり2年半の月日を感じさせた。

今は他人に貸している自分の家の前を通りすぎた時、駐車場に動く人影を発見。ふと目をやると、今の住人(店子)がちょうど車を発進させるところ。思わず目が合ってしまい・・・(汗)
もちろん先方は僕のことなど知る由もないので、焦る必要など全くないのだが、妙にどきどきしてしまった。

その後、行きつけの床屋に行って散髪。
床屋の夫婦は僕のことを覚えていてくれて、顔を見るなり、
「太り・・・ました?」
客商売をするものとして、その言葉はいかがなものかと思う(笑)

その後、駅前に新しく出来た吉野屋で話題の牛丼を食べ、兄の家に向かう。
兄の家には7歳と3歳の姪がいるのだが、当然3歳の姪が話しているのを聞くのは初めて。お土産を渡し、1時間半ほど雑談をして家を後にする。

その後、浜松町の本屋で、絵本版の英和辞典・和英辞典(当然子供向け)を買い、研修所へと戻る。

夜は、近くの回転寿司で一人でお食事。そこそこの味。

2月2日(月)
時差ぼけのせいで、朝4時ぐらいに目が覚める。面接試験は午前11時20分からだったのだが、研修所にいても何もすることが無いので、朝食をとった後、とりあえず面接会場である本社方面へと向かう。

本社へ行く途中に銀行に立ち寄り、久しく行っていない通帳記入をしたり、普通預金をスーパー普通預金というものに変更する手続きをするも、時間を稼げず。

結局、会社に着いたのは、面接開始2時間前の午前9時20分頃。
受験生控え室で、久しぶりに会った同期と話をしたり、そのほかの受験者と話をしたりして時間を潰す。

面接に関しては、予想していたものと大きく異なる質問は無く、自己採点では75点ぐらい。もう少しうまく受け答えすることができたとも思うが、大きく失点することもなかったという感じか。

試験後、あらかじめ調べておいた、本社近くのじゃんが○らーめんに行って、昼食とする。美味。しかし、僕は九州ラーメンのストレートな細麺よりも、札幌ラーメンなどの縮れ麺が好きだなぁと、あらためて確認する。

これから、自分の所属本部に顔を出し、夜は誰かと一杯か。