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2005年12月20日(火) ■ |
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物部日記・『ヘルレイザーは静かに境を越えて』 |
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妙に卓見した風なヘルレイザーさんとなんだか久しぶりに会ったのが先週の今ごろだったから、もう一週間も経っていることに気づいた。あの人強烈だからなかなか印象が風化しない。 ああいう人格ってどういう生活していたらなるのだろう。なんだか周りを見るとそういう『できあがっている人』っていると思う。個性っていうのか、社会的見地というのか、パーソナリティというのか、まあなんでもいいけれどしっかりとした意見と相手を尊重できる意識のある人間になりたいものです。
昨日の晩、上の部屋からまた二人分の足音がした。 ヘルレイザーさんの部屋に、もう一人。 やっぱり風呂の音。 結構私の周りには同棲している人が多いので素直に無視しておいた。 それに、またうどんを作りすぎておなかが痛かったからそっちの方が問題だったのだ。 ああ、明日ツタヤ行かなくちゃ…… また声がした。
男の声である。 その後老人のものらしい声もした。
……あり? 上には若い女性が一人で暮らしているんじゃないのか? なんとなく、半年前に蒸発した隣の家族のことを思い出したが、とりあえずお腹が痛いのですぐに頭の中から消えていった。 そういえば、今日はヘルレイザーさんの原付は、まだ帰ってきていない。
けれど、私は物音を無視する。 本人が言わないのなら、聞かないほうがいいような気もするし。
一時間もして、腹痛も境を越えた。
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2005年12月19日(月) ■ |
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物部日記・『ヘルレイザーは静かに境を越えて・3』 |
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「最近の調子はどうですか?」 ヘルレイザーさんはお医者さんのように聞いてきた。私は少し考えてから、正直に言ってみた。 「まあ……、よくはないですね」 「あら、やはりそうでしたか」 とまあ、あんまり驚いていない感じで驚くリアクションを取ってくれた。 でも、嫌味じゃないんだから、不思議なものだ。 「物部さん、私はそんなに不思議キャラではありませんよ?」 「心を読まないでください。っていうか、ヘルレイザーさんって四回生なのでしょう? 先輩だったらもっとくだけて喋ってくれてかまいませんよ?」 「そういうキャラクターで売っていますから、こんな話し方をさせてください」 キャラ作ってんのかよ! 「物部さんも、そうでしょう?」 ……かなぁ?
ヘルレイザーさんはそうです、と勝手に肯定してその場を去った。三十秒後、手になにやらプラスチックボードを抱えた彼女は再び私のいる駐車場に来た。 私は、まだ説明書のタイヤ交換のページを見ている。 「あら、まだ終わっていないのですね」 「三十秒でタイヤ交換できません」 「慣れればできますよ。私も以前自動車整備工場でアルバイトしていた時がありましたから」 何者だあんた。 「手伝いましょうか?」 「悪いですよ」 「そうですね」 ……いや、本当は手伝ってほしいのよ。 しかし、説明書を一通り読めば大体わかったのでジャッキを差し込んで車を持ち上げ、タイヤを外しスペアを取り付ける。 「あら、お上手ですね」 「いや、これ誰でもできるでしょう」 「あら、慢心」 「そういう問題でしょうか」 とりあえず、これで少しは大丈夫だ。 「ヘルレイザーさん、昔アルバイトしていたその経験者さんに聞きたいのですがスペアってどのくらいもつんでしょうか」 「物部さん、スペアタイヤは消耗品ではありませんから、早くお店に持っていくことをお勧めします」 なるほど。しかし、そういうお店が開いている時間帯に暇があるのは二三日先のことだろう。 「それが、私も案外と時間に追われていまして」 「……まだ忙しいのですか?」 「うんにゃ、私はとっくに暇人です。でも、なかなか時間の使い方が下手で」 「駄目ですね」 きっぱり言われた。
「ヘルレイザーさんって不思議な方ですね。とても包容力のある方かと思えば突き放すことは突き放す」 生活面ではもっと奇妙なのだが、今回は割愛。すると、彼女はいつもの愛想のいい顔で言う。 「それは、物部さんが私のことを知らないからです。誰の身の回りにだって、おもしろい人とか変わった人っていますよね。みんな普通と変を持ってるものですよ。その『変』を見せるのがうまい人もいれば下手な人もいる。物部さんは私の変のところしか知らないだけ、なのだと思いますよ?」 それも、そうだった。 「とは言っても、どう見ても私って変ですよね。あだながヘルレイザーですし」 ヘルレイザーさんは愛想のいい顔で、続ける。 「でも私から見れば毎日朝倉に来たり毎晩帰りが遅かったり食べたくなったからという理由で夜中の一時半に天下一品まで車を走らせる物部さんの方が異常だと思いますし」
なんで知ってんだてめえ
向こうのほうから、今日一緒に小学校に挨拶に行く先輩が見えた。 ヘルレイザーさんは、いつのまにかいなくなっていた。 「僕、変なのかなあ」 「うん」 先輩は即答した。
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2005年12月16日(金) ■ |
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物部日記・『ヘルレイザーは静かに境を越えて・2』 |
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「お久しぶりです」 ヘルレイザー鎌足さんに会釈をした。 「お久しぶりです」 彼女も腰を折って丁寧に挨拶してくれた。
そして、 「これは多分スパナじゃないですよ」 「あら、つっこむところそこですか」 やっぱりヘルレイザーさんはヘルレイザーさんだった。
「あの、ヘルレイザーさんはなんで白衣着てるんですか?」 「私は理学部ですから」 「ああ、なるほど」
そういえば、知り合いの先輩は理学部の四回生でサークルが終わった後によく白衣姿で歩いているのを見たことがある。
けれど、駐車場の方まで白衣を着てくるというのは聞いたことが無いぞ? というか
「ヘルレイザーさんって、高知大学生だったんですか?」 「いいませんでした?」
まじかよ。 あんた社会人じゃないのかよ。
「はい、っていうか。理学部って、朝倉キャンパスですよね。なんでヘルレイザーさんは南国市のアパートに引っ越してきたんですか?」
「物部さんこそ、どうして朝倉に?」 誤魔化された。 「ええ、今日は小学校に演奏に行く下見をしに……っていやいや、ごまかされませんよ」 話をそぐらかされてはいけない。 「なんでそんな奇妙なことしてるんですか?」 ちょっと、変なことを聞いたかもしれない。 しかし、鎌足さんは普通に答えてくれた。 「他人から見たら奇妙でも、そうしないといけない理由があったりするんです」 「……はあ」 一体どんな理由だ? それを解明するだけで単行本が一冊書けそうだぞ?
しかし、私はワケアリというものに弱くて、それ以上聞くのはやめておいた。
「じゃあ、ヘルレイザー鎌足さん(源氏名)は高知大学理学部の四回生だということで落ち着きましょう。どうして駐車場に?」 この人は原付にのっているはずである。 「ええ、隣の原付置き場に忘れ物を取りに来たら、何か大きな人影が車の陰にあったので車上荒らしかと近付いてみたのです」 私は泥棒扱いだった。 「そうしたらそのでかい図体は私だったと」 「はい」 「……またお会いできてよかったです」 「はい、私も」
やっぱり、人と会話をするのは心が落ち着くものだ。
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