| 2004年01月31日(土) |
週末だからできること |
・ おもいきりゲーム ・ ソファでうたたね ・ 寝る前のお酒
どれもウィークデーにはしないことです。 だって、翌日の朝に疲れが残ったりしたら後悔しちゃうだろうから。 翌日がお休みだからできることです。 特に、「寝る前のお酒」はウィークデーに限らず、今までの私にはなかったことです。 おいしいワインを見つけちゃったんだ。 おばあちゃんが飲まないからってくれたもらいものの赤ワイン、料理に使おうとおもって、ぺロッとなめたら、あら、おいしい!というわけ。 ワイン通の人に言わせたら、きっとジュースみたいだって言うだろうけど、フルーティではまった。 サントリーの「フルーティア」というワインです。
この年頃の男の子って、そういうことしか頭にないんだって。 だけど、普通、学校生活の中ではそういうことをおおっぴらに口に出したり、私に相談してきたりなんてこともありっこないので、そうらいしい、と推測するだけなのですが。 男の先生とは、そんな話ばっかりだそうです。
ただ、あるクラスでの授業中に、突然でっかい声で、お下品な言葉を聞くことがありました。 まったく脈絡もなく、突然、でっかい声で。(どんな言葉かは、言いますまい。)
そんな時、私がどんなリアクションをしたか。 あきれ返りました。 あきれた顔でその顔を見つめました。 そして、何もなかったように授業を続けました。
思い返してみて、「よかったあ」と、思います。 多分、普段の友達との会話の中で、そういう言葉が出てきたりしたら、私は口ごもったり、赤面の一つでもして、明らかに過剰反応しちゃうでしょう。 だけど、もしそんな反応したら、あの子たち、うれしくなっちゃって、授業そっちのけになっちゃうだろうから、冷静にそしらぬふりをできた私のプロ根性に賞賛を。
でも、思い返してみて「なんで突然そんなこと言い出したんだろう」って。 これまでも、その子たちは、まあやんちゃな感じではいたんですが、下ねたを連呼するなんてなかったのです。 受験のプレッシャーなんだろうな、と思います。 「勉強をしなきゃいけない」と、思って、勉強に取り組むことができる子はいいのですが、そう思っても手をつけられない子がいるのです。 何から手をつけていいのかわからない、という思い。 今さら突然まじめになることが恥ずかしい、という思い。 いろいろあるんだと思います。 だけど、やらなければやらないほど気持ちは焦るばかり。そういうジレンマが授業での空回りの裏にはあるんでしょう。
私は、プリント学習をするときに、その子につきっきりでついてみました。 「いいから、ほれ、1番。これ、なんて読むだ?」 そわそわしながらも、ようやく鉛筆を握り、考えだしました。 難しい問題には、ヒントになるようなことをしゃべりながら、時間をかけてやりました。 そして、開放してあげると、「それはなー、旅のことが紀行で、生活のことが随筆なんだよ」とか、言いながら仲間のところに戻っていきました。
いつも立ち寄って楽しませてもらっているじっぽさんのサイト「いやしの杖」 (http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/) で紹介されていたページに行って「ファンタジー職業適性診断」なるものをやってみました。 私は「僧侶」と診断されました。
僧侶系 感情表出が高く、自己主張が弱いタイプです。A型気質で、属性は「水」です。 人を援助することを好み、協力関係を大事にするタイプです。周囲の人の気持ちに敏感で気配りに長けています。一般的に人が好きです。自分自身の感情は抑えがちです。また、人から認めてもらいたいという欲求も強いのが特徴。 僧侶系の特徴 · 人を援助することを好む · あたたかく、穏やか · 職場では協調性が高く、意欲もある · 計画や目標を立てることにはあまり関心が無い · 決断には時間がかかる · 人の心を読むのが得意 · 直観力がある · 感情に基づいて判断する · リスクを冒すのは苦手 · ビジネスよりも人優先 僧侶系の対人関係 · 他者の気持ちに敏感 · 親密な人間関係を築く · 人の期待に応えるような行動をとる · 人の心を安める · 気配りがある · 対立を避ける · 人とのつながりを大切にする · ノーと言えない · 無意識に相手からの感情や愛情を求めている · 常に関心を持たれたい
おおー。なんか、当たっている気がするぞ。
僧侶系へのアドバイス あなた以外のタイプの人は、人を褒めることや感謝の言葉を言うことに慣れていません。明らかに否定されることが無ければ「肯定されている」と受け取るくらいでちょうどいいと思います。 自分に自信を持ちましょう。どんなに忙しいときでも声を掛けてくれると嬉しいあなたと違って、他のタイプの人は「邪魔をしたら悪いからなるべく声を掛けないようにしよう」と考えます。話しかけてもらえなくても、あなたは必要とされています。
そうなのかー。 明らかに否定されなければ肯定されているのかあ。 そういえば、私はそういうふうに考えられなくって、口に出して、言葉で認めてもらいたい、って思っているかもしれないなあ。 ふむふむ。おもしろ〜い。
この診断テストがあるのはこちら→http://trpggasuki.com/trpg/csi.php
おまけに、最近私がはまっているぺーじを。 http://www6.ocn.ne.jp/~fronts/index2.html 笑いのつぼがぴったりあうんだよー。
昨日今日と1泊二日で初任者研修がありました。 これで、教師一年目の研修はおしまいです。
うかったときから、「一年目は研修が大変だよ」と言われ続けてきたのですが、思い返すとけっこうあっという間だったよ。 そして、教育学ってものをちゃんと勉強したことがない私にとっては、一つ一つが目新しく、ためになることが多かったな。 研修があってくれてよかったです。
今回は最後と言うことで、研修内容は薄味でした。 ぼ〜っと講義を聴くだけだったり、雑談みたいな教科ごとの意見交換会だったり。 メインは情報交換会と名づけられた宴会でした。 初任研の半分は仲間作りのためにある、なんて言ったら教育委員会に怒られちゃうのでナイショです。 初任者のみんなは教科、年齢関係なく、同じような境遇で、同じような悩みを抱えているから、ふつうの友達とも、仕事の付き合いとも違う結束ができました。 私なんか、話していて「えらいな〜」「がんばってるな〜」と、感心することばかり。 いつも励まされっぱなしでした。
初任件が終わったら、次に研修でみんながそろうのは5年研修です。 でも、特に同じ市の初任者はかなり仲良くなったので、また飲んだり、遊んだりしたいな。
今シーズン初スキーです。 朝6時半出発。 本日は快晴。 パウダースノウの白馬岩岳スキー場でした。
私は大学に入ってスキーを始めたので、スキーは「お付き合い程度」を自認しています。 誘ってもらえれば行きたい人です。 言いだしっぺにはなれないので、今回誘われたときは、一も二もなく「行く!」と言ったのですが、自分の実力をよく考えるべきだったぞ。と気づいたのは、スキー場に着くころでした。
友達の友達など、総勢7人で行ったのですが、明らかに私が一番下手らしい・・・。 置いてきぼりにしないように、コースの途中でみんな待っていてくれます。 「ゆっくり滑ればいいからね」なんて言ってくれて。 みんな、なんてやさしいんだ〜! こんなにやさしい人々を私は知らないよー、ぐらい感動した。 だって、スキーに行ったら、みんなてんでに滑りたいもんじゃない? 私だってきっとそうだもん。 自分がうまく速く滑れる人ならば、どんどん難しいコースに行きたくって、 「じゃ、お昼にレストラン集合で」 ぐらい言っちゃうと思うもん。 一日みんなそろって滑ってくれた。 私、午後には申し訳なくなっちゃって、 「私待ってると、みんな好きなコース滑れないから、なんか悪いよー。 集合場所決めてくれたら私適当に滑ってるからいいよー。」 って言ったんだけど、「そんなこと気にしなくっていいのに」って笑ってくれた。
ふりむきて 吾守りをる人びとの やさしき心 はる来たらしむ
| 2004年01月24日(土) |
不思議な不思議なめぐりあい |
心からそうなることを願ってもかなわない夢。 考えうる限りの努力をしても、ちょっとしたアンラッキーで結果につながらないこと。 そんなことはよくあることです。 そういうふうに世界が回っていることにだんだんなれていくことが大人になることなんだな。 きっと。 でも、神様は時々おつなはからいをなさいます。
宵闇迫るころ、買い物をするために、駅前あたりに行きました。 歩いていると、向こうから歩いてくる人に見覚えがある気がしました。 「ああ、やっぱり会えた。」 と思って、その人の名前を思い出して、声をかけてみたら、やっぱりその人でした。
去年の今頃、私がいた学校の丸谷先生でした。 「あれー、久しぶりじゃーん。 よくわかったねえー!」 はい。なんとなく、会えるような気がしていたからすぐにわかりました。 なーんて、口出して言ったりしませんよ。 でも、不思議なことに、丸谷先生と偶然ばったり街中で会うことはわかっていた気がする。 約束をしたわけでもないし、丸谷先生が住んでいるところも知らない。 どういう趣味で休日どう過ごすかなんてほとんど聞いたことがない。 でも、「やっぱり会えた」と思いました。
このところ、そういう兆しがあったのです。 1週間ほど前、学校のことが写真入りで新聞に出ました。 その写真に私が写っていたのですが、それを見て、藤田先生がメールをくれました。 「久しぶりにきよこ先生の元気そうな姿拝見できてなによりです。」と。 藤田先生もやっぱり丸谷先生と同じで、昨年度山の学校でお世話になった先生です。
学校が違ってしまうと、なかなか疎遠になってしまうものです。 車で1時間という距離も以前は毎日平気で往復していたのに、今はすごく遠く感じます。 ちょうど去年の冬から春を過ごした学校なので、折々、懐かしく思い出しては「みなさん、元気かなあ」と思っていたところに届いた藤田先生からのメールでした。
そして、昨日、学校の帰りに、ぷらっとレンタルビデオ屋さんに寄ったときのことです。 視界のすみに入った人影がどこか気になり、改めてみてみると、大田先生でした。 山の学校の先生です。 えー!どうしてこんなところで会うんだろう? 「街に出てくると、周りと服装が違って恥ずかしいなあ。 山はすごい雪だよ。今日はちょっと研究会があって、その帰りなんだけど、偶然だねえ」
本当に偶然ですねえ。 でも、偶然が続くということは、きっと、なにか意味があるんじゃないかなあと思いました。 まだ、誰かに会うんじゃないかな、って思っていたら、丸谷先生にあえた、というわけです。
これは神様のちょっとしたいたずらなのかな。
今週は、風邪が大流行です! おもっしろいくらいに、いや、面白いことじゃないんだけど、こんなに簡単に伝染していくんだ〜って、あっけに取られるくらいの速さで、風邪が学校を席巻していきました。
昨日一人の風邪欠者が出たクラスで、今日は5人が欠席。 翌日は10人。というような具合です。
私の通っている学校は700人強の生徒が在籍しているのですが、この数日はインフルエンザを含む風邪での欠席者が100人を越えました。 教室スカスカ。 生徒は予防のためにもみーんなマスクをしていてちょっとファニーな光景です。 だって、自分が中学生のころって、かっこ悪いことが悪だったから、どんなに大変な風邪ひいててもマスクしている子なんて絶対いなかったもん。 かわいいじゃないですか。 しかし、ただいま入試戦線真っ只中の風邪の大流行ですから、非常事態です。 今日は短縮45分授業5時間目が終了しだい掃除カットで下校させました。
そうすると、3時には生徒がいなくなりました。 小学校の先生はこんな感じなのかなあ、と思いました。 この時間から翌日の授業の準備をしたら、ちょうど5時で勤務終了できるかも。って。 そう考えると、小学校の先生がうらやましくなったり。 ・・仕事の大変さなんてこんな勤務時間じゃ計れないっていうことはよーくわかっているつもりなんだけど、ついついこんなこと考えちゃうな。
いつもより早く生徒は帰ったのですが、これ以上被害を広げないように、すべての教室を消毒しました。 そして、期末テストをつくったり、研修のレポートを作ったりしたら、23時近くになっていました。 つかれたー。 せっかくの金曜の夜をこんなことに使ってしまって、自己嫌悪。 学年主任の先生が17時ごろ 「おい、早く帰れよ」と言ってくれました。 昨日風邪気味で4時に早退させてもらってぐっすり休んだら、今日は元気ピンシャンだったので、 「今日はもう風邪治っちゃったので、大丈夫です!」って言ったら、 「ばか、だから早く帰れって言ってるんだよ。」って。 ごもっとも!
教師として守らなければならない最低限の3つのこと。 「火事出すな。 けがさせるな。 うそ教えるな」
初めの二つはまあ、よほどのことがない限り大丈夫だけど、三つめはけっこう難しいんだよねえ。 正確なことを教えているつもりで、嘘を教えているということがある。 嘘を教えたことに気づいたときのきまりの悪さったら・・・。 しゅーん。ですわ。
中沢先生とお話しててこんなことを聞いた。 「私の教育実習なんてひどいもんでしたよ。 実習の前日に教科書ぽんと渡されて、実習初日からいきなり見学もなしに授業させられたんですから。 だから、もう、毎日、授業の始まりは、前日の授業の訂正です。ふふふ」
なんて、とても、朗らかにお話になっていて、ほええ。と思いました。
自分の誤りを改めることにまったく躊躇しない。 これはすごいなあ、と思います。
いつか、国語研究室に遊びに来ていた生徒が、おいたがすぎて中沢先生のクラスの答案用紙にコーヒーをこぼしてしまったことがありました。 しかも、そのこぼした本人がちゃんと謝れないもんだから、私が腹立っちゃって、 「ちょっと!ちゃんと謝りなさいよ。」 なんて言って謝らせようとしたんだけど、 「いいんですよ、いいんですよ。 そんな所にコーヒーを置いておいたのがいけないんですから。」 って。中沢先生本当に気にした様子もなく。 きっと、テストを返却するときに、自分がコーヒーをこぼしたって言って、生徒に謝ったんだろうと思います。
私にそんなことができるだろうか? 自分でしくじったことさえ正直に謝るのやだのに、人のやらかしたことまで自分の失敗だっていって責任を負うなんてこと。
そりゃあーもてるだろうさー。 もててもてて困るだろうさー。 女心を手のひらの上で転がしちゃうだろうさー。
友だちんちで鍋をつつきながら、『プライド』を見てしまった。 やんや、やんやの批評大会。 女三人そろえばかしましいヨ! 「もう、かっこいいー!! これからりんごすろ。りんごすってキムタク待とう!」 という子。 「ぎえーーー。」 と身悶える子。 賛否両論だったのですが、でもさ、結局のところさ、キムタクがどんな暴挙をはたらいたとしても、アリなんっすよ。
弱りきって、突然一人暮らしの女の部屋を訪れて、開いたドアの隙間からするりと入り込んでどかっと玄関に倒れこんじゃう。 「なんつーの。 やっぱり、自分が弱りきっている時って、きつい性格の女には会う気がしなくって、すべてを受け入れてくれるような優しい女に会いたくなるんだよな。」 なんて、あっけなく本音さらしちゃって。
まったくうまいよなー、と、異性ながらあっぱれと賞賛のまなざしです。 ああいうことをされて、ほだされない女はいない、と私は断言しますよ。 ころりと恋に落ちるか、 「なんてやつ!」なんて口では文句を言いながらも振り回されるか。 そんなのは表層のことであって、愛憎紙一重ですけん、どっちにしろ、女心をわしづかみっていう点で同じことですわい。
それが本当の恋愛に発展するかはさておいて、始まりとしては、かなり巧妙でうまい手ですよ。
世の男性で、自分はどうも恋愛のきっかけがつかめなくって、という方は、ちょっとやってみてもいいかもしれません。 例えば、ものすっごく真顔で、相手がご飯を食べている顔を見つめちゃうとか。 ものすっごくどうでもいいようなそぶりで、アドレス聞くとか。
ただ、気をつけなければならないのは、疑ってはならないということ。 どんなきざな台詞も、自信を持って言わないと効果ナッシングです。 自信は大切。 キムタクの自信は一体どこから来るんでしょうねえ? ケタはずれっすよ。 軽く富士山越えて、世界レベルです。
「おれ、すっげー、まじ冬はみかんしかないし。 自分も、みかんぐらいいけてるし」 ぐらい意味不明のことだって、強い自信を持って言われ続けると、なんとなくそんな気がしてきてしまうものです。
| 2004年01月18日(日) |
センター試験の思い出 |
私はセンター試験に向けてしゃかりきにがんばる人は好きだが、目を細めて、センター試験のことを振りかえる人はキライだ。 いや、いるんですって、そういう人。 けっこう多い。 1月6日の日記に書いた、男の人の話ではないけれど、社会という集合を作り出す塀は「勉強」ではないんですよ。 勉強ができるなんていうのは、その人の特徴の一つにしかすぎないのにね。
この歳になってもその話題になると嬉々として身を乗り出して語りたがる人 その話し、賞味期限切れてますよー。
そんな私なので、センターの話しなんてしたことないんですが・・・。 実は、数�兇韮隠甘世箸辰舛磴辰植� 二問しか正解しなかったんだよねー。 しかも、そのうち一つは、確率の問題で、指折って数えちゃった。
これでもまじめに高校でも数学やったんだけどなー。 うーん、まじめというのは嘘でした。 とちゅうで投げちゃった。 好きなことはがんばって、きらいなことはまったく手をつけない生徒の典型です。
国民的避暑地として名高い軽井沢。 避暑地の避暑地たるゆえんは夏涼しいからにほかならず、夏涼しいということは、冬は極寒なのでございます。
何を好き好んでこの大寒波吹き荒れる冬の日に軽井沢に行こうということになったのでしょう。 それをご理解いただくためには、私の幼少時代のある出来事から話し始めなければならないのです。
と、いうのは嘘です。 ただ、富士急ランドに遊びに行きたかっただけなのです。 ドドンパとか、FUJIYAMAとかで一度絶叫してみたいなあ、とかねがね思っておりましたところ、ユカコちゃんと話しが盛り上がって計画を立てたのですが、今日になってみたら、この雪です。 泣く泣く富士急ランドはあきらめることになりました。
でも、今日はレジャーをするつもりまんまんだったので、富士急がだめになったからといって、家でファミコンなんてあまりにもつまらない、と、いうことで、軽井沢まで行くことになりました。
軽井沢には大きなアウトレットモールがあります。 バーゲンシーズンですし、ちょっ羽目をはずして散財しにくりだしました。
ユカコちゃんと落ち合って、軽井沢に向けて出発したのが、13時。 モールに到着したのは15時半でした。 そこには、アパレル関係、スポーツウェア、アクセサリ、バッグ、おもちゃ、食品などほんとにたくさんのお店があって、アウトレットとはいえ、掘り出し物がたくさんあって、どっきどきわくわくでした。 閉店の19時まで取り憑かれたように店から店へと巡り歩きました。 物欲を満たしきった!って感じでした。
そして、復路。 もうとっぷりと暗くなっています。 日中からの雪で道路はキラキラよく凍っています。 しかし、ユカコちゃん、まあ、私に任せておいてよ。 去年の学校の通勤できたえたこの車さばき! シュプール描いて無事に帰ってきましたよ。
廊下で3年生とおしゃべりしていた休み時間、そのうちの一人がふざけて私のスカートをめくろうとしてきた。
なんだろ? 服装の話しをしていたんだっけ? 「先生、スカート短いー」 とか、言って。 「ちょっと、なにすんの、こら」 なんて、遊んでたの。
スカートめくりなんて、古典的だわー。 やりかえしてやろうにも、いまどき中学生はスカートをはかない。 学校ではジャージをだらっと着ている。 珍しくスカートをはいても、下にきっちりショートパンツをはいてガードしている。 体育館ですわるときには、たくましくあぐらをかいちゃったりする。 いはく、「パンツは見えないから大丈夫」 そういうことじゃなくってさー、スカートの中身がなんであろうとも、スカートの中は隠すべきところってもんでしょ。
私はスカートをめくられそうになると、反射的にそれを阻止しようとするけれど、もしかしたら、あの子達がスカートをはいていたとしても、めくられて恥ずかしがらないかもしれないなあ。 スカートめくりは、めくられて恥ずかしがるリアクションがなければ成立しないから、もはや過去の遺物となりかけているのかもね。
スカートをめくろうとしてくる女子と、遠巻きに見ている男子たち。 私の足なんて見て、何が楽しいんだろう? って思ったけど、そういうことじゃないのかもね。 男子は、今では珍しくなったスカートめくりという遊戯がものめずらしくて眺めていたのかもね。
やるときゃやります。 暖冬とはいえ、どかっと雪が降りました。 積雪15センチぐらいかな?
かわいそうなカトリーナ。 AETは車に乗っちゃいけないことになっているらしくて、いつもカトリーナは自転車で学校に通っていますが、この大雪でさすがに自転車登校は断念したようです。 はるか遠くのアパートからバス乗り継いで学校にやってきました。
なかなかいつもは忙しくて挨拶ぐらいしかしないんだけど、「帰りはどうするんだろ?」と思って話しかけてみました。 おそるおそる。 「はーう うぃるゆー カムバックホーム? イフユー うぇいと ティルアバウト ふぁいぶ、あい キャン テイク ユー ほーむ。」 「OH! Thank you very much! I appreciate to you!」
「えーと、うーんと。こういうとき、なんていうんだっけ。 あ、そうだ。い、いっつ まい ぷれじゃー」
っていう感じで、カトリーナを家まで送っていきました。 カトリーナは日本にきて約半年で、それ以前に日本語の勉強をしたことがなかったから、ほとんど日本語は話せないんだけど、かなりやさしい子なので、私に簡単な英語で話してくれます。 発音も、癖がなくって、すごく聞き取りやすいの。
とはいえ、外国語で話すってやっぱり難しいネエ。 簡単なことをさくっと言えないの。 特に過去形?過去完了?とか考え出すと、頭の中ぐちゃぐちゃ。
でもね、そんなことはさておいて、とても楽しいちょっとしたドライブでした。 カトリーナの高校時代の話とか、友達の話しとか、私のことも話したり。 こういうことって、ちょっと学校では話せないくだけた話題だよね。 AETの先生で気の毒だと思うのは、 Do you like Japanese food? How many sisters do you have? みたいな、とおりいっぺんとうのしつもんを天文学的な回数質問し続けられているんだろうなあってこと。 もし、私が外国でそういう立場だったら、思いっきり日本語をスラングでしゃべくりまくりたくなるだろうと思う。
カトリーナの住むアパートは車で行ってもなかなかの距離。 そして、坂の上にありました。 「Everyday you are training your muscles!」 「Oh! Yes. Now my legs are very strong!」
| 2004年01月12日(月) |
羽毛のながぐつをはいて夢の国へ |
文学友達の中沢さんちへ遊びに行った。 中沢さんは、日本家屋に黒い猫と二人で住んでいる。 とってもゆっくりした時間が流れているお家です。
「うちはすごく古いから、隙間風が入ってきて、夜寝るときもエアコンをかけておかないと寒くて眠れないんですよ。」と中沢さんが言いました。 「私の住んでいる部屋も、すごく寒いですよ。 でも、この前、おばあちゃんに、いい物をもらったんです。 羽毛でできた、ながぐつみたいな靴下なんですけど、それをはいて寝ているので、ぬくぬくですよ。」
中沢さん笑い出して、 「その羽毛のながぐつをはいて、先生は夢の国へ行くのですね」って。 なんかとっても楽しそう。 「どんなものかよくわからないのですが、羽毛のながぐつって、なんかとても素敵な響きですね。」って。
うーん、なんとも形容しにくいものなんですよ。 あ、そうそう、 「羽毛なんですけど、なんか、『長靴を履いた猫』で出てくるような感じです!」 っていったら、中沢さん、ますます楽しそうに笑っていました。
| 2004年01月06日(火) |
姫野カオルコ『サイケ』 |
私は侮っていた。 姫野カオルコを。 ポップな表紙、キャッチーな帯。 お気軽に暇つぶしに読みましょうと思って、近くのスーパーで手に取った。 しかし、姫野氏、ものすごく頭が切れるうえに策士ですよ。
体裁は作者が幼かったころを思い出し、私的な体験、感覚を通しながらその時代の日本を描く、というようなものなんだけど、そんなのんきなもんじゃございませんよ。
特にそれを感じたのが、「イキドマリ」太っていて、笑わないが、勉強ができたある屈折した男の告白です。
「世の中にはバカの数のほうが多いので、ぼくが会社に入ってからうまくいかなかった原因が、 「太っていて背が低かったから」 だというと、 「どうして?」 と鈍い頭をかしげる人間が多い。 なんでわからないのだろう?太っていて背が低いことは、会社の中では「優」をもらえないとう、こんなかんたんなことが。 数学の「集合」に照らし合わせてみればよい。 小学校、中学校、高校、大学は「学府」という集合ですね。この集合をとりかこむ塀は「勉強」ですね。ならば、この集合では「勉強」の「条件」を満たせばそれで補集合には属さない。しかし、会社は「学府」という集合ではありません。この集合をとりかこむ塀は「情緒」ですね。ならば、この集合では「勉強」の「条件」を満たしていることよりも「情緒」の「条件」を満たさなくてはなりません。「情緒」というのはなにか?それは人間の感情であるわけですが、人間の感情がなにに起因して湧くかというと、ただ一つのことによって湧きます。(中略) それはなにか? 「好きかきらいか」 でしかありません。(中略) では、人はどのような人を好くかというと「印象のよい人」を好くだけのことで、それだけのことで、よって、太っていて背の低い男は、会社という集合では脱落する条件に満たされる。満たされるけれども、 「明るい」 という条件を持っていれば、脱落はしない。では、なにをもって「明るい」というか? そんなのは簡単です。 よく笑う。 声が大きい。 これだけで「明るい」の条件は満たされます。 内容なんか無関係だ。」
この文章にリアリティがあるのは、ほかの作品と、文体が違って、わざと、つたない感じになっていたり、文法的に破綻していたりしているからだ。それをいとてきにやっているんだから、舌を巻く。
| 2004年01月05日(月) |
田口ランディ『アンテナ』 |
かるーい気持ちで読もうと手に取りました。 田口ランディ『アンテナ』 湯船に熱めのお湯をはって、本を手に体を沈めました。 22時。 静かな冬の夜です。
物語は静かに始まります。 祐一郎の妹真利江は15年前のある朝、突然消えた。死んだのかも誘拐されたのかもわからないまま15年がたった。 その間に父は死に、おじは自殺し、母は新興宗教にのめりこみ、弟は発狂した。 そして、弟は言う「真利江が帰ってくるよ」
こ、こわい・・・。 天井から水滴が落ちてくるのも怖い。 怖さのあまり、私、湯船の中で体育すわり。膝の上に本を開いて、微動だにできません。 いやだいやだ。はやく怖くなくなって・・・! と、思いながらどんどん深みにはまっていきます。 お風呂のお湯がだんだん冷めてきて、肌寒いのも心細さを助長します。
「怖い考えを払うように僕は首を振り、ポケットの中から家の鍵を取り出した。 ふるい引き戸は古風な回し鍵になっている。暗い玄関の土間に入ってから、手探りで玄関灯のスイッチを探す。ところがスイッチの場所が見つからない。まとわり付く闇の中で僕は壁のスイッチを探す。ところがスイッチの場所が見つからない。まとわりつく闇の中で僕は壁をまさぐった。 スイッチ、スイッチ、スイッチ・・・。 どこだ。恐怖が膨らむ。来る、来る。闇の中に気配が立ち現れる。怖い。脳のシナプスはあちこちで点滅を起こす。断片的な映像がフラッシュバックしてくる。なんの意味も脈絡もない無数の映像。記憶の屑。平衡感覚を失い思わずタタキに膝をつく。痛い。膝を打った。しかめ面をあげた瞬間、ぞっとした。」
これがページの一番端なんですよ。 ページをめくる怖さ!! だけどめくらずにはいられない!
今まで田口ランディの作品の中でも、けっこう現実的な素材を扱ったものばかりを読んでいたので、新境地発掘! でも、ふと、思い出したこと。 ある男の人に「田口ランディなんて読みますか?」って聞かれた。 「ええ。何冊か読みました。共感するところがありますねえ」 なんて会話をしたんだけど、相手の人が、この『アンテナ』みたいな作品を思い浮かべて聞いてきたのだとしたら、う〜ん、ちょっと意味深な答えだったかもしれないなあ。
台所に何人も女がいるとろくなことがない。 これ、真理ですねー。 しみじみ。
孫とはいえ、もう成人しているので、祖父母のところへ行ったときには、私はしっかり働いて一宿一飯の恩義をかえすようにしているのですが、これが難しい。
大掃除のときに、おばあちゃんに冷蔵庫の中を掃除するようにたのまれました。 はいはい、おまかせ! と、ちゃっちゃと片付け、布巾でふきました。 そして、ついでに冷蔵庫の外側もふいて、そのつながりでガスレンジもふいて、続きでシンクも磨き上げて・・・。 妹が暇そうにしていたから、台所を掃除機かけてもらって・・・。 と、していたら、おばあちゃんが 「昨日、ちゃんと掃除機かけたんだけどね・・・」 って。ぽつり。
しまった! やりすぎた! あまりにも熱心に掃除をしすぎて、いやみに見えてしまった。 以前もこういうことがあったから、なるべくでしゃばらないように手伝おうと思っていたのに、また失敗してしまった。
おばあちゃんにとっては、やっぱり、台所は自分の城だし、どれだけ歳をとっても、一家を切り盛りしているっていう自負があるんだよね。 だから、孫であっても、悪気はなくてもずかずか入ってこられてはいい気持ちがしないんだよね。
| 2004年01月03日(土) |
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読了 |
私は何冊もの本を並行して読みます。 文庫本とか、軽い内容の本、短編集はお風呂で読みます。 ほかにも、学校で読む本。 寝る前に、布団の中で読む本。など。
読みかけにしている本をまとめて持って帰ったので、中途半端に読んでいた本をすっきり読み終えることができました。 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は寝る前用で、ぐずぐず読んでました。ホールデンがろくでもないことがらについてぶつぶついうのを読んでいると、いつのまにか寝てしまって、朝起きると、ページが閉じた状態で本がころがっていることが何度もありました。 そして、また、ホールデンのぶつぶつ・・・というわけで、読んでるんだか読んでないんだか、って感じだったのですが、ようやく、ちゃんと読み終えられました。
そして、私の中の最大のなぞだった「ライ麦畑のキャッチャー」の意味 が明らかに。 ちゃーんと本文中にはっきりと書かれてありました。 以前ほかの人の訳で読んだときには、まったくこのタイトルの意味がわからなかったのに、村上訳では、とてもはっきりとした意図を持ってつけられたタイトルであることが、やすやすと読んでとれました。 そして、おぼろげながらも、この作品の若者をすごくひきつける魅力がわかったような気がします。 やっぱり、訳って大きいよねえ。
| 2004年01月02日(金) |
新春恒例書きぞめ大会 |
おじいちゃんと書初めをする。
私が書いたのは「不易流行」時代の流れに応じて変わるべきものと、それでも変わってはならない永劫不変のもの。それを見極める目を持ちたい、という気持ちを込めて。 そして、「緩急自在」ほめる、正す。笑う、真剣。脱力、集中。 そういうメリハリをもちたいな。 「清廉潔白」これは今年に限らず、私のテーマです。 きよこの清ですから。 竹を割ったようなさっぱりとした、包み隠しのない人でいたいです。
そして、年始の授業でつかみに話す用にと、「信」の一字を。 人を信じることができるように。 人に信じてもらえる自分であるように。 自信を持って生きられるように。 そして、妄信せぬように。
おじいちゃんは、「晴耕雨読」 いいですねえ。 まさしく言葉の通りの生活です。 「自画自賛」 ?いいのかな?と思ったら、「自制」と書き加えていました。 「吾 ただ足ることを知る」 おじいちゃんの座右の銘です。 足りないことばかりに目がいってしまいますが、自分に与えられている部分を感謝することができたら、満ち足りた気持ちになれるでしょうねえ。
| 2004年01月01日(木) |
あけましておめでとうございます |
今年のお正月は、祖父母+家族at田舎です。 昔に比べて、簡略化されてきているとはいえ、田舎のお正月は風情があります。 お雑煮を食べて、お年始の挨拶に行って。
そして・・・ヒマだ。 そういうもんなんだけど、しかしながら、ヒマだ。 花札で遊んだりもしてみるけど、小一時間で飽きてしまう。
もっていった仕事はとっくに片付いちゃったよ。 テレビにおこたでお茶を飲みながら本を読む。 そういえば、高校生までの私の日常ってこうだったよなあ、と思い出す。 ありあまるほどの暇を持て余していたんだなあ。
そんなお正月だったので、たくさんの本を読むことができました。 ようちゃんからもらった川上弘美の『溺レる』『蛇を踏む』 どちらも短編集。 『溺レる』のほうは川上弘美にめずらしく、かなりブラックな、肉欲的な恋愛小説。 そして、『蛇を踏む』は不思議な小動物がすんでいる川上ワールド。 よめばよむほど、私は作者とは違うところで生きているなあと思う。 私はもっとがつがつしているし、理詰めが好きだし、すきっとしゃきっとしたりしたいし、がーんと感動したい。
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