Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2009年03月28日(土) ドラマ 『 DOOR TO DOOR 』 を観て



「 人は皆、自分の能力を信じ、一生懸命に働かなければならない 」

                   ビル・ポーター ( アメリカのセールスマン )

All people must believe the ability of the person and must work hard.

                                     Bill Porter



ビル・ポーター は、最も知名度の高いアメリカのセールスマンである。

彼は先天性の 「 脳性まひ 」 だが、その事実と、彼の優秀さは無関係だ。


シェリー・ブレイディ の著書 『 きっと “ イエス ” と言ってもらえる 』 や、映画 『 ビル・ポーター の鞄 』 が公開され、一躍、彼は有名になった。

彼を モデル として、舞台を日本に置き換えた脚本が完成し、今夜、TBS で 『 DOOR TO DOOR 』 という ドラマ が放映された。

あまり原作に忠実ではないけれど、場所や、時代の設定を上手く変化させ、肝心な メッセージ が損なわれないよう、よく出来た脚本に仕上がっている。

主演は 二宮 和也 だが、映画 『 硫黄島からの手紙 』 では ハリウッド から演技力を高く評価されており、今回も、難しい役を好演していたと思う。

障害者を描く作品は、視聴率を稼ぐための安直な 「 お涙ちょうだい物 」 の作品が多いけれど、この ドラマ は、なかなか丁寧につくられている。


ドラマ を観た方も多いと思うが、実在の ビル・ポーター は、歩合給セールスの仕事をする前に、いくつかの職に就き、それぞれ失敗し、挫折する。

ようやく得た歩合給セールスの仕事では、スラム同然の劣悪な地域を担当することになり、営業に出かけても、共働き家庭が多く、大抵は留守だ。

車の運転が出来ず、身支度に何時間も掛かる彼にとって、悪天候は辛いが、彼は 「 雨の日は、人が家にいる確率が高い 」 と気付き、行動する。

何度か転職しているが、最も長く勤めた仕事では、風邪や、病気や、怪我をしても滅多に休まず、寝込んだのは、14年間に2日だけである。

数多くの顧客のうち、一番のお客になったのは、最初に 「 二度と来るな 」 と言った人々で、けして、同情を誘って売っていたわけでもない。


彼の本を熱心に読む層は、アメリカの経営者、営業に携わる人々であり、障害者の活躍する美談ではなく、「 営業の教科書 」 として定着している。

冒頭で述べたように、彼の身体的特徴と、ビジネスマン としての優秀さは、ほとんど無関係だと考えることが正しい。

彼は、自分自身に対し、「 自分にはあれが無い、これが無いと考える前に、自分が持っているもののことを考えろ 」 と言い聞かせていたという。

障害がなくても、運が無いとか、お金が無いとか、才能が無いとか、学歴に劣るとか、なんだかんだ理由をつけては、仕事から逃避する人が多い。

不況で ネガティブ になっている人、仕事に情熱を感じない人などは、彼の本を読み、「 なぜ、働くべきなのか 」 を、改めて見つめ直すとよいだろう。






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2009年03月25日(水) 小沢 が 「 続投しなければならない 」 理由



「 改革は外からでなく、内から生じなければならない。

  人が徳を規定することは、できないのだ 」

       ジェームズ・ギボンズ ( 19世紀 アメリカ・カトリックの指導者 )

Reform must come from within, not from without.
You cannot legislate for virtue.

                                James Gibbons



法律を遵守することは大事だが、それだけでは十分でない。

世の中には、法律に記されていない重要なことが、たくさん存在する。


たとえば、お年寄りや身体の不自由な人に席を譲るだとか、他人を不快にさせないよう身だしなみを整えるなどということは、法律の範疇にない。

刑法、民法に触れないからといって、倫理や、エチケットや、マナーを疎かにするようでは、人格を疑われても仕方がないだろう。

法秩序を守ること、誠実に生きること、他人に親切にすること、勇気と誇りを持ち困難に立ち向かうこと、どれが欠けても 「 不十分 」 である。

また、要職に就く人の場合は、人格面に落ち度がなくても、職務能力に劣るようでは周囲から認められず、たちまち、その資質を問われることになる。

つまり、誰に恥じることもない生き方を実践し、「 正しい方法で成功する 」 ことが理想であり、その条件が揃ってこそ、人々の模範となり得るのだ。


民主党の 小沢 代表 が記者会見で、「 西松建設 からの巨額献金事件 」 で秘書が起訴されたにもかかわらず、党の代表を続投する意向を示した。

終始、「 贈収賄を示す事実は出ていない 」 と主張し、検察側による捜査に疑惑を抱いている様子だが、「 シロ か、クロ か 」 だけの問題ではない。

仮に、彼の言い分が通り、「 秘書が容疑を認めても、小沢 自身 は、誰が、何のために献金したのか知らない 」 と司法が判断しても、結果は同じだ。

法が無罪を認めても、業界に多大な影響力を持つ 小沢 が、思惑を持って近づいた人間から金品を受け取った事実は、まったく変わらない。

つまり、法に照らして 「 シロ 」 であろうが、なかろうが、党首として倫理上、好ましいことでないのは、もはや、誰の目にも明らかなのである。


過去の言動から推察して、小沢 自身 が 「 首相になりたい 」 という野心を強く抱いているとは考え難く、続投は、選挙を見据えた判断なのだろう。

自分が居座ることで、支持率の低下は免れないが、潔く退陣しても、無傷というわけにはいかないし、新代表の下、党内の結束が乱れる恐れもある。

司法の判断より、有権者の反応を重視して、続投か、降板か、今後の進退については、世論を眺めながら、日和見的に下されることになるはずだ。

彼が、「 政権交代こそが重要な使命 」 だと思い込んでいるかぎり、たとえそれが国民を欺く行為であっても、己の胸中では正当化されてしまう。

そのようにして樹立される新しい政府を、はたして 「 改革 」 と呼べるのか、甚だ疑問ではあるが、すべては有権者が決めればよい。


表舞台に執着しない 小沢 が、潔く退陣しない理由とは、「 自分に代わって指揮の執れる人材 」 が党内にいないと、強く感じている意識に起因する。

現在、後任として最も本命視されている 岡田 には、推挙する党員も少ない代わりに、強く毛嫌いする党員も少なく、無難な立場にいるようだ。

だが、彼は、小泉政権時の 「 郵政解散 」 による選挙で、民主党が大敗を喫した際の 代表 でもあり、選挙戦に弱いという印象が定着している。

個人的には、民主党で唯一、信頼できる 前原 が 代表 を務めるべきだと思うが、いまのところ、彼が指名される可能性は低い。

小沢 の不安も理解できないではないが、誰が代表になっても、今の自民党に勝ち目は無いので、ここは潔く退陣したほうが、「 徳 」 を示せるだろう。






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2009年03月24日(火) WBC 日本 二連覇 : 歴史に残る一打



「 野球選手が誇りを持ち、威厳を保ち続けることは、とても難しい。

  愛と憎しみは、紙一重なのです 」

                      イチロー ( 日本人メジャーリーガー )

It's very tough for a ballplayer to get proud and keep his dignity.
There's not much difference between love and hate.

                                        Ichiro



天才の一振りに、日本中が歓喜した。

それまでの不振は、すべて “ この瞬間 ” のお膳立てだったのか。


私が唯一、ドジャー・スタジアム を訪れたのは、今から溯ること25年も前の1984年、留学中に 「 ドジャース VS ジャイアンツ 」 戦を観たときだ。

折しも、その年は ロサンゼルス・オリンピック が開催されて、正式種目ではなかったが、初めて野球が公開競技として行われ、日本が優勝した。

全選手、アマチュアによるチーム編成だったが、その後、ヤクルトに入った 広沢 や、阪神に入った 和田 らがいて、活躍したことを覚えている。

それでも、まさか25年後に、日本と韓国が野球の世界一を決める試合を、この球場でやるなどとは、夢にも思わなかった。

まぁ、当時は、大相撲の横綱が 「 外国人力士だけ 」 になることも予想していなかったので、どの国の “ 国技 ” かという点は、参考にもならないが。


今大会を通じて感じたのは、各チームの 「 実力 」 よりも 「 仕上がり 」 が勝敗を分け、決勝に進んだ日韓は、調整に優れていたという事実だ。

また、前にも書いたが、短期決戦では技術面よりも精神力、集中力が要求されるため、「 ベースボール 」 を 「 野球 」 が圧倒した印象も強い。

各国とも、名だたる メジャー・リーガー を差し置いて、若手や、国内で活躍する選手たちが奮闘し、溌剌とプレイしていたように思う。

特に韓国は、日本と互角以上の戦いぶりで、双方の 「 平均年棒の差 」 を鑑みれば、実に立派だったと称えざるを得ない。

もし自分が日本人じゃなかったら、間違いなく韓国を応援していたはずで、勝ったとはいえ、日本の選手たちが彼らに見習うべき点は多いだろう。


今日の試合を振り返ると、勝因は 「 運 」 としか言いようがなく、どちら側のチームにも何度か勝機があり、勝敗の行方は紙一重だった。

9回裏、ダルビッシュ が二者連続の四球を与えながら、交代させなかったのも、10回表、好調 片岡 に 代打 川崎 を起用したのも、采配ミスだ。

だが、天才 イチロー の 「 歴史に残る一打 」 が 原 監督 を、そして日本を救い、最終的には覇権を手にしたのだから、それもご愛嬌だろう。

冒頭の イチロー による名言は、移籍した メジャー の選手たちが、古巣の球場で野次られる習慣をどう思うかと、記者に尋ねられたときの回答だ。

昔から 「 運も実力のうち 」 というけれど、不振や、ブーイング の嵐に耐え、自分を見失わず、平常心を保ち続けた天才に、女神は舞い降りたらしい。






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2009年03月21日(土) 警官が拳銃自殺 : 自殺大国日本の問題点



「 油断することなく心を守れ。 命の泉は、そこから湧き出るものだ 」

                                       英語の諺

Keep thy heart with all diligence, for out of it are the issues of life.

                                 English proverb



日本人の死因は 「 がん 」 が トップ で、全体の 3割 に及んでいる。

では、なぜ日本では 「 がん 」 で亡くなる人が多いのか。


実は、「 日本人は長生きだから 」 という簡単明瞭な理由が正解で、日本が長寿国であり続けるかぎり、この現象に変わりはないらしい。

人の死に方は 4種類 ( 寿命、病死、事故死、自殺 ) しかなく、病死は全体の 9割 以上を占めるが、医学の進歩により、たいていの病気は治る。

現代医学では、早期発見、手術により 「 がん 」 も治るが、長生きを重ねた結果、それで亡くなる人が多いというだけの話だ。

日本は 「 自殺大国 」 で、年間 3万人 以上 自殺するが、年間の総死者数 110万人 のうち、「 がん 」 は 33万人、「 自殺 」 は 3万人である。

何をする場合も、「 30 〜 40人 に 1人 」 ぐらいは、途中で投げ出したり、脱落する者がいるのは自然の摂理で、そう考えると、不思議でもない。


新潟県警 佐渡西署 佐和田幹部交番 の休憩室で、47歳の男性巡査部長が拳銃で頭を撃って自殺を図り、病院に搬送されたが、間もなく死亡した。

警察官の総数 ( 約 20万人 ) のうち、年間に自殺する人数は 約 50人、昨年は、そのうちの 8人 が拳銃で自殺している。

一般人 ( 40人 に 1人 ) に比べ、警察官の自殺は 「 4000人 に 1人 」 と少ないが、拳銃で自殺するという方法は、実に ショッキング だ。

警察庁は、精神科に通院するなどして 「 自殺の恐れのある警察官 」 を、拳銃を所持しない部署に配置転換しているが、完全には防ぎきれない。

市民は、そうした自制心の無い警察官が、一般人に向けて発砲することへの不安を抱えており、今後の対応に、関心が寄せられている。


日本人の自殺率は 「 アメリカ人 の 2倍 以上 」 で、高い自殺率の背景に、特異な民族性や、社会通念の違いがあると主張する人もいる。

先日も、上院財政委員会の グラスリー 共和党筆頭理事 が、AIG の経営破たんに関し 「 日本人なら自殺する 」 と発言し、物議をかもした。

しかし実態は、そうともかぎらず、さっさと自殺して楽になりたいと思う人間もいれば、困難から逃げずに、果敢に立ち向かう人間も少なくない。

ただ、日本が 「 自殺しやすい国 」 であることは事実で、たとえば、日本人特有の 「 死んだ人を悪く言わない 」 という習慣も、それにあたる。

どれだけ悪事を重ねても、いかに卑怯な人間でも、死んでしまえばすべてが水に流されるような、そんな風潮が自殺者数の増加を促している。


以前にも書いたが、自殺を減らすには 「 自殺しにくい環境 」 を整える以外に手はなく、それ以外の方法など考えられない。

政府も、民間のボランティア団体も、万人に暖かく手を差し伸べて、誰もが 「 生きたい 」 と願う社会を実現しようとするが、それは不可能だ。

それは、前述の 「 30 〜 40人 に 1人 の 落伍者 」 を出さないという意味に等しく、仮に実行するならば、個人の自由を剥奪せねばならない。

現在のように、ニート になるも フリーター になるのも自由という仕組みで、全員に “ 明るい未来 ” を保障することなど、できるわけがないだろう。

それよりも、「 どんな生き方をしても自由だが、自殺を図れば、もっと悲惨な目に遭う 」 と思い知らせ、生きる使命を与え続けることが防御策になる。






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2009年03月20日(金) 日本、韓国に勝ち 1位通過 で準決勝へ



「 いいか、野球ってのは、面白くなければいけない。

  面白くするには、勝つことだ 」

             デイブ・ブリストル ( 元 シンシナチ・レッズ の監督 )

Boys, baseball is a game where you gotta have fun.
You do that by winning.

                                   Dave Bristol



か弱い女性や、非力な人たちが、窮地で、思いがけぬ腕力を発揮する。

いわゆる 「 火事場の馬鹿力 」 だが、これには科学的な根拠がある。


個人差はあるけれど、人間の脳は、自分の筋肉に対して 100% の指令を出さず、通常は 20 〜 60% ぐらいしか、動かそうとしないものだ。

たとえば、誰かとケンカして、相手の顔を思いっきり殴ろうとしても、それで相手が大怪我をする危険や、怒って殴り返される心配から、少し躊躇する。

また、普段から拳や筋肉を鍛えてないと、脳で考えた 「 100% 」 の力が、自分の拳を骨折させたり、筋肉を傷める可能性が高い。

走るとき、跳ぶときも同じで、本来の実力より少し セーブ しておかないと、たちまち筋肉が悲鳴を上げ、すぐに怪我をしてしまう。

しかし、身の危険を感じたときなどに、この 「 脳によるブレーキ 」 が外れることがあり、その瞬間に放つ力のことを 「 火事場の馬鹿力 」 という。


プロ野球の選手らは、日頃の鍛錬によって、この 「 脳によるブレーキ 」 を意識的に小さくするよう心がけており、その成果が試合に出る。

一般人と変わらぬ小柄な野手でも ホームラン を打てたり、細身の投手でも豪速球を投げられるのは、肉体や、技術に加え、この要素が大きい。

逆に言うと、無意識に力を加減する一般人が 100球 ぐらい投げても平気だが、プロの投手が 100球 投げると、相当な負担が肩にかかる。

野球にかぎらず、スポーツの近代化は、スポーツ医学の発展と無縁でなく、いかに怪我をしないで、長く活躍できるか、その研究が進められてきた。

故障を防ぎながら、なおかつ好成績を残すには、できるだけ小さな力で球を遠くに飛ばすとか、速い球を投げる技術が、不可欠なものとなる。


第2回ワールドベースボールクラシック ( WBC ) 2次ラウンド1組 第6戦 ( 順位決定戦 ) 韓国戦は、日本が 6対2 で逆転勝ちを収めた。

今日は日本の勝利だったが、過去3度の対戦成績は 一勝二敗 と韓国に負け越しており、この試合でも7回、同点に追いつかれる場面があった。

韓国でプロ野球が発足したのは27年前 ( 日本は73年前 )、歴史の違いに、韓国側の関係者も 「 技術では日本のほうが上 」 と認めている。

おそらく、ペナントレースのように長丁場を戦えば、圧倒的に日本のほうが強く、大差をつけられることだろう。

しかし、WBC のような短期決戦の場合は、案外と 「 火事場の馬鹿力 」 が モノ をいうことも多く、いわゆる 「 根性勝負 」 の要素が大きい。


下馬評で “ 強い ” といわれた アメリカ や キューバ が、日本にとっては、韓国より 「 戦いやすい理由 」 も、そこにある。

先進の合理的な技術、戦略でなく、「 リミッター を外した強さ 」 で力勝負を挑んでくる韓国に、北京五輪では圧倒され、力負けを喫した感が強い。

今日の試合では、日本の選手たちもそれに気付いたのか、前の試合とは目の色が違う気がしたし、攻、守、走、すべてに気迫が溢れていた。

前の大会で、日本が優勝した際、「 野球が “ ベースボール ” に勝った 」 と報じた新聞もあったが、まさにそれは、そうした気迫の賜物だったはずだ。

今日も 村田 が 「 肉離れ 」 で途中退場したように、リミッター を外すと怪我のリスクも生じるが、あと2戦、各選手の活躍に期待したい。






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2009年03月17日(火) WBC 韓国戦 : 敗因は 「 慢心 」



「 勝利の軍というものは、先ず、勝つ条件を満たしてから実際に戦い、

  敗北の軍というものは、先ず、戦い始め、それから勝ちを求める 」

                        孫子 ( 古代中国 呉の国の将軍 )

Victorious warriors win first and then go to war, while defeated warriors go to war first and then seek to win.

                                      Sun tzu



弱い者が偶然に勝つことはあっても、強い者が偶然に負けることはない。

準備不足、慢心、欠陥など、敗北には必ず 「 理由 」 がある。


第2回ワールド・ベースボール・クラシック ( WBC ) 第2ラウンド1組2回戦で、日本は韓国に 1−4 で敗れ、韓国が準決勝進出を決めた。

外交でも、スポーツでも、日本には、目に見えぬ 「 韓国アレルギー 」 のようなものがあって、形勢が有利にみえても、なかなか勝たせてもらえない。

前回も、日本は世界の覇者となったが、対韓国戦だけをみると 1勝2敗 で負け越しており、昨年の北京五輪でも、辛酸を舐める結果となった。

今大会では、第1ラウンドの緒戦 14−2 と 7回コールド勝ち を収めたが、一位通過を決める試合で惜敗し、苦手意識を払拭できなかった。

韓国でプロ野球が発足したのは 1982年、日本は 1936年で、半世紀近くも歴史に差があり、けして、技術不足、経験不足というわけではない。


勝負は時の運という見方もできるが、今日の試合を観た印象では、韓国の選手のほうが、勝負に賭ける気迫と、プレイへの誠実さを感じられた。

日本の選手をみると、特に 小笠原 あたりは 「 前の打席の VTR か? 」 と思わせるような、まったく工夫の無い、同じ空振りが何度も繰り返された。

彼のバットが虚しく空を切る光景を、今大会で何度も目にしているが、何ら改善されることもなく、また、そんな彼を 原 監督 は使い続けている。

1998年、サッカー ワールドカップ・フランス大会、日本は初出場を果たしたが、不振の 城 を使い続けた 岡田 監督 は、結果、1勝も出来なかった。

長期戦ならまだしも、短期決戦の場合は、能力を出せない選手に執着し、意固地に使い続けると、概ね、惨憺たる結果に陥りやすいものである。


私の脳裏に、あのときの 城 と、今大会の 小笠原 が オーバーラップ するのは、どちらも 「 ガム を噛みながら試合に臨んでいる 」 ところだ。

結果が良ければ文句ないが、まったく貢献できていないのに、くちゃくちゃと ガム を噛みながら プレイ するのは、観ていて不快に感じる。

彼らなりに、正当な 「 ガム を噛むことによる効用 」 があると主張するかもしれないが、たとえば、高校球児の頃、同じことはしていなかったはずだ。

つまり、「 初心を忘れている 」、「 野球をナメている 」、「 スタープレイヤーになって慢心している 」 と思われても、反論できないだろう。

野球先進国の 好敵手 日本 を相手取って、全力をぶつけてくる韓国には、くちゃくちゃ ガム を噛みながら応戦している時点で、まったく通用しない。


試合後のインタビューなどをみると、口々に悔しそうなコメントは発しているが、勝利に対する貪欲な執念みたいなものを、微塵も感じられない。

73年の歴史を誇る日本のプロ野球が、わずか27年の韓国野球に破れ、平然と他人事のように試合を振り返っているようでは、あまりに情けない。

勝敗はもとより、気の無いプレイで醜態をさらけだすのなら、出場しないほうが マシ であり、厳しい言い方だが 「 国の恥 」 でさえある。

韓国アレルギーというよりも、前回の覇者であること、メジャーで活躍中の選手を数多く輩出したことなどによる 「 慢心 」 が、今日の敗因だろう。

まだ、敗者復活戦で返り咲くチャンスは残されているが、結果云々よりも、ひたむきな勝利への執念をみせてくれることを、切に希望する。






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2009年03月15日(日) 笹川 尭 総務会長 : うつ病 巡り、誤解を与える発言



「 誰にでも、知らないことはある。 そのことが人によって違うだけだ 」

                  ウィル・ロジャーズ ( アメリカのコメディアン )

Everybody is ignorant, only on different subjects.

                                    Will Rogers



ある 「 精神科 」 に、異なる症状を示す A、B、C 三名の患者が来院する。

もし、貴方が 「 精神科医 」 だとしたら、どのような診断を下すだろうか。


患者 A : どこも身体は悪くないのに、動くのが不自由で、たった1メートル先の物を取るのにも、千里の道を旅するほどの辛さを感じる。

患者 B : 何をする気力もなく、仕事が辛く感じるけれど、休暇をとり自宅で安静に寝ていれば、最低限度、日常生活を過ごすことは差し支えない。

患者 C : 会社に行くのが辛く、意欲が低下し、抑うつ気分が続くが、休暇をとっている間は、趣味に興じたり、旅行、レジャーを楽しむことができる。

おそらく、一般の方からみると A は “ 重い精神病 ”、B は “ ちょっとした適応障害 ”、C は “ 病気か、ずる休みか微妙 ” という見方が多いだろう。

実際には、現在の診断基準に照らすと、A、B、C 三名ともが 「 うつ病 」 と診断される可能性が高く、いわゆる世間の常識とは、少しギャップがある。


特に 患者 C の場合、「 仕事を休み、職場に迷惑を掛けているのだから、良識に照らし合わせて考えると、安静にしているべき 」 と世間は感じる。

あるいは、「 趣味に興じたり、旅行や、レジャーに出かけられるのならば、仕事だって頑張ればできるのではないか 」 と思うのが自然だろう。

従来、うつ病というのは、気分が沈んだ状態のまま経過する病気と考えられてきたが、「 双極�況� 」 といって、周期的に活動性が高まる症例もある。

精神科医から 「 好きなことをしなさい 」 と言われ、仕事より “ 重労働 ” を伴うような趣味や、ボランティアに参加している 「 うつ病 」 患者もいる。

周囲の人が、「 それくらいできるなら、もう大丈夫だ 」 と本業に連れ戻した途端、また “ うつ症状 ” が出る 「 仕事中だけ うつ 」 という症例も多い。


自民党 の 笹川 尭 総務会長 が、大分県連の大会で 「 うつ病 で休む教員が多いが、気が弱ければ務まらない 」 と発言し、問題になっているという。

文部科学省 のまとめでは、07年度に うつ病 などで休職した公立学校の教員は 4995人 ( 前年度比 320人増 ) で、過去最高だったらしい。

この発言は、たしかに 「 うつ病 の知識 」 が浅薄で、病気に対する誤解や偏見を招く可能性が高いため、問題視されても仕方が無い。

だが、保護者の側からみて、自分の子の担任が うつ病 でよいかと問えば、了承する人は皆無に近いはずだから、「 務まらない 」 のは事実である。

余計な前置き ( 気が弱ければ ) を付けず、「 うつ病 では務まらない 」 とすれば問題ないが、緩慢な表現を加えたことで、逆に、問題発言となった。


最近の傾向をみると、うつ病 に対する誤解や偏見を助長している根源が、実は 「 うつ病 患者 自身 」 である例も多いことに気付く。

世間の うつ病 に対する理解が深まったことで、精神科の敷居が低くなり、堂々と適切な治療を受けられるようになったのは、もちろん、良いことだ。

患者の中には、ブログ などで 「 自分は うつ病、治療中 」 だということを、アイデンティティの中核として、プロフィールに載せている人も多い。

だが、うつ病 が医学的に 「 れっきとした精神疾患 」 であるにも関わらず、彼らの多くは 「 私は うつ病 だけれど、精神疾患ではない 」 と主張する。

自分が うつ病 だと自己申告することで、注目や、同情は得たいけれども、「 精神病だと思われては困る 」 という虚栄心が、事実を捻じ曲げている。


最初に挙げた A、B、C の事例でわかるように、うつ病 は本人の自己申告に基づく ( 他人に理解されにくい ) ものも多く、客観的に判別し難い。

どうしてもやる気が出ないなどの 「 うつ状態 」 が二週間以上続いた場合、他人がどう思おうと、本人が病気だと言えば、それは病気なのである。

また、うつ病が 「 単なる気の持ちよう 」 や、「 気合いで治る 」 ようなものではなく、ましてや 「 仕事を休むための インチキ 」 でないことは明白だ。

しかし、一方で 「 軽くはない病気 」 と主張しながら、片方で 「 精神病ではない 」 と否定する一部の患者による矛盾が、偏見、疑惑を助長している。

うつ病は、「 ふつうの精神病 」 であり、ふつうに治療すれば、ふつうに回復するわけで、患者も、周囲も、それを特別視すること自体が偏見である。






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2009年03月14日(土) 『 花粉用 超立体 マスク 』



「 つねに、手紙に貼る切手のようであるべし。

  目的地に着くまで、そいつにくっつき続けること 」

                      ジョシュ・ビリングス ( アメリカの作家 )

Be like a postage stamp. Stick to one thing until you get there.

                                   Josh Billings



仕事や、プライベートで、来日した外国人を各地へ案内する機会が多い。

どの国にも文化の違いがあって、写真を撮ったり、珍しそうに眺めている。


彼らの大半は、ガイドブックを買ったり、大まかな説明を受けたりしており、概ね、日本の文化や歴史について、一応の予備知識を得ている。

こちらも、尋ねられそうな質問に答える準備をして同行するのだが、意外なところに興味を示され、奇異に感じられる事例も少なくない。 

この季節は、風邪や花粉症の影響で 「 マスク 」 を装着する人が多いが、その数の多さに、驚いたり、不気味がり、説明を求める外国人もいる。

そういえば、色々な国に旅したが、日本ほど、多くの人が マスク を付けている光景を目にした記憶はなく、これも、日本特有の文化なのかもしれない。

日本には 「 よほど恐ろしい伝染病が蔓延してるのか 」、「 よほど日本人は潔癖症なのか 」、「 よほど大気汚染が深刻なのか 」 と、怪しむ人もいる。


寒い冬に インフルエンザ が流行るのは、それらの ウイルス が 「 低温 」 と 「 乾燥 」 を好むからだと、いまでは広く知られている。

マスク を付けると、口元の湿度が上昇し、吸い込む空気の温度も、自分の吐く息の温度で温められるから、加湿・加温で ウイルス が死滅しやすい。

また、花粉症の人にも、花粉が呼吸器へと侵入するのを防いでくれるため、この時期、マスク は手放せないという。

観察してみると、昔ながらの 「 平面的な マスク 」 を付けている人よりも、「 立体的な マスク 」 を付けている人のほうが、多いことに気付く。

この 「 立体的な マスク 」 は、以前から世界中の医療現場で使われていたものだが、初めて市販型を出したのは、日本の 『 ユニチャーム 』 である。


他社が、なぜ 「 立体的な マスク 」 の市販化に遅れたかというと、それは、見た目が 「 手術 」 や、「 からす天狗 」 を連想させたからだという。

ちょっと風邪をひいたとか、花粉症になったぐらいで、「 大袈裟で恐ろしげな マスク を付ける人はいないだろう 」 と、誰もが思っていたらしい。

手術用の立体的な マスク は、通気性が高く、呼吸が楽で、付けたまま話もできるし、眼鏡をかけた人が、自分の吐息で曇らせる心配もない。

そうした利点に誰もが気付きながら、いざ市販となると、見た目が悪いので一般客には売れないだろうと、決め付けていたのである。

また、仮に消費者から受け容れられたとしても、当時の マスク の市場規模から考えて、開発に投じた費用が、回収できる目処は立たなかった。


他社が市販化に躊躇する中で、ユニチャーム 社 だけが採算を度外視して開発を続けた背景には、同社の明確な 「 企業理念 」 が影響している。

同社では、女性の生理用品や、赤ちゃんの紙おむつなどを主力に販売しており、女性を、特有の不快感や子育ての苦労から開放する理念があった。

この 「 女性の生活を快適にしたい 」 という目的意識の高さが、花粉症などで悩む女性たちの声を吸い上げ、ついには、市販化に成功したのである。

その第一号である 『 花粉用 超立体 マスク 』 を発売したところ、はるかに予測を上回る大ヒット商品となり、市場規模全体を大きく拡大させた。

諸外国に比べ、日本人に マスク をする人が多いのは、この企業の功績が大きく、いまでは他社も開発に力を入れ、次々と新商品が生まれている。


見た目を気にする女性たちに、この商品が売れた 「 もう一つの理由 」 は、開発者の意図しなかった “ 偶然 ” の効用にあったのだという。

それは、ぴったりと顔に フィット しながらも、マスク に 「 口紅がつかない 」 という利点で、偶然の産物だが、女性にとって便利な機能となった。

他に、「 平面的な マスク よりも、ゴム の跡がつきにくい 」 とか、「 ゴム が痛くない 」 などの評価も得て、女性のみならず、男性からの評価も高い。

外国人に 「 なぜ、日本人は マスク をする人が多いのか 」 を説明するために、あれこれ調べた結果、この “ 開発秘話 ” へと辿り着いた。

冒頭の言葉は、「 目指すものを見つけたら、諦めずに、粘り強く頑張れ 」 という言い回しだが、立体 マスク 開発も、その姿勢で成果を得たのだろう。






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2009年03月11日(水) 洗脳が解けた 金 賢姫 の苦悩



「 狂信は、自分の目的を忘れ、努力を強化するところに生じる 」

            ジョージ・サンタヤナ ( スペイン系アメリカ人哲学者 )

Fanaticism consists in redoubling your efforts when you forgotten your aim.

                              George Santayana



仕事なら苦に感じないが、余暇に、ただ座って単純作業をするのは嫌だ。

だから、昔から 「 パチンコ 」 という ギャンブル を好きになれない。


世の中が デジタル化 していく中で、どうして 「 パチンコ 玉 」 というものが無くならず、いまだに存在し続けるのか、不思議に思ったことがある。

最新の技術を活用すれば、パチンコ に重い鉄球を使わなくても、たとえばゲーム機のごとく、画面上に バーチャル の 玉 を飛ばすことは可能だろう。

勝敗を 磁気カード か何かに記録できるようにすれば、面倒な 玉 の運搬が不要になり、利用者は楽だし、店側も コスト の削減になるのではないか。

パチンコ に詳しい知人へ、そうした疑問を投げかけたところ、「 あの 玉 の “ 重み ” こそが、常連客に達成感を与える 」 のだそうである。

無機質に ポイント が加算されるだけなら、中毒的に 「 のめりこむ 」 ような人は少ないが、ジャラジャラ と鉄球が出ることで、ハマ る人が多いらしい。


パチンコ店経営者の 約 9割 は、在日外国人の人々で、うち半数以上を、朝鮮 ( 北朝鮮系 ) 籍の人たちが占めている。

最近は 「 対北制裁 」 が厳しくなり、パチンコ店の収益を 本国 ( 北朝鮮 ) に送金するのは困難になったが、重要な資金源であることは間違いない。

主たる送金は 「 朝鮮系金融機関 」 で行われていたようだが、パチンコ店の近辺には、日本の銀行系消費者金融 ( サラ金 ) の ATM が多い。

つまり、日本の銀行が、送金には関与せずとも、利害が一致することから、パチンコ店の運営に大きく貢献していることは、紛れも無く事実である。

パチンコ に興味のない私からみると、それが、いかに多くの日本人から 「 お金 」 を奪い、また、常習者を 「 堕落 」 させたか、悪い印象しかない。


戦後数十年の間に、数多くの日本人を 「 パチンコ漬け 」 にした 北朝鮮 の “ 洗脳技術 ” には、「 敵ながらアッパレ 」 と感心せざるを得ない。

もう一つ、数多くの日本人を洗脳したのが 「 日本国憲法の遵守 」 であり、これは、旧社会党 ( 現社民党 ) と、日教組を通じて行われてきた。

パチンコ に興じる人も、護憲論者の人も、けして 「 北朝鮮に協力しよう 」 と思って行動しているわけではないが、結果的に、そうなる仕組みなのだ。

北朝鮮 を擁護し、「 拉致など存在しない 」 と言い続けてきた左翼政党は、国防、攻撃に要する 「 日本の武力行使能力 」 の封印を目的とした。

日本が武力行使に及ぶと、海外から非難されるより前に、国内から反撥の火の手が上がり、「 違憲だ 」 と騒ぎ立てるよう、見事に洗脳したのだ。


22年前に起きた 「 大韓航空機爆破事件 」 の実行犯である 金 賢姫 が、拉致被害者 田口 八重子 さん の兄、長男に面会する様子が報道された。

彼女は、乗員、乗客 115名 の生命を奪った殺人犯だが、誰がどうみても、それは本人の意思でなく、テロ国家の策略と、洗脳による仕業である。

彼女が恩赦を受けたことに、反撥する韓国人も多いと聞くが、彼女自身は、洗脳が解けぬまま、あっさりと処刑されたほうが楽だっただろう。

逮捕時の映像では、彼女の口元がマスクで覆われ、マウスピースを噛まされているが、これは、「 舌を噛んで自害する 」 のを防ぐための措置だ。

決死の覚悟を抱き、大量殺戮を行うまで洗脳を施された彼女が、狂信から覚め、善悪の判断を取り戻した苦悩は、筆舌に尽くしがたい。


彼女の 「 涙 」 を観て、北朝鮮に対する憎悪が一段と強まった人も多いと思うが、そんな人の中にも、知らずと “ 洗脳 ” に冒されている人がいる。

北朝鮮や、その信奉者の口車に乗って、いつまでも 「 護憲論 」 を妄信していては、拉致問題の解決が遅れるばかりである。

拉致問題への対応が遅い、緩いと政府を批判するのは自由だが、それは、無意識に ( あるいは意識的に ) 北朝鮮を助ける国民の責任が重い。

武力行使こそ最善とは言わないが、「 武力行使も有り得る 」 という姿勢で臨まないと、この問題は永遠に解決しないだろう。

アルカイダも、北朝鮮も、オウム真理教も、彼らの最大の武器は 「 洗脳 」 であり、その呪縛から早く解けないと、いづれ、遺恨を残す結果になる。






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2009年03月08日(日) 実写映画版 『 ヤッターマン 』



「 いつも真面目くさってばかりいて、少しの楽しみもくつろぎも

  味わわずにいると、知らず知らずのうちに心を病んでしまう 」

                      ヘロドトス ( 古代ギリシャの歴史家 )

If a man insisted always on being serious, and never allowed himself a bit of fun and relaxation, he would go mad or become unstable without knowing it.

                                     Herodotus



誰にでも、不得意なことや、苦手な分野というものが存在する。

短い一生の間で、森羅万象のすべてを理解することは、まず不可能だ。


私の場合、「 漫画 」 や 「 アニメ 」 に関する知識が不足しており、同世代の人間と話しても、それらの話題についていけないことが多い。

子供の頃、父親から 「 漫画を読むと頭が悪くなる 」 と言われ、読む機会が少なかったこともあるが、元々、あまり好きではなかったように思う。

それでも、小学校3年生ぐらいまでは、『 あしたのジョー 』、『 巨人の星 』、『 おそ松くん 』、『 オバケのQ太郎 』 などを目にした記憶はある。

本を読むのは好きだったから、多分、小説が読める年頃になった時点で、「 漫画離れ 」 をするようになり、興味を失ってしまったのだろう。

だから、『 宇宙戦艦ヤマト 』 やら、『 ドラゴンボール 』 やら、『 ガンダム 』 などは、タイトルを聞いたことはあるけれど、ほとんど内容は知らない。


アニメに関しても、社会人になるまでは、テレビを観る時間そのものが少なかったので、熱心に観た記憶がなく、観始めた頃には、興味を失していた。

その中で唯一、記憶に残っているのが、高校生の頃、土曜日の夕方に放映されていた 『 ヤッターマン 』 である。

当時は部活に忙しく、帰宅後は、勉強と食事と風呂だけの日々を過ごしていたが、土曜日は試合や記録会が多かったので、少し帰宅が早かった。

そんな時、偶然に観たのが 『 ヤッターマン 』 で、クダラナイと言ってしまえばそれまでだが、独特のナンセンスな作風に、気持ちが癒された。

あえて、時間を合わせて観るとか、楽しみにしていたわけではないけれど、抵抗なく受け容れられた唯一のアニメとして、断片的に記憶が残っている。


その 『 ヤッターマン 』 が実写版の映画になると聞いたのは数年前だが、敵役の ドロンジョ は、アンジェリーナ・ジョリー に オファー したらしい。

それが叶わず、結局は日本人キャストで固めることになり、予算的にみると小粒な作品となったが、懐かしく感じたので鑑賞することにした。

劇場には子供連れもいたが、同輩の中年男性も多く、他のアニメ作品とは異なる客層を取り込んで、なかなかの盛況ぶりである。

作品的には、万人に薦められるほどの内容でもないが、昔、同じように観ていた諸兄には、懐かしさを感じさせる部分が多いように思う。

不況の折、こういった “ 癒し ” も良いと思うので、映画を観るというよりも、「 ノスタルジーに浸る 」 感覚で、足を運ばれてはいかがだろうか。


余談だが、ドロンジョ 役 ( 深田 恭子 ) が身に付けている 「 赤い マスク 」 には、敵役の女性として エロチック な魅力を醸し出す効果がある。

お子様には 「 お色気が強すぎる 」 ような気もするが、その昔、子供向けに放映されていた 『 仮面の忍者 赤影 』 も、同じような マスク をしている。

両作品とも私は好きだが、この 「 赤い マスク 」 には、男の子を惹きつける アイテム としての効用が、含まれているのかもしれない。

劇場の売店では、関連グッズ 『 ドロンジョ メガネ ¥4900ー 』 が販売されているので、女性の皆様は、ぜひ、お試しいただきたいと思う。

ちなみに、同行した彼女に装着を求めると、白い目で睨まれる危険もあるので、注意が必要なことは、経験者として一言、申し添えておきたい。






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2009年03月06日(金) 五月 『 うつ病 パンデミック 』 の危機



「 死ぬことがたやすい者は、決して哀れとは言えない 」

      ルキウス・アンナエウス・セネカ ( 古代ローマの政治家、哲学者 )

Never is he wretched for whom to die is easy.

                          Lucius Annaeus Seneca



徐々に暖かい日が多くなり、春の到来が近いことを肌で感じる。

4月になれば、新しい環境に期待を抱く、新入生、新入社員が街に溢れる。


ただし、その 「 新しい環境 」 に適応できない一部の人たちが、5月の連休明けに “ うつ病 ” に似た症状を引き起こすことがある。

それが 「 五月病 」 で、昔からある精神的な症状なのだが、今年は不況のせいで、希望する職種に就けなかった人も多く、増加する可能性が高い。

また、時世に関係なく、慢性的に “ うつ ” な人たちも、その時期は、症状が重くなることが多いと言われている。

彼らの症状は、「 無気力 」、「 やる気のなさ 」 が特徴なので、大型連休が終わって平常業務に戻る頃は、最も憂鬱な気分の高まる時期なのだ。

多少のストレスが溜まる程度ならよいが、自殺や犯罪など、別の諸問題を引き起こす可能性もあるため、周囲の人間は大いに迷惑する。


警察庁は5日、1月の 「 全国自殺者数 」 を 2645人 と発表したが、性別では男性が 1894人、都道府県別では東京都が 255人と最も多かった。

年間自殺者数は、1998年以来 10年連続で 3万人超を記録しているが、今年は経済環境が悪化していることから、さらに増加する不安が高い。

もちろん、いくら景気が悪化し、生活が困窮しても、大半の良識ある人々は地道に耐え、乗り越えるものだが、一部には、安易に死を選ぶ者もいる。

自殺者、自殺企図者の 9割は、自殺を図った時点で何らかの精神異常を患っているとみられ、景気云々よりも、個人の問題に依るところが大きい。

だが、不況による生活レベルの低下や、希望する職種に就けなかったことなどで、精神的症状を悪化させる人が多いのも、また、事実なのである。


それで、今年の五月に 『 うつ病 パンデミック ( pandemic = 感染爆発 ) 』 が起こり、未曾有の自殺者数が記録されるという見方が出てきた。

もともと、「 パンデミック 」 という言葉は、感染症や伝染病が世界的に流行することを表す用語だが、精神病も、周囲に感染を拡げる恐れがある。

いつも憂鬱そうにしている人間のそばにいると、マイナス思考や、ストレス、無気力感が伝染し、周囲の人たちも、精神的症状を引き起こしやすい。

ある企業を訪ねると、特定部署に “ うつ病 ” で通院中の人たちを集中して配置し、緊急度、重要度の低い資料づくりや、調べ物などをさせている。

解雇できないなら、せめて 「 感染が拡がらないように 」 するため、社内の他部署から “ 隔離する ” 政策をとることにしたのだという。


自殺者が増えると、マスコミが騒ぎ立て、その様子を眺めて追随する新たな自殺者を生み、連鎖的な増殖、感染爆発が起こる。

そこで、「 どうすれば自殺を防げるか 」 という議論も発生するが、前述した通り、それは個人的な要因が大きく、政治で解決できる問題ではない。

唯一、自殺の連鎖に歯止めをかける方法は、「 自殺しにくい社会 」 にすることであり、それ以外に効果的な手段は考えられない。

具体的に言うと、「 自殺企図者 ( 生き残った場合 ) を厳罰に処す 」 とか、「 一切の保険金を支払わない 」 など、色々と方法はある。

冒頭に挙げた セネカ の言葉が示すように、「 たやすく死ねる者は、むしろ恵まれている 」 という現実の中では、自殺を減らすことなどできない。






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2009年03月04日(水) こんにゃくゼリー の 「 製造者責任 」



「 我々は時代の変化に適応しながらも、変わらぬ原則を

  持ち続けなければならない 」

              ジミー・カーター ( 第39代アメリカ合衆国大統領 )

We must adjust to changing times and still hold to unchanging principles.

                                  Jimmy Carter



1969年、アサヒ玩具 株式会社 から 『 ママレンジ 』 が発売された。

40〜50歳代の諸氏には、懐かしい記憶が甦る方も多いだろう。


これは、システムキッチンのガスコンロを模した玩具だが、家庭用の電源を使用し、付属のフライパンで、実際にホットケーキを焼くことができた。

女の子向け 「 ままごと遊び 」 の一種ではあるが、当時としては画期的な 「 本当に食べられる菓子がつくれる 」 ことで、大ヒット商品になった。

購入した女子の家には、食い意地の張った男子 ( 私など ) が群がって、一枚のホットケーキを餌に、彼女らは、モテモテ気分を味わえたという。

姉妹品として、綿菓子や、ポップコーンやら、クッキーなどがつくれる玩具も発売されたが、一年で17万個を売る 『 ママレンジ 』 は超えられなかった。

当時、ホットケーキを家庭で焼く習慣は珍しく、洋食店で食べるものだっただけに、子供でも 「 自分で焼ける 」 という仕組みは、感動的でもあった。


本体は、ニクロム線の上を雲母 ( ケイ酸塩鉱物 = 電気を通しにくい ) で覆われており、フライパンを乗せると通電し、外すと電源が切れた。

使用中に感電したという話は聞かないが、当然、「 焼ける 」 ということは、かなりの高温になる部位があり、ヤケド をした子供も多かったはずだ。

この玩具が画期的だったのは、ヤケド など万が一の事故を想定して、最高 1000万円 までの 「 傷害保険 」 が付加されていた点にもある。

以前、当時の商品開発担当者がテレビ出演し、その点にも触れていたが、驚くべきことに、数十万個を販売し、保険請求は 「 0件 」 だったという。

長時間使用すると、すぐに本体が熱くなる簡単な構造で、私自身も触って ヤケド した覚えがあるけれど、誰一人として、苦情を訴えなかったのだ。


先日、「 こんにゃくゼリー 」 を喉に詰まらせ、幼児が死亡した事故で、両親が、製造元などを相手に、損害賠償を求める訴訟を神戸地裁に起こした。

名古屋でも、同社製品を喉に詰まらせ死亡した女性 ( 87歳 ) の長女が、同じように損害賠償の訴訟を起こしており、企業責任が問われている。

けして、製造元の肩を持つわけでも、訴訟を起こした人たちを非難するわけでもないが、はたして、これは企業が全責任を負うべき問題なのだろうか。

幼児も老婆も、自分で購入して食べたのではなく、訴えを起こした人たちに 「 食べさせられた 」 そうだが、その責任は、誰も問わない。

自分の子供や、介護を必要とする老人に 「 安全な食品を選び、与える 」 という責任は、親の義務、子の義務だと感じるのは、私だけなのだろうか。


アメリカでは毎年、日本の弁護士総数に匹敵する 2万人 近くが弁護士の資格試験に合格しているが、実際、訴訟の数も比較にならないほど多い。

日本で訴訟が少ないのは、「 和議で円満に解決したい 」 という民族性と、他者責任を追及する前に、「 先ずは自己責任を省みる 」 姿勢による。

自己責任を棚に上げ、他人の落ち度ばかりを追及することは、麻生 総理 の口癖じゃないけれど “ さもしい ” とされ、あまり好ましくは思われない。

ただ、最近の傾向をみると、日本でも 「 アメリカ型の訴訟 」 が増え、親の不注意とか、責任を省みる前に、とりあえず企業を訴える事例も多い。

企業側も、苦情処理が下手で、顧客の感情を害するような 「 ダメ社員 」 が多く、訴訟しか解決手段が無いというケースもあり、問題は複雑だ。


安全な商品を提供することも、企業の社会的責任ではあるが、あまりにも過保護に 「 安全 」 を徹底すると、ユニークな商品開発が困難になる。

昔から、「 可愛い子には旅をさせよ 」 というが、多少、ヤケド は負っても、子供に楽しく調理体験をさせる 『 ママレンジ 』 のような発想は必要だ。

企業に製造者責任があるように、消費者にも 「 正しい使い方 」 を遵守する責任はあるはずで、時代が変わっても、その原則は保持すべきだろう。

誰が、どんな使い方をしても怪我しない商品なんて、効用も薄く、面白くないわけで、そんな “ つまらない商品 ” ばかりだと、購買意欲も低下する。

やむを得ない場合もあるだろうが、企業が訴訟を恐れ、刺激的な新商品を開発しなくなれば、さらに景気が鈍化するのも確実で、深刻な問題である。






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2009年03月03日(火) 東京地検特捜部 : 小沢 一郎 秘書 「 大久保 隆規 」 を逮捕



「 人民とは、政変を渇望しつつ、また恐れてもいるものだ 」

         コルネリウス・タキトゥス ( 帝政期ローマの政治家、歴史家 )

People are allured and also terrified as always by revolution.

                                Cornelius Tacitus



いつ会っても、調子は 「 最悪です 」 と答える人がいる。

それが本当なら、これ以上は悪くならないので、安心できるはずなのだが。


東京地検特捜部は、『 西松建設 』 からの企業献金に絡み、民主党 代表 小沢 一郎 の公設秘書を 「 政治資金規正法違反容疑 」 で逮捕した。

今回の事件で、民主党 の国会運営への影響は避けられない見通しだが、同党の幹部からは 「 国策捜査だ 」 と、陰謀めいた発言も出ている。

選挙が近い時期に、異例の逮捕劇ではあったが、次の選挙で 民主党 が大勝する公算は高く、すなわち、司法が現与党に加担したとは考え難い。

為政者による圧力が原因の 「 冤罪 」 なら、政権交代した途端、関与した者は粛清されるはずで、彼らの言う “ 陰謀説 ” の可能性は低いだろう。

小沢 氏 は近く、記者会見などを開いて、政治資金の処理について説明を行うらしいが、代表職の継続は困難で、同党の混乱は避けられない。


一部報道によると、『 西松建設 』 から不正な企業献金を受け取ったのは、小沢 氏 だけでなく、今後、与野党の大物代議士に追求が及ぶ見通しだ。

しかし、マスコミ各社は 「 小沢 叩き 」、「 民主党 バッシング 」 を展開して、今後も、徹底的に追及する姿勢をみせるのではないかと思われる。

麻生 内閣 の支持率が 一ケタ台 にまで低迷し、いよいよ政権交代が現実のものとなりつつある今、各社は 「 保険 」 をかけておく必要が出てきた。

現政権を否定し、全面的に 民主党 を支持した結果、新政権が期待はずれに終わった場合、彼らの面子は潰れ、信用を失うことにもなりかねない。

だから 「 保険 」 として、民主党 の政権担当能力や、組織の健全性に疑問があるというコメントも発信しておこうという、姑息な考えに走るのである。


一般人の ブログ でも、小泉 内閣 を 「 最悪 」 と評しておきながら、次の 安倍 内閣 を 「 小泉 以下 」 と罵り、続く 福田 内閣 も罵倒した人がいる。

その後は、同じように 麻生 内閣 も 「 最悪 」 だと語り、自民党 を支持する有権者まで馬鹿にし、民主党、小沢 政権 の誕生を渇望していた。

ところが、いよいよ政権交代が目前に迫ると、今度は手の平を返したように 麻生 内閣 を擁護し始め、民主党 の アラ探し に余念が無い。

こういう輩は、政治家、政党の優劣に関心などなく、常に、自分が浮かばれないのは 「 政治のせい 」 だと、誰かに責任を転嫁したいだけなのである。

だから、麻生 だろうと、小沢 だろうと、オバマ だろうと、金 正日 だろうと、彼らは同じように 「 最悪 」 という評価しか下さない。


彼らにかぎらず、冒頭の名言が示す通り、有権者は常に政変を望みつつ、また恐れもしているわけで、これは無理からぬことかもしれない。

時の為政者には 「 時代の運 」 もあり、バブル時代のような好況期には、誰が担当しても結果が良く、不況期には、よほどの知恵がないと行き詰る。

政治が重要でないとは言わないが、我々のような庶民は、それを批判するより、どんな時代でも生き抜く 「 普遍の成功術 」 を実践するしかない。

いつ会っても、調子が 「 最悪です 」 と答えるような人と、政治の話などしても時間の無駄で、そんな暇があれば、仕事に情熱を傾けたほうがよい。

どんな時代でも、誰が政権をとっても、自分の仕事を誠実に、情熱をもって取り組めば、必ず成果が現れるわけで、けして 「 最悪 」 にはならない。






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2009年03月02日(月) AIG 9.6兆円の赤字 「 ゴネ得 」 を求める企業と個人



「 神は私に、成功をおさめることではなく、真心をつくすよう命じた 」

                     マザー・テレサ ( ローマカトリック尼僧 )

God has not called me to be successful ; he has called me to be faithful.

                                 Mother Teresa



時々、暇つぶしに 「 ある実験 」 を行っている。

誰でも簡単に出来ることなので、一度、お試しになってはいかがだろう。


朝、起きてから寝るまでの間、「 今日は “ 絶対に損をしない ” ようにする 」 と決め、一日を過ごしてみる。

電車やバスに乗るときは、人と争って先に乗り降りし、スーパーで買い物をするときは空いたレジへ駆けつけ、友達と会えば、自分のしたい話をする。

そして次の日は、「 今日は “ 自分を後回し ” にする 」 と決め、前の日とは真逆に、きわめて控え目な一日を過ごしてみる。

自分以外の全員が乗り降りした後に動き、スーパーでは、わざと混んだ列、老人の後ろなどに並び、急かさず、ゆっくりと順番を待つようにする。

誰かと会えば、他人の意見に耳を傾け、自分の主張は抑え、渋滞では他の車に進路を譲り、人の役に立つことを探し、自分の欲得は求めない。


何度か試すと、「 後者のほうが、気持ち良く一日を過ごせる 」 ことに気付くのだが、現実問題として、それを恒常的に継続することは難しい。

時間の浪費は 「 経済的損失 」 を招くので避けたいし、耳を傾けるのには値しないほど 「 馬鹿な主張 」 をする御仁も多く、ストレスが溜まってしまう。

ただ、たとえ年に一回でも、このような 「 実験 」 を行うことで、強引に自分の主張を通すことの虚しさ、みっともなさが実感できる。

この 「 実験 」 は、一昔前に中国地方の僧侶から教えてもらったものだが、一般のビジネスマンにも広く使える、「 効率的な精神修養 」 だと思う。

殺伐とした現代社会において、本当の自分を見失わずに保つ術としても、有効だし、簡単に出来るので、皆様もお試しになってはいかがだろうか。


米政府の公的管理下にある保険大手 『 AIG 』 の昨年度決算は、純損失が約 9.6兆円 と判明し、約 2.9兆円 の追加公的資本注入を発表した。

昨年9月の 「 リーマン・ショック 」 以降、金融機関、保険会社、自動車産業などが “ 当たり前 ” のように、公的支援を要請し、止まる気配がない。

景気対策のため、やむを得ない側面もあるが、巨額の損失を出した責任が曖昧なまま、国家に救済を求める姿勢は、大企業の横暴とも感じられる。

事情はともあれ、中小、零細企業では通らぬ 「 ゴネ得 」 のようなものが、はびこっているのは忌々しき事態であり、資本主義経済の秩序も危うい。

一概に、誰が悪いというものではないが、あらかじめ定められたルールが、敗残者の性質で反故にされる風潮は、いづれ大きな反撥を招く。


一般市民の中にも、そうした 「 ゴネ得 」 の風潮は蔓延しており、たとえば、親の責任は棚上げし、教師に噛み付く 「 モンスター・ペアレンツ 」 も多い。

同僚との競争を負けた途端に、一転して競争社会を否定し、熾烈な競争に追い込んだ企業を訴え、身分保障を求める 「 うつ病社員 」 も増えた。

自分の欲得のためには、ルールを遵守し、黙って地道に働く人々を犠牲にしても構わないといった 「 ゴネ得 」 思想がはびこり、嫌な世の中になった。

経済が発展し、生活に余裕が出来たことで、弱者に優しい社会となったのは喜ばしいことだが、「 弱者 」 と 「 敗者 」 は違うという認識が足りない。

弱者は、救済することで立ち直れるが、敗者は、甘やかすと節度を越えた要求を展開し、一度、「 ゴネ得 」 に味をしめると、歯止めが利かない。


終戦直後の日本と、今の日本を比べると、はるかに現代のほうが豊かで、治安も良く、暮らしやすいことは明白である。

それなのに、自殺者、自殺企図者が増え続け、政治不信、自分の境遇や社会への不満が絶えぬのは、旧来の社会秩序が崩壊しつつある証拠だ。

その最たる原因は、「 ゴネ得の通る “ ぬるい ” 社会 」 にした結果であり、それが 「 他人のせいにし、自分で責任をとらない 」 連中を増殖させた。

冒頭の マザー・テレサ の言葉にある 「 真心 」 とは、弱者に手を差し伸べる行為だけでなく、個々の人間が、自分の仕事や役割に捧ぐべきものだ。

個人や企業が、自分の窮状を嘆き、「 ゴネ得 」 という手段で損をせぬよう暗躍する時代に幕を引かないと、不況を脱し、未来を拓くことは出来ない。






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