2002年07月26日(金)
今年はじめての花火。 ワタシにとっては数年振りに見る、光の大輪だった。
端末に向かい伝票を打っていたら、外から戻って来たHちゃんが、身を乗り出してきた。 「花火、見えるよ」 彼女は構内の一番端まで行けば、玉村の花火大会がよく見えると教えてくれた。 笑顔で立ち去る後姿を見送る。しかし就業時間中だし、事務所にはそんな話は流れていないようなだし。 ワタシは行くに行けず、でも気になって、彼女の指差した方を伺った。少し身をかがめると構内の奥まで見渡せるのだが。 一瞬、光が散るのが見えた。 「あの、花火が見えるみたいです」 さすがに一人で行くのは気がひけて、事務所の女性に声をかけた。 もっと反応が薄いんじゃないかと思ったが、その人はすぐに立ちあがり、先頭を切って事務所を出ていった。
広い構内を横切るとき、何人かに、 「どうしたの?」 と声を掛けられた。 普段はワタシたちがあまり立ち入らない場所だ。不思議そうな顔をしている。 「花火」 答えたワタシに、みんな軽く頷いて仕事に戻っていった。 構内の一番端は特等席だった。 事務所の男性も、電話番の女性もそこにいた。 真っ黒な空に、キラキラした花が、上がっては消え、白い煙が流れて行く。 「不景気なのに、こういう金はあるんだな」 Jさんが呟く。 「不景気だから、ますます見たいんでしょ」 「まあな」 きれいだな。とりあえず、それでいいんじゃない。
ふと振りかえると、さっきまで忙しく汗を流していた男性軍が、通りかかったフォークリフトによじ登って花火を見ていた。 ワタシのすぐ後ろにも、荷物運搬用のカゴに上がっている新入社員Tくんがいた。 みんな無言で、ただ、空をみている。 そのとき、ワタシがもしカメラを持っていたら、花火ではなく、彼らを撮っていただろうと思う。 十数名が感想を述べ合うこともなく、一心に見上げる姿は、ちょっと胸に迫るものがあった。
そのうち、一人、また一人、仕事へ戻っていった。
どうしてあんなに花火に魅かれてしまうんだろう。 夏の夜に、みんな、何を思っていたのか。 ちょっと不思議な夜だった。
2002年07月22日(月)
何が嫌いって、ゴキブリが一番嫌いだ。 いや、一番はヘビかもしれない。でも、嫌いなものは嫌いだ。 クモもゲジゲジも嫌いだが、ゴキブリはそれらよりも一歩抜きん出ているかもしれない。
たしかに前兆はあったのだ。 二、三日前に、母に言われてゴキブリ退治のスプレーを買ってきていた。 「液体のスプレーじゃなくて、泡のが出たでしょ。CMでやってる」 「ああ、あれね」 ちょっと嘘っぽいCMだね。 ゴキブリにシューッとかけると固まって、そのまま固まった泡を摘んで捨てられるってやつ。そんな上手くいくかい。だいたいコマーシャルってのは大げさだからねえ。 半信半疑でお店にいくと、やっぱりうそ臭い。しかも高い。 でも言われたから仕方ない。二本買ってしまった。 持ちかえると、母は新しいスプレーのビニールをさっそく剥がし、出没していると噂の廊下に準備したのだった。
そして決戦の日。 仕事が終わるのが遅いので、いきおいお風呂に入るのも遅い。 夜中にこっそり風呂場へ入ったワタシは、シャワーの蛇口をひねった。お湯が気持ちよく汗を流し…、そこで気付いてしまった。 風呂場の壁に、なぜか黒い物体が。 ワタシは相当目が悪いのだが、そいつは見間違えようもなかった。 ひぇぇぇぇ!! 深夜なので悲鳴を上げることも躊躇われ、そのせいでますます怖くなってしまったワタシは、慌てて風呂場から逃げ出した。ドアをきっちりと閉める。 「なんで、こんなところにいるの?」 涙がにじんでしまう。姿を見ただけで身震いがする。 タオルをまき、そろっとドアを開けてみた。 いる。 まだいる。 逃げる気配なんかない。 っていうか、ゴキブリにしてみたら逃げる理由がない。 これはなんとかしなければ。どこかへ行くのを待っていたら、間違いなく夜が明ける。 あれか。 ワタシは廊下へ出て、例のスプレーを鷲掴み。急いで注意書きを確認する。 シューッとかければいいのよ。かければ。 そろそろとドアを開け、ワタシはスプレーを信じてゴキブリに立ち向かった。 シューッと。 すると、なんてこった、泡が届かない。ゴキブリがはりついているのが上すぎたのだ。しかも怒ったゴキブリがこちらに向かって飛んで来た。 ワタシは大慌てで、ドアを閉めた。 その間、無言。 心の中では大騒ぎだが、言葉には出来ない。あまりのことに言葉にならないというのが、正しいかもしれない。 どうしようか。このまま放っておこうかとも一瞬考えた。でもなー、結局誰かがまた不愉快な思いをするんだしなあ。 勇気を出して、ワタシはまた風呂場をのぞき込んだ。 するとなんてラッキー。ゴキブリが床にいるではないか。しかも今度はスプレーが届きそうな距離だ。 躊躇わなかった。ワタシは無我夢中で泡を吹きつけた。黒い物体が見えなくなるまで。 白い泡に包まれたゴキブリは、すぐに動かなくなった。 これはスゴイ。怪しいなどと散々疑ってしまって、申し訳なかった。泡は見事なまでにゴキブリを包み込み、「さあ、もう大丈夫ですよ」といった様子で固まっていた。 しばらく待ってから、古い割り箸で摘み上げ、ごみ箱へ捨てた。 と、同時に深いため息が出た。 こんな夜中に何やってんだ、ワタシは。しかも、タオル一枚巻いただけの、あられもない姿で…。
そんな深夜の出来事だった。 が、人間て面白いなあと思う。あれがカブトムシだったら、手で掴めるくせに。よくよく考えれば似たようなものじゃないか。ねえ。 カブトムシとゴキブリの違い、それは絶対数なんだろうか。かたや探してもなかなか見つからず、かたや呼んでもいないのに勝手に出てくる。 そのうち何世紀かしたら、ゴキブリも夏休みの昆虫採集に加わるかもしれない。 え? いや?
2002年07月12日(金)
会社の人が、車でクマさんをはねてしまったらしい。 群馬のいなかの出来事だった。
その話をきいたとき、運転していた当人はまだ帰っておらず、電話を受けた人が社内に広めたらしかった。 車は前方がボコッとへこみ、前輪もパンクしてしまったと言う。 「あらー、大変ねえ」 一緒に聞いていた人が、ちょっと他人事、でも興味津々な面持ちで相槌を打つ。 そして次に出てきた言葉が、 「それで、クマは大丈夫だったの?」。 思わず笑ってしまったが、実はワタシも同じ事を考えていた。 車なんかどうでもいいのだ。どうせ会社の持ち物だし、修理に出せば治るに決まっている。 でもクマさんは…。 「あ、クマですか? それはちょっと聞いてなかったな」 訊かれた人は首を傾げるのみだった。
それから数時間ののち、当の運転手氏、Yさんが戻って来た。 「お帰りなさい」 ワタシはさっそく挨拶し、 「クマさん、どうしたの?」 と訊いてみた。彼が戻るまでの間、ずっと気になっていた。 「クマ?」 「うん。はねちゃったクマさん」 Yさんは、大声を張り上げる。 「クマなんか、どうだっていいんだよー!!!」 …そんなに怒らなくてもいいと思うが。 たしかに、この炎天下の田舎道で、誰の手も借りず、いや借りられず、パンクを直して帰ってきたのだろうから、まずはその労をねぎらうのが筋だったかもしれない。 反省しきりのワタシの後ろで、 「お、クマ殺し」 声が掛かる。 すごい目付きで振りかえるYさんに、また別の人が、「ねえ、クマは大丈夫だったのお?」と畳みかける。 「クマなんかな、逃げちゃったよ!!」 クマはさっさと逃げちゃって、車が動かなくなった俺は、田舎に一人きり残されて。 うーん、でも逃げずにそこにいたら、それこそYさんは帰って来られなかったと思うのだが。それともとッ捕まえて、修理代でももらうつもりだったのだろうか。 このYさん、いつもは「クマ、クマ」と呼ばれている、ちょっと見、野性的な、なんというか素朴なお人で。 憤まんやる方ないYさんに、再び、 「よ、クマ殺し」 と声が上がる。 しばらく、その呼び名からは離れられないに違いない。
それにしても、災難だったクマさん。 本当にごめんなさい。
2002年07月05日(金)
いつか、そんな日がくるんだろうか。
そろそろ、鈴木商店さんにお願いしたポラホルガが届く。 ポラホルガは、インスタントフイルムを使うようにバージョンアップしたホルガのこと。ポラロイド社の方は、粋なことを考える。「ホルガってナニ?」と思われた方は、ぜひ一度検索してみてください。面白いくらい、色んなものが釣れます。大漁です。
ワタシといえば、欲しくて欲しくて、よだれダラダラの状態だったが、運良く誕生日が巡ってきたので注文することが出来た。なんともラッキー。というか、クリスマス・プレゼントに写真のフィルムをねだった女だ。しかもリバーサルを銘柄指定。どこまでもカメラ。とにかくカメラ。 そんなわけで、今日はフィルムを買いにビックカメラへ行った。 最近、ちょっとご無沙汰だった。貧乏なので宝の山へ出かけるのは控えていた。欲しいものなんて山ほどあるが、残念なことにお金も山ほど、とはいかない。本当に久し振りのお買い物だ。
足を踏み入れたワタシは、まっすぐにインスタント・フィルムの棚へ行き、まずお目当てのポラロイド社製のフィルムを吟味。色々種類がある。値段もピンきり。英語ばかりの箱を無理無理解読しようとし、あきらめ、でもまた箱をグルグル回して少しでもわかる単語を探す。 傍から見ると相当、お馬鹿さんに見えただろうが、こういう時間が一番楽しいのだ。ほっといてくれ。
とりあえずフィルムが決まれば、後は自由時間。 右を見ても、左を見ても、魅力的なお宝三昧。 おや??? 左を向いた所で、ワタシは目を疑った。 これ、HOLGAじゃないの??? 無造作に棚の一番したに転がされているのは、今、まさに、ワタシが到着を待ちわびているポラホルガではないかっ。 こ、これは。 ワタシは思わず、辺りを見まわしてしまった。ここって、ビックカメラだよね。カメラ家電の量販店だよね。どうしてこんな、マニアなカメラが。
恐るべしポラロイド。 背中にポラロイド社のホルダーを背負っただけで、こんな量販店にまで並ぶようになるなんて。出世だ。町の一少年が、ワールドカップに出るようなものだ(←言い過ぎ?)。 こんな勢いで、HOLGAがあっと言う間にメジャーになったら。 嬉しいような、ちょっとつまらないような、秘密の基地が新聞に載っちゃったような、不思議な気持ちだ。
いいかげんで、適当で、安くて、面白いカメラ。 こんなカメラが普通になるほど、日本は心が広いかしら。 ポラホルガを待ちながら、しばし思案を巡らせる女であった。
|