部長motoいっぺい
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2005年05月31日(火) 駐在日誌最終章突入!

本日夜に駐在1号から、僕に対して帰国発令が7月1日付けで出るという内示があった。

電話を受け取ったのは、お風呂の中。。。電話を切った後、すぐに家族会議を開いて、7月に日本に帰ることを子供たちに告げた。
(当然のことながら、僕は風呂の中。。。ちょっと緊張感に欠けるかも)

渡米時に泣いた息子は嬉しそうで、僕にとっては意外だった。息子がアメリカでの生活に苦労しているのを見ている嫁にとっては、意外ではないようだったが。

渡米時3歳半で状況が理解できていなかった娘は、今回は友達と離れるのが悲しくて泣きべそをかいていた。とはいっても、立ち直りの早い娘は、「花火」「回転寿司」といった単純なキーワードで、すっかり日本に行ってからのことを考え始めているようだったが(笑)

渡米時に気の毒なほど落ち込んでいた嫁はというと、「わたし、やっぱり帰国するの嫌なのかもしれない・・・」と言っていた。ここでの生活が気に入っているというよりは、日本に帰ってからの煩わしいことを考えると・・・というのが理由のようだが。

僕はと言えば、自分でも意外なほどサッパリした気持ちである。もっと名残惜しい気持ちが湧いてくると思っていたのだが、これも4年という予想よりも長い期間赴任していた満足感・達成感から来るのかもしれない。


2005年05月27日(金) カナディアンロッキーの旅(3日目)

3日目はカナディアンロッキー観光の目玉の一つである、コロンビア大氷原で雪上車に乗る日。

ホテルをチェックアウトした後、まずはモレーンレイクという湖に行く。5月末ではあるものの、湖にはまだ氷が残っており、小さな石を湖面に投げると、氷の上に石が乗っかるような状態だった。

その後、アイスフィールド・ハイウェイを一路北上。途中のボウ峠で車を止め、ペイト湖という湖を観にいく。駐車場から展望台までの遊歩道には、まだずいぶんと雪が残っており、観光客が通るところだけ雪が踏み固められていた。駐車場から15分ほど登って展望台につくと、そこからのペイト湖の風景は、「美しい」という言葉をどれだけ重ねても言い切れないほどの美しさだった。夫婦ともに、「数あるカナディアンロッキーの美しい景色の中でも、ここが一番美しい」という意見で一致した。確かにレイクルイーズやサルファーマウンテンからの景色なども見事であったが、ペイト湖は神秘的な美しさを漂わせていた。

車はさらに北上を続け、途中の峠で昼食を取る。その後車を走らせると、左側におおきな氷河・右側に大きなレストハウスのようなものが見えてきた。氷河のふもとの駐車場で車を止め、窓から写真を撮った後に再び車を走らせて、本命の「コロンビア大氷原」を目指す。

すると距離と時間的には、もうついても良いぐらいなのに、一向にコロンビア大氷原につかない。「もしや・・・」と嫌な予感がして地図を見直すと、なんと「さっき見た氷河が『コロンビア大氷原』だった!」ということが判明。間抜けなことに、「本命」の氷河を通り過ぎてしまったのだ。
(あまり大きく『コロンビア』とは書いていなかったのが、要因の一つ)

すぐに車をUターンさせて、コロンビア大氷原に着いたのは午後3時ちょっと前。幸い、大氷原まで観光客を運んでくれる雪上車は午後3時半出発のものに乗ることが出来た。大氷原の上で、氷河が溶けて小川となっているところに手をつけて見ると、まさに氷水でありとても冷たかった。

氷河観光を午後5時頃に終え、再びジャスパーに向けて北上。ホテル到着は午後7時頃。僕がそろそろ日本食が恋しい頃だったので、ジャスパーの町にある和食レストランで食事をとって、3日目が終了。


2005年05月26日(木) カナディアンロッキーの旅(2日目)

ホテルで簡単な朝食を取った後、ホテルをチェックアウトしてサルファー・マウンテンという山にゴンドラで登る。正直言ってあまり期待していなかったのだが、天気が良かったこともあり、360度見渡せる山頂からの景色は絶景。

その後、グリズリーベアなどの野生動物がよく出るという旧道を通って、レイクルイーズに向かう。しかしながら、気温が高かったこともあり、オジロジカを途中で見ただけであった。残念。

レイクルイーズに到着し、ディアーロッジという湖畔近くの宿にチェックイン。その後、レイクルイーズを見学。カナディアンロッキーの中の最大の観光ポイントと言ってよいレイクルイーズは確かに美しく、絵に描いたようだった。贅沢を言えば、観光地化されすぎていて、「自然」な感覚がちょっと薄められたように感じたのが残念だった。

ロッジに戻り、部屋で休憩をしていると、廊下を挟んで向かいの部屋にチェックインした客が、僕たちの部屋を覗き込んで挨拶をしてきた。なんと、日本語補習校で娘と同学年の子の家族であった。なんたる偶然。

せっかくなので夜に酒盛りをしようかと思って買出しをしたのだが、そちらのご家族は徹夜で車を走らせてきたということでお疲れであり、残念ながら酒盛りは開かれなかった。

というわけで、買出しをしたビールとシャンペンは、旅行の後半にわが家のみで消費されることになった。


2005年05月25日(水) カナディアンロッキーの旅(1日目)

嫁いわく、「他人の旅行記って読んでて面白くないのよね〜」とのことだが、何しろこの駐在日誌は「記録」も兼ねているので・・・。

というわけで、カナディアンロッキーの旅行記の始まり。



カナディアンロッキー(バンフ・ジャスパー)へは、僕の住む町からは車で約12時間。決して楽な距離ではないが、多くの人が車でカナディアンロッキーへ旅行している。

ドライブ好きの僕としても、車で行くのが「普通」ではあるのだが、どうやら僕の中でのドライブ熱は、一昨年のイエローストーン(往復約3000キロ)で峠を越えてしまったようで、今回は飛行機を使って移動することにした。もちろん、その分飛行機代はかかるものの、その代わりに現地でゆっくり過ごすことができる。

朝10時発のカルガリー行きの飛行機は、予定通り午前9時40分頃に搭乗開始。ところが乗客が乗り込んだ後も、全くドアが閉められる気配がない。な〜んにもアナウンスがないまま、40分以上が経過。。。ようやくドアが閉められ、客室乗務員からようやく以下のようなアナウンスが。

「出発が遅れて大変申し訳ありませんでした。しかしながら、遅延の理由については情報を持ち合わせておりません」

う〜ん、これで怒り出さないアメリカ人を、「心が広い!」と見るべきか否かは、人によって受け取り方が違うと思う。

結局カルガリー空港到着が1時間ほど遅れてしまったため、行こうと思っていたカルガリーのお蕎麦屋さん(地球の歩き方参照)のランチアワーには間に合わず。

空港でレンタカーを借り、そこからカルガリー・オリンピックパークに直行。1988年冬季オリンピックでジャンプ競技が行われたジャンプ台に登り、オリンピック記念博物館を見学。昔のオリンピックの話(伊藤みどりネタ等)で、嫁と盛り上がる。

その後そこから初日の宿泊先であるバンフのホテルまで約1時間半のドライブ。

夕食はバンフのレストランで、生まれて初めてチーズフォンデュを食べる(地球の歩き方参照)。店内の一角は、日本人の団体観光客が占めていて、なんだか不思議な感じだった。

ホテルに戻り、展望の良い室内プール(ホットバス付き)で子供たちと遊び、初日の予定は終了。


2005年05月24日(火) 3回目の「卒業」旅行

明日から5泊6日のカナディアンロッキーの旅。

「これがアメリカ最後の家族旅行かも?」と覚悟をして行ったのが、昨年初夏のフロリダ旅行。ちょっと帰任時期が延びたので、おまけとして行ったのが、昨年初冬の東海岸旅行。さすがに今年の春は帰任だろうと思っていたが、意外や意外、5月になっても帰任命令が出ないので企画したのが、今回の旅行。こうしてみると、「卒業」旅行も3回目となってしまった(笑)
旅行好きの僕にとってはとても嬉しいが、貯金好きの嫁にとっては・・・(以下省略)

というわけで、明日からしばらく日記はお休みいたします。
では、行ってきます。


2005年05月22日(日) COSTCOでの風景

今日、COSTCOに買い物に行った時の出来事。

COSTCO(日本名コストコ)とは、会員制スーパーマーケットで、まとめ買いをする買い物客に人気のお店だ。ビールやジュースの類もまとめ買いで安く買えるのだが、ミネラルウォーターが積んであるところで、以下のような会話を耳にした。

「そこの方(実際には"Sir"と言った)、このお水重たくて持てないと思うんで、カートに積んでくださらない?」

通りかかった男性が、ミネラルウォーター500CC 24本パックを親切にもカートに載せてあげると、一言、

「Thank you」

この文章だけだとなかなかニュアンスが伝わらないのだが、この女性は恐縮した感じでは全くなく、まるで自分の夫に話しかけるがごとく、「手伝うのが、さも当然」という感じで「お願い」をしていた。

もちろん日本でも、高いところに積んであって物理的に手が届かない場合など、女性が男性に手伝いをお願い(それも恐縮しながら)することはあると思う。しかし今日のケースは、確かにちょっとは重たいものの、自分の目の前に置いてあるものに対する手伝いを、見ず知らずの男性に「さも当然」という感じでお願いをしているのを見て、少々面食らった。


2005年05月21日(土) Actually

英語でよく使われる間投詞として「You Know」は、あまりにも有名だが、その次によく使われると思われるのが「Actually」(じつはさぁ〜・っていうか〜)である。

この「Actually」を駐在3号が、以前にも増して多用しているので、この前そのことをチラッと指摘してみた。意外なことに本人はあまり自覚がなかったようだったが、指摘された後に英語を話したときに、多用しているということに気がついたようだ。

さて、他人の口癖について指摘している僕であるが、いったいどんな口癖があるのか、こんどアシスタントのAにでも尋ねてみることにしよう。


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2005年05月19日(木) 春の気配

5月も下旬に差しかかろうかという頃に、「春の気配」などと書くのも妙な感じがするが、

今日、会社帰りのフリーウェイで、6匹もの動物(主にタヌキ)の遺骸を目撃。

間違いなく春の気配。。。



(おまけ)
先日の日記に書いた、「JOHN3:16」というナンバープレートだが、継続使用可という判定が下ったそうだ。


2005年05月18日(水) 今シーズン初のMLB観戦

水曜日は楽しみにしていたメジャーリーグ観戦。しかも相手はヤ○キース。

ゲーム開始2時間前の開場直後に行くと、特に子連れは練習中のボールなどがもらえると聞いていたので、今日は早めに球場入り。スタジアムについたのは1時間半ほど前だったが、なんとかレフト側のフェンス際に立って、ボールを待つことが出来た。

なかなかボールは飛んでこなかったが、練習中の選手が気を遣って投げてよこしてくれるボールが何球かあり、そのうちの一つが僕のほうに向かって転がってきた。グランドに思い切り手を伸ばしてキャッチしようとしたのだが、ボールの勢いが強かったため、僕の手をかすめてボールはフェンスに当たって跳ね返ってしまった。。。

「せっかくのチャンスを逃してしまった!」と悔やんだのだが、その跳ね返ったボールをグランド整備員が拾って、何人かいる子供の中から僕の子供たちにそのボールを手渡してくれた!

息子と娘は、本当にうれしそうな顔をしていた。

試合のほうも、初回にヤ○キースに4点を先取されたものの、じわじわと詰め寄り8回裏についに逆転。9回も満塁まで攻められたが、最後はなんとか逃げ切りゲームセット。

ボールをもらえたことも含めて、本当に最高の一日だった。


2005年05月17日(火) Family Emergency

愛車フォレスターくんの75000マイル点検のため、昨日の夜のうちにディーラーに車を預けておいた。そのため今日はわが家に車が1台。火曜日は車を使う予定がないと嫁から聞いていたので、僕が会社に嫁の車を乗っていくことにしていた。

ところが会社に向かう途中に、嫁から携帯電話に入電。どうやら息子がチ○チンを痛がっていて、小便が出ないのだという。いつものように車が二台あれば病院に行ってもらえたのだが、何しろ家に車がない日だったので、僕がUターンするしかなかった。

家を出て20分後に再び家に戻り、まずは息子に小便をさせてみた。すると、そんなに大量ではなかったものの、とりあえずは小便が出て一安心。

一息ついたところで息子に症状を聞いた。

チ○チンが痛いのは、どうやら何かが詰まっているような感じで痛かったということだった。また、「おしっこをしたいのに、おしっこが出ないの?」と聞いたところ、「うん」との返事。これは一大事だと思ったのだが、どうも日本語(の意図)が通じていないような気がして、別の聞き方で確かめてみたところ、どうやら「おしっこをしたい「気持ち」はあるものの、「尿意」自体はない」という事実が判明。

そこで息子に水を飲ませて、もう一度小便にトライをさせた。数分後、再び少量ではあるが小便が出て、息子も「チ○チンも痛くないし、直ったかもしれない」というので、とりあえず学校に行かせることにした。

息子は学校に30分ほど遅刻してしまったこともあり、嫁と二人で教室に息子を連れて行ったところ、担任の先生はいたものの、生徒がクラスには誰もいなかった。どうやら音楽の授業時間だったようだ。先生に朝の息子の状況を説明し、息子がまた痛がるようだったら、自宅に連絡を入れるようにお願いをして学校を後にした。

結局その後は特に問題がなく、いったい何の騒ぎだったんだろう?と思わせるような朝のチン事だった。

お後がよろしいようで。


2005年05月16日(月) 州外からのワインの購入

米国は国土が広いこともあり、オンラインショップが日本よりも盛んだと思われる。これにより一地方から全米各地に商品を出荷している企業も少なくない。ところがワインに関しては、オンラインでの購入ができない州が全米の半数ほどもあるという。

この州法の現在の論拠としては、「未成年者の購入につながる」ということと、「州に入る税金が少なくなる」というものがあるようだが、由来は80年以上前の禁酒法に遡るらしい。

この州法のせいで、オンラインで州外のワイナリーからワインを取り寄せられないという訴えがワイン愛好家から出され、連邦最高裁まで争われる裁判になっていた。

昨日この裁判の判決が下され、結果としては「州内のワイン業者と州外のワイン業者を差別する法律は違憲」という判断が示され、ワイン愛好家の訴えが認められた。差別的な取り扱いをしなければ違憲ではないため、州によっては「いかなるワインのオンライン販売も不可」とすることも可能ではあるが、昨今の流れからすると、全面解禁になると見られている。

州によって税法やアルコールの販売方法が大きく異なるアメリカでは、意外なところでこのような法律論争が起こる。


2005年05月15日(日) 11回目の結婚記念日

本日は11回目の結婚記念日。

日曜日と重なったこともあり、ブランチ・バフェ(食べ放題)レストランに家族で行く。最近は息子がよく食べることもあり、バフェに行ってもあまり割高感を感じない。

今日行ったのは、湾越しにダウンタウンを眺める、景色の良いレストラン。予約時に結婚記念日であることを言っておいたこともあり、窓際の一番良い席に案内された。

バフェでは牡蠣や蟹をはじめとしたシーフードをメインに、パスタや卵料理も充実していた。また、チョコレートフォンデュもあり、嫁や子供たちが喜んでイチゴやマシュマロにチョコレートをつけて食べていた。

家を出るときには天気が悪かったのでカメラを持参しなかったのだが、行ってみると雨が上がっており、カメラを持ってくれば良かったと後悔しきり。帰国する前に、もう一度来ようと嫁と話した。


2005年05月14日(土) JOHN3:16

「JOHN3:16」と言う文字を見て、何のことかすぐ分かる人はどれぐらいいるのだろうか。日本語で書くと、「ヨハネの福音書3章16節」となる。
(ちなみにヨハネは英語でJohnである。先日逝去されたヨハネ・パウロ二世は英語ではJohn Paul �供淵献腑鵝Ε檗璽襦Ε札�ンド)となる)

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)


僕はクリスチャンではないので、聖書に関する知識は全くないのだが、イエスキリストの誕生にかかわる部分であるらしく、クリスチャンには有名な一節らしい。

この「JOHN3:16」を巡って、いま僕の住む州で議論が起こっているらしい。それは車のナンバープレートに関係がある。

車のナンバープレートの仕組みは、州によって大きく異なるが、僕の住む州では上位3桁がアルファベット、下位3桁が数字となっている。それに加えて、自分でナンバープレート番号を選ぶことができる制度もあり、これは7桁まで設定することができる。ただしこれには制約があり、「他人を攻撃したり、不快感を与えないもの」となっている。例えば「F○CK YOU」(俗にF Wordと呼ばれる)などは論外である。

この制度を利用して、「JOHN3:16」という番号を車のナンバーとした女性がいるのだが、それを見た別の人が、「車のナンバープレートを通して、信仰を強制させられた」と州政府に苦情を申し立て、現在審査中というステータスらしい。

どこかの州最高裁判所にモーゼの十戒を書いた石碑を置いたために、政教分離に関する裁判が起こされたのは日本でも報道されたと思うのだが、個人のナンバープレートまで、こういう議論に巻き込まれるとは思いもしなかった。


2005年05月12日(木) 朝6時に叩き起こされる

朝6時に東京から入電。

一階に置いて充電中の携帯が鳴ったのだが、すぐには反応できず。嫁が二階のベッドルームから駆け下りて電話を取ってくれたのだが、残念ながら留守電に切り替わった後だった。

着信記録を見たところ、東京からだと分かったので、すぐにコールバック。すると、どうやら東京では「祭り」になっている案件があり、「2時間以内に方向性を決めるための情報が必要」という、これまでの中でも最上級クラスの緊急案件。しかも類似ケースが2件。

すぐにEメールをチェックして、必要なエンジニアに情報を転送し、会社へ向かう途中に携帯で担当者に連絡。

会社についた時点では、まだ窓口となるエンジニアが出社していなかったtめ、直接担当エンジニアのオフィスに乗り込み直談判。とりあえず、東京との約束期限である午前8時までには、2件のうち1件はクローズを確定させ、残りの1件についてはちょっと遅れたものの、午前9時過ぎには東京サイドでの方針決定には必要十分な情報を入手できた。

その後も、東京の夜が明けるまでに、適宜ステータスアップデートを行い、午後3時半(日本時間で午前7時半)に無事必要な書面を入手した。

朝から気忙しい一日で疲れたが、東京サイドのエンジニアがほぼ徹夜状態だったことを考えると、僕ばかりが疲れたと言っていられないなと思った。


2005年05月10日(火) 「寄り道」

今日の帰宅途中、交差点を数台のパトカーが猛スピードで駆け抜けていった。

「さては発砲事件でも発生したかな?この辺じゃ珍しいな」と思い、野次馬根性もとい好奇心旺盛な僕は、いつもの帰り道ではないものの、ついパトカーの向かった方向に車を走らせてしまった。

すると、1ブロック先の交差点が10台を超えるパトカーや消防車などでブロックされており、一般車は警官の指示のもと迂回をさせられていた。

あとでラジオのニュースで知ったが、どうやら交通事故だったらしい。不幸中の幸いではあるが、ちょうど救急病院の前の交差点だったので、けが人はすぐに搬送されたものと思われる。

それにしても、まるで「西部警察」みたいだった(ちょっと不謹慎かな?しかも例えが古いし。。。)


2005年05月09日(月) 怪盗ねずみ小僧

駐在室のテーブルの上には、日本からの出張者がお土産として持ってきてくれるお菓子が置いてあることが多い。

数週間前のこと、チョコレートの入った箱(未開封)に指で無理やり開けたような穴があり、チョコレートが2個「盗難」にあうという被害が発生した。

アシスタントAによる入念な「捜査」の結果、犯人は「ねずみ」と断定された(犯人ではなく犯鼠か)。決め手は、チョコの箱に残った無数の歯型。早速、犯鼠を確保するための罠を仕掛けたものの、敵もさるものまったく引っかからない。

ちなみにこの罠だが、最初に持ってきたのは、トムとジェリーに出てくるような、バネ仕掛けのものだったが、「危険」という理由で、大型のゴキブリホイホイのようなものに変更された。

そして今日、仕事をしている僕の机の下から、なにやら薄いプラスチックがカサコソする音が聞こえてきた。「あれ?」と思い下を見たところ、コンピューターへの配線が床下から出てくる開口部で、もともとは煎餅が入っていた薄いプラスチックの包装がうごめいているのが目に入った。

「ねずみだ!」と思い、さっそくアシスタントAと駐在3号を呼んで、ともにしばらくねずみが動かしている煎餅の袋を見ていたが、1分もしないうちに、ねずみは居なくなってしまった。


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ちなみに、その他に気持ち悪い状態を表す英語としては、「Ew!」(イーウー)などもある。こう言った言葉は、僕なんかよりも子供たちのほうが詳しかったりする。


2005年05月08日(日) 月例ゴルフ大会(5月の部)

本日は月例ゴルフ大会の日。4月は雨天中止となったため、今回が今年初めてのゴルフ大会となる。

ここのところ調子が良かったので、目標は90台前半(あわよくば80台!)だったのだが、結果は惨憺たるもので、前半55・後半45のちょうど100叩きの刑。。。

まあ、天気予報では小雨だったのに、実際はほとんど雨に降られなかったことが、唯一のなぐさめか。


2005年05月07日(土) Poem - Ocean Blue

Ocean blue is a
Beautiful shining color.

It make me think of
beautiful, colorful,
extraordinary butterfly
fish.

It makes me think of
the stinging, shining jelly
fish.

It makes me think of
fish at the beach.

It makes me think of
me surfing the cool giant
wave.

It makes me think of
moon shining sunset.

It makes me think of
the cool giant waves at
be beach.

It makes me think of
night floating sailboat.

It looks like the
spectacular waves.

It reminds me of the
color of the ocean blue
crayon.

It is the color of Mrs.
Phipps' beautiful warm
shirt.

It makes me think of
one of the color of the
rainbow.

Ocean blue is a
beautiful shining color.


By M (Age 7)


2005年05月05日(木) 駐在1号に脱帽

昨日の日記に書いた最近頻発している品質上の問題について、今日の午前中に取引先の部長(プラス3名の部下)が、我が駐在室に詫びを入れにやってきた。

総勢7名でテーブルを囲んでミーティングを持ったのだが、先方からは部長直々の来室であったので、こちらも基本的に駐在1号が応対した。ゆっくりとしたジャパニーズ・イングリッシュではあるものの、最近当方が問題と感じていることなどを、きちんと筋道を立てて話していて、とても感銘を受けた。

ああ言う主張の仕方は、頭の中がかなり整理されていないと出来ないと思う。僕の場合は、とかく思いついたことを口に出すことに一生懸命になってしまい、結果として何を言わんとしているのかが不明確になりがちだと言うことを、駐在1号の主張を聞きながら反省していた。

英語だけを取ってみれば、駐在1号よりは僕のほうが上手だとは思うのだが、僕にはまだああいった主張の仕方は出来ないなと脱帽させられた。


2005年05月04日(水) ゴールデン・ウィークだと言うのに・・・

日本のゴールデン・ウィーク中に仕事をするのは別に何とも思わないのだが、先週から立て続けに問題が発生。ここのところ毎日のように取引先とミーティングをして文句を言い続けているため、たいそう気分が悪い。

英語でクレームをつける(ちなみに英語でのClaimは日本語で「申告」という意味になり、日本語としての「クレーム」の英訳はComplainになる)のは、普通の英会話の5倍以上(当社比)のエネルギーを必要とするため、もうこんなミーティングを必要とするような案件は発生させないで欲しいと、そういう意味からも切に願っている。


2005年05月03日(火) 慶事@研修員

今日5月3日は、6ヶ月研修員Aくんの入籍日。この海外研修が決まる前から、入籍は4月下旬か5月上旬となっていて、奥さんの会社の手続き上の都合で動かしづらかったようだ。よって、日本ではAくん抜きで奥さんが役所に婚姻届を提出したとのこと。

そのことをアシスタントAに話したところ、「結婚式なしで結婚が認められるなんて面白いわね」とのコメント。僕が、「結婚式をあげない人もアメリカには居るでしょ?」と聞いたところ、「確かにそうだけど、結婚届には結婚の証人が必要だから、普通は結婚式のときに牧師さんが署名をするのよ」と教えてくれた。

詳しく調べてみたところ、結婚するにはまず二人と証人が揃って「Marriage Licence」なるものを取得し(普通は挙式の1ヶ月前ぐらい)、挙式の時に牧師(または判事)がMarriage Licenceに署名をしたものを役所に提出して、ようやく正式に夫婦と認められるようだ。

Marriage Licenceが発行されてから3日後以降2ヶ月以内に、牧師署名入りのMarriage Licenceを役所に提出しないといけないらしく、日本のように「簡単に」結婚手続きができるというわけではないようだ。


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2005年05月02日(月) 面会すべきか否か

金曜日の夕方に駐在3号からの依頼で、奥さんが産後入院している病院に荷物を届けに行った。ちなみにアメリカでの産後入院は、普通はたったの1日とのことである。
奥さんも赤ちゃんも元気ということだったが、僕が面会に行くとそれでなくても体力を消耗しているであろう奥さんに気を遣わせてしまうかな?と思ったので面会は遠慮して、荷物だけを渡して帰ってきた。

そのことを今日、アシスタントのAに話したところ、「どうして赤ちゃんに会わなかったの?」と不思議そうな顔をされた。確かにアメリカ人的感覚では、会ってお祝いの言葉をかけるのが普通だろうとは思う。

もしかしたら駐在3号氏も、「かわいい息子」を見て欲しかったかな?とチラッと思ったのも確かではあるが。


2005年05月01日(日) 自宅の手入れ

今年帰国命令が下る可能性が高いため、3月末をもって日本にある自宅の賃貸契約を解除した。

リ○ケーション会社から送られてきた写真を見ると、庭の樹木がかなり大きくなっていて、剪定の必要があると思われた。また、防犯錠への交換なども必要であったため、僕の両親に自宅に行ってもらうことにした。両親にとっても孫たち(兄の子供)にあう久しぶりの機会であり、煩わしさというよりは楽しみにしているようでもあった。

そのことで今日、母から「電気とか水道とか、どこに連絡すればいいの?」という問い合わせの電話があった。

どうやら本格的に泊り込むつもりらしい(笑)

まあ5月末に帰国内示が出たら、6月上旬くらいからは、電気や水道の契約をしても良いんだけどね。