部長motoいっぺい
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| 2008年03月25日(火) |
ハワイ旅行覚書(紛失・忘れ物編) |
�.瓮�ネの上にかけるタイプのサングラスの紛失 →トランクの中から発見
�¬爾亮�栓(水中用)の紛失 →片側しか発見できず
��思い出として持ち帰ったハワイの「ゴザ」の置き忘れ →手荷物受取所のトイレに引き返して回収
�ぅ咼妊�・デジカメの入ったカメラバッグの置き忘れ →機内清掃の人により回収
忘れ物、紛失の多い旅行だった。
【初日】 空港でレンタカーを借りて、ノースショアへドライブ。海亀を間近で見られるとの公園に行ったが、陸には上がってこず。その後、エビの養殖で有名な町でエビランチ。 ワイキキのホテルに行ってチェックインし、すぐさまホテル前のビーチで水遊び。
【2日目】 いつもどおり午前10時頃まで爆睡。時差ぼけどこ吹く風の一家(笑) 中耳炎で海にもぐれない娘のために、お財布が軽くなることを覚悟の上で、潜水艦ツアーに参加。なかなかグゥー!(エドはるみ風に) 午後4時半にホテルに戻るも、ホテル前のビーチで水遊び。 夜はお約束のアラモアナセンターで夕食&ショッピング。 就寝前に娘とビーチでお散歩デート。
【3日目】 海にもぐれない娘には申し訳ないが、ハナウマ湾でシュノーケリング。この日のために買った水中対応カメラのオリンパスμ850SWで魚を激写。休んでは写真を撮りに行くさまは、まるで「漁師」のようだったと思う(笑) 午後からはアウトレットでお買い物。 就寝前に家族でビーチを散歩。
お気に入りのテレビを観たい娘から、
「おとうちゃんの携帯(ワンセグ)で日本のテレビは観れないの?」
との質問。
「日本の電波がハワイまで届くと思う?」
との僕からの返しに、
「そりゃ届かないと思うけど、じゃあどうして携帯は受信できてるの?」 (僕の携帯はオールイン世界携帯のP905i)
なるほど、そう考えたか。
年度末&人事異動直前の忙しい時期ではあるが、仕事をやりくりしてなんとか休日を捻出し、
憧れのハワイ旅行〜!!
午前4時55分起床。 羽田空港へ向かい、朝イチの便で大阪へ。
大阪から仙台へフライト。
仙台から大阪へフライト。
大阪から東京へフライト。
会社に戻って仕事。
一日4回も飛行機に乗ったのはさすがに初めて。パイロットな一日だった。
あ、安部礼司
毎週日曜日午後5時からJFN系列37局ネットで放送中。 主対象は30代のようだが、10歳の娘が特にハマッて、毎週楽しみに聴いている。息子もツボにはまる駄洒落があると、ケラケラと笑っている。
金曜日は息子の卒業式。
日頃はなるべく学校の行事に参加するようにしているが、金曜日は大阪日帰り出張のため参加できず。。。 卒業式の後に開かれた卒業を祝う会に息子とともに出席した嫁は、塾に通う娘の面倒を見ることが出来ないため、義母@名古屋に応援依頼。義母は七五三以来、7年ぶりの上京。
ともあれ、小学校修〜了〜。
昨日、4月1日付け人事異動の内示があった。
僕の部下5名のうち、なんと3名が異動。。。 まあ、1名は出向元への帰任、1名は体調不良による異動、1名は若手との交替と、ある程度予想の範囲であったことは確かだが、それにしても4月からの編成に苦慮している。
替わりに入ってくるのは生きの良い若手2名なので、指導する身としては責任重大だ。
母方の叔父が舌癌と診断され、明日がその手術。 僕は明日から東京と大阪を往復する仕事が続き、その後もしばらく所用でお見舞いにいけないため、手術前ではあるがお見舞いに行ってきた。
当然のことながら手術前の叔父は元気で、若い看護婦さんと楽しそうに雑談していた(笑)
しかし心配なのは入院している叔父ではなく、叔父の娘、すなわち僕の従妹のこと。というのも叔父が手術のため入院した先週の木曜日に、叔母も軽い脳梗塞で別の病院に入院してしまったのだ。
既に結婚している従妹は横浜在住だが、叔父の入院先は所沢、叔母の入院先は青梅と、それぞれ距離がある。彼女には今年小学校への入学を控えた息子と保育園児の娘がいて、その子たちの面倒もみなければならない。
明るい従妹ではあるが、相当参っている様子。今日は青梅から横浜まで車で送りがてら、いろいろ話を聞いてあげた。少しは気が晴れたといいのだが。
庭の芝はまだ冬枯れのままだが、すでに雑草は元気よく成長し始めた。 芝が元気になってしまうと雑草が目立たなくなってしまうため、今のうちに雑草を抜いておくのが肝要。っていうか、去年はそれで失敗した。
というわけで、今日は今シーズン初の雑草取り。ネコのフンの処理というおまけもついたが。。。
先週末は実家の両親から「受験慰労」とのお招きがあり、息子は一人で北の大地へ。
海外も含めて年齢の割りに飛行機経験の多い息子だが、一人旅はこれが初めて。とは言え、当然と言えば当然だが、あまりにスムーズに搭乗手続きをこなしていた。
北の大地では、おいしいものをたくさんご馳走になったようだが、彼が一番満足したのは「学ラン・コスプレ」だったようだ。どうやら実家に僕が高校生のときに着ていた学ランが残っており、それに袖を通してみたとのこと。
母からその時の写真が送られてきたが、いつもムスッとした顔で写真に写る息子が、珍しく満面の笑みたたえていた。
おそらく来週中には息子の中学校の制服(ブレザー)が届くはずだが、その時はいったいどんな顔をして袖を通すのだろうか。
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