ダメダメちゃむ日記
DiaryINDEX|past|will


2003年01月13日(月) あっぷあっぷ

「信吾系」「性と生」「心が病気」「おしゃべり」@独り言等各コンテンツをアップしました。

そして、信吾さんの「いつもふたりで」出演も公式にアップされましたね。

んで、僕は卒業テストの採点にやっぱりあっぷあっぷ(笑)

始業式の日に出勤できず、おかんの言葉に傷付いて口論になって、おかんが怒って帰って、そのままにしてたけど、おかんから夕方電話があった。
「今日はダーリンが当直だから、できれば明朝来てくれたら助かるけど?」
と言うと、おかん上機嫌。
「いや、別に用はないんやけど、○さん(@ダーリン)が当直の日は『私が行く行く』って言ってるのに、あんたからそうやって連絡がないとねぇ。わかった、明日やな」
そして、始業式の日起きられなかった理由を説明した。不可抗力だったのだと。薬の飲み損ねによる禁断症状なのだと。でも、わかってもらえなかった。
「明日から仕事だというのに大事な薬を飲まないで(一錠の飲み損ねさえ責めるのか?)、ビールを飲んだり、パソコンに向かうあんたの自己管理のなさに、私も言いたくもないことを言うのが情けないけど。私が言わなきゃいけないと思うから言いたくないけど言うんよ」とおかんは主張する。
「そうやって『情けない』っていう言葉や態度にさえ、私は傷付くんだよ。始業式に(昏倒して)出勤できなかったことで私は自分で自分を責めてたのに、お母さんにまで責められたら、私はもうどうしようもなくなるんだから。もう言わないでよ」
「あの日、私は『情けない』とか一言も言ってないわよ! それに、あんたはあの日少しも自分を責めたりしていない!」(傍目にはただ眠ってるだけだろうけど、ふと目覚めた合間には自分を情けなく思ってた。そんなの横で「起きたら何か言ってやろう!」と張り切っている人に伝わる訳がない)
「今『情けない』って言ったじゃない!?」
「あんたはすぐ人が言ってもいないことを『言った』と言い張るくせがある!」
「私はまだそんなに回復してないの! わかった、これ以上私に何か言うつもりなら、明日は来ないで!」
「またすぐそうやって……」
「お母さんが何か言う度に私が傷付いて、私がお母さんに言い返して傷つけ合うのはもうイヤなの! もう来ないで!」(ガチャン!)
はい、もうギブアップです。

おかんと私、DV(ドメスティック・バイオレンス「近親間による暴力」)の典型みたいな関係だね。一方的に傷付けて、ほんの少しの優しい言葉に「この人もやっとわかってくれたかもしれない。本当は優しい人なんだ。私がいなくちゃこの人はダメになっちゃうかも?」って、また信じてはまた傷付けられるの繰り返し。そう、お互いにね。
それってね、「愛という名の従属」っていうんだよ。
「諦めた」って何度も日記に書きながら、やっぱり心のどこかで期待してたんだよね。おかんが私の病気の特性に気付いてくれることを。でも、ギブアップ。

うつ病になって15年。私が結婚して10年。いいえ、その前におとんが躁鬱病だった10年も、あなたは何も変わらなかった。そう、あなたは何によっても変えられないほど、強固な意思と自信を持って生きている人だったよね。でも私はもう娘をギブアップします。これからもあなたの娘でいられるほど、私は回復していません。
あなたの娘は、「娘をドクターのところへ連れて行った日に死んだのだ」と思って下さい。私も「あの日に私の母は死んだのだ」と思うことにします。
職場の親睦会もダーリンの都合がつかない日は行かないことにしましょう。もう、娘をあなたには預けません。職場の親睦を深める飲み会に行く、ただそれだけの為に、親睦の為に話をしようと2次会に行くことで、何度あなたに責められたでしょう。「母親だから」「子どもの為に我慢するのが当たり前」だと言うのなら、そうしましょう。もうあなたには頼りません。

虐待も、セクハラも、いじめも、ジェンダーも、性被害も根っこはみんな同じ。
加害者がどういうつもりだったかなんて問題じゃない。受け取る側がどう受け取ったかが問題なのです。
そんなこともわかってくれないならあなたが父の親族にそうしたように、私もあなたと「縁を切り」ましょう。さようなら、私の「お母さん」。


2003年01月12日(日) リニューアル

新年に新しくしたもの。

�.汽ぅ箸留娠鎚�針
 まだまだ試行錯誤状態ですが……r(^^;)ポリポリ

�◆峩軌蕁�子育てWeb Ring」への登録
 子育てでも落第の僕ですが、できることから始めたいと思いました。

��ケーブルテレビの契約内容
 ただただ、テレビ東京系番組を(「男と女のミステリー」「ヒカ碁」他)お友達の手を煩わせずに録画したかったので、激安特約から基本契約に変更しました。

�ぅ瓮ぅ鵐據璽献�ウンター
 表示されてますか〜?(^_^;)<意味わかりますか〜?

�ゥ廛螢鵐拭�
 使っていたプリンタが旧型になり過ぎて、インクすら取り寄せ状態@しかも激高になった為、ダーお気に入りの最新型に。但し、まだ接続してない(−−;

�Ε�ーボードカバー
 これもPCが旧型になり過ぎてお取り寄せだったのですが、ヘニョヘニョだったのと交換したらキーボードがはっきり見えて幸せです〜(*_*)

まぁ、相変わらず全然大丈夫じゃない管理人ですが、一歩ずつ前に進んで行けますように、皆様これからもご意見ご指摘のほどよろしくお願いします。


2003年01月11日(土) テスト

受ける側の生徒も大変だけど、作る側の先生も大変なんだよぉ〜。採点だって200人分くらいしなきゃいけないんだよぉ〜。教科によっては全校生徒の採点・評価をしなきゃいけない先生もいるんだよぉ〜(* ̄o ̄)ゝ@誰にともなく(笑)
一昨日の2年生の課題診断テストは割に簡単に(宿題の中から)作り、手分けしてさくさくっと採点・訂正も終わった。
しかし、3年生はそう簡単にはできない。何せ、3年生が昨日受けたのは「卒業テスト」だ。これがラストチャンスでいわゆる内申書(調査書)の点数が否応なく出ちゃうんだよ。学校の評価のあり方が変更になりつつある昨今だが、今年の受験生に対しては我が県ではまだ過渡期なので、いやでも点数に限界がある。
あの子もこの子も頑張った結果がでますように! 今まで散々注意してきたミスを再びやっていませんように!( ̄人 ̄;)
祈るような気持ちで卒業テスト、この三連休で採点させていただきます!(≧ ≦)Ω ヨッシャ!


2003年01月10日(金) やってみなきゃ!

自分にもう一度問い掛けてみる。

「買わない宝くじは当たらない。
 叫ばなければ聞こえない。
 行動なき思索は無だ」

高校生の頃だったか、何かに悩みながら自分で作った詩をもう一度自分に突きつけよう。
仲間内だけの研究会でギャーギャー言いたいこと言って安心したり、自分だけこそこそ実践しても駄目なんだ。広げなければいつまでも現状のままだ。広げなければ運動じゃない。みんなに語り掛けなきゃ、学校も社会も変わらない。そして、弱い者がいつまでも辛い思いをし続けなきゃならない。

「両性の自立と平等を目指す教育推進委員会」を運営する小委員会が夕方あり、参加した。僕が集めたぶ厚い資料持参で(笑)。運動を各学校組織に広げる学習を来年度推進する為の学習会を目指す為の話し合いだ。
何故広がらないのか、何故定着しないのか。それは、学習に10年関わり続け実践もし、でもその度に傷付いて広げることをサボっていた僕にも責任がある。仲間内で安心するのでなく、仲間を増やさなければ運動じゃない。語り掛けなければ、先駆者である意味がない。そんな宿題も突きつけられた。
だからやめられないんだよなぁ〜、この学習(笑)

冬休みのラスト三日間を薬1錠節約して飲まなかった為に、始業式の日ぶっ倒れて(寝坊とか熟睡とかいうレベルでなく最早昏倒)学校に行けなかった。(おかんに罵倒(?)されて、泣きそうになって「そんなに責めないでよ!」と叫んだら、おかん怒って帰った)
親にさえわかってもらえない病気。こんなのきっと誰にもわかってもらえないだろうなと思ったけど、昨日と今日出勤してから、
「ちゃむ(仮名)さん、身体は大丈夫なの〜?」
と心配して下さった方に説明すると、
「薬はちゃんと飲まなきゃダメよ〜」
と言っていただけた。
叫ぶまでもなく話せばわかってくれる人もいるんだと思った。……おかんもそうなのかな? 僕達の運動に嫌悪感を表す方々もそうなのかな?
話さなければわかってもらえない。落ち着いて話せばわかってもらえるかもしれない。心の病気のことも、何故今ジェンダー・フリー教育が必要なのかも。

当たり前のこと。でも臆病だったね、これまでの私。でも、いつまでも過去に囚われてちゃいけないね。未来を見よう。

『明日になれば 心の氷が溶けて
 君に逢えると信じたい』
(@作詞・作曲・編曲 板倉雅一 Bricks「明日になれば」in「Boy's Life」)

葛山信吾さん、毎朝車の中でこの歌を聴きながら、
「毎日頑張って仕事していけば、また次のイベントで信吾さんに逢える」
と思って元気をもらっていたけれど、そうじゃないんですね。@いや、それは勿論これからもあるけどA^^;
「君」って、僕の周りにいる人々のことなんですね、板さん。

ゆっくり行こう。のんびり行こう。少しずつ話していこう。みんなの「心の氷」という現実をまっすぐ見つめて。

『眠れぬ夜を 幾つも
 過ごしてきたんだ 今まで
 どうしていいのか わからずに
 時の流れを見送っていた

 一人きりじゃ 悲しすぎる
 もう一度 探そう
 すべてが輝いて
 何も怖くなかった あの頃を

 きっと二人 巡り会える
 その時が来ると
 今も思いたい
 明日になれば 心の氷が溶けて
 君に逢えると信じたい』
(@作詞・作曲・編曲 板倉雅一 Bricks「明日になれば」in「Boy's Life」)

そう、今年は「Carry On」(@Bricks)! だったよね、私♪


2003年01月07日(火) 明日になれば(2)

明日になれば、楽しい@(T_T) 3学期。
それはいいんだ、それは!
取り合えず、再度プロバさんに電話相談して、基本メールアドレスは復活した。一安心。友達に送りたかったメールも送れた。後は、メインページのカウンターの復帰だが、時間がない! 時間が!!ヾ(≧_≦)じたばた!
休み明けのテスト、まだ作ってないんだよぉ〜!(TωT)ブヒー 全く生徒と同レベルにいる俺って……ーーーーーーーーーーヽ(;´д`)ノ <逃げないで早くテスト作れ!


2003年01月06日(月) [壁]TT)ダー

プロバイダさんに電話相談して、やっとネット復帰。
急いで「メモ帳」から1月3日・4日分の日記アップ。
o(><;)(;><)o ジタバタ! もう書きたくて書きたくて書きたくて!
ダーが悪い訳じゃない。配線はできても、PC用語には全く知識のない彼に罪はない! 適当にいじくって妙な接続設定してしまったスキルのない私が原因だった。
う〜ん、わかってたんだけどね、わかってたんだけどね、3日間笑顔でいるのはかなり努力が要ったわ(笑)
そしたら、今度はメール関係(アウトルック・ホットメール)が完全に沈黙!(ノ_<。)うっうっうっ。普段メール使わないけど、せっかく「子育て・教育talk Web Ring」様からの通知メールも見られない。( p_q) シクシク


2003年01月05日(日) 七五三

……の写真撮りましたε=ε=ε=ε=ε=ε= へ; ̄_ ̄)┘

レンタル写真店にて、次女ちゃん4才6ヶ月にして「3歳の女児」専用の前掛け(?)みたいな着物(お好みで選んだピンク)着て、地毛で日本髪結って、かわゆい写真撮影です。あの人見知りしない次女ちゃんがカメラの前でガチガチに固まってるの姿に笑えましたけど<いや、笑わなかったけどねA^^;
「ご姉妹も無料で着付け」サービスに、長女ちゃん(@もうすぐ7才)まで着物着ました。しかも長女ちゃんが選んだ着物は黄色に緑。帯だの小物を私が選ばされ、ショートカットの長女ちゃんに付け毛してでき上がったのは、激渋の大正ロマンあふれる新人演歌歌手!?<(^w^) ぶぶぶ・・・密かにもれる笑いを必死でこらえた両親。

やっと親としての義務が終わったです〜''r(^^;)ポリポリ いや、去年も今年も両親に心の余裕がなくて、次女ちゃんの七五三できなかったのがず〜っと気になってたんですが、これで一つ心の荷が下りました。
ホント、m(;∇;)m ゴメンネ>次女ちゃん


2003年01月04日(土)

正月早々ネット落ち〜(T-T) グスッ@復帰後に記述(笑)

3日に叔母ちゃんちで昼飯までいただいて、帰りに新型のプリンターを買った。@5年前のプリンタのインクは既に取り寄せ状態という旧式になっていた為(T_T)
ほっと一息ついた後、夕方買い物に出掛けたまま、ダーは3時間くらい帰って来なかった。
見事に携帯はトイレに忘れていた。まぁ、いつものことだし、正月だし、好きなようにさせて差し上げましょう。
( -_-)旦~ フゥ 落ち着いて茶など飲みながら待っていたら、8時頃( ̄▽ ̄)V←こんな顔してしてダー帰宅。
「ちゃむちゃんにお年玉をあげよう♪」
と差し出したのは、「ワイヤレスブロードバンドル○タ」( ̄ー ̄)ゞ<得意満面(笑)
これを繋げば、今はほこりをかぶっているノートPCで、こたつでもベッドでもネットができるのだと言う。
いやな予感はしたのだが(ダーのお便利グッズの山のおかげで、我が家は大変狭く、不便だ(−−;)、まぁ好きにやらせてみようと、
「配線なら任せて!」
と張り切るダーに任せたところ、見事にウチのPCはネットからもアウトルックからも完全に落ち陸の孤島と成り果てた。
┐('〜`;)┌@やっぱり<予想通りの結果に怒る気にもなれない。
年末に届いたプロパイダからのメールには、サービスは1月6日からになるので、年末年始にあまりいじるでない、というようなことが書かれていた


2003年01月03日(金) ふるさと

ε- (^、^; はぁ〜〜
叔父ちゃんちに親族が集まり、ビールにご馳走にすっかり弾けてしまいました。
こんなに素で酔っ払うのはオフ会以来(笑)
しかも、ウチの家族の事情まで知ってる身内だからねぇ、僕の愚痴大会ですよヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ
途中で泣き出した僕に、叔父ちゃんが言った。
「いいじゃねぇか。お前は37年掛かって、やっと自分と故郷(帰るべき場所)を取り戻したんじゃ。いつでも子ども連れてここに帰って来い。ここには自然もある、子どもの相手をする身内もおる。安心して帰って来ていいんじゃ。」
泣けた。親父そっくりの叔父ちゃんと叔母ちゃん達に、懇々と甘やかされて泣けた。
6才年下の従妹Mちゃんに、初めて僕は聞けた。
「子どもの頃のあんたから見て、『私』はどういう風に見えた?」
「何か偉い人。Tちゃん(私の兄)みたいには気安く甘えてはいけない人」@記憶曖昧(笑)
ああ、やっぱりそうだったんだね。母から育てられた通りに、従妹弟達にもわかってたんだね。あの頃の僕。

「ホーム」いつでも帰って来られる場所。
昔読んだ「エイリアン通り(ストリート)」でシャールくんが欲しがっていた場所。最後に見つけた場所。
僕にもあった。それは、僕にとっての「実家」である母の家ではない。
祖父母が住んでいたあの田舎。叔父が立て直したあの家。今でも親族が集う家。そこが私の帰る家。

酔っ払って薬飲んでそのままこたつで寝ちゃった僕に、叔母ちゃんはそっと毛布を掛けてくれていた。
僕らが泊まるというので、折角客間に敷いてくれた布団3つに寝たのはダーリンだけ。
「お母さ〜ん」
と布団から抜け出した娘2人が僕と一緒にこたつで寝てしまっても、この家では誰も責めたりしない。
したいようにしていい、それがこの家のルール。
何て温かい家(ホーム)。

この家からすら、僕は母によって遠ざけられていた。
父母の不仲が決定的になった頃から、この家に来た記憶がない。
僕がこの家と再び会えたのは、祖父の葬儀が先だったのか、自分の結婚式が先だったのかすら思い出せない。

離婚が決定し、僕の親権者が母になってからは、ここは「僕が行ってはいけない場所」なのだと思い込まされてきた。
結婚式にすら、父方の親族を呼んでいいのか、悩んだ。母は、
「ばあちゃんを呼ぶんなら、私は結婚式には出ないからね!」
と永年の怨念を僕にぶつけた。父が他界した僕に、母の出席しない結婚式が挙げられる訳がない。27才の娘の門出にさえ、容赦なく怨念をぶつけた母。
兄に叔父叔母招待の件を相談すると、
「お前が『世話になった』と思うなら呼べ。そうじゃないなら、呼ばなければいい」
世話に……なった。僕が安心できる場所にいたのはあの叔父叔母達だ。
悩んだ挙句、母方の叔父叔母・会話すらしないいとこ全員は無条件で招待。父方は父の実弟妹である叔父叔母のみ招待した。
ちくしょう!
10年経った今初めて思う。私は自分の結婚式ですら、母に支配されていたのか。
祖母はどんなに、孫娘の晴れ姿を見たかっただろう!? 孫娘である僕の保育園への送り迎えをし、愛し、嫁との不仲で長男の家を出て行った祖母は。
姻戚関係とはいえ、子どもの頃からの僕を知っていた血の繋がらない叔父叔母だって見てみたかっただろう。
田舎で一緒に遊んだ従弟妹だって、見てみたかったに違いない。「あの」ちゃむ姐が結婚するなんて!?(笑)
でも、僕には許されなかった。できなかった。
主治医の手を離れ、薬もカウンセリングもなしで、職業生活を送っていたはずの僕がそこまで母に支配されていたなんて。
10年間、思い出しもしなかった。
僕にとって、結婚披露宴なんて恥以外の何物でもなかったから、考えもしなかった。
あの時叔父がどんな思いで一生懸命ホームビデオで撮影していたか。
招待できなかった従妹が何故わざわざ隣県から、披露宴の合間のお色直しに僕に会いに来てくれたのか。
どうして叔父が撮ったビデオをばあちゃんと親族一同が何度も見ていたのか。
僕達のキャンドルサービスの写真を叔母が、何故わざわざ飾り皿に刷ってくれたのか。
母に「縁を切った」と宣告された親族のみんなが、どれほど僕を愛してくれていたか。
そんな気持ちを僕は何もわかってなかった。それは考えてはいけないことだったから。
結婚生活、家を建てる過程で、僕はダーから気付かされた。僕はもう母に盲従しなくていいのだと。いや、盲従していたのだと。

こんなことまで書くつもりはなかった。
穂積純さんの「甦える魂」が媒介となっているのか。
忘れていた筈の過去が感情を伴って蘇えって来る。
疲れた。
今日はここまで……。


2003年01月02日(木) 「心の防波堤」

新春早々凝りもせず、またも葛山信吾さん’sソングタイトルです(^^;)

心の防波堤。それはおかんの言葉を聞き流し、父方の田舎に疎開して癒してもらう僕の精一杯の自己防衛だろうか? 今日(1月2日)に当直明けのダーと子どもら、兄貴を引き連れて田舎に行き、お泊まりしてきます。つまり、夫婦共呑むぞ!と(爆)
当直だったダーの分まで年賀状の宛名、差出し人住所氏名書きました。知人友人に宛てるのとは違った緊張感がありました。
いや、すごい疲れたけどね、娘たちが早く田舎に行きたがってるのよ。だから、当直明けのダーの負担を減らしたかった。娘も幼心にもわかったんだろうな。自然と、条件なしの愛情の温かさ。ありがたい。

おかん、父の家族は学歴も教養もない人だったかもしれないけれど、人間として一番大切なものを持っているよ。あなたは心底嫌って縁まで切ったけどね。
「人を愛する心」
だから、私も娘たちもダーも父の田舎が好き。爺ちゃんも婆ちゃんも亡くなったのに、叔父ちゃんや叔母ちゃんや、30近いいとこ共々盆正月に集結するのは何故か!? そこには愛があるからだ。

元旦に「今から遊びに行っていい?」と電話した長女(小1)と次女(4才)に、
「あけましておめでとうございます。去年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします」
と電話口で、玄関で強要するあなたの神経が、私には理解できないよ。(T-T) グスッ。もっともっと、大切なことってあるんじゃないの? 心のこもってない形式だけの挨拶を無理矢理させることで、子どもが何を学び取れるの!?(TロT) エーン!

だから、私は家族を父方の田舎に連れて行く。本当に癒されるのは、おかんの実家ではない。親族が集まる愛に満ちた祝宴だから。ってことで呑んで泊まって来ます。では、また明日♪(*^ー゜)v マタネ〜〜♪


ちゃむ |MAIL |HomePage

My追加