ダメダメちゃむ日記
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キャー q(≧∇≦*)(*≧∇≦)p キャー♪ 恥ずかしながら、コンテンツの一つを「性と生について語り合おう」に改装しちゃいました!(〃∇〃) てれっ☆
僕は特別に「性の教育」の専門家って訳じゃない。でも、少なくとも他の先生達よりは学習している。県下の女性差別と闘う小中学校の先生達と、10年一緒に勉強してきた。「女子教育もんだい」と称されたその研究会は、最近「両性の自立と平等をめざす教育」と名称変更された。 そうだよね、女の子も男の子も変わらなくちゃ、21世紀は素敵な時代になれないよね。「女だから」「男のくせに」って、ずっと言われてきたよね。「女らしさ」「男らしさ」に囚われて、女も男も苦労してきちゃったよね。 だから、そんな困っている子どもたちや大人たちとの語り合う場を開きたかった。「真実を教えてもらえなかった」子どもも大人も悩んでいて、困っているよね? だから、「みんなで語り合いたい」んだよね。でも、私1人が「せんせい」な訳じゃないからね。みんな助けてね。困っている、悩んでいる人を、みんなで助け合おうよ。そんなコンテンツを目指して、私もできるだけ、頑張っていきます。 皆様、ご協力よろしくお願い致します。ぺこ <(_ _)>
と、自分に向かって言ってみるテスト(笑)
うん!(^-^) 今、やりたいこと、いっぱいあるんです。何度も挫折し、現状に絶望し、傷ついて二の足踏んでいたけれど、今、時代が、10年の月日をもって、私たち(先駆者)に追い付いたんだと思います。今、時代は追い風です。
だったら、「やってみろよ」@葛山信吾さんの歌のタイトル>自分 うん!(^-^) 今ならできるかもしれない。私だからできること。私にしかできないこと。すっごく小さな手だけれど、それでも「あなた」に差し伸べる「手」があるのだと、私は語っていいのかもしれない。
私は公立中学校の教員です。
親から精神的虐待を受けた、 幼少時に性的いたずらをされた、 中学校でいじめに逢い、登校拒否したことで教師によって更に深く傷つけられた、 家族の歪みを一番弱い存在である私に押し付けられた、 大学時代は痴漢や強姦寸前の目に逢い、性被害を受けた、 心を病み、深く傷つき、それでも立ち上がった、 サバイバー(生存者)の1人です。 それでも元気に、今日も笑って生徒に「いきる」ことを語ろうとしています。
近々「語り合おう」コンテンツを開こうと予定しています。 私1人が背負い切れるものではない、見知らぬ「一人ひとり」の苦しみを、切なさを、悩みを、語り合える場を開こうと思っています。
でも、まだ期末テストの採点が残っていますA^^; 2学期の評定も今からです。明日はまず仕事をやってみろよ!?>自分(苦笑) 改装はその後になりそうです(^^;) そんでもって、全然大丈夫じゃない私の予定は未定です(滝汗)
今、頭の中にあるのは、「性と生を語ろう」と「心の病気は恥ずかしくない」みたいなの……。 デリケートな分野だからこそ、もっと勉強して、より自由に語り合える場を作りたいな、と思っています。慎重に作りたいな、と。
さて、これまで通り全然大丈夫じゃない管理人ちゃむですが、まずは職業カムアウトから第一歩!と。 全然大丈夫じゃないからこそ語り合いたいな、と思っとります。@だって、みんなそんなに丈夫じゃないでしょう? こんなヤツで構わないから、何か「実は誰かに話してみたいこと」ある方、まずは掲示板へ、カキコしてみませんか? 私なりに、それからみんなで精一杯語り合っていきたい、とか思っております。
マジっすよ!!(><) ギャグとかネタじゃないんすよ!o(><;)(;><)o 11月からず〜〜〜っと続いていた「声枯れ」がどうにも治らないので、 「これはもう、風邪じゃない。のどの病気だ!」 と確信して、耳鼻咽喉科(第1変換が「淫行」かよ!?>マイPC( p_q) シクシク つか、「耳鼻淫行」って、マニアック過ぎや!@そーゆープレイがあるのかも不明)に行きまして、状態とか結構詳しく話しました。子どもの主治医でもあります、厳しくも優しいお医者様です。 「煙草1日2箱、ビール350ml×6本」とか、正直に問診票にも書きましたです。それくらい、声がかすれてるですよ。 ライブの折も、咳は出るわ、痰は出るわ、声はハスキーだわで、同行Sさんには大変ご心配をお掛けしました。信吾さんのライブの邪魔にならないか、不安でたまらなかったんです。うまいこと、ミュージシャン信吾さんの為の適度な加湿器が効いたようで、MC中はなんとか邪魔にならなかった……と思いたいです[壁]TT)@Sさん、隣席の方にはご迷惑お掛けしましたが。
「カメラでのどを見てみましょう」 Σ(ノ°▽°)ノハウッ! 咽喉カメラっすか!? ドクター? それ、僕、初体験なんすけど(−−; 「胃カメラほど苦しくないですよね?」|-*) ソーッ<実母と同居したストレスで十二指腸潰瘍起こして、胃カメラ飲んだ経験あり。(苦笑) 「あ、細〜いカメラですから、てんで大丈夫ですよ♪」 本当ですね? その言葉信じますからね、本当なんでしょうね? ( - ゛−) ジッー そうして、細いコードを差し出したドクターにア〜ンと口を開いた僕に向かって、彼は慣れた手付きでおもむろに、左の鼻の穴にカメラ(極細)を突っ込みやがったんですよ!!(TロT)<口を開けた僕の立場は!?(泣笑) 微妙な痛みもありましたが(今だに奇妙な感触が残っていますが)、「え〜〜〜〜」と発声させられ〜の、大きく息を吸うだの吐くだのされ〜ので出た病名は、 『せいたいけっせつ』?(。゜)(゜。)?ハッ? 何すか、それ!??? ま、しゃべり過ぎの煙草吸い過ぎが原因であることくらい、僕でもわかってました。でも、意味わかんない。漢字に変換もできない……。正直、「ポリープで沈黙療養させられたら仕事どーしよー!?」って思っていたんですが、予想外の病名に??(^・^;)??状態でした。 証拠の咽喉写真(別に欲しくねーよ! そんなもん(T-T) グスッ)に漢字で病名書いてもらいました。「声帯結節」だそうです。
そんで、今後の治療は、 � 屬任�るだけしゃべらないこと!」 く("0")>なんてこった!! 僕の仕事は喋ることなんだよ!? 無理だよ!! う〜ん、職場に相談して、何とか工夫しよう。家族にはもう説明した。 �◆岷豼陲鬚笋瓩襪海函�」 (ノ;;)ノ エグエグ! そんなことができるもんなら、15年以上も主治医に怒られてません……と事情を話すと、『できるだけ煙草を控えること』に条件緩和されましたが、結果一緒だし[壁]TT) 「禁煙!」と誓った2分後、帰りの車の中で煙草に火点けたバカは俺です(T^T)(^T )(T )( )( T)( T^)(T^T) ヒュルルル〜〜~~~ ��「うがい薬で1日3〜4日うがいする!」 ( ̄▽ ̄)v それならできます。 �ぁ嵬瑤鯢�用する!」 v( ̄∇ ̄)v 超得意分野ですがな♪
ド「ガンじゃありませんから!」Σ(◎0◎)はっ!? ガン!? 何をおっしゃってるんですか!? ドクター? ド「のどの病気の場合は、まず咽喉ガンを疑いますが、ガンではありませんから、きちんと申し上げておきます」 僕「このまま悪化したら、ポリープ?」 ド「そうなりますね」 僕「ポリープの場合は切除?」 ド「手術になりますので、きちんと自己管理してください」
(O.O;)(o。o;)(O.O;)(o。o;) チャラリ〜〜♪ 鼻から牛乳〜〜〜♪ (↑いや、そんな場合じゃないってば!!)
何だか気分は「真珠夫人」第3部の瑠璃子さん<大袈裟 肺ガンはね、ある程度覚悟してたのよ。15歳から煙草吸ってたヘビースモーカーだから。<そのくせ一番軽いフロンティアを吸っている辺り、微妙に逃げ腰(笑) マジ、「ビョーキ」に逃げてたなぁ、俺。「ストレス防止」という名目で、無茶してきちゃったなぁ〜(ー_ー;) 健康管理……子ども達の為にしなくちゃいけないな。こんなんでも「母」なんだから。自分の為になんかはかけらもする気にもなりませんが(−−;<そこがオカシイんです!
※近々、僕の職業(バレバレだっつーの!)カミングアウトします。そんでもって、少々コンテンツを変更します。僕にできることの一つかもしれないから……。
| 2002年12月04日(水) |
「ありがとう」の気持ち |
もしかして、カウンター回ってます?A^^; トップカウンターが微妙に回ってる気がするのは、僕だけでしょうか? つか、小学校1年生の長女ちゃんの宿題が、繰り上がりの足し算と繰り下がりの引き算の混合になってきて、丸つけする「親の算数能力が試されているのか!?」と冷や汗かいている僕の思い過ごしなのでしょうか?(笑えない(−−;)
信吾さんのライブに行って来ました。 またも同郷Sさんと一緒です。ホント、Sさんなくしては、これほど追っ掛けする度胸(笑)は持てなかったと思います。ありがとうございました。 ライブで逢えると思っていたMくんとも逢えました。地元信吾ファンオフ会を開いて下さったMくんのおかげで、同郷の信吾仲間ができました。ありがとうございました。 信吾さんのライブ、「5列目33番」というチケット、実は前から3列目でした。前2列は撮影の為、撤去されていたんです。ルート様、信吾様、ありがとうございました。爆裂感謝感激でした!(T∇T) そして、僕が毎朝通勤途中に、自分を励ます為に聴いていた歌を、生で唄って下さった信吾さん&板さん&ブリックス&スタッフの皆様、本当にありがとうございました。涙があふれて止まりませんでした。「しんどかったけど、頑張ってきてよかった!」「また逢えると信じていてよかった!」そう思わせてくれた信吾さん、ありがとうございました。 ライブ後、絶対いると信じていたTさんと抱き合いました(爆) 何故お互いの姿を見つけた途端、一言の言葉もなく抱きしめ合ったのでしょう?(笑) まるで瑠璃子と直也のようでした。2人に言葉は要りませんでした。これもMくんのおかげですね。7月以来の再会に、僕なんぞを抱きしめて下さったTさん、ありがとうございました。 会場を出ると、7月舞台の共演者の方々とばったり出くわしました。最初は気付かなかったんですが、「甥っ子はい〜ですか〜?」と叫んで下さった甥っ子兄弟役の方の声で、「中野さんだ!?」気付いてとアタフタヘ( ̄□ ̄;)ノ ヽ(; ̄□ ̄)ヘアタフタしてたSさんと僕に、中野さん役の峯村さんを突き飛ばして下さった(笑)甥っ子さん役の鈴木さん・伊藤さんのおかげで、峯村さんと握手ができました。 「K・プロデュース第2弾にも必ず出ます!」(あるんですね!? あるんですね!?) とのお言葉に、 「舞台楽しかったです! 信吾さんの次に応援します!」 という僕のバカ正直な(つか、無礼な)発言にも笑って下さった峯村さんにありがとうございました。 出口に何だか輪ができてました。何かな〜?と覗いた真ん中にいらっしゃったのは、何と高寺P!?(実は入場シーンも目撃しちゃったのは僕)2階の招待客席に上がったのは見たのですが、まだいらっしゃるなんて!? (@@;)ぱちくり 「書くものがない!? ペンがない!?」と(TT; )( ;TT) オロオロするSさんを、 「フロントに行ってもらってくるのよ!」 とパシリに使ったのは僕です。''r(^^;)ポリポリ その間に「パチンコの景品でもらったバッタもん臭いプラダのバッグの中に証明書っぽいカード」を見つけた僕も、サインの列に並びました(ゞ( ̄∇ ̄;)おばさん……?)皆さん、高Pを応援していらっしゃいました。高Pを励ましていらっしゃいました。まだ映画化を待っているファンがいるのだと、一生懸命伝えていらっしゃいました。でも、僕には言えませんでした。誰よりも望んでいるのに、それを実現できない辛さを、僕は知ってしまったから。1人の想いではどうにもできない現実があるのだと、僕は知ってしまったから。プラダのカードに多少ビビった(笑)高Pに、僕は言いました。 「私たちに『クウガ』をありがとうございました!」 そして、握手させていただきました。過去の助動詞を使いました。でも、『クウガ』は僕の中では決して過去形になることはありません。映画化はすごく大変なことだと思うけど(もしかしたら、無理かもしれないけど)、でも『クウガ』は確かに私たちの中に残った。それだけは確かなことです。だからこそ、私たちは葛山信吾さんにも出会えて、こうして仲間が増えて、僻地からわざわざ癒してもらいに上京してくる。全ての出会いは高Pだったかもしれないから……。ただ、「ありがとう」の気持ちを伝えたかったのです。
お義母さんの1周忌にライブ上京を許してくれたダー様、ありがとう。疲れて、逆切れして、傷つけてしまってごめんなさい。でも、あなたがいるから、帰って来られるの。あなたがいるから、生きていけるの。 「ありがとう」
頑張った自分にご褒美の東京ライブ。 信吾さんの魅力に昇天しそうになりました。 毎朝通勤時にCDを聴きながら、信吾さんに元気をもらっていた曲を再び生で聴けて、涙があふれました。 信吾さん、あなたのファンでいられてよかった。 幸せです。
体調すっかりよくなりました。<取り合えず今朝は(^^;) ドクター、やっぱり名医だぜ! 今回参加を見送られた乙女の皆さん5人分くらいの想いを背負って<重過ぎ(笑) ちょっくら東京まで行ってきます! 待っててSさん、待ってろ空港、待ってろよ、羽田空港、東京厚生年金会館! そして……信吾さん☆彡 \(^^(^^*) では、薬も持って、お義母さんの遺影にしっかりお祈りして、 行ってきます!
早っ!
薬と気合いで何とか体調戻しました。 お義母さんによくお参りしてから、 元気に東京ライブ行ってきます!
今朝、〆切の仕事を2つこなし、時間休をもらってドクターの元へ走った。 「風邪が悪化しました! 3日で治してください!」 ……。(^^;) いいんだけどね、気持ちはわかるんだけどね、ここは神経科だよ? なんて突っ込みはなしね。だって、僕の薬、体調、精神状態、信吾愛、全部わかってくれてるのは、ドクターだけなんだもん。 ええ、薬の追加もらいましたよ。午後の仕事は他の方に頼み込んでそのまま早退しました。だって、ライブまであと2日なんだもん!o(><;)(;><)o @明日は休日出張だとか、来週は忙しいなんてことは、最早頭にないようです。 そんな訳で今日は眠ります。ええ、風邪なんか薬とググッ p(ーー; 気合い! で治してみせますよ。だって、この日の為に、しんどい仕事続けてきたんだもん!
お義母さんには、心から冥福を祈り、心底謝罪の気持ちでいっぱいですが(_ _;)
早っ!(笑)
昨日の日記は大変錯乱しておりまして、お目汚し失礼しました。 今からお読みになる方は、昨日の分はお読みにならない方がよろしいのではないかと思います。 思いっきり自慰行為です。吐き出した心のゲロみたいなもんです。 ま、日記なんで、勘弁してやってください(^_^ゞ や、もう、吐き出すって行為は自分を整理する為に必要な作業なんですよ。 すっごいすっきりしました<お前だけだ 人間って、すごい生きる力を持ってるんだなぁ〜と、我ながら感心です<しなくてよろしい(笑)
風邪がマジになってきましたけど(−−;
はい〜、東京ライブ参加者の皆様、「ちゃむ」情報を信吾コンテンツにアップしましたので、こんなバカ見てみたいと思われる方はご覧下さいませ。 お客様にお会いできるのを心からお待ちしております。 (⌒ ⌒)(_ _)ぺこ
【予告】 昨日の日記「美酒」から、「ちゃむ」は、「ダメダメちゃむ日記」は、いきなりの変貌を遂げます。今はお客様の笑いを取る心の余裕が私にはありません。私の魂の叫びがしばらく続きます。ダーリンと主治医と、ここでしか叫べない弱虫の泣き言、愚痴が続きます。どうぞ、ご理解ください。今、私は自分を取り戻すかどうかの瀬戸際にいます。それがご不快な方、笑いを期待されている方には「ちゃむの日記を読まない権利」があります。しかし、私は、今、共に苦しむ人々の為に、自分の為に、自分本意の叫びを続けます。ご容赦下さい。 ※めちゃめちゃ長文です。そして、重い内容です。かなり鬱陶しい日記です。それでも構わない方だけ、お目通し下さい。
親による精神的・肉体的・性的虐待を受けた子どもには怒る権利がある。満面の、無条件の愛情を注がれなかった私達は、怒りを持つことができる。そして、怒りは(傷つけられた精神の、削り取られた人生の)回復への原動力だ! 性被害を被った女性も男性も怒っていい! 怒らねばならない! そうしなければ報われない。私達「サバイバー」(生き残った者)は苦痛の中にあって今も尚、死を選ばずに(死ねずに)生き抜いた、それを誇りにし、胸を張って生きていく権利がある!!
そう教えてくれたのは、1冊の漫画と1冊の本。そして、セクシュアル・ハラスメント防止を訴える講演会。そして、仲間。
「今日も青い空」金子節子著 双葉社 定価714円+税 (ISBN4-575-33276-3) http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000007101879
そして、その漫画により導かれた本、 「甦える魂 〜性暴力の後遺症を生きぬいて〜 ―なぜ生きるのがつらいのか、人にとって子供時代とは―」 穂積純著 高文研出版 (ISBN4-87498-147-X ) http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000019334417
母よ、あなたの生い立ちは確かに不運だった。 幼くして「素晴らしい」実母を病気で失い、生活的自立ができていない実父のせいで、すぐに現れた義母の愛情を得る為に、必死で「素晴らしく親の言うことを黙って素直に従ういい子」で、「とんでもなく成績のよい子」であろうと、妹弟達への愛情を分けてもらう為に努力した長女のあなたの不幸が、今日初めて理解できたよ。可哀想なあなた。そして、それを今でも理解できないでいる深い心の闇を持ったあなた。かわいそうに。
しかし、あなたはその不運故にとんでもない間違いを犯したことに、一生気付くことはできないのよね。私の主治医も言ったよ。 「僕もあなたのお母さんは大嫌いです。ガンバリストのあの人は一生治りません。あなたが自分の力でお母さんの呪縛から逃れて、あなた自身の人生を取り戻さなければ、あなたは生きていけませんよ」と。 精神科医にまで不治の病の烙印を密かに押されたあなた。かわいそうに。 でも、私はあなたによって、いいえ、私の兄もあなたによって、精神的抑圧という虐待を受けました。だから、私には怒る権利があるのです。いくら「愛」という真綿にくるまれたまやかしの「母」と「子」であろうと、苦痛を受けた被害者は「痛い!」と叫ぶ権利はあるのですから。
両親の無条件の愛に恵まれず、配偶者とも理解と互いの尊重という愛情を結べなかったあなたは、子どもである兄と私に、自分の不遇を更に押しつけましたね。 幼少時から、何百回、何千回、いかにあなたが「素晴らしく親の言うことを黙って素直に従ういい子」で、「とんでもなく成績のよい子」であったかを、毎日のように繰り返し聞かされたことでしょう。それしか、あなたには生きるよすががなかったのでしょう。でも、私も兄もその毎日のあなたの自己の尊厳の主張の為に、愛情に条件がつけられることを押し付けられたのです。 「親のいうことを素直に従わなければ愛されない」 「とんでもなく成績のよい子でなければ愛されない」 あなたの言葉に隠されたメッセージを、兄と私は命懸けで受けとめなければならなかった。あなたに愛される為に!! 兄は前者を選んだ。そして私は後者を選んだ。そうすることでしか、あなたに愛されないことを押し付けられてしまったから! 私と兄はあなたに「正しさ」を教え込まれた。正しさの基準は全て、あなたの価値基準。「お母さんは苦労した。お母さんは偉かった。お母さんは正しい。だから、私達はお母さんの言う通りにしなければならない。それが社会の正義だ」とまで。
成績優秀で生徒会活動にも部活動にも熱心であった私が、何故15歳にして煙草を口にせざるを得なかったか、あなたは一生わかってくれないよね。煙草を吸うのは数回バレた。でも、あなたは形通り、私を不良呼ばわりして、叱るだけだったね。私の苦しさに気付こうともしてくれなかったよね。「いい子」であることが、15歳の私にとってどんなに苦しいことか(15歳の私には自覚はなかったが)を理解しようともせず、成績と煙草で私を評価したよね。
父が過労から心を病み、祖父母とあなたの不仲の中で、長男としてその優しさ故に何故アルコールに逃避せざるを得なかったか、あなたは全く理解しようともしなかったよね。 中学1年の時の離婚云々の夫婦喧嘩を聞いて、私がどれほどの哀しみで兄に泣きついたか、中3の兄がどれほど精一杯私を抱きしめてくれたか、あなたは知らないよね。だって、話してないもん。話せなかったもん。何故って、「お母さんは正しい」から。でも、中学生の私達はもう気がついていたよ。「お父さんを病気にさせたのはお母さんだ」って。でも、言えなかったんだよ。何故って、「お母さんは苦労している」から。
あなたの生活の苦しさを、哀しさを、苦労を聞かされた私は、高校3年になった頃には、見事にそんな父を憎むようになったよ。心から憎むようになったよ。家族への経済的義務を放棄し、その病ゆえに酒におぼれ、借金を重ねた父を憎んだよ。では、病に苦しむ「父」を理解し、支えるのは誰の役目だったのか!? 祖母か!? 祖父か!? 父の弟妹か!? 違う! 違う! 違う! 「家族」ではなかったのか!? 父の遺伝子に私が何年恐怖の日々を送ったと思う!? 私も父と同じように病むのではないかと、学校で教わった通りの知識に震える日々を送ったのは誰のせいだ!? 全て、父の配偶者であり、人生のパートナーであり、家族の要であった母よ、あなたの責任ではなかったのか!? 何故、その「家族の歪み」を、最も弱い存在である私が引き受けなければならなかったのだ!?
兄は既に就職していた。高3の私は「父から離れたい一心」で成績優秀だった。最終的に離婚を頼み込んだのは私と兄だ。「お前の就職に差し支えるから」という定番の歪んだ口実で、離婚の決定を「親の離婚くらいで差別するようなところには就職しない! 私の力でそんな差別をしないところへ就職してみせる!」と、18歳の私に断言をさせたのは誰だ!? 母だ! 母だ! 母だ! あなたには経済力があったのに、あなたは離婚の責任を18歳の娘に負わせたのだ。 調停離婚が成立した翌日、職員室で担任に向かって高3の女の子に 「両親が離婚したので保護者名が変わりますが、姓は変わりません」 と冷静に言わせ、担任を唖然とさせたのは誰だ!? それは親のすべき仕事ではなかったのか!? なんてずるい母。なんて素直な私。
中3の時、私をいじめたクラスメイト、私はあなた達を一生許さない。 いじめのせいで登校拒否した私を責めた担任、私の唯一の親友だったMちゃんに友達としての責任を負わせ職員室で泣かせた担任、私はあなたを一生許さない。 離婚後の父に向かって「あんたなんかどこでのたれ死んでも構わないんだから、早く家から出て行って!」とまで言わせ、2週間後の私の大学合格発表前夜に交通事故で死んだ父への負い目に何年も私を苦しませた、そのように「私」を教育した母を、私は許さない。 大学のクラブの男子同級生に運営に関して意見した私に、キャンプファイヤーで「お前は男のプライドをわかってない!」とセクシュアル・ハラスメントを重ね、私を引きこもらせた何人もの男性の先輩達、私はあなた達を一生許さない。
単位の取り損ねで留年した23歳で発病した。交通事故によるショックも影響したのだろうか? 病名は「うつ病」。躁鬱病だった父とは違う病気を私は抱いた。 母になだめすかされて無理矢理連れて行かれた精神・神経科病院で、あるがままの私を受けとめてくれるドクターと出会えた、私の何たる幸運! 「だって、あなたは苦しいんでしょう?」 と、家族の矛盾を私が自ら理解するまで見守り、道しるべになってくれたドクター。私の人生の恥も苦痛も喜びも過ちも全て話せる懐を持ち、微笑んでくれるドクターと、初めての病院で初診で出会えた私の何という幸運! 奇跡だ! カウンセリングや投薬の過程で自殺未遂も何度かあった。一晩強制入院させられたこともあった。落ちつかせる為に投薬された睡眠剤で眠る私の寝顔を様々な思いを込めて見守ってくれた(らしい)ドクター! ここだけは心から母に感謝する。私とドクターを巡り合わせてくれて本当にありがとう! でもね、治療の過程で、私は理解しなければならなかったんだよ。全ての原因はあなたにある、と。苦しかったよ。認めるのが切なかったよ。神に逆らうほどの勇気が要ったよ。なのに、今でもあなたの呪縛から未だ完全には抜けきれない、あなたに逆らえない37歳の私がいるんだよ……。
ダーリンとの出会い。これもまた奇跡としか言えない。こんな男性が世の中に存在するなんて、想像したこともなかった。最良の人生のパートナー! 彼も、実父から精神的・身体的虐待を受けた人だった。磁石が引き合うように、私達は手を取り合った。
全てを超越する何者かが私に「生きろ」と行っているのか? いや、そうではない。「私」が「生きたかった」のだ。自殺願望と闘った年月も、自己の存在意義が認められなかった年月も。 ダーリンは自ら進んで私に同伴し、ドクターの診察を、アドバイスを受けた。「私」を「生きさせる」為に。
娘が生まれた。30歳にして、初めて私は無条件の「愛」を知った。娘には無条件の愛を与える! 夫婦で話し合う必要すらなかった。私達は愛を受けられないことに傷ついた。連鎖を繰り返してはならない。お互いの不文律だった。愛して愛して愛し抜く! それは「自分」を取り返す為に必要な治療だ。
先週の長期出張で、たまたまメンタル分野のトラブルがあり、精一杯遂行したことを、担当者から散々に責められ罵倒を浴びせられた。心がズタズタになった。とにかく帰宅するまで、セルフコントロールするのに必死だった。 それから、家族を抱きしめ、子どもを母に預けてセクハラ講演会。疲れ切っている筈の私は混乱の中、眠ることすらできなかった。 生憎、23日は祝日だった。病院は休診。どうしていいかわからないほど混乱していた。ドクター! でも休診日に自宅まで電話はできない。(母の「常識」ね) 夜の仕事に出ていたダーリンにSOSの携帯。でも、重大事件でどうしても帰れない。 次に私は兄に電話した。兄の部屋電、携帯、つながらない。絶望だ! 母よ、私が「お母さん! 助けて!」と電話したのは、あなたにも話したけど、本当の最後の手段だったんだよ。あなたとだけは話したくなかった。あなたはいつも「母の正しさ」で私を傷つけるから……2年前(最悪のうつ状態で病休を取った時)も今でも。私はあなたとの会話から逃げ回っているのに。 その日はかつて同職だったあなたらしく、とても綺麗な言葉で担当者の誠意と配慮を語り、私を落ちつかせてくれたね。あなたにしては珍しく、 「あんたはその時、自分にできる範囲のことを精一杯頑張ったんだよ」 と言ってくれたね。嬉しかったよ。例え、その一言の重大さに全く気付いてなくても。 後日、ドクターは「あのお母さんにしては珍しいですね。でも、お母さんの言う建て前と綺麗事はやっぱり違うと思いますけどね」と言った。そう、メンタルヘルスに関しては、元小学校教員より現役精神科医の方が勿論正しい見識を持っている。
あなたはやっぱりわかってはいなかった。今日帰宅すると、珍しく母が我が家に上がり込んで長女と、私を待っていた。その後の様子を聞きながら、そして、こう言った。 「私(母)とお兄ちゃんは、全くお人好しで……」 「私だってお人好しだって、ダーリン(仮名@笑)に言われるよ!?」 「何を!? あんたは私の前ではいい子やと思って安心していたら、いろいろ話を聞いてみたら、裏で舌を出すような娘やないの。人が親切で声を掛ければ、ひがんで悪意に取るし……」 ああ、やはりこの人はだめだ。何もわかってない。「あなたの前でいい子」でいようとした、愛される為に必死だった子どもの心の傷なんて何もわかってない。この15年の私の苦しみも、何もわかってない。そうして、また私を傷つける。 母よ、私はもう諦めた。もうじき70になるあなたの人生を今更変革することは不可能だ。あなたは本当に不治の病だ。
私はもう大丈夫。あなたを乗り越えたから。けれど、娘は育成(学童)の後、あなたの家に寄って1〜2時間を過ごさなければならない。全力で、私は娘を守らなければ。「正しさという名の抑圧」を再び繰り返されては堪らない。 そんな話をダーとこっそりしていたら、長女がポツリと口をはさんだ。 「○○ちゃんはまじめ。でも、おばあちゃんはまじめすぎなの」 ああ、その幼さでよく気が付いてくれた。あなたの両親は、全力で無償の愛をあなたに贈るから! どうかあなたは私のように歪むことのないように、私達はあなたを愛し、守るから!
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