milukuの日記

2003年07月31日(木) 泣きたい(つーか、泣いた)

最近、精神的に不安な所があって、それが症状としてでてきてて、ちょっと情緒不安だったんですが(彼氏にも言われた)、やっぱり波が激しくて、辛いので、妹に相談してみました。(心理学科だから)


具体的な事ははぶきますが、妹曰く、寝る前のイメージトレーニングがいいとの事。大丈夫な自分を想像して、一呼吸おけるようにするといいんだって。

それで、何でそんな風になっているかの話しになって、妹が「精神的に不安定で症状がでるってゆうのは、どこかで無理をしてて、心がつらくなっているからだよ」みたいな事をさらっと言って、涙がぼろぼろ。

自分でもびっくりしたけど、言った妹もびっくりしてた。



自覚してなかったけど、そうとう辛かったみたい。そりゃ、思い起こせば、今月はアシスタントの事とかもいろいろあったし、自分の中でいろいろ見つめ合う事も多かったし、何よりも、一番できてなきゃいけない(この考えがいけないらしいけど)マンガの事で躓いているのが、一番つらい。
あたしは、就活をいっさいやっていないため、その分、マンガで何とか結果をださなきゃって思うところが強くて、その割に空回りしている所があって、(具体的にゆうと、投稿用の下書き45pがサイズが違ってて、1から書き直しとか。この、二ヶ月は何だったのか??とか)いま考えると、本当にいっぱいいっぱいだった。

友だちがどんどん、決まっていく中で、いまだに結果がだせなくて、それ以前の問題でつまづいてて、焦って、焦って、でも全然進まなくて。
親や周りからもプレッシャーがかかってて、来年で、学生って身分がなくなって、奨学金や税金や年金も払っていかないといけないし。

そうゆう中で結構いっぱい、いっぱい、だったのかもしれない。

焦っても、うまくいかないって事は分かってるのに。



「がんばっても、うまくいかない時はがんばり方をかえてみる」(「始めるのに遅すぎる事はない」より)
やりかたを変えて、もう一回チャレンジ。
だけど、それって、本当に大変だよ。

息抜きが全然無かったのかも。ちょっと、スケジュールを調整してみます。


で、今、目の前にある課題を丁寧に、自分のペースでがんばっていきたいと思います。

今日読んだ、占いにも「必要な時がくれば、気力、タイミングが自然と整うので焦らないで」みたいな事が書いてあった。 

あたしは、どうしてもしなければとゆう気持ちが強かったので、もうちょっと、日々を楽しんでやりたいと思った。





あたしにとって、マンガってゆうのは自己表現であって、自分の世界を表現する大切なものだったのに、いつのまにか、自分の評価を高めるためのもの、なんだか認められるためのもの(そういう側面も多少あるんですが)ってゆう所がすごい強くなってて、それじゃ描いててても面白くないのはあたりまえで、自分が描いてておもしろくないマンガがはたして、他人にとって面白いのかって疑問もある。

同人の話で申し訳ないけど、やっぱりこっちの、モチベーションが下がると本も売れなくなるし、お客さんが離れていくのがすごい分かるってゆうのもあるし、逆に、自分が描くのが楽しくて、楽しくて、その世界(話)にどっぷりつかってて、もうすごいはまってる(他に適当な表現がない)ときってのは、やっぱりお客さんがすごい付いてきてくれるし、絵にもあらわれる。




だから、もっとピュアな気持ちで、漫画を楽しんで描きたいと思った。
投稿ってゆうのは、「自分はここまでやれますよ」(人物、効果、トーン処理、背景など)ってゆうのを限界まで詰め込むものだよって言われて、実際それでアシスタントの仕事が回ってくるって話しもよく聞いたし、もちろんそれも一つの形だけど、やっぱりそれよりも自分を表現するって事を最優先したいと思いました。あたしの悪いくせで、あれもこれも完璧にやろうとする癖があるので(だいたい、逆効果になる)
だから、やっぱり、技術の事を気にするよりも(まあ、ある程度は気しなきゃいけないんですが、程度の問題で)、自分は何を伝えたいのか、とか、何を表現したいのかってゆう所を最優先したいと思います。


読む人に自分が何を伝えたいのか、そして、評価や認められるためじゃなくて、自分の為に、自分の心の為に描きたいと思いました。




2003年07月30日(水) 一週間ぶり。

日記書こう書こうと思って、全然書いてなかった。
山行った事とか、静岡の話しとかもあるんですが、長くなるから省略。

なんか、ぜんぜん脈略がない。今日の文章。無駄に長いのでご注意ください。


昨日、バイトから帰って、たまたま「少年探偵Q」(マガジン/さとうふみや)を見ました。
なんか、話しとかはコミックスどうりなんで、あえて触れないんですが、その声優人にびっくり!!
つーか、ちょう豪華!!!主人公のQは緒方さんだし、団先生は田中さんだし、そのほかにもいろいろ。
でも、あたしはQの中では、「七海光太郎」(読んでない人にはちんぷんかんぷんですいません)が一番好きで、今回たまたま七海がでてくる話しだったんですが、ちょっと絵がひどかったです!!!!りゅうとか、めぐちゃんは綺麗なのに!!もっとかっこよくかいてよ!!(本当にどうでもいいですね)しかも、声優誰かとおもったら、三木さんだった!!!びっくり。いやー三木さん好きなんで嬉しいんですが、もうちょっとなんとかならんかのー。
ちなみに、コミックスでは、冥王星の誰かが、誰かに変わってDDSに入り込んでいるとゆう展開になっているんですが、私は七海だと思ってます。本郷先生はいかにもわざとらしいし、団先生はありえないし、ちょうど本郷と入れ替わりででてきてないので、そうじゃないかなーと。




友だちの日記とか読んでると、なんかみんないろんな事に興味が向いてて、ちょっと素敵に見える!!!あー、あたしももっと、いろんな事に興味向けたいってゆうか、マンガにもっと詳しくなりたい!!!(結局それかよ!)
最近、かっているのはジャンプだけ!!(後は、立ち読み)コミックスもお金なくてかってない!!これでいいのか、いや良くない!(反語)
マンガ、マンガ、

マンガ読みたい!!!!!









だけど、お金がないんです!!!(切実/涙)









アホすぎて、涙がでそうですが…そんな訳で立ち読みしてきました。「FEELYONG」の安野モヨコ先生の新作!!!!まってました!!!!まってましたとも!!!レディースの先生の中で一番好きだよ!!!もっと連載もってくれ!!!ヤンマガで連載終わった「花とミツバチ」の7巻もまだでてないし!!
話しは、ちょっと重い感じで、先生の本だと「ラブ・マスター」と「カメレオンアーミー」にのってる「夜の王子様」を足して二で割ったような感じです。

働く女性と恋愛と団地って感じの話しで(安野先生の実家も団地)、ちょっとこれからがたのしみ!!ハッピーマニアとはちょっと趣向が違いそう。
早く、コミックスでないかなー。しかも、今回のFY(フィールヤング略)には、矢沢あい先生と安野先生の対談もあっておもしろかった!!今をときめく、とゆうか、レディースでは敵なしの先生方。これで一条ゆかり先生がくわわればもっと面白かったのに。
ちなみに、矢沢先生はアシがいなくて、みんな自分でやってるそうな。おそろしい。
FYもそうだけど、YONG YOUも面白そう。雑誌かっちゃおうか迷った。レディース系も集英社強いなーと思った。上のお二方もですが、好きな先生(一条ゆかり、いくえみ綾)とかほとんど集英社だもの。




そして、買おうか悩んでる雑誌がもう一つ…。

それは、「LaLa」……。(白泉社)

この年で、ララはどうなのか??付録が入っている雑誌をレジに持っていく勇気がない……
動機はずばり、「遙かなる時の中で」です。もー、わかりやすいなー。自分。後は、雑誌として面白そう。結構有名どころが多いし。





しかし、全部女性向け。少年誌は「ジャンプ」はともかく、「マガジン」は立ち読みだし、「サンデー」はまったく手付けず状態。こっちはペースが速いからやっぱりコミックス読み(マンガ喫茶/死亡)かな。
あと、少年誌、青年誌ともにもに未開な部分があるから読みたいんじゃが、いかんせん長くて、読むにもはいりずらいんだよなー。
とにかく、漫画喫茶いこうにも、お金がないのです。




絵画教室に通ってるので(御茶ノ水は、受験生主体なので夏季はお休みなのです。今通おうとしているのは、西荻窪の教室)8月分に、14000円
と八月後半に人物コースが集中であるので、それようのお金40000円とか。(ほんとに金なき子ですよ!!)そのほかにも、最低限の交際費(20000)のほかに、携帯代一万円を足すと、とんでもない金額になるので、あえてたしてません!!!
毎日、日払いバイトの日々ですよ(8時〜6時)で帰ってきて、ご飯食べて、8時くらいから12時くらいまで絵を描いて一時間ネットとか雑務をやって、朝7時におきるとゆう健康的な生活です。
土日で絵画教室&投稿をまとめて一気に。
一日日給が7000円前後なので、10日はたらけば、7万だ!!やったね!!!(やけくそ)

でも、これから、お昼代とか、電車代とか税金が引かれるから、もっとすくないけど(しょぼーん)
これだと、洋服どころか本当に漫画喫茶代も出ない始末。九月は、教室代24000円と学校の定期代(27000円)と駐輪代が(3000円)...


いやーーーー、お金の計算したくない!!!



本当は余裕があれば、剣道かなぎなたをならいたかったんですが、絶対無理。(精神鍛錬と趣味をかねて)武術ならいたい。ならってこの精神をなんとか鍛えたい。
次の投稿作も決まってて、その次のやつで、なぎなた振り回してる女の子が主人公の漫画(一応少年向けなんですが)が描きたい。ただ、単に、着物がすきってのもあるんですが(今回描いてるのも、主人公は着物姿/現代物だけど。次も着物姿。こっちは、比叡山の修行僧とゆうか、僧兵がきてるやつ!!)なぎなたいいなーーー!!とゆうか女の子が描きたい、はかま姿の....。




だめだ、本当にまとまりない日記に。まあ、いいや。(えっ??)


友達(とゆうか)、高校時代の先輩の彼氏から、ゲームのキャラクターデザインを頼まれたので、今やってます。

とゆうか、同人ゲームなんですがね。けっこう大人数でやってるらしくて、プロのプログラマーとかもいるみたいなんで、気合いれてがんばってます。


で、そのうちネットで宣伝するらしいので、アドレスを日記の乗っけようと思いますので、興味のある人はみてください。冬コミで発売するそうです。


でも、自分の描いたものが、同人とはいえ、発売されるのはちょっと楽しみかも!!!がんばろっと!!


あと、同人つながりで、そろそろ同人誌が出したい。これ、大学の友達も読んでるんですが、いいです。白状します。

大学一年までは出してたんですが、アシスタントとかでアシを洗ってやめてたんですが、やっぱりコンスタントに戦ってないと、絵の質が下がる。

同人でも、絵にはやりがあって、(特に、表紙/カラーのデジタル化は商業誌の比じゃないくらい普及してます)、同人で受ける絵と、投稿の絵は方向性がぜんぜん違うので、やめてたんですが、そろそろ出したくなってきた。


ちなみに、同人では(あくまで、これは私の個人的な見解です)、ペンの線のきれいさと、見た目のきれいさが最優先。
背景はなくても、トーンでも、キャラがきれいなら大丈夫。(ただし、大手さんはきちんといれてる人がおおいけど)
こま割とかも顔だけとかおおいし、あんまし俯瞰とかあおりとかはないかも。
とにかく、キャラクターがきれいに描けてれば大体のとこはオッケー。
(大前提として、話が面白いってのもありますが)


今の同人の流行の絵はララ系ですね。


だけど、投稿作は、こまわりやバランス、背景や、効果とか、あとは、多少線が雑でも、勢い重視だったりするから、かならずしも一致しないんですね。

絵を別にしなきゃいけないから、めんどいんですが、同人やってると、隣がライバルみたいなもんがあるから、やっぱり励みやすいですね。(投稿は自分との戦いですが、同人はライバルがいっぱいいて、即売会に出れば、すごい刺激を受けますからね)どうしたら、もっと本がでるのか、とか。自分の絵に足りないのは何かとか、後は、目の前でお客さんが自分の本を読むんで、すごい緊張感があっていいですね。閉じていかれると何がいけないのかなーとかもあるし。

なにより、カラーとか、練習できるし、ホトショとかチャレンジしやすい。投稿だと描く機会がないけど、同人だと、表紙でカラーがあるから、発表の場があるし、なにより真剣にできるし。(これはあくまで、カラーの場合です。練習だと思うとどうしても妥協ができるけど、販売するものだと思うと、気が引き締まるから)


とにかく、がんばります。しかし、すごい量になっちゃった。
しかも、まとまりが(ギャフン)



2003年07月23日(水) 回復しない…

アシからかえってから体調が回復しません。とくに、立ちくらみと動悸が激しくて不安です…もともと自立神経失調症だし…胃腸は何とか整ってきたんですが、24日から静岡行って、26日から長野に山登りに行くのにこんな状態で行けるのかちょっと不安です。でも、昨年は修論の調査で山を目の前に登れなかったので、今年こそ登りたい!整えるしかないな。それにしても、体力がない。疲れがでたのかな?



2003年07月19日(土) 戻った。

今日は、いつも奇数月におじゃましている先生とお茶してきました。
夏のボーナスとゆう事でいくらかもらっちゃいました。えへ。
あと、いろいろ話してきました。
仕事の話しはもちろん、デビューするなら絶対20代の前半にしなさいといわれました。なぜなら、やっぱり、遅くなればなるほど、体力に限界がくるのと(本当に、マンガかくのって重労働なのですよ。どこかの少女マンガの先生が、マンガは才能よりも体力だっていってました。あたしは、才能じゃないのか??と思ってたんですが、これは、才能があっても体力がないと仕事にならないって意味みたいです。)年齢が上がれば、上がるほど、攻めに行けなくなるし、(社会的な責任とかで)どうしても守りにはいっちゃうから描けるうちにがんがんかいときなさいとゆう話しでした。

あとは、デビューしてからが出発点だよ。って話しも。

あとは、今回のまずかった点とか、いろいろ。先生によっては、何にもいわないで契約を切られる(次からよんでもらえなくなる)先生もいるので、本当にありがたがったです。

しかし、なかなか厳しいですが、毎日大切にしていかないといけないなと思いました。たとえ、それがきつくても、がんばらないとなーと思います。



2003年07月18日(金) 抜けていた気分をもどしましょう

静岡行って来たら、疲れと緊張の糸がぷつんととれた感じであんまりよろしくありません。でもって今日はテストだったけどすっぽかし(オイ!もう、通年のやつだし、出席とってるから無理だと思って切りました)かわりに、他の授業のレポート書いて、メールで送った。便利だのー。

ついでに、探していた本を地元の図書館でげっと。でも、難しくてよむきになれません。

アシスタントの先生の都合で、20前後の仕事が30日前後に移動。その間にバイト(日払い)しようかなと思いつつも、体力が戻るまで大人しくしていようと思います。(でかけるのもきつい。)やっぱり、アシの後はゆっくり休んだ方がいいなって事がわかりました。

昨日も、腹痛で目が覚めました(ぎゃふん)。富士山のぼるし、鍛えとかないとなー。



2003年07月14日(月) まだ十分とはいえないけれど

アシスタントから帰ってきました。五時半(AM)まで仕事して、その後寝かせてもらって今到着。



前回よりかは、少しはいい感じになったような来がします。
思うんですが、仕事は(何であれ)技術よりも、まず気持ちが大事なんじゃないかと思いました。


どんな仕事でも、どう受け取るか、どんな気持ちでやるかにもよって、結果が全然ちがうんだな(当たり前なんですが)ってゆう事が分かりました。



どんな姿勢でのぞむか。今回はまず、これが出来てなかったんだなーとゆう事が分かったので、よかったです。次から直せるしね。



『始めるのに遅すぎることなんかない』より


「私たちのだれもが可能性をひめてます。自分の心に素直さえなりすれば、いつでも、どこからでも、何でも始められます。自分で作り出した限界から自由になるとき、新しい何かが始まるのです。」




苦しくなったり、いじけそうになった時はこれを思い出して、頑張りました。

で、また今日からも頑張っていきたいと思います。



2003年07月11日(金) 『始めるのに遅すぎる事なんてない』


アシスタントはとりあえず、二泊三日で戻って来ました。で、また明日から一泊か二泊の予定です。(先生のすすみ具合によりけり)


『始めるのに遅すぎる事なんてない』中島薫/1999/サンマーク出版

最近、ビジネス書がブレイク中の私ですが、これもそう。友だちとゆうか、知り合いの薦めで買った本。アムウェイ・ ビジネスで世界一の人なんだそうです。

101個のこの人のビジネスや生活についてのちょっとした考え方が乗ってます。
普通の生活の時は何ともへーといった感じなんですが、こう何か感じるものがあるときなんかに読むとすごいいいです。


今回の一番心にきた言葉はこれ。

「乗り越えられない壁はやってこない」

もう、あたりまえかとも思えますが、本当にへこんでるときには効くんですよ。
「壁は誰にでもきて、人によって来る時期が違うだけなのです。」
だそうです。

このほかにも、他のビジネス書でも読んだんですが、「夜明け前」までが一番暗いそうです。つまり、一番つらいときを超えれば、明るい時がくるそうです。

そう思って、なりたい自分に成れるように、振り返らずに、進んで生きたいと思います。


今の、自分がだめでも、そこを結論にしないで、次の展開へつなげることができる。そんな考え方の本です。



2003年07月08日(火) そうとう病んでる?

なんか、最近の日記がやけに熱いんですが、病んでるよ。まあ、今にはじまった事じゃないんですけどね。


他の日記さん読んだら、みんな満足って感じだったので、自分がいかに夢見がちなのか分かった気がしました。

しかし、『遙か2』を友だちから借りてるんですが(パソゲー)のほう。今日、試しにやったらノパソがぶっこわれました。しかも、それはウインの98までのやつなので、デスクトップはXPなので、出来ないのですよ!!!

何??投稿作あげるまでは、やるなって事か??もともと、ゲームとかやると一日7〜8時間とか平気でやるので、大変危険なのですよ。ああ、なんだか自分のやばさぶりを暴露してるよ、この日記。


明日から、14日まで泊まりでアシスタント行って来ます。14日は学校いってそのまま静岡へ。で、16日に帰ってきて、18日にテスト。で、20日〜前後で三泊四日でまたアシスタント。24,25でまた静岡(予定)で、26、27で山(岐阜と長野の県境)へ行って来ます。その合間に投稿描いて、八月には仕上げる予定です。休みがないのー。



2003年07月06日(日) ネオロマンスフェスタ5と現実と仮想空間の狭間で「追加」

昨日は随分、お見苦しい日記で失礼いたしました。ほんとは、その後にこの、ネオロマが来る筈だったんですが、時間がないし、今日はアシスタントの仕事だったので、遅くなるとやばいので書かずに寝てしまいました。

つーか、あんなの読んで混乱してる時にいくもんじゃないって事がわかりました。見方が斜めで、微妙に分析づいてて嫌でしたよ。あー、本当は日頃のうっぷんを晴らして、頑張る力をつけるつもりが、なんか現実見てきた感じで嫌なのですよ。

ネオロマンスフェスタとは、ゲーム会社『光栄』からでてる、ゲームソフト『アンジェリーク』と『遙かなる時の中で』の声優さんが出てくる、ライブショウです。この上の二つは、女性向けの恋愛シュミレーションゲームです。ちなみに、『アンジェリーク』は発売してもう11年くらい続いているお化けゲームです。

で、見てきて感じたことは、(好きな人はこの先読まないほうがいいかと思われます)この、ライブってゆうのは、『ゲーム』→『ライブ』←『現実』で、ちょうど真ん中に位置していてて、架空であるはずの、ゲームのキャラクターが、声優さんとゆう実際に役を演じる人に当てはめられている空間なんです。
つまり、ここの空間では声優=キャラであり、実際に存在するはずのないキャラクターがこの場では成立しているとゆう、何とも奇妙な空間なんです。

で、はじめはどうか分かりませんが、ここでの一番の光栄側のねらいとしては、もちろん『ゲーム』販売促進効果、および関連グッッの販売促進。
でも、これを成立させるには、この奇妙な仮想(ゲーム)と現実の狭間でキャラ=(声優)とゆう事を成立させて、最終的にその上で、『ゲーム』の仮想空間へお客を連れて行く事だと思うんです。



だけど、今回のネオロマンスを見ていると、この、キャラ=声優とゆうよりもキャラ<声優とゆう図式が成立してしまい、キャラを演じている声優のライブショウと行った感じがいなめなせんでした。
ちなみに、要因を挙げるとこれ。

�〔樵阿鮓討峪�に、『キャラでなくて声優』の名前を呼ぶ
�▲薀ぅ屬如糞劼痢房�けをとるために、アドリブが多くなり、キャラが壊れる。
��声優さんの中でも、あまりキャラを演じている(もちろん仕事としては一生懸命でそうゆう意味ではなく)とゆう事よりも、受ける方へ流れてしまっている。(関俊彦さんはそうゆう意味では、きちんと考えてくれていて、ファンサービスをしてくれるんですが)
�だこΥ僂�中途半端
これも、何回もやっているから、マンネリ化を防ぐためにどれもしょうがない気もしますが。
�い呂箸�に、もともと『アンジェリーク』のイベントだったのが、それに『遙とき』が入ってきたので、どうしようもないんですが。

何より声優さんがたもすごい楽しそうだし、会場ももちろん熱気がすごいし、その意味ではすごい成功しているんでしょうが、
が、しかし、あたしがいいたいのは、キャラよりも声優さんが立ってしまっているとゆう現状。夢に飛ぶ(とゆうかゲームね)とゆうよりも、役を演じている声優さんを見にきた感じがいなめません。
ちなみに、割り切ってみにきている人は全く問題ないし、この空間でどれ程の人が『声優』をみにきているのか『キャラ』みにきているのかわかりませんが、しかし、夢見に来たら現実に戻されたって感じで、微妙でした。


つまり、『ゲーム』→『ライブ』→『ゲーム』とゆうながれを作って欲しい訳です。今秋にコーエーから『金色のコンコルダ』とゆう女性向けの恋愛SLGがでますが、今回そのその宣伝でビデオレターがあって、新人さんが挨拶してて「次はゲームで会いましょう」って一言があったんですが、これですよ。つまり、最後の挨拶でも、秋にアンジェリークの新作があるんだから、『次はゲームで会おうぜ、お嬢ちゃん』(これは、オスカーってキャラの台詞)って一言があればいいんですよ。それだけでも全然違うんです。
だけど、実際、堀内(このオスカーってキャラの声優さん)のあいさつは全然そんな事一言もないのです。いや、すごい感動的な話しでそれはそれでいいんですが、!!!『オスカーとしてではなくて、堀内さんとして』の感動なんですよ。(これ、例えで堀内さんをあげてるだけで掘内さんを責めてる訳ではないですよ、とゆうかほとんどみんなこうだったし)

だけど、それでいいのかよ光栄!!!ゲームにつなげろ!!ゲームに!!それで、お客さんは買う訳でしょ??

あくまで、自分じゃなくて、キャラを立たせないと!!!!


声優さんがたも、感動してたし、すごい楽しそうだから、あんまりこんなこといいたくないけど、ある声優さんが『また、来年もここで会いましょう』っていってたけど、それじゃダメなんだよ。『会いたくなったら、いつでもあなたの側に!!!』(つまり、自分がここにいるのは、声優の自分としてじゃなくて、あくまでキャラとしてとゆう自覚)ぐらい言わないと。つまり、声優さんが『与えられている側』になっちゃダメなんだよーーー。与える側なんだから!!!

今回それで、もう一個指摘したいのが、声優さんのトークショウで『告白されたい側』と『告白したい側』で分かれて、司会の人が「じゃあ、告白したい側の人は告白してみてください。」
って言ったときに、会場が盛り上がったわけですよ!!!それで、実際やった訳ですが、その相手が会場のお客さんに向けてじゃなくて「高橋直純」君をはじめ、告白されたい側の声優さんに向かって。
これは、有る意味、変化球な乙女の欲求を満たしてるけど、(えっ??)実際、盛り上がったけど、そうじゃないだろ!!!

お客に向かって言わなくて、どうすんの!!!誰の為に、何の為にやってるの!!!!



ゲームやってて思うのは、(後は周りの人みて思うのは)やっぱり、現実からの脱却だと思うのです。(マンガも、アニメもね)異空間にしろ、何にしろ。だから、前やってたネオロマのラジオで「井戸を見てたら、平安の都に行けないかと思いました」って投稿があって、(これは、『遙かなる時の中で』で主人公のあかねちゃんが井戸に吸い込まれて、平安時代の京へいくってゆう設定なんです。)三木さんは「んな訳ねーだろ」とかなんとかつっこんでたけど、そうじゃないの!!!

みんな、そんなの無理だってわかってるけど、本当は半分くらいそう思ってるんだよ。(特に、高校とか中学頃の女の子はね、)それで、夢みながらゲームやって、ゲームはそれに答えて『夢』を与えてるわけ!!


その間の狭間のライブで『ゲーム』につなげないで、『現実』(つまり、役を演じている声優さん)をみせてどうすんだよって事を一番いいたい訳です。(繰り返しになりますが、そうゆうのをふまえて、声優さんが好きできてる人もいますから、これは私の個人的な意見ですが。)


今回の声優さんの中で唯一そうゆうのをふまえてきちんとフォローを入れてくれたのが関俊彦さん。

関さんはもともと、すごいサービス精神があるので、相手が何を望んでいるのかが分かってて、それに答えてくれるんです。(他のイベントでもね)

そこが、一番今回欲しかったところかもしれません。

これだけ、回数(今回で五回目だけど、アンジェだけの足したらもっといっぱいある。)重ねると、マンネリ化とかいろんな問題があるかもしれないけど、キャラじゃなくて声優さんが立っている事(特に、高橋直純君とかね。でも、このこは、声優とアイドルの間にいるから自然とキャラ(ゲームじゃなくて、直純君としての)がたちゃうから仕方ないっていえば仕方ないんじゃが/)に疑問をかんじます。だったら、ネオロマでやんなくてもいいじゃん。って思うよ。ほんと。


いつのまにか、現実→ライブ→ゲームのはずが、ライブがこの間から独立して、違う空間を創り上げてしまったとゆう感じです。それは、それでいいとゆうか、しょうがないとゆう気もします。

で、実際に、広告や販売(プロモーション)につながってるし、ライブビデオも売れてるから微妙ですが、ゲーム会社なんだから、『夢』をつくってくれよ、『夢』を。


あと、「声優ーキャラ論」(人気があるのはどっちだ??)ってゆうのも、これ考えてて思いついたんで、(つーか、まさにこれ)そのうち書きたい。
これも、アニメ特有の現象だと思う。つーか、このネオロマで卒論書こうかしら??FWもしやすそうだしね。でも、ゼミで発表したくないな。














2003年07月05日(土) 『物語消費論』(大塚英志)のショック

『物語消費論』
これは、この作者(フリーの編集)さんがかいた、漫画にまつわる現象を中心に書いた、現象論的小論文を集めた本です。学問的だし、すごいするどい指摘があるんですが、ちょっと読んでて、混乱したところがあるんでとりあげたいと思います。

この本には何個かのテーマがあるんですが、その中で引っかかった点。

『物語抽出論』(これはあたしが勝手になずけた名前です。)
この人の論理でゆうと、キャラがたってしまえば、(つまり、人気が出れば)そのファンにとっては、(ここでは例で、高橋留美子先生の『うる星〜』をあげてますが)アニメと漫画は等価値になるとゆう事。つまり、「設定」(キャラの絵柄、キャラクターの性格、キャラ同士の関係)のルール(つまり設定)をはずしてなければ、誰が書いても「うる星」になるとゆう事らしいです。
どうゆう事かとゆうと、その『設定』さえはずしていなければ、高橋留美子が書いた原作の『うる星』も押井守(アニメ監督)の、映画の『うる星』もFANにとっては、おんなじ価値のラムちゃんになるそうです。

例としてあげると、キャラクター商品になったときに、高橋留美子先生が描いた「グッツ」が必ずしも、売れ筋になるとは限らなくて、それよりもアニメーター達が自分の個性を出して描いたラムちゃんが売れ行きになるとゆう事もあるとゆう事でこれが、その『物語の抽出』とゆう事でそれを踏まえていくと、逆に『原作』さえも、その『物語』のひとつであるとゆう事になってしまうとゆう事です。

さらに、これは「漫画」が「アニメ」化したときに自然に発生した現象とゆう事らしいです。



さらに、この問題を考えたときに具体例がいっぱいあります。
『ルパン3世』これも、原作者はモンキーパンチ先生ですが、実際に映画化すると、監督は違うし、絵もアニメーターの方がデザインしてるし。そのいい例が「カリオストロの城」。有名な宮崎先生で、ルパンが青いジャケットきてるし、設定はルパンですが、話のつくりは全部『宮崎先生』です。
つまり、『ルパン』の設定だけを抽出して、違う人が違う話をつくるが、ファン(つまり、大勢の受け手側)は、それが、モンキーパンチであれ、違う人であれ、いいとゆうわけです。(まあ、中にはいやだってゆう人ももちろんいるとおもいますが)

もっと極端な例をあげれば、『ドラゴンボール』。これも、作者の鳥山明先生が漫画やめても、視聴率がいいから、『ドラゴンボールGt』として、アニメだけ(監督さんが考えて)続いたとゆう話。

あたしがはまってた「幽遊白書」も、当時は「映画化」されても、(話を考えたのが富樫先生じゃなくても)それを喜んで、なんの疑問を持たずに見に行ってた事。


実際にそうとゆう気もする。『アニメ』化が起こったときの「原作」の意味の消失現象。前に、どこかの先生のフリートークで呼んだんですが「アニメの感想はこっちに送らず、テレビ局に送ってください」とありました。それが、これなのかなと思いました。


これは、(おこがましくも)かきて側から見れば、そうとう混乱する議論ですよ。つまり、それが商品としてアニメで成功してしまえば、話は(あくまで才能があるとゆう前提で)他の人が考えても、コンセプトをはずさなければ、売れてしまうとゆう事。(まあ、実際として漫画家さんでも、編集が話を考えてることもあるってゆううわさもあるんですが)


反論になりますが、やはりそこまでを考えて、キャラクターを生み出している、先生がいるわけだし、やはり、原作にはかなわないと思ってしまうんですね。(とゆうか、おもいたい。)
これも、ケースバイケースです、アニメから入って、原作読んでも、アニメの方がいいって場合もあるので、もうなんともいえません。

まあ、やはり『アニメ』と『漫画』は別ものとゆう事で、それがあたかも同じ用にみえるけど、やっぱり違うとゆう事で、どっちがすきかはその受けての人と作り手次第。
だから、手塚先生は『虫プロ』を作ったのかなと思いました。大友先生が、アニメの監督になったのもそうゆう理由なのかなと。


つまり、この理論でゆうと『アニメ化』も『同人誌』も同じなのですよ。システム的には。ただ、どこにどのように向けて作ってるのかの違いだけで。


でも、まだ少年系の原作アニメは原作に忠実ですが、(これは目的が、あくまで原作のアニメ化で、宣伝が目的だからですが)下手に、ジブリやガイナックス(『彼かの』がいい例)なんかがアニメ化すると、『設定を使った、監督の自己表現』になりかねないわけです。

でも、これは最近のことじゃなくて、歌舞伎の世界でも同じようなことが繰り返されてて、ずっと昔からある表現方法の練習の一種らしいです。

ああー、ごちゃごちゃしてわかんなくなってきましたが、一番いいたかったのは、アニメ化による『物語の抽出化』が起こったとき(つーか、アニメになったとき)、人によっては、『アニメ』のほうが、本物になる(つまり、原作の意味の消失です。)とゆう事に対するショックです。

まあ、原作のほうがもちろんいいって人もいるわけで、それでいいと思うんですが....



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