| 2004年03月29日(月) |
コンクリートジャングル |
ヨウちゃんと横浜を満喫して帰途へ。 新宿駅改札でお別れして、私は高速バス乗り場へ向かう。 私の認識では、バス乗り場は駅を出てすぐ。というくらいのアバウトなもので、とにかく近くの出口から出てみたものの、はて?バスはどこに来るのかしら? 人の流れに流されるままにうろうろしてみる。
そのうち雨が降ってきた。 傘もささずにうろうろしてみる。
「おねえさん、傘もささないで風邪ひいちゃうよー!」
後ろから大きな声で呼び止められる。
ひえーー。 拉致られて監禁されてうりとばされちゃうよー! わき目もふらずに逃げました。
さすがコンクリートジャングル・・・。
ヨウちゃんと八景島シーパラダイスを満喫し、夕方横浜駅でA君とも合流。
中華街につれてってもらい、山下公園などをそぞろ歩く。
A君とは大学時代にサークルが一緒で3年くらいつきあっていた。 付き合ううちに恋愛感情がなくなってきて、最後は私から別れをきりだした。 大学を卒業して、私は山口県で就職、A君は大学院へ進学して1年、A君から突然電話があった。
「今でも忘れられずにいる。もう一度つきあってほしい。 山口県で就職活動をしてもかまわない」
「・・・・・A君、私はもうA君のことはまったく友達としか思えないよ。 好きな人だっている。 もしも私がもう一度A君とつき合う可能性があるとしたら、それは私が40歳を過ぎたころ、結婚もしていなくて一人で、それまでを振り返ってみて、A君が一番良かった、って思った時ぐらいだと思う。 でも、A君はそんな私になんて興味ないよね。」
そのとき思っていたことを正直に言った。 その言葉がとてもひどいものだともわかっていたけど、これ以上A君を、A君の人生をふりまわすわけにはいかないと思ったから言った。
そして、A君は研究室の推薦で首都圏の企業に就職した。 A君は秋ごろ結婚する。 彼女の写真を見せてもらった。かわいらしい人だ。 「いやあ、あの時は、ほんとにまいった。 ミスチルの『幸せのカテゴリー』ばっかり聞いておちこみまくってた」なんて思い出話を聞きながら笑う。
私もちゃんと幸せにならなきゃなあ、と思う。
A君はやっぱり私にとって特別な人だろう。
変な話だけど、私はA君には借金ができる気がする。 何かまかり間違って大きな借金を私が背負って首がまわらなくなってしまうなんてことが起きたとき、私は自分で何とかしようとやせ我慢をするだろうけど、A君には正直に借金をお願いできる気がする。
そしてきっとA君はわだかまりなくお金を工面してくれるような気がする。
春休みを満喫するために上京してみた。 品川駅でヨウちゃんと待ち合わせて、八景島シーパラダイスで今日はデートです。
天気もいいし、ひさしぶりにあうヨウちゃんにちょっと照れたりしながら、水族館をのぞいたり。 こんなデート、男の人ともしたことないわあ。 特に理由はないんだけど、水族館とか遊園地とか、私の人生にはとっても縁がなくって、新鮮。
イルカショーでは、あまりのかわいらしさ、けなげさに、本気で喜んで拍手してしまった。 キャーパチパチって。
遊園地も5年ぶりぐらい。 前に行ったのが軽井沢プレイランドという、小学生ぐらいの子どもむけのところだったんだけど、そんな子供向けのアトラクションですら、すべてにキャーキャー大騒ぎの私でした。 とくに、無重力状態になってしまうのがホントに苦手。 バイキングに至るや、いまだ人生で乗ったこともないくせに、考えただけでめまいがして、恐怖感で死にたくなるほど。(公園のブランコだって怖いんだもん)
でも、もう大人だし、もしかしたら大丈夫なんじゃないか、という期待を込めてジェットコースターに乗ってみた。
ガタガタガタガタと、ゆっくりとのぼっていって、そして一気に下降。タースーケーテークーレー! 怖い!と思ったときには遅かった。 走り出したジェットコースターは止まらない! 耐えに耐えたジェットコースターでした。 フリーフォール、せっかくだけど、無理!
春休みって素敵です。 なんでしょうか、この開放感は。 久しく忘れていた心の軽さです。 つらつらおもんみるに、この開放感の正体はとりもなおさず生徒から解放されたゆえにほかならないでしょう。
15年度は終わりました。 16年度のことは4月1日までわかりません。 受け持ちの生徒のいないこのつかの間のホリデーのうれしいこと!
どれだけ学校と離れていても、休日でも、心のどこかで教師ということを忘れられずに一年間を過ごしてきたんだなあ、と実感しました。
新年度が始まるまでのわずかな日々が、かろうじて、私が「ただの私」になれる時のような気がします。
| 2004年03月25日(木) |
内田百�痢愽患官狄鑄�』 |
中沢先生レコメンドの一冊。 「きよこ先生は、小説にストーリーは必要だと思いますか? 私も昔は文体だとか、構造だとか、ストーリーが複雑で込み入ったものが好きだったのですが、百�里諒絃呂鯑匹鵑任い襪函△修鵑覆里呂匹Δ任發いい�なあ、というように思うようになってきたんですよ」
読んでなるほど。
随筆と小説のあいのこみたいなものとはいえ、突然に始まり、何の脈絡もなく「え、ここで終わるの?」みたいな終わりかた。
だけど、すごく可笑しい。
たとえて言うならば、ひげを蓄えた気難しそうな初老の紳士が真顔で冗談を言うような、そんな文章です。
バスの中で読んでて思わずプププってふきだしちゃった。
「先生僕は随分勉強している積りなんですけれど、文法の規則でも単語でも、覚える先から、みんな忘れてしまうのです」 「僕達もそうです」と賛成した者があった。 「覚えたことは忘れまいとする下司張った根性がいけないのだ。ただ覚えさえすればいい。忘れるほうは努力しなくても、自然に忘れる。 忘れることを恐れたら、何も覚えられやしない、第一、我我がもし忘れる事をしなくても、生まれてからの事をみんな覚えていたら、とっくの昔に気違いになってしまっている」 「先生」とまた他の学生が起ち上がった。 百鬼園氏は、別にうるさそうな顔もしないで、相手になっている。 「先生、参考書には、どんなものが宜しいでしょうか」 「参考書には色色あるさ。 今までにも、もう幾度か話した事だけれど、要するに参考書などに頼る必要はない。 又読んでも役に立たない。 語学の初歩は強迫に限る。強迫する役目は僕が引き受けている。相手は君等だ。 参考書は脅かさないから、駄目だ」
「人のうちの子はすぐに大きくなる」と、よく言います。 もちろんよその子だけ早く成長するわけではなく、同じように自分も歳をとっているんだけど、久しぶりに会ってみると、子どもというのはその成長を目の当たりにすることが多いということなんですけど。
子どもはぐんぐんと大きくなります。 大人といわれる時期は、現状維持でしょうか。 老年に差し掛かると、今度は、だんだん老いが目に見えるようになってきます。
私があまり会いに行かないから、久しぶりに会うおじいちゃんは、前にあった時よりも確実に年老いています。 少し背中が丸くなって、小さく見えます。 また、少し耳が遠くなったかな? この前膝の水を抜いたといっていたけど、立ったり座ったりするのが、つらそうです。
私に車を買ってくれるなんて言い出したのも、きっと寂しいからなんだろうな。
久しぶりに、従兄弟と私と母と集まってにぎやかな夜、いつもよりもお酒が進んで、饒舌です。
おじいちゃん、その話、もう5回も聞いたよ。 その手品のタネも知っているよ。
知らないふりしてのってあげればいいのに、無邪気なふりを装ってあげることができたらいいのに・・・。 たまに会う時にもそれができない、だめなインテリ女です。
この歳になってすねっかじるとは、なんとも困惑しています。 おじいちゃんが私に車を買ってくれました。
お正月に会いに行ったときに 「きよこの車はちょっともう古くて危ないんじゃないか」なんて言われて、 「うん、古いけど、でも、まだまだけっこう走れるよー。大丈夫」 という会話をしたのですが、2月になって、ダイハツで営業をしている従兄弟に召集がかかりました。
そして「どんな車がいい?」というところまで話はとんとん拍子に進んでいました。
「でも、私、新しい車を買う余裕なんてないよー」 「いやいや、お金なんて、そんなのは心配しなくってもいいんだよ。 おばあさんが、どうしてもきよこに車を買ってやりたい、金を出してやりたいって言って聞かないから。 おばあさんが出してくれるから」
そんな、申し訳ないよ〜。 もう、成人しているし、働いているのに、車をかってもらうなんて・・・。
自分があんまり孝行できているとも思えないので、余計に心苦しいです。
でも、そこまできまった話をかたくなに拒否するわけにもいかず、車を買ってもらったお礼はこれからたくさん会いに行ったり、電話をかけたり、贈り物をしたり、そういうことでしていけたらな、と思います。
いつまで続くのかな、ビギナーズラック。 「そろそろ実力かしらん」なんてうぬぼれてみたくなってきました。 今日は中沢先生プレゼンツ麻雀大会でした。 総勢5人の先生がたが集まったので、私は1/2人カウントで、他の先生かわりばんこでペアを組んでもらって打ちました。 さすが教えるプロ、というわけで、私ははじからわからないことを教えてもらいました。
「なんでリーチをかけないでポンできるんですか?」 「リーチをかけて有利になるのはどんなときなんですか?」
まったくウザイぐらいに基本的なことから一つ一つ質問したのですが、みなさん快く教えてくださって、今日でかなりわかった気がする!
「きよこ先生、すばらしいツモですね!」 そうですかー。よくわかんないけどうれしいな。 確かに、役も知らないのに、手にならないということがほとんどない気がする。 次はこれが来るといいなー、と思っていたらたいていツモるんですよね。
「やった!きよこ先生、すばらしい、また来ましたよ。 では、牌をすべてオープンして、高らかにあの言葉を宣言してください!」
「え?あのことば、えっと、えっと・・・ツモ!!」
わーパチパチあがっちゃったあがっちゃった。 またマンガンツモったよ。
終わってみたらなんと一位!教えてもらいながら勝ってシマッタ。
| 2004年03月21日(日) |
『セレンディピティ』 |
セレンディピティー素敵な偶然―
「偶然は信じない。すべて運命よ」 「神の定め?選択の自由はなし?」 「そう思うわ。自分で決めたつもりでも、運命は“サイン”を送って私たちを導くのよ。」
劇中でとても印象的だったこの言葉。 人は自分で決断し、選択して生きているように思いがちだけれど、それらは人智の及ばぬところであらかじめ定められた必然であり、偶然などはあり得ない。 まったく、そうとしか思えないような出来事もありますよね。
例えば、1月24日の日記に書いたようなこととかね。 本当に偶然では片付けられない不思議なことがあるものです。
さて、この映画の中で、二人はクリスマスプレゼントを求める人々でごった返すデパートで、同時に一つの手袋をつかみました。 一目で何かを感じとる二人。 でも、お互いに恋人がいました。
その時ではないのです。
彼女は言います。 「今はまだ、その時じゃない。もし、本当にあなたが運命の人ならば、今別れても、きっと運命が導いてまためぐり合うはず」
二人はファーストネームを告げただけで別れます。 運命のサインが訪れる時を信じて。
出会った瞬間にピンと来るものがあるならば、電話番号を聞いたり、住所を聞いたり、職業、年齢をお互いに知り合って、しかるべき手順を踏んで歩み寄っていく、それが一般的なプロセスです。
それをあえてそうしないで、運命にすべてを委ねた。 私はそこに、矛盾するみたいですけれど、強い意志というものを感じました。
人間は時間の流れに従って生きる宿命を負っています。 どんなに努力し、望んでも、状況が適わない時があります。 この二人の場合もそうでした。 状況が許さないことを理解しながらも、諦めることができなかった。 だからこそ偶然の名の下に引き寄せられる時が来るのを待つ決意をしたのではないでしょうか。
ロマンティックな話しですよねえ。 運命によって再会する二人なんて。
でも、現実には、そんなセレンディピティがごろごろころがっているわけでもなく、運命に委ねているうちに他のセレンディピティによって、思いがけない方向に動き出すこともあったりしますよね。 何がその人にとってのfortune opportunityかは、結局、神のみぞ知る、ということなのかな。
「要するに、居ればいいわけだね」というような理解です。 生徒が来ない学校なんて、無限増殖に成功した後のスーパーマリオブラザーズみたいなもんで、ちょろいもんです。 とりあえず、残務整理が期日までに済めばいいのです。
昨日は午前3時まで飲んでおしゃべりしていたので、睡眠時間2時間あまりなのですが、平気です。 まったくのすっぴんにジャージで学校に行ってやりました。 なんとなーく、机の上を整頓してみたり、プリント類でいらないようなのを捨ててみたり。
そうそう、卒業生の名簿を完成させないとね。 卒業生名簿とは、誰が、第何号の卒業生か、ということ、生年月日、住所を記録しておくもので、すべて手書き、訂正印不可という、鬼のように過酷な書類です。 私の冬休みの宿題だったのですが、何度泣かされたことか…。
今日は、割り印を押して、いよいよ完成の段階です。 おや?確か、このロッカーにしまっておいたはずなのに、おかしいな。
同じような封筒があるけど、中身はただのゴミだし。
・ ・・ゴミ?なんでゴミがこんなところにあって、大事な卒業生名簿がないの!?
考えられる可能性は一つ。私がゴミと間違えて卒業生名簿を捨ててしまった・・・・!
なんてことーーーー!! やばい、それはやばい! 笑えないよ!
と、とにかく、探そう。 年度末ですごいゴミの量です。 捨てられたゴミ袋が山のようです。 手当たり次第にゴミ袋を開いてあさってみました。 ない、ない。
「おい、なにやってんの?ゴミ袋に顔つっこんで。」 「あ、先生、あのっ、卒業生名簿っ、捨てちゃったんです!」 どひゃー、よりによって、学年主任に見つかってしまった。怒られるー。
「わはははははは!!おい、しょうがねーなー。 一緒に探してやるわ。」
えー。怒らないんですかー?すいません・・・。 ほかの3年の先生がたも協力してくださって、みんなでゴミあさりです。 大捜査網20分間の末、見つかりました! 探し出した卒業生名簿を高らかに掲げる学年主任の先生の姿に後光がさして見えました。
今日という今日はさすがに反省です。 自分の愚かさが身にしみました。 生意気を言うのは、自分が他人様に迷惑をかけないようになってからですね。
卒業式の後には、転出される先生の離任式がありました。 転出される先生の名前は、昨日の放課後の職員会議で初めて発表になったのですが、すべての秘密は暴かれる運命にあり、それまでに、大体どんな先生が移動になるか知っていました。
教頭先生を除いて・・・。
その名前を、転出者の中に見たとき、私は自分の目を疑いました。
校長先生が転出になることはしっていたので、まさか教頭先生も出られるなんて・・・。
教頭先生は地味な先生です。 でも決して人の悪口を言わない先生です。 いつも11時を過ぎるまで学校に残っていて、翌朝は7時前に来て、学校の鍵を開けます。 毎日毎日、土日だっていつも教頭先生は学校にいました。
この一年で私がしでかした失敗のすべてを教頭先生がフォローしてくれました。 いつも「初めてだから、失敗して当たり前だ」って言ってくれました。
「教頭先生、今日は何時までやっていかれますか?」 「なんだい、まだ残るかい?おらぁもまだちっとやることあるよ。」
いつも、教頭先生がいるから夜遅くまで残って仕事をすることができました。 春、またあわただしい季節がやってきても、教頭先生がいるから、夜遅くなってもがんばれると思っていたのに・・・。
夜の職員室は教師の舞台裏です。 翌日の授業が、指導がうまくいくかどうかは前日の準備でほとんどきまります。
どんな授業をしようか迷った時、その日の授業がうまくいかず、次の授業が組み立てられないとき、こなしきれないほどの雑用を抱えたとき、そこには教頭先生がいました。
実際に手を貸してくれたことはありませんでした。 でも、それはいいのです。 結局自分の仕事は自分でするしかないのですから。 何もしてくれなくても、そこにいてくれた、それだけで救われていたのです。 来年度は教頭先生がいない。 私はちゃんとがんばれるんだろうか?心細さでいっぱいです。
3月は、すべてが丸くおさまる季節です。どんな衝突も葛藤も水に流して、「さよなら」と笑って手を振ることができる、そんな空気が流れる季節です。 後期入試が終わって、生徒の中には、あと○日、の思いが強くなってきていましたが、それとはうらはらに、私は卒業式前日の終業式のための仕事やら、煩雑なお金の計算に追い立てられるままに、今日という日を迎えてしまいました。
本当ならば子どもたちに心を沿わせて、一日一日をカウントダウンして今日を迎えたかったけれど・・・。
一週間ほど前から3年生に聞かれていました「先生、袴着るん?」って。 「そんな副担任が主役みたいに目立っちゃいけないじゃん」と言ったのですが 「いいじゃん、着てよ着てよ!」と、楽しみに思ってくれたので、朝から美容院に走りました。 5時起床です。
「先生、私のために泣いてね!」と、言われ 「泣くわけないじゃーん。泣かないよっ」と言っていたのですが、やっぱり泣いてしまいました。
特に卒業式後の学活は泣かずにいられませんでした。 卒業式が始まる頃降り始めた雪は、体育館を出るまでにあたりを雪景色に変えていました。 3年間クラス替えなしで、同じ担任の先生のもとで中学校生活を送ってきた生徒たちなので、私は新参者でした。
でも、この一年間、私はできるだけのことをし、また、生徒もそれにできる限り応えてくれたように思います。
たった一年間だったけど、私にとっては本当にしゃかりきで、大変で、えがたい、実り多い一年でした。
結局、昨日の夜、考えた言葉は、すっかりどこかに消えてしまい、私は思ったことをそのまま言いました。
「みんなは、私にとって、生徒でありながら生徒ではなかった気がします。 一人ひとりが私には測り知れない“何か”を持っていて、それがどんなものなのか、どのような形で現れるのか、私にはまったくわからなくて。
だから、私は、自分なんかがみんなに“教える”なんてことをしてもいいんだろうか?って思いながら授業をしていました。 本当に、力不足でみんなには申し訳なかったなあ、と思います。
でも、私、これからもっと力をつけて、今度は、担任で、みんなみたいなクラスを作れるようになりたいと思っています。 だから、卒業しても、たまには中学に顔を出してください。
私がちったあ成長してるか見てやってね。 そして、みんなが、高校に行って、ひと回りもふた回りも大きくなった姿を見せてね。 楽しみにしているからね!」
寄せ書きに書いてくれた言葉のなかで、最大の賛辞をもらいましたので、紹介を。
「いつもうるさくてごめんなさい。 先生はお母さんのようにしかってくれてすごくすごくあたたかかったです。 またしかってください。」
| 2004年03月13日(土) |
髪を切ろうかよそうかそれが彼女のすべて |
ここ数日、髪の毛が切りたくてたまらない病に悩まされています。
セミロングのゆるやかウェーブのかかった髪が、あまりにも万人うけするのがつまらなくなってきました。
宮沢りえみたいな、ショートにしたくなりました。
そう友達に告げると、
「万人うけする時なんて、そう長くないんだから、うけるときはうけといたほうがいいんじゃない?」
と、言われ、ひとまず小康状態に。
| 2004年03月12日(金) |
かわいいもの大好き♪ |
最近としとったよなー、と強く思うこと。 かわいいものをみると、「きゃわぃい〜」ぐらいの勢いで、まなじり下がって、両手を顔の前でグーしてしまいます。 赤ちゃんとか、小動物とか、たまらないんです。 昔はこんなじゃなかったんだけどなー。
友達とかが、犬やネコを見るたびに「かわいー!」って喜んでかけよってはよしよしなでなでするのを見ては 「かわいいからなんなの?」 「ほかの言葉知らないの?」 ぐらいの冷めた気持ちでいたのです。 そんなのは、子どもらしく素直にかわいく振舞えない自分に対するコンプレックスだったんでしょうけど、今になって、その頃の反動か、小さいもの、いたいけなものが、かわいいんだよね〜。
特に私の心をぎゅっと掴んで離さないのが、ヴィッツのCM。 ちっちゃい男の子が猫の着ぐるみで、お魚抱えてちょこちょこしているの。 カーワーイーイー!! よしよしなでなでしてあげたい!
長野県公立高校後期入試の日がいよいよやってきました。今日ばっかりはみんなきれいな格好して、集合時間の30分〜10分前にちゃーんと登場してきました。 空は真っ青に晴れ上がり、春がやってきたかのようなお天気です。 「暖かくってよかったね。じゃあ、がんばっておいで」と、校門で生徒を見送って、私は引率者控え室へ。
さてと。 控え室に入ったからといって、一日中生徒の検討を神に祈り続けるわけでもなく、ぼ〜んやりしてました。
ほかの先生たちを見ると、通知表を書いていたり、パソコンを持ち込んで何か打っていたり、せっせとお仕事していらっしゃるのに、私は仕事も持ってこなかったので、ずーっと本を読んですごしました。
おともは『ハリーポッター The Order of the Phenix』今日みたいにまとまった時間がないと、なかなか読みすすめられないんですよね。 もう、何カ月がかりで読んでるんだろう・・・まだ、ようやくホグワーツでの5年目が始まったところです。あと500ページ、がんばれワタシ。
という気持ちとは裏腹に、眠くて眠くて・・・読んでいるんだか寝てるんだか。 気が付いたらもうお昼さ。 お昼ごはんをコンビニに買いに行ったついでに、本を買いました。 読みたいと思える本もなかったのですが、日本語が恋しいあまりに買ってしまった。
樺旦純『怖いくらい人を動かせる心理トリック』 そして、午後で一気に読んでしまった。 人の無意識を利用して動かすためのトリックのハウツー本。 かねてから、手のひらで生徒を転がしたい私にとってはなかなか実際的で意外と面白かったです。
例えば、説得の技術。 「言いたいことを相手(聞き手)に訴えるにはタイミングがある。 さて、次のA,bのうち、どちらが説得効果が大きいだろうか。
A 議論を徐々に盛り上げ、最後に“強力な主張”を。 B 最初に“強力な主張”をし、後から裏づけ(補強)となる議論を一つ一つ展開する。」
私はどちらかというと、生徒の心を出だしでぐっと掴みたいがために、Bのように、結論や強力な主張を最初にがーんと話します。
でも、実はこれは効果としてはAに劣るんですって。 確かにそうかも。Bで話すと、つかみでぐっとひきつけるけど、結論わかっちゃうから、集中は次第に薄れてくかも。 「昨日すっごい面白いことがあってさー!」って始めに言ってしまうとせっかくのネタもおかしくなくなっちゃうことってあるよね。
まあ、そんなことになるほどなんておもっているうちに、後期試験、終わりました。 「過去問とかやったときよりは簡単だった!」なんて声がたくさん聞かれました。 てことは、平均点が高くなっちゃうのかな。 なにはともあれ、山は越えた。 これから卒業式まで、わずかだけど、中学校生活最後の日々を、楽しく過ごすじゃん。
私の学校の職員室は人間関係がよくないです。 教師なんて、人間関係を調整してなんぼの商売のはずなのに、自分のことになると、子ども以上に子どもじみた行動にも気づけなくなってしまうのですね。 あちらで仲間はずれ、こちらでいじめ、かげぐち。 私は職員室の人間関係なんて教室の人間関係に比べたら大して重要ではないって思っているから、そういう問題にはなるべくかかわらないようにしています。 でも、同僚の先生の愚痴を聞いたりするから、間接的に私もそういういざこざに加担しちゃっているんでしょうね・・・。
同僚の先生が、その日どれだけ相手がひどいことをしたか、仕事をしなかったか、ということを私に事細かに説明してくれるのを聞きながら、思うのは、 「結局、とにかく、どうしても、嫌いでしょうがないんだね」 ということです。
「好きという感情には理由などないけれど、嫌いには理由がある」って言います。 誰かを好きになる(恋愛、それ以外にかかわらず)、何かを気に入る、というのは理詰めではなく、とにかく自分の心の中に“好きだ”という気持ちが厳然と存在しちゃうんですよね。 好きだから好き。 誰かにその気持ちを伝える時だって、「あの人のほうからいつも話しかけてくれるから好きなんだよね」とか、わざわざいうことはないだろうと思います。
でも、同じように感情の問題でありながら、嫌いについては、とかく理由をつけたくなるもののようです。
「私のほうをいつもにらむ」とか、「私にだけ冷たい」だとか。
多くの場合は思い過ごしか、はたまた、その人を嫌う自分の姿がその人に投影されてしまっているか。 だけど、もうそう思い込んでしまったら、論理的に正しいかどうかなんて関係なくなっちゃうんですよね。 同じようなずるをしても、自分の好きな人なら許せるし、自分の嫌いな人がすれば気に食わない。 給食のあまりが職員室に午後残っていたりします。 それを生徒が帰ってから男の先生が食べると 「あいつに食わせるぐらいなら捨てちまえ」と陰で言う人がいます。 56歳の事務の先生です。
それだけお年を召しながら、そういう程度の低いことをいうなんて、情けないですよ。
「ねえねえ、どうしたらいいと思う?」とか聞かれたとき、私はその子がそうしたい、と思っていることをそれとなく押してあげます。
相談をもちかけるとき、ほとんどの場合、もう気持ちはきまっているんですよね。 あとは、自分以外の人も、そう判断するんだっていう後ろ盾を得たい、動き出すためのはずみをつけたいってだけなんですよね。
だって、本当に二つの選択肢の間で心揺れているようなときならば、相談したりせずに、自分で考えたり、時間に任せたりするはずです。 ある程度自分で考えて、問題が把握できた段階じゃないと、相談にもならないもんです。
なので、私はわざわざその人の考えを覆したりなんてことはせずに、その人の望むほうの意見を肯定します。
それは、自分のことを振り返っても、人がどんなに論理的に正論を述べて自分を説得にかかっても、結局自分がこうしたい、と思うことしかできないからです。
仮に私が未来を見ることができて、その人がつらい目にあうことがわかっているのなら反対もするでしょうが、誰にも未来のことはわかりません。 ならば、本人の望むようにするのが最善なような気がするのです。
だから、人の相談を受けるときには、「どうしたいんだろう?」ということを最優先にして聞くようにしています。 「好きなんだけど、奥さんがいるの、どうしよう?」なんて相談は簡単です。
そんなの、「そんなの誰もが不幸になるだけだからやめたほうがいいよ」なんて言われたいわけないんです。 「奥さんがいるからって、嫌いになんてなれないよね。軽はずみなことはしないほうがいいとは思うけど、でも、だからといって避ける必要もないんじゃない?」 みたいなことを言ってほしいんじゃないかなあ。
そんな感じで相談にのると、「そうだよね!」なんて大体納得してくれます。
でも、難しいのは、買い物に行き、「どっちがいいとおもう?」なんて、両手に商品を持って聞かれたとき。 そして、その商品がどちらも私なら絶対にえらばないような感じのものだったとき。 これは困りますよ。
わかんないので、適当に「右のほうがかわいい感じ・・・?」とか言います。 こんな時、本心を聞かれたら、百年の友情も一瞬で崩壊です。 「どっちでもいーじゃん!」ぐらい思ってます。
この年になって、麻雀デビューです。わーいわーい。
大学時代に寮で男子がじゃらじゃらしていたり、サークルボックスでも、日夜じゃらじゃらしていたり、いつでも始める機会はあったのですが、興味がナッシングだったのです。
でも、この前、中沢先生の家で麻雀大会があって、私はずっとネコと遊んでいたのですが、のぞいてみていたら、ちょっと覚えてみたくなってきた。
でもさ、今から始めるのはちょっと勇気がいるのです。
だって、初心者でもたもたしていると、ほかの3人に迷惑かけちゃうもん。 それに、麻雀をしているときって、みんなとっても真剣。 邪魔しちゃうんじゃないかって怖かったりもする。
今日は学年の先生たちでのお疲れ様会。 穂高温泉郷の貸し別荘を借りて、焼肉して泊まりました。 12時を過ぎるまで飲んで、その後に「麻雀をしよう!」と。 でも、みんな眠かったりでメンツがそろわず、「じゃあ私がやります!」となりました。
「よし。負けたら脱ぐんだぞ」 「ええー!?脱衣麻雀ですか! いいですよ!やりましょう。 脱ぐったって、全部脱いだりしませんよ。 靴下から、それもかたっぽづつですからね。」
なんてハレンチ!でも、俄然やる気満々の先生方。 私も初心者の相手をしていただく後ろめたさがなくなりました。
で、ハンチャンやったのですが、麻雀って面白いですねー。 今まで、なんであんな単純なことを徹夜でやり続けられるんだろうかってすごく不思議だったんだけど、やってみて、すごくわかった。 面白いよ!がんばって考えてるから、全然眠くならない。
今まで、耳にしたことがあっても、意味がわかんなかった麻雀専門用語がやっとわかったよ。
結果は、一回あがりました! 追っかけリーチで、一面待ちだったんだけど、「リーチはかけることに意義がある」というわけで、かけてみたら、次でズビッと引いちゃいました! わーいわーい、ビギナーズラック♪ マンガンっていうやつなんですって。
うかれて次でもまたリーチをかけてみました。うきうきで誰か振りこんでくれないかな♪ っと待ったのですが、そううまくもいかず、流れてしまいました。
「どんなリーチか見せてみろ」と、言われ、オープン 「おめーこれのどこがリーチだ?」 「え?うそ。 あ!やだー、5だと思ったら丸が6つあるー。 見間違えちゃった。あははははは」 「ばかやろー。見間違えたじゃねー。5枚脱げ!」
長野県はかつて教育県の誉れ高く、教育熱の高い県民性なんですって。 市民のなかから教育を熱望してきた歴史があり、体制がそれに応える形で独自の教育がなされてきたようです。
「長野県方式」とでもいうような県外出身者から見るととても個性的に思えるなやりかたが今でも根強く残っています。
例えば、先生が生徒を名前の呼び捨てで呼ぶ、って、けっこうあるんでしょうか? 私にとっては衝撃的でした。 「名字+さん」以外で先生に名前を呼ばれたことなんてなかったから。 でも、名前で呼ばれたほうが親しみがこもっている気がするかもね。
長野県方式と呼ばれるようなことの、ほとんどは精神を理解できるものなのですが、私がひどく不満に思っていることが一つあります。
それはクラス替えのあり方です。
私は小学校1・2年が同じクラスで、3年にあがるときにクラス替えがあって、2年間同じクラス。5年になるときにもう一度クラス替えがありました。
そして、中学校では毎年クラス替えがありました。
ところが長野県では長くクラス替えは存在しませんでした。 小学校6年間ですら!中学校3年間など言わずもがな。 私はそのことをごく近年知ってとっても驚きました。
クラス替えがないどころか、担任もずっと持ち上がるんですって!
は〜・・・。 もちろんいいこともあると思うんですよ。 それこそお互いのことをよーく分かり合えるだろうし、長いスパンで段階的に力をつけていくことができるだろうし。
だけど、私にはそれ以上の弊害が危惧されて仕方ないのです。 例えば、ちょっとしたきっかけで友達関係がうまくいかなかくなって不登校になってしまったり、いじめにあってしまった場合、もちろん問題の解決のためにできる限りの努力をするべきですが、クラス替えをすることであっけなく解決することだってあるのです。
それが、ずっとクラス替えがないということは卒業するまでその閉塞した人間関係の中で耐えつづけるか、いつおとずれるともわからない一発逆転のチャンスを待ち続けるか・・・。
義務教育の中の人間関係にあっては、合わない人とうまくやっていく経験よりも、自分が本当に心許せる気の合う人を見つけ、充実した楽しい学校生活をおくる経験のほうがずっと大切じゃないのかなあと思うのです。
また、力のない担任に6年間とか3年間受けもたれた子どもの不幸を考えると、いてもたってもいられません。 もちろんそのクラスがいじめもなく誰にとっても楽しいものであるかどうかも担任の力量次第ですし、いろんなことに対する考え方だって大きく影響します。
最近、長野県でもだんだんクラス替えを行うようになってきました。 それに対して、多くの先生方は「残念だ。クラス替えなんて・・・」という論調です。
でも、ちょっと待ってくださいよ。 子どもの大事な3年間をあずかるだけの“責任感”と“考え”と“力”はあるんですか?
私が長野県で出会った先生のなかで、それだけのものをもった先生として、今、頭に浮かぶのは、わずか2人です。 もちろん、私なんてとても無理です。だから、クラス替えをして、友達、先生、なるべく多くの人とかかわりあうチャンスを持って、それぞれがその中から、よりよい人間関係を探していくのがいいんじゃないのかなあ、と思うわけです。
| 2004年03月05日(金) |
森鴎外『ヴィタ・セクスアリス』 |
AETのカトリーナは大学時代文化人類学を専攻していて、スペイン語とフランス語に堪能な才媛です。 ある時、「日本文学も読んでみたい」なんていってくれるもんだから、私、はりきって選りすぐりの3冊をレコメンド。 まず、村上春樹『ノルウェイの森』三島由紀夫『金閣寺』そして、森鴎外『ヴィタ・セクスアリス』現代と、昭和と明治を代表する作家のラインナップです。 アマゾン屋さんで書評を探してきて、プリントアウトしてあげました。
・・という話しをしたら、中沢先生に話したら、「なんというセレクション・・・」と絶句 されたのですが、カトリーナはお気に召してくれました。
インターネットで英語版を取り寄せて、早速『ヴィタ・セクスアリス』を読んだそうです。 とにかく面白くって、一気に読んじゃった、って。 そして、かなり文学論っぽい感想を言ってくれたんだけど、充分に理解できず、あいまいにうなずいてしまった・・・。
愛と性のかかわり、とか、人が性に対してどのようにアプローチしていくかということはとても興味深い問題で、『ヴィタ・・・』を読んで、日本のHow to approachはアメリカのと似ていると思った、ってことぐらいしか聞き取れなかったYO。
せっかくとっても熱心に語ってくれたんだけど、それに見合うだけの考えを英語で伝えることができなくってとても申し訳ないっす。
この作品は、鴎外の作品の中でもあまり知られていないものなんだけど、性への目覚めを、自然主義小説風に(鴎外は自然主義には反対の立場です)自分の学生時代の体験を振り返る形で描いています。 当時はとってもセンセーショナルな内容だったのでしょうが、今読むと、正直で純情な学生さんの悩みが、微笑ましいほどです。
鴎外の作品を全部読んだわけではないけれど、私が唯一好感を持って読んだ作品なので、カトリーナに気に入ってもらえてとってもうれしかったです。
そして、今度は、カトリーナに本を紹介してもらいました。 ガルシア・マルケス『100年の孤独』 私は全然作者も知らなかったのですが、コロンビアの作家でノーベル文学賞も受賞した20世紀を代表する作家なんですってね。 さっそくアマゾン屋さんで注文しちゃった。
でも、あとで中沢先生に「『百年の孤独』って知ってますか?」って聞いたら、 「知っているというか・・・。持ってはいるけれど、読んでいないです。とにかく長くって」
が〜ん。えらい難解ってことですか。 そうだよなー、2800円もしたもんなー。 長いんだろうなー。読める自信がなくなってきたぞ。
| 2004年03月04日(木) |
笠原真澄『いい女ほど男運が悪い』 |
4,5行を斜め読みして、すぐに目を上げた。 ・ ・・おいしくない。 目が読むことを拒否する。
『いい女ほど男運が悪い』恋愛についてのエッセイだから、内容は、興味あるんだけど、どうしてもすらすら読めない。 こんなこと、ふつうないのにな・・・と振り返ってみて、はたと思い当たった。
「そうか、いつも、おいしい料理を食べているから、舌が受け付けないんだ!」
なんていうか、駄菓子みたいな文章なの。 ざくざくした歯ざわりで、主張が強いから味付けが濃いんだけど、語彙が貧弱だから味が単調で。はっきりいってC級文学です。
友達に薦められて読み始めたので、まがりなりにも全部読まなきゃ、という義務感で読み終えたけど、読後感は「だからナニ?」というほどのものでした。 個人的な恋愛観が個人的なままに終わっていて、だからナニ?
でも、本書をはじめ、日ごろの研究の成果が実りつつあるのか知らん。 こんな結果が・・・。
http://hanihoh.com/love2/result/index.cgi?k=040309-30-54207
小さい頃の夢は看護婦だったり、花屋だったり、先生になりたいと熱烈に思い続けて今に至るということはまったくないんだけど、振り返ってみると、教えるということに、何かかかわりを持ってきているのだから、不思議なもんです。
中学生の頃、テスト前、一週間ぐらいになると、夜、友達から電話がかかってきました。 「数学わからんから教えてもらいに行ってもええ?」
土、日にはご招待を受けました。 「勉強会するから、来ない?」とはいえ、あの頃の私には勉強を教えようなんて気はさらさらなくて、友達が勉強する横でマンガを読んでいて、質問されれば説明する、という横柄ぶり。
今、思い返すと、なんてやつだ・・・と情けなくなりますが、当時の私は友達と遊んでるぐらいの感覚でいたんですよね。 幸いなことに、こんな薄情な私を友達は見捨てないでくれましたが。
そこから、少しは教える意識も高まってきて、色んな技術を身につけもして、今、教えるということを生業にしてみて強く思うことは、「教える」ということの傲慢さです。 おこがましさ、って言ったほうがいいかな。
何様だよっ!って自分をつっこみたくなることがあります。
だって、先生という立場だからって、私が万能になれるわけはなく、ちっぽけなただの私でしかないんですもん。 あの頃、な〜んにも考えずに、友達に勉強を教えていた自分を思い出すと、恥ずかしくなります。
今、私が子どもたちにできるとがあるとしたら、人生を変えるような訓戒を垂れることでも、膨大な知識でを与えることでもなく、ただ、新しい世界の扉を開いて、一歩をふみだせるように背中をポンと押すことぐらいのもんだ。 そのあと、その世界へどんどん進み行くのもよし、やっぱり面白くない、と引き返すもよし。 それを指図するなんてことは到底できないし、そんな権利なんて誰にもないと思うのです。
3年生の選択の授業のことでした。 男子が数人、わあわあ騒いで遊ぶから、止めにわって入りました。
私「これ!Y君、遊んでんじゃない!」
M「Yは、先生に個人的に嫌われてるんだよな」 Y「うん。そんなのずっと前から知ってたし」
私「ええー。そんな風に思っていたの?嫌いなわけないじゃん。そんなの勘違いだよ。嫌いだなんて思ってないよー」
なんか、私、切なくなってしまいました。 Y君、冗談めかして言っていたけど、きっと、ずっと気にかかっていたんだろうなあ。 「僕はどうも嫌われている」って。
私がY君を嫌っていたかって?滅相もない。
生徒って、好きだとか嫌いだとか、そんな対象じゃないです。
Y君はむしろ、高く買っていました。成績はトップクラス、背が高くって、生徒会副会長で、バスケ部のキャプテンでさわやかで。すごく優秀な生徒です。
だけど、だからこそ、私はもっと高いレベルを求めていました。 Y君は成績がよくない生徒たちのグループに入って、いつも授業よりも、その友達と遊ぶこと優先です。 そのくせ、家ではしっかりと勉強をして、提出物などもかならず提出します。 私はそういうところが腑に落ちませんでした。
友達が大事ならば、授業中、友達にも勉強をするように促し、自分も勉強するのが本当の優しさだと思うからです。
自分だけはちゃんと宿題もやって、いい成績をとって、友達の成績はどん底でもまったくおかまいなし、というのは、薄情な友情だと思っていました。
だから、授業中に何度も注意しました。それはY君だからこそできる注意でした。 Y君ならば、当然わかる、できる、と判断したから私は注意したのです。
でも、伝わっていませんでした。 「どうして自分ばかり注意されるんだろう。ほかの奴だって同じ事をしているのに、自分ばかりきつく叱られる気がする。」 「一番ふざけているMには優しいのに・・・」という思いがあったのかもしれません。
確かに、同じように叱らなかったかもしれません。 でも、それはY君が嫌いだからとか、ほかの生徒が好きだからというわけではないのです。
例えば、一番やんちゃなMに対して、それほど厳しく言わずに諭すように言うのは、ゆっくり説明して、一つ一つ確認していかないと、理解できないと判断するからです。 生徒の性格や、力に応じて、取るべき方法を選択しているからです。 (足し算ができない子に、掛け算を教えることができないように、発達には段階があり、その段階に応じた方法でアプローチする必要があると思うのです。)
Y君は、そんな子どもじみた方法を取らなくてもわかる力があると思って単刀直入に、伝えていました。 それは、Y君を子ども扱いしないという、私なりの尊重の態度だったのですが、彼には伝わらなかったみたいです。 それどころか、自分が拒絶されているという気持ちをずっと抱いていたというのです。
この事実を目の当たりにして、私は、「悪いことをしてしまったなあ」と思いました。 授業で叱ったあと、ちょっとフォローの言葉をかけておけばよかったなあ。 もう少し話す時間を持って、分かり合えていたらよかったなあ。
「ラ・ポール」という教育用語があります。 信頼とでも訳されるような概念です。 教える・学ぶという関係は「ラ・ポール」なくしては成り立たないのです。 私が正論を振りかざして、Y君とのラ・ポールをいたずらに打ち壊していたのではどうして安心して学ぶことができましょう。
私の勤めている学校の生徒って、とっても歌が好き。 生徒が好きなのか、いつの間にか好きになるのか。 けっこう合唱をする行事も多いんだよね。
卒業式も、歌、メインな勢いで。 卒業生は混声四部部合唱を3曲プラス全校合唱の「ふるさと」を歌います。
んなわけで、受験勉強の合間を縫って、歌の練習がんばってます。 そんな時、私も負けずに歌いますとも。
合唱大好き!のぞむところです。 掃除が終わって、柔剣道場にどやどやと生徒が集まりました。私も上履きを脱いで入っていきました。
なに? ナニ? 生徒が次々振り返り、私のほうを見ます。 「ほら、もう練習始まるから、指揮者のほうを見なさい」
ますます振り返ります。 私のぐるりを取り囲んできます。
「先生!なに、そのくつ下、右と左が違う。」 「朝、寝ぼけてたんだね」
「これ、最新ファッションだから!これから流行るよ!」
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