| 2005年01月31日(月) |
村山由佳『おいしいコーヒーの入れかた�后[个慮畍紂� |
生徒にシリーズで借りています。 この歳になって読むと、こそばゆいような、初々しい恋の物語。 この巻でも二人はりょうおもいなのに照れたり、正直になれなかったり。 そして、ショーリに思いを寄せる女の子が登場したり。 一進一退です。
綾乃は、すでに寝息をたて始めていた。 「丈」と、僕は小声で言った。「音、でけえ」 「んまっ.オニイチャンたら、過っ保護〜」 憎まれ口をたたきながらも、丈は素直にテレビの音量を絞った。 早くも初夏の匂いを感じさせる風に、綾乃の髪(とは名ばかりの産毛)がほよほよとなびく。テレビからは大勢の笑い声、窓の外では近所の子がはしゃぐ声。庭の木々はそれぞれの緑に輝き、空はどこまでも青く澄み、キッチンからは涼しげな水音、どこかの屋根の上で猫が鳴いている・・・・・・。 この感じを覚えておこう、と僕は思った 何ひとつ足りないもののない完璧な午後。満たし、満たされ、少し退屈で、でも何もしたくない、しなくいい――そんな幸せな午後のことを、大事に覚えておこう。ごくふつうの平凡な幸せってものが、じつはふつうでも平凡でもない、こんな奇跡的なバランスの上にだけ成り立つものなんだってことを忘れないでいるために。
この部分に、激しく共感。
完璧に平凡で普通な幸せは、奇跡的なバランスの上に成り立つものなんだよなあ。 そして、その瞬間が幸せな瞬間だということは、あとになって気がつくものです。 その瞬間をなつかしみ、どれだけ、それに似せて幸せな瞬間を再生しようとしても、 どこか微妙に違っちゃうんだよね。
| 2005年01月26日(水) |
あれって、セクハラだったの? |
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050120k0000e040074000c.html こういうの、セクハラって言うのか・・・。
あんまり状況が似ているもんだから、同じ教授のことかと思ってしまったんだけど、年齢が違いました。 私も、大学時代、同じようなことを言われたことがあります。
「私には、妻も子もありますが、実際に結婚をしてしまうと、現実の問題が発生して、やっぱり恋愛とは違ってしまうものなんですよね。 だから、もし、きよこさんさえよければ、結婚とかそういうのはぬきにして、楽しくお付き合いをしていきたいって思っているんですよ。」
突然に何をおっしゃるのかしら! 私、そんなそぶりだった?大いに誤解していますよ。 面食らってしまって、そらおそろしくて、それ以降やんわりと関わるのをさけることで、私の場合は過去のことになっていきました。
通院するほど悩みまくるほど繊細でもなかったので。
だから、正直、この記事を読んで、この一度の発言がセクハラっていうのが、ピンとこなかったです。 お付き合いを強要された、とか、繰り返し言われたとかじゃないんですよね? 周りに言いふらされたとか。 そういう対象として見られていたことがショックだった、って。 教授としての立場では思うことも口にすることもセクハラ、というわけですね。
確かに公私の区別はつけるべきだとは思いますが、教授が権力の行使を行って初めてセクハラの範疇に入る、というのが私的見解です。
| 2005年01月25日(火) |
老婆心のオブラート包み愛情添え |
妹。20歳。大阪在住フリーター。 あるとき届いたメール。 「バイト探してて、条件に、ワードとエクセルができることってあるんだけど、ワードとエクセルって何? すぐできるようになる?」
このメールを読んで、なんか、もんのすごーく悲しくなってしまったの。 妹が、不憫でかわいそうで・・・。
目の荒いふるいにかけられるまでもなく、振り落とされてしまっている妹。
そんなイメージを持ったなんて言ったら、きっと妹は憮然とするだろう。 わかっていますよ。 こんなえらそうな、偏狭な考え方は大きなお世話だって。 「つぶしがきくように、手に職をつける」なんて、いかにも私が考えそうな保守的で、かたっくるしい、つまんない考え方だって。
だけど、生きてくってことはきっと妹が思うほどお気楽じゃないし、弱肉強食そのものなんだよ。 才能、資格、常識、容姿、やる気など、もてる人から先んじ、もたぬ人は取り残されてしまうんだよ。 パソコンを最低限使いこなせるっていうことは、どんな仕事をするにしても必要不可欠な技能なんじゃないかな。
そういうことで、今年の妹の誕生日には、パソコンをプレゼントすることにしました。 妹好みのibookですから、そりゃあ、大喜び。 よろこんでもらえてうれしいよ。 インターネットとメールと、どんどん楽しんでできるようになってね。 そして、エクセル、ワードもやるんだよ。
「先生、『ごくせん』見てる?先生ヤンクミにすごい似てる。」 「ああ、そんな感じ。」 「「てめーら、なめんじゃねえ」とか」
ええ?私、てめーらなんて言わないよ! いつも「あなたがた、よろしゅうございますか?お聞き遊ばせ」 って、言ってるじゃーん!
まあ、ごくたまに「うるせーなー!!」ぐらいは飛び出すけど・・・。
学校もののテレビドラマは私は極力避けるようにしています。 だって、そこには誰もが好感を持つ教師像が投影されまくっていて、現実の学校の只中にいる私には、「こんな教師を期待されてはかなわん!」と、苦しいかぎりなのです。
なので、そのドラマの先生に似ているっていうことは、褒められているって受け取っていいんだろうなあ。 不思議な気分です。 と、いうのも、ほかのあるクラスなんかでは、本当に散々に言われていたりするから。 「ババア!」「ウゼエ!」「キモイ!」
授業のようすも全然違う。 同じ私がもっている授業で、どうしてこうも違うのか、今年度最大の謎です。 もちろん生徒が違うということもあるんだろうけど、そんなことを理由にしていては、仕事にならないし。 結局、私がどんな生徒を相手にしても、うまく授業を成立させることができる力をもっていないっていうことだよね。
最近思うんだ。 力がある先生って、生徒を安心して生徒でいさせることができる力を持っている、って。 同じ言葉であっても、素直に聞き入れさせる力をもっている。 それは押し付けでも、無理強いでもなく、抵抗しようという気を起こさせない力。
反抗する気にならないということは、生徒にとって、すごく幸せなことだと思う。 それは、反抗したり、逆らったり、汚い言葉を言うことは、生徒自身だって楽しくないし、そんな自分を心のどこかで嫌悪しているから。 暴言を吐いたりするのは、そういう行動を嫌悪しながらも、自分をコントロールできない状態。 だから、力のある先生にそういう状態にならないようにコントロールしてもらうのは、すごく幸せなことだと思う。
私は、逆だな。 その、うまくいっていないあるクラスでは、かえって火に油を注いでしまう存在。どんどん反抗してやる!という気持ちにさせるようです。
わりと若いほうの先生たちで飲みにいきました。 「とりあえず、あとちょっと3学期がんばろう飲み会」
面白かった話。 A先生はあっこ先生が好きなことを公言してはばからない。 あんまり大胆にいうもんだから、半分ネタなのかしら、と思っていたら、 ドライブにも行った、というのだから、「いいじゃんいいじゃん。押していこーよ」 なんて、のってたら、「いやーでもね、違うんだよー。」 って、何が違うの?? 「うん。あっこ先生すっげえ好きだよ。 この前、夜7時に、ご飯作るから食べに来て、って言われたとき、超迷ったもん。 でも、やっぱ違うから、何とか断って外に食べに行ったけど・・・」 ??? 「えー。何が違うっていうの。この期に及んで。」 「え?キョウセイ」 「は?」 「だから、キョウセイ。 歯の矯正」 いわく、歯並びが悪くて、矯正をしていない人はどうしてもだめだ、と。 その主張、かなり筋金入りで、力説してくれたので、ほほおー。そんなところをみている男の人がいるのですか〜。と、なんとなく歯がむずがゆい心地。 「歯の治療跡がたくさんある人は、そういうところで手入れを怠っているわけで、そういう人は、ほかの部分でもだらしないはず」 きゃー。 当たってるよ。はずかしかね。
男性の視点ってわかんないもんですね。 手を抜いているところもお見通しかと思うと、空恐ろしい・・・。
| 2005年01月22日(土) |
藤谷治『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』 |
おみくじでいえば、吉、という感じの好作品です。 コンセプトがいい。 「世界はどんどん悪くなる。もしこんなふうにくだらない、馬鹿げたわらいがそれはなかったら、ただでさえ陰惨なこの世界をもっと悪くしてしまう、だからもし、自分に少しでもできることがあるなら、それは世界に一つでも多く、馬鹿げたことを作ることだ、ってね。」
とってもポジティブです。 出てくる僕らの仲間達は、世の中が力あるものが中心に向かう求心的なせかいだとして、中心からはかなり遠くのほうで、それでも楽しく幸せに生きているんです。 みんなとても魅力的。読んでいるうちに好きになってしまう。
ちょっと、描写がわかりにくかったり、すんなり行かないところもあるけれど、そういう無骨さもご愛嬌だね。
「そう、爆笑。今考えてみると、この爆笑っていうのが、大事なポイントだったんだね。僕たちはありとあらゆることを笑ったれど、嘲笑とか憫笑とかいった、愚か者は困ったものだねフフン、みたいなシニズムとは縁がなかった。とにかく、なんでもかんでも大笑いしちゃうんだ。いいことか悪いことか知らないけど。多分それは、僕たちが一人残らず安月給の、三流社会人の、どっちかっていうと人生失敗組だって事と関係がある。最初っからひとを見下すっていう発想がないんだ。見下されっぱなしだから。」
なみちゃんとお食事会。 最近リニューアルした多国籍創作料理のダイニングに行く、念願のお食事会です。
なんたって多忙な彼女なので、半月前に連絡をとって、やっと今日の実現です。
メニューを前にかたっぱしから気になる料理を注文してテーブルに並べてもらう。 ゆっくりお皿の料理をつつき、かたづけながら、たくさんの話をする。 女友達ならではの食事会の楽しみ方。
どうも私の職場の人々には私が行きたい!と思うようなちょっと個性的な、オリジナリティにあるれるお店は敬遠されがち。 全国チェーンの居酒屋さんで、ざっくばらんに飲むのも好きだけど、「これおいしー!」と、いちいちうなづきながらおしゃべりするのがやっぱり好きなの。
なみちゃんは、私の皮膚科の主治医の先生で、大学からの友達。 昔は一緒に卓球しました。
私となみちゃんは、悩むポイントが似ている。 だから、なみちゃんの話を聞くと、我がことのように思える。 で、お互いに似たような悩みを抱えながら、でも、職業が違う気楽さから、お互いに笑いに変えることができる。 絶妙のバランス。
気がついたら12時を回っていました。来たのは確か、7時だったような・・・。 おそるべし。 女のおしゃべり。
大人力診断なるものを試してみました。 http://www.sourcenext.com/mail/shindan_entry.html
気になる結果は https://www.sourcenext.com/mail/action/shindan_history?answerID=2005012301vpxFR5
総合大人力:黒帯級 (110点) グッド・ジョブ! あなたほどの強烈な大人力なら、たいていの試練はクリアできるはずです。しかし、くれぐれも油断は禁物。大人力の道にゴールはありません。弱点分野を克服して師範級をめざしましょう。
★あなたの武器になる大人力 ・上司力 : あらゆるものをなぎ倒す無敵の上司力で、グイグイ部下を引っ張っていきましょう。
・宴会力 : 宴会を制するものは大人を制す。その旺盛なサービス精神を仕事でも役立てましょう。
・貯金力 : 「締まり屋さん」と陰口を叩かれたって何のその。最後に笑うのは、きっとあなたです。
★もっと強化したい大人力 ・旦那力 : あまりこれが強すぎるのも弊害がありそうですが、もう少し奥さんを気遣ってもいいかも。
上司力っているのは、日々鍛えられてますよ。 生徒とうまくやっていくための手練手管はばっちりってことで。
でも、黒帯級の大人力の持ち主の割には、生きるのがへたくそだよなあ。
| 2005年01月18日(火) |
わかってもらいたいなんて |
人手不足のため、誰も期待していない中、断りきれずに組合の役員に立候補する羽目になってしまいました。 日記にて、どういう事態なのかを説明しようにも、自分がまったくよくわかっていません。 とにかく、立候補して、信任投票で役員になって、一年間そこに名を連ねるんだそうです。 一事が万事、そんな感じで、言われるままです。
今日は夕方から、立候補者の激励会(!)ということで、会合がありました。 立候補者が一堂に会して、立候補に当たっての抱負を表明する、という、意欲も主体性もない私にとっては、まったくもってとほほ、という感じの会でした。
それ以上にとほほだったのが、推薦者の応援演説です。 同期のよしみで、コーキー先生にお願いしました。 快く引き受けてくれたものの、 「で、きよこ先生のアピールポイントって何?」
「・・・えっとー。 うーん。何でもいいよ。適当になにか言って」
まあ、それでも、同期でやっているわけですから、私の学校での働きを近くで見ているわけで、ほめちぎる必要はないけれども、何か私らしさにあふれるエピソードとか、そういうのを期待していたんです。
そして、コーキー先生の番がやってきました。 やり手の人ですから、まったく物怖じせず、壇上に。
「きよこ先生は、国語を教えています。 そして、部活では卓球部の主顧問をやっています。 きよこ先生はなによりも、自分を大切にする人です。 自分を大切に思える人は、他人のことも大切に思えるようになるそうです。 きっと、きよこ先生もまわりの先生達を大切に思って組合活動をがんばってくれることと思います。」
ああ、私って、そういう風に見られてたんだあ・・・。 2年間一緒に働いてきても、私のことあんまりわかってもらえてなかったんだあ・・・。 応援演説の場ですから、実際の人物よりも5割り増しぐらい好人物としてほめちぎって言っているんでしょうね・・・。 なんだか、妙に虚しい気持ちになりました。
応援演説をお願いしておいて、その内容にけちをつけるなんて、なんてわがままなやつだと思います。 自分のことをわかってもらいたいなんて、ただの私のエゴです。 そして、わかってもらいたいと思うくせに、コーキー先生と積極的に関わろうとしてこなかったし、私がコーキー先生をわかろうともしていないのです。
業の深い女め。
| 2005年01月16日(日) |
『mr.chiildren Tour 2004シフクノオト』 |
どうせ、アルバムも持っているし、知っている曲ばかりだし、特に買う必要もなかったのです。 今まで音楽のDVDを買っても、たいてい1回みたらそれで満足して仕舞い込んじゃうのがお決まりのパターンだし。
でも、なんとなく衝動買いをしてみたんです。
そしたら、なんだかよくって、もう何度も繰り返して見てしまいました。 見ていなくても、しょっちゅう流しています。
ライブのほうが、いい感じなんです。 聴きなれたアルバムの曲がちょっとラフになってて新鮮だったり、斬新だったり。 映像自体も、すごく凝っていて、おしゃれで、みていて全然飽きないんです。
そして、桜井さんのにこーーっていう笑顔。 いい顔するなあーーー。
あれだけ表情のある日本人は珍しいと思うのです。 みていて気持ちがいいくらいに表情がくるくると変わります。
近頃笑わない人が増えていると思いません? または、笑うということを、口を開けることだと勘違いしているというべきか。 女の子のプリクラをみて、悪いけど、ぞっとしてしまうことがあります。 上目遣いで、にこーって笑っているつもりなのでしょうが、目はまったく笑っていません。 まったく感情のない目に、媚を含んだ口もとの不気味なコントラスト。
そうでなくても、笑うということが、「アハハ」「ワハハハ」という音声でごまかされているような印象があります。 本来笑うのは、楽しくて、うれしくてしかたないという、という感情の発露で、表情から隠そうとしても隠せないものであるはずなのになあ。
顔いっぱいで笑う人の笑顔は見ているほうの気持ちも晴れやかにします。 さあ、下まぶたを持ち上げて、目で笑いましょうキャンペーン。
おそばせながらみにいってきたよ『ハウルの動く城』
私の耳には、「ハウル超カッコいい!」という女子の声がたくさん届いていたので、「まーた、キムタクがおいしいとこもってっちゃうのかよ。 よーし、どんなにカッコいいか、やってもらおうじゃん」 みたいな、ヨコシマな先入観を持ってのぞんだのでした。
うん。ハウルカッコいいね。 だって、王子様なんだもん。
初めは自覚のない王子様でした。 でも、あるとき変わるのです。 理想的な王子様に。 「もう充分に逃げた。 でも、これからは逃げない。 僕には守るものができたから。」 かーっこいいー!
この映画は新しいおとぎ話なんだよね。きっと。 ほら、みすぼらしくて、さえない女の子が王子様と結ばれてハッピーエンドって、王道じゃないですか。
こういうアニメって、かえって新しいですね。 例えば『ファインディング・ニモ』も『ミスター・インクレディブル』も、動物の世界や、スーパーヒーローなんていう、あり得ない世界を擬人化させて、人間らしさをだして共感させます。 それは、感情移入しやすいけれど、人生のはかなさとか、せつなさまで一緒に喚起させることがあります。 私は『ミスターインクレディブル』の前半は、けっこう胸がちくちくして、憂鬱なくらいでした。
でも、『ハウル』は、はなからおとぎばなしですから、そういう深刻さがなくって楽しかったです。 いろいろと突飛なところがあっても、「そういう世界なんだな」って。 そして、ぽんぽんとストーリーが進んで、何がなんだかわからないながらも、ずっと楽しい気分。 荒地の魔女とソフィーが王宮の前で出会ってからのくだり、もう、私おっかしくっておっかしくって、一人でふきだしちゃって、隣に助けを求めても、しーんとしてて、困ってしまいました。 美輪明広、すごいよー!!! うまい! もう、大好き! 魔力を失っておばあちゃんになってしまってからなんて、本当にもう愛らしくてかわいくって。
まーるくおさまって、めでたしめでたし。 みんな末永く仲良く暮らしましたとさ。
健康+美容+癒し+韓流=あかすり みたいな?
最近、簡便さをお金で買うことを覚えてしまってだらしないよなあ。 清貧の思想はどこへやら。
そんなことを思いながら、扉をひらいてぶっとんだ! 狭い浴室は蒸気がむんむんとし、目の前には簡易ベットに長々と全裸で横たわる女性が! 「アー、ちょっとマダ外でマッテテネ。 モウチョットだからネ」 ごしごしと女性の体をこすり続けるふくよかなおばさまは、黒のビキニ姿☆★ あわてて後ろ手で扉をしめるも、衝撃の映像が目に焼きついて離れません。
えー。全裸?マグロ状態?私もああなるの?
「サッキの人、どうぞー!」 動揺さめやらぬうちに個室に呼ばれ、おずおずと入室。 「じゃあ、仰向けにヨコタワッテください」
ショック! 一糸まとわぬすがたで、まな板の上に体を投げ出せと!? 大いに抵抗を感じたものの、自ら好んで火中に飛び込んでしまったのですから、もはや後戻りは叶わず、簡易ベットに体を横たえる。
おばさま@黒ビキニはやおらタオルをお湯にざぶっと浸し、ぎゅっと絞り、私の顔におおいかぶせ視界を奪った。 ・ ・・・殺される!!!
「ぎゃっっ」
「アー イタイ?初めて? 大丈夫。大丈夫。ヘイキダヨ」 おばさまは、両手にミトン状の布をつけ、猛烈に私の両足をこすりだした。
グオーシグオーシグオーシグオーシグオーシ
おかまいなしです。 躊躇したり、恥じらったり、戸惑ったりする私なんて、まったくおかまいなしに、あんなところやこんなところまで、ぐおーしぐおーしぐおーしぐおーし。
「ほらミテ!こんなにとれたよ!」
「は、はあ・・・」
「オネエさん、何歳なの?」 「あ、27です」
「はは、・・・・あの、おばさんは、韓国の方ですか?」 「ソウダヨー。」 「あ、日本語上手ですね。もう、長いんですか?」
表に裏にとこすられまくるうちに、なんだか不思議な親近感。 そうだよなー。 自分を覆い隠すものなんてひとっつもない、晒しまくったこの状態で、もうどんな構えも無用だよねー。
「ハイ、できあがり」 「へへへ。ありがとー」 照れくさいような、ほんわかした気持ちの残ったアカスリ体験でした。
| 2005年01月13日(木) |
壁の向こうに見えるもの |
アドレス帳から、ケイタイの番号も、メールアドレスも削除しました。
自分から電話をかけることはもうないかもしれない、と、自然と思えたのです。 やっと長い長い片思いから卒業できたみたいです。
何かあった時、一番に話をしたくなる人、私の進む方向が正しいのか間違っているのか、示してくれる人だったんです。 ほかの誰にもそんなことはできないから、私はその人を誰よりも大切に思っていました。 遠くにいても、会うことがなくても、「その人ならばどうするだろう?」と、いつも近くに感じていました。 その人が私の規範だったのです。
でも、私が思うように、その人に思われることができませんでした。 それは、ずっと前からわかっていたことです。 もしかしたら、好きになった瞬間に決まっていたことなのかもしれません。 頭でわかっても、感情が納得できずにさらに1年半が過ぎようとしていました。
いつのころからか、話すことはいつも世間話。 会話の話題規制の見えない高い壁がありました。 踏み込んだ話はタブーなのです。 誰よりも語り合いたい人と語れないのは大きなジレンマでした。 私は壁の突破を試みました。
「あきれるかもしれないけど、まだ好きなんだよ」
そして、私は理解しました。 もう、あの人はいないのだ、と。 私が必要としていたあの人は、今ではもう違う人のように変わっていました。 名前も雰囲気も、何ひとつ変わってはいないけれど、一番私が必要としていた部分が別の人のようでした。
お互いの環境も、関係も、変わってしまうのに充分な時間がたってしまっていたということを、私はあまりにも軽く考えていたのです。 遠くで思う変わらないあの人のイメージに固執し、変わりゆく生身の人間にその残像を探し求め続けてきた私の愚かさを思います。
壁の向こうには、何もありませんでした。 ただ、地平線まで草原が広がっているような、そんな爽快な眺めです。 私は風におでこをなでられ苦笑しました。
不思議なくらい心が晴れやかです。 生活の小さな一つ一つにいたるまで、すべてが自分の手に戻ってきたような気がします。 ケイタイも新しいのに変えようかな。
| 2005年01月12日(水) |
歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』 |
ふとん乾燥機を買いに行ったヤマダ電器で、ジャケ買いです。 もう、タイトルと、冒頭の文章で、これは面白いぞ、とピンときました。
冒頭の文章を引用したいところなんですが、花も恥らう乙女ですから、ちょっと割愛したいと存じますの。
でも、この冒頭が、すでにあっと驚くエンディングへの周到な序章なのだからよくできています。 エピソードが時間軸どおりに流れず、ごちゃごちゃと、消化不良ですすむ感じも、すべてが伏線でした。 いやあ、見事にだまされてしまいました。 活字ならではの、映像化することができないミステリーです。
この斬新なトリックもそうなんですが、筆者は書くことをとっても楽しんでいる感じがして、それが読んでいて好ましかったです。
明くる晩、さくらと会った。 「生きててよかった」 ごくごくわずかに桜色に色づいた透明な切片を口に含み、俺は溜め息をついた。噛むほどに甘みがにじみ出てきて、知らぬうちにまた溜め息が漏れる。 「あ、また破れちゃった・・・・・・・」 さくらの手は心なしか震えている。 「こわごわ動かすからだよ。はじめてなのか?」 「違いますよ。でも、うまくいかない」 「まあ落ち着け」 俺は笑い、彼女の猪口に冷たい日本酒を注いだ。 赤坂の料亭である。檜の柱は黒光りし、山水画のかかった床の間があり、欄干には松竹梅が透かし彫りされ漆仕上げの座卓を挟んでさくらと俺がいる。もちろん個室である。たった二人なのに十二畳という贅沢さだ。 卓上に並ぶのはフグである。
| 2005年01月11日(火) |
大槻ケンヂ『グミ・チョコレート・パイン チョコ編』 |
私はこの物語のような熱い青春時代というものを過ごしていないので、 「こういうリビドー全開の青春の形ってあるんだね」 って青春映画を見るようです。
でも、「自分の中にはほかの人とは違う何かがあるにちがいない。それを試してみたい」という気持ちはきっとどんな青春にもつきものなんだろうなあと思い出しました。 自分の中の可能性にドキドキする気持ちと、もしかして、自分は馬鹿にする低俗なその他大勢なんじゃないのか、という不安。 かつて、私のささやかでこじんまりとした青春にもそういう気持ちがあったことを思い出します。 広い世界を求め、漕ぎ出していくほど、自分のちっぽけさを知る日々は甘酸っぱく、かけがえのないものです。
建造はクラッシックの古典を聴きながら、自分に問うてみる。 『人と違った何か・・・・・・それは必ず・・・・・・・絶対オレの中にある。その発露の手始めとして、オレは同志たちとバンドを組んだ。そうだ、UFOを追いかけて太陽の彼方まで飛んでいった男の名を冠した「キャプテン・マンテル・ノーリターン」は、間違いなくオレの初めて手に入れた表現の場なのだ。山口美甘子に追いつくため、追いこすため、ぶっちぎって差をつけるための場を得たのだ・・・・・・でも』 カワボンが言った。 「賢三は、何ができる?」 「うん、オレは・・・・・・・」 ―――では、オレは一体その場所で何ができるというのだ!? 美しいピアノの調べの中で、賢三は途方に暮れた。
久しぶりにいい卓球して、結果がついてきて、大満足の一日でした。 どんどん自分の卓球で攻めることができたし、セットとられても動じなかったし、ちゃんと考えて試合を組み立てることもできちゃった。 できすぎなんじゃなーい?って感じ。 「あい変わらず強いですね」って言われたけど、こんなにうまくやれることなんてめったにないんだよ。
部活の指導でちょろちょろっと打って、片手間に試合に出はするものの、試合の中で調整していくようなことが多くて、だましだましの卓球は勝負どころでぼろがでるもの。 年末には今まで負けたことのなかった人にぽろぽろ負けちゃうし。
競り合いで勝ちぬけないんだよなー。 最近自分から攻撃できないなー。 という思いがあったので、今回の試合に向けて、ちょっと練習がんばっちゃった。 昨日、一昨日で合計10時間も練習しちゃったもん。 男子の豪ドライブをガンガンブロックしていたので、どんなにスマッシュ打ち込まれても、全然取れない気がしない。 サーブからの攻撃も、いっぱい決めることができたし。
一番緊張したのが初戦。 だって、私第1シードに入ってたんだもん。 第1シード選手、ということは、優勝して当然ってみなされているわけで、初戦で負けるなんてあり得ない! そのプレッシャーに負けちゃいそうでした。 私のシード下に入っている選手の試合を見ていたら、ものすごーく強そうに思えてくるし、待っている間ほんとに緊張した。 そうやって、頭の中で考えるのが先走っちゃうのが私の悪いところで、勝負なんて実際に球を打ってみなければわかんないのにね。 すごく強そうに見えて、実は自分にとっては得意なタイプだったり、すごく弱そうに見えるけど、ものすごく癖があってやりにくかったり。
決勝の相手は、おとなしそうーな人で、道具もいたってノーマル。 なのに、なんか、違う。 決まったと思った球が、ひょいっと私のコートに返ってきてる。 多くの人にとってチャンスボールじゃない球がチャンスボールだったりする。 「あれえ?」 って首をかしげているうちに、1セット先取されてしまいました。
そこで考えたのは、相手の卓球に合わせない、自分の卓球を過信しない、ということだけでした。 「バックに打ったらナックルでクロスに返ってくるから・・・」なんて、考え出したらきりがないし、それにあわせられるほどうまくもないので、なるべくラリーを続けずに、サーブ、レシーブ、3球目で決めていけるような組み立てにした。 そして、攻撃的に返球しながらも、ラリーが続くことを意識したら勝てたよー。
うーん。上出来すぎておそろしいほど。
| 2005年01月09日(日) |
村上春樹『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』 |
村上春樹は私のよきアメリカ文学ガイドです。 カトリーナに「最高だよ!」と、紹介されて『グレート・ギャッツビー』を読んだものの、いまいちピンとこず。 それでも何かフィッツジェラルドにひっかかるものを感じていた私は、 「そうだ!村上さんに聞いてみよう!」 というノリで『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』を手にしたのでした。
村上春樹をして「僕の今の歳にフィッツジェラルドは何をしていたんだろう」と思わせるほどの魅力とは一体どこにあるのか。 この一冊には満ち溢れています。
すごく面白かったよ。トリップできました。
前半は、筆者がフィッツジェラルドゆかりの地を巡りながら、彼や彼の周囲の人びとの生涯を振り返ります。 それがとてもドラマチックでセンチメンタル。 そして、後半には2編の短編が村上春樹の訳で収められているのですが、前半で語られた、フィッツジェラルドの才能というものを充分に実感する作品でした。(2編ともフィッツジェラルドの作品では評価は高くないにもかかわらず)
「60歳を過ぎたころには・・・」 なんて、春樹さんおっしゃるけど、『グレートギャッツビー』の翻訳が心から待たれます。
新人戦県大会での監督会議の席上で、竹村元成先生が大動脈瘤破裂によって年末に急逝されたと聞き、時が止まったようでした。 人違いか、聞き間違えにちがいない、と思いました。 だけど、そのお名前は、「かぼちゃのつるで一番初めにできる実を“もとなり”って言うんだけど、俺は長男だから、元成。かぼちゃのもとなりなの」とおっしゃっていたものに違いなく・・・。
竹村先生は長年中学校で卓球指導に熱心に携わってこられ、ずっと専門委員長もされてました。 私は数回ほどしかお会いしたことはないのですが、とてもとてもお世話になった先生です。
昨年夏、全国教職員大会が岡山で開催されました。 たまたまその数日前に中学生の北信越合宿があって、そこで竹村先生にお会いし、岡山まで車に同乗させてもらうことになりました。 ほとんど初対面の方に岡山までの道のりを同乗させてもらうなんて、私ってずうずうしい、と、気がついたのは後になってからでした。 岡山までの行き帰りの道すがら、いろんなお話しをしました。 今年からの教育事務所勤務でのお仕事の話や、卓球について、ご家族について、楽しく話してくれました。
帰りも飯田まで送っていただいて、高速代とガソリン代とをお支払いします、と、お財布を開いたら、私のお財布、散財のしすぎでもぬけの殻でした。 「はっはっは。いやいや。いいよいいよ。」 とおっしゃってくださったものの、あまりの醜態、図々しさにもほどがある、と、後日お金を教育事務所にお送りしたのですが、 「先生、わざわざお金を送ってもらっちゃって、申し訳なかったねー。」 と、すぐにお電話いただいて、こちらが恐縮してしまいました。
そのすべてが“故人を偲ぶ思い出”になってしまいました。 今年も、教職員大会でまたお会いする、そう信じて疑っていなかったのに・・・。 わかわかしい笑顔、まだ、30代だったそうです。
私にとって人が亡くなるということは、もう二度と会えない、ということです。 どんなにもがいてもがんばっても、二度と会えない。 それっきり。 稚拙ですが、そういうことなんです。 その人との思い出を、これ以上重ねていくことができないむなしさ。 竹村先生、早すぎますよ・・・。
どんなに遠くにいても、連絡をとっていなくても、生きていればどこかで再びめぐりあうかもしれない、人づてにその人の様子を聞くこともあるかもしれない。 そう思えばこそ、いろんな人と出会い、別れても、私は私として、自分の毎日をがんばることもできます。 どうか、誰も私をおいて、突然いなくならないでください。
朝、寝癖を直しにお風呂の扉を開けて、失神しそうになった。 だって、だって・・・・・ 浴槽にでっかいねずみの死体が・・・・・!!!!!
なんで? どうして? ここにねずみが?
と、混乱していてもらちがあかないので、ねずみの死体をどうにかしました。 ・ ・・一人暮らしってこういうときにとてもつらいです。
私の住んでいるアパートはとっても古いうえ、ほかの部屋に住んでいる友達のお風呂でのねずみ目撃報告は聞いていました。 でも、私の部屋は3階ですよ。 こんなところまで登ってくることができるとは思わなかったよう・・・。 お風呂は私のくつろぎスペースなのでとてもショックです。
そんな新学期の朝でした。
「きよこ先生、大丈夫?」 と、A先生が話しかけてきました。 「ははは、まあ、ぼつぼつやりますよ。」 と、私は適当にお茶を濁しました。 きっと、私が忘年会を欠席したのをいぶかって、探りに来たんでしょう。 モモ先生のところに「きよこ先生どうしたんだろう」って、忘年会の夜に電話してきたらしいから。 忘年会は、ただ出たくないから出なかっただけなんですけどね。
A先生は本当に心配しているのではないんです。 そういうゴシップが大好きなんです。 入院した先生がいて、入院の理由を秘密にしていたのですが、 「なんで入院したんだろうねえ。 入院の期間とか年齢を考えて、婦人病じゃないかっておもうんだけどー」 と、探られたことがありました。
うつ病で療養休暇を取った末、ほかの学校に移っていったある先生については、新しい学校に行って1週間もたたないうちに 「新しい学校でもずっと休んでるんだってよ」と、まことしやかに言いました。 (本当はまったくお休みなんてしていなかったのに)
ゴシップの匂いに引き寄せられてくるハイエナみたいです。 くわばらくわばら。 餌食にならぬよう、きばっていかにゃー。
枕がかわると寝られないっていうか、自分のおふとんほど安眠できるところはないよなあ、と思います。
おばあちゃんちのお布団は、ふわふわの毛布に、敷き毛布、電気毛布と至れり尽くせりなのに、どうもよく眠れなかった感じで目覚めもすっきりしなかったのです。 やっぱり自分のふとんって最高です。 ふとんにもぐりこんだときの幸福感。 そして、目覚めたときの極楽気分。 「なんでこんなにすばらしく居心地のいい場所から出て行かなければならないの!?」と、毎朝大葛藤です。
そんな安住の地に最終兵器が投入されました。 ふとん乾燥機です。
冬場はなかなか晴れなくっておふとんが干せません。 干せたとしても、ほかほかにほど遠うございますので、ついに購入しちゃいました。 さっそくためしに使ってみました。 具合を確かめようとおふとんにもぐりこんで本を読んでいました。 うとうと眠くなっちゃいました。
今日はもうお休みなさいです。
| 2005年01月05日(水) |
細木数子で占う2005年 |
昨年はずばり言っちゃって大ブレイクの細木数子さんでした。 私は面白がりながらも、遠めに眺めていたのですが、たまたま行ったサイトで自分の運命星を割り出したら、もーう、それは占って欲しくなっちゃって買っちゃった。『平成17年版 六星占術による水星人の運命』 私は水星人(−)なのですが、いやー。当たっているの。すごい! 六星占術では12の運気があり、これが1年ごとにめぐるのですが、私の過去を振り返ったときに、ずばり当たっていたんです。 転換期がぴたりと当たっていました。
12の運気のなかでも運勢のよくない時期に“小殺界”“中殺界”“大殺界”があります。
“小殺界”とは「“運気のウミ”を出す時期です。特に肉体面にはっきりとあらわれてくるのが特徴ですが、経済面、愛情面でも、無理な行動はやめ、冷静に、自分や周囲をかえりみる小休止の時期です。」 振り返ると、前の学校を辞めて、こっちに引っ越してきて、一年間ぶらぶらとフリーターをしていたときでした。
また、昨年一年間は私にとって人生で一番生きることが難しかった年だったんですが、これはいわく「乱気(中殺界)」に当たっていたのです。
「“小殺界”で肉体的な“運気のウミ”を出したのに対し、こんどは五年間たまった精神的な“運気のウミ”をを出す時期です。はたらきづめで来た人は、ここで一休みしましょう。 新たなことを始めようとしても空回りするだけなので現状維持を心がけてください。もちろん結婚はいけません。身内に不幸が起きるといったような、精神的なダメージを受けることの多い時期です。」
なるほどー。 昨年は倦怠感、疲労感、ぐうたらしたい病に悩まされた一年だったもんなあ。 さてさて今年はちったあ楽に生きられるかしらん?+
「人生の再スタートを切るには願ってもない〈再会〉という運気を迎えました。 昨年は〈乱気〉という“中殺界”だったこともあって、精神的に滅入ったり、人の目を気にして、あれこれ悩んでいた人も少なくないでしょう。 しかし今年は、気がかりだった問題にも明るい兆しが見え始めるので、心の中のモヤモヤが晴れ、本来のあなたらしさを取り戻すことができるでしょう。
どちらかというと、たやすく人に心を開かないところのある水星人ですが、今年は、プライドや体裁にとらわれず、腹を割って話をしてみることです。生涯の親友となる人や伴侶となる人を見つけることもできるときですから、ひとりの人とじっくり対話してみてください。
慣れ親しんだつき合いの人はもちろん、疎遠になっている友人、知人など、あなたがこれまでの人生で出会ってきた人たちや、また新しく知り合った人も、〈再会〉の年に関係を深められた人たちは例外なく、何かにつけてあなたを応援してくれる存在となるでしょう。」
仕事始めは部活です。 1日たった3時間働けばいいのだから、世の中のほかのお仕事に従事している方から見れば気楽な仕事この上ないと思います。 生徒と一緒に趣味の卓球をやって、おしゃべりして、これが仕事と言えるのか?ぐらいなもんです。
私もそう思えたらいいのですが・・・。 割り切れないんですよねえ。
よく、「いっぱい休めていいねえ。冬休みとか夏休みとか。」と言われるのですが、生徒が休みでも、教師は学校に出勤することになっていて、学校に来ないならば年次休暇をとることになっています。 例えば、この冬休みは、29日から3日までは休暇だったのですが、4日からは出勤日になっているので、私は部活動以外の5時間の勤務時間は、年次休暇をとりました。
この年次休暇は1時間単位でとり、教師の勤務時間は、8時から5時となっています。 勤務時間が名ばかりのものだというのは、ほかのお仕事でもよくあることだと思いますが、残業手当はもちろんありません。 勤務時間外に勤務しなければならない分長期休暇でゆっくり休むということでこれまではバランスを取ってきたようなのですが、前述したように、長期休暇中に休むためには休暇をとらなければならなくなりました。(この制度が始まったのは2年前だそうです)
勤務時間という点で、どうしても納得いかないのが部活動です。 始業前の7時30分から8時までの部活動は、勤務時間外です。 夏期の一番日の長い時期は、放課後の部活動は6時30分まであります。 部活動だけで、1日に2時間時間外勤務しているのです。
そして、部活動の指導について手当てはつきません。 例外は休日の練習で、4時間以上やればいくらか手当てがつきますが、練習はせいぜい3時間です。 試合の引率は、引率として認められている年3回程度の試合のみ手当てがつきます。(一日1700円程度) それ以外地域の試合に出ようと思ったら、それは部活動としての活動ではなく、生徒が個人的に出場するもので、教師は“付き添い”というわけです。
部活動というものが、以前と様変わりしてきています。 社会体育、社会音楽などという名で、外部の指導者に委託し、学校教育とは切り離していこうという流れと、それでも、生徒指導上大きな影響力を持つ部活動をすっぱり切り離すことはできない、というこだわりのはざ間にあります。 そういうわけで上記のとおり、制度として矛盾だらけです。
手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けるし、休日なんて練習せずにほったらかすこともできるけれど、授業終わった瞬間に飛んできて、一瞬でも長く部活をしようとする生徒を見てしまうと、大人の世界の仕組みなんて私がだまって飲み込むしかないよな、って思うのです。
地域の試合があるよ、でる?と聞くと、「出ます!もちろん出ます!」って即答されちゃったら、休日が一日つぶれちゃっても仕方ないよな、って思うのです。
試合に出るって決まって、練習時間が足りないなって気づいたら、休日に練習を計画して調整していくしかないよな、って思うのです。
やることが不満なのじゃなくて、仕事であるという保障がほしいのです。 仕事としてやっているはずなのに、「やらなくてもいいのに好きでやってるんでしょ?」って感じが解せません。
親戚が少しずつ減るにつれて、だんだんと台所に立てるようになった。 料理をすることも、ご飯のあげさげもそんなに苦じゃなくなってきた。 どうやら、快復してきているみたい。
まだ、1月3日なんだなあ、と思う。 短い短いと思っていた冬休みだけれど、ずいぶん学校のある日常から離れているような気持ちだ。 3学期からまた新鮮な気持ちでスタートできるかな。
明日からは部活動が始まるため、今日は戻ってきた。 おじいちゃんとおばあちゃんが丹精して作った野菜を、長持ちする料理にしてしまう。 今年はへばってしまうことのないように、食生活にも気をつけたいなあ。
| 2005年01月02日(日) |
おじいちゃんは心配性 |
いつもながらのお正月です。 親戚が集まって、二つのコタツをあわせてぎゅうぎゅうづめの食卓です。 ぐうたらしたいという欲求はどうしても抗しがたかったので、母と叔母さんにそれとなく台所を任せてしまいました。 従姉妹とコタツでぐうたらしてました。 コタツでのまどろみってなんて耽美なんでしょうね。 私は誘惑に弱く、堕落してしまうことが目に見えているので自分の部屋にはコタツを組んでいません。 だから、なおさらに久しぶりにコタツに入ると骨抜きにされてしまうのです。 なんと温かく幸せな場所なのでしょう。
しかし、そんな至福の時間はおじいちゃんの一声で消え去ります。 「おい、きよこさん。 雪だるまを作るぞ。 もう下のほうは作っておいたからな。頭のほうはきよこさんが来てからって、とっておいたからね」 「はーい・・・うー・・・さむーい!!」
庭には超特大の雪だるまの土台がありました。 「えー!これが雪だるまになるの?!」 人と同じぐらいの大きさです。 無理だよー、と心の中でつぶやきつつも、おじいちゃんがは言い出したら聞かないこともわかっているので見よう見まねで手伝いました。 雪を積んだり運んだりしてほかほかしたころには、立派な雪だるまができました。 その雪だるまの前にみんな集合して記念撮影。 おじいちゃんの手作り門松の前でもう一枚パチリ。
一家の大黒柱だったころのおじいちゃんは、ワンマンで、力強くて、頑固で、少し近づきにくかった。 でも、夏に怪我をしてから心配性になったみたいです。 大晦日には私のほかにも叔父さんたちにも「雪が大変降るから今日は来るのをやめよ」って電話したんだって。
退職して、田んぼの仕事も大変になってきて、“寄る年なみ”というものを周りが感じる以上におじいちゃんは実感しているんだろうと思います。
でも、私は今のおじいちゃんがとてもいとしいです。
| 2005年01月01日(土) |
終わりなき世のめでたさよ |
「かませるもの何かありませんか」 「それがないんですよ」 「ちょっとじゃあ、押してみますか」 「せーのでいきますよ。」 「せーの!」 きゅるきゅるきゅるきゅる
タイヤが空転する音が虚しく鳴り響くけれど、両手がつかむ車体はびくともしない。 「ああー。全然動きそうもないですねえ。」 一同が所在なげに顔を見合わせる。
午伏寺にむかう山道は、車がすれ違うのがやっとの急な坂道には朝からの雪が20センチも積もり、深夜に至り凍り始めていた。
「あれー。いつもだったらこの道屋台とかたくさん出てて、二年参りの人ですごい人手なのに、今日はさすがに雪で全然だねー。」 友だち二人と私は、車を降りて山道を登っていった。 「ほらね。登山靴はいてきて正解だったでしょ」 「ほんとだ。うわっ。滑った! 午伏寺着くまでに何回こけるんだろー」
山道は二年参りの車が列をなしていたが、駐車場はすでに雪に埋まり、行き所のない車を横目に登って行った。 午伏寺ももう少し、というところで、不自然な向きで停止している車が。 お父さんと娘さんらしき二人が車の外であたふたしている。 方向転換しようとして雪にはまってしまったようだ。
「あれー。はまっちゃった?」 車を押す人が次第に増えてきた。 それでも、びくとも動かない。 「あ、2005年になってるよ」 「いつの間にか、年越しちゃったの? あはは。」 「あけましておめでとうございます。」 「あけましておめでとうございます。」
8人で「せーの!」と押したとき、マジェスタはゆっくりと前進しだした。 「わーー!!やったー!」
友だちと迎える初めてのお年越しは、こんな感じで、てんやわんやで楽しかったよ。
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