事務局 日誌
DiaryINDEX|past|will


2002年12月04日(水) 吸引介護

コンベンションセンターの資料を探す。
ボランティア講座の資料も発見。
11時種の会に参加。磯野さん、吸引単独介助体験を発表中。出席多数。(小林・磯野・田村・堀川・星・有馬・大越・小倉・三輪・三瓶)
西新潟病院パーキングカードの件。9月大会役割分担の件。自薦ヘルパーの件報告。
佐野さんと県庁へ行く予定でしたが資料が調わず延期。佐野氏葬儀等で他日は無理とのこと。
孫の日。バッテリー上がり、お迎え遅れる。


2002年12月03日(火) 77才

山ちゃんPC練習。
昼美恵子さん来局。
2時前、大学入院中の倉掛さん母子相談来局。バイパップについて聞きたいとのことだったが、患者さん本人は声が出ないことを辛く思い、声の出る道具に興味を示される。トミー発声板とCANONコミュニケーターを貸し出す。書字はしっかりなさる。素足。一年で15キロやせたとか。シャンとしておられる77才。


2002年12月02日(月) ジョンソン病

30日のシンポジウムをHPに載せる。
自宅で本部事務局改革などについてメール電話交換でつぶれる。
事務局では佐藤さんがエクセルと格闘。
マイサポートへパワーポイントについて相談。
甚栄アイマスク、送付。埼玉の藤本さんジョンソン病という全身の皮膚が乾く難病とか。最近分かった病気で人数も少ないとか。瞳の皮膚も乾くので失明途上とのこと。乾くと痒いだろうな。役に立つと良いが。


2002年12月01日(日) 市長祝賀会

市長当選祝賀会がグランドホテルで昼間行われた。
頓所さん篠田さんなどCILの仲間がいた。来春立ち上げるNPOをALSも利用できないかと頓所さんに聞いた。最初は無理とのこと。
森ゆう子衆院議員・近藤県議・篠田市長に一応ご挨拶。
私事ですが、夜、「森本二太郎写真解説会」が万代市民ホールでありました。本敬和学園の先生が山の写真家になり、「センスオブワンダー」という本に魅せられてとり続けた自然の写真スライドと解説。よかったです。


2002年11月30日(土) 新潟医療福祉大学シンポジウム

開設二年目の大学でのシンポジウム。
シンポジストの佐々木さんとフロア発言を求められた私は11時40分までに集合して昼食打ち合わせ。白井義男さんが車を提供、加茂の織田さんが応援に来て下さった。
メンバーは荻庄先生・雪国大和の北村ケアマネ・ふれあいプラザ鈴木所長・リハビリ病院崎村医師と座長の山手社会福祉学部長・黒川理学療法学科長。
13時より二時間のシンポジウム。一人15分づつ話し、その後会場からの質問とディスカッション。マイクが小さいのかよく聞こえませんでした。
「医療福祉保健の連携」とは私たちが10年前に取り組んでいた問題。今リハビリの人たちがようやくやり始めた。リハが多様化したからだろうか。
黒川学科長に来年のイベントご協力をお願いしてきた。
小林量作先生は最後まで面倒を見て下さった。
帰途猪俣支部長宅へ寄り今日の報告、幹事会のこと等々現状報告。


2002年11月29日(金) 電話(厚労省・黒岩議員)

朝選挙裁判記事をHPへアップロード
パソコン教室へ行くとパソコン5台で充実運営している。(ノリ先生・佐々木・織田・猪爪・霜鳥・坂詰・美恵子・山ちゃん)昼食も恵美子さんの畑の産物が一杯で美味しい!(蕪・キャベツ・お刺身・ブロッコリー・甘酒他)
ノリ先生孫迎えに駅へ、同事態客が多く残るは織田・猪爪。
相談電話あり。10月に診断を受けたばかりの60代初期の女性。14日幹事会へどうぞとおすすめした。
2時に佐野さんが来るのをお待ちしたが3時半まで待って織田・猪爪氏帰宅。
4時。佐野さん来局。今までの理事会および全国大会へ向けての支部のと利組を説明。織田・猪爪氏同様、9日午後1時半ホテル日航4氏来局時同席を依頼。
ここへ吉田事務所垣内さんから電話、厚労省担当課長が来ているから直接話すようにとのこと。検討委員会人事に患者会メンバーを入れるよう力説。
終わったと思ったら黒岩たかひろ議員から携帯へ電話。法的枠組みを試験的に緩和する特区を研究中だが吸引について特定地域があるかとのこと。田舎の方で家族による吸引を仕事として有給にして欲しい旨話す。
電話一本でオエライサンと話せる不思議さに、ふとクリスマスプレゼントをサンタさんが一月早めに置いていってくれたような感じがしました。
その後西新潟病院訪問。勇二さん順調回復。T氏よりパワーポイントの導入を依頼される。守岡家へ寄り夕餉の団らんにちん入。駐車場カードの件など話す。      


2002年11月28日(木) 国際啄木学会

朝8時半新発田佐藤信衛さん出棺を見送る。病院を嫌い、点滴いろう一切を拒否し骨と皮になった遺体に別れを告げる。柔道黒帯・テニスAクラス・県庁マンの巨漢好漢がこんな最後を遂げなければならない痛ましさに痛恨。
10時ワタコーさんを迎えに。
10時半ホテル日航4氏来局。ホテル図面の話とかだったが、実は最後に鈴木部長が通告。3フロアしか用意できない。それ以上は他のホテルを、とのこと。ツインは27室。ダブルを除けば21室。これでは県外客を呼べない。同日啄木学会が100室ひつようだとのこと。
「承認したわけでなく、他メンバーと相談させて頂く。いずれにしろよき福祉ホテルに協力してつくっていきたい」とお帰り頂く。
直ぐ啄木学会を調べ新潟事務局へ連絡、大変好意的で「自分たちはシングルだけにする。ツインは他のホテルにするようにご案内する」とのこと。ALSもご存じ。ちょうど投票裁判の判決が出た日だったからか。
夜、ホテル熊倉さんに通知。再度面談を求める。ごじつれんらくするとのこと。
足下を見られた。こちらの準備不足の招いた結果と受け止める。必要部屋数書類など整備し、人員も整え再調整しよう。「佐野さん出番ですよ」とご連絡。明日来局とのこと。社長役ぴったりのご登場となろう。


2002年11月26日(火) 自薦ヘルパー

山ちゃん支部一覧入力
大越さんいらして猪俣支部長へ吉田議員からのはがきと鎌田さんのビデオをお持ちになる。
会計恵美子さん京都から元気に帰省。11月帳簿をエクセルに転記。
ビデオ等郵送。横山・近畿ブロック・松本会長へ<井戸端>録。
午後太平町山田さん宅へ。自薦ヘルパー用紙、支援費概要(平岡筆)おいてくる。


2002年11月25日(月) 交流会案

今日は終日自宅でメールと猪爪さんがレポートしたHP作り。(これは失敗)。松本会長に事務局長問題で電話。資料送付。
夕方から出勤で鎌田さんのビデオをダビング。本部役員等に郵送。

横山さんから9月交流会の講演提案があがっています。10支部の皆さんから15分程度の呼吸器生活QOLの向上実践をレポートしてもらったら、というもの。以下部分転記します。横山さん事後承諾でごめんなさい。ご意見あれば事務局宛メール下さい。
「役員会後ずっと考えてました、最新の治療研究、確かに関心事では有りますが、つまらない時間になるとおもいます。もし良い情報があるならプリント配布して、辻教授でなくとも、神経内科医なら誰でも良く、10分ですむのでは。
私の案です。:来年の9月頃は吸引問題が良い方向に向かったとして、次の課題は在宅にしろ、病院生活でも、呼吸器を付けてからのQOLが一番でないでしょうか。そこで32支部の(そう記憶)なかから10支部をセレクトして、支部、又は個人が呼吸器生活のQOL向上活動の発表の場にしたらどうでしょう。発表の方法は、鎌田さん、山口さん式でも良いし、当日参加無理な場合ビデオにまとめて送ってもらうとか?�吉�表15分として、150分、後半は松岡さんの講演が良い可、ディスカッションか、迷って居ます。参加患者はこれから呼吸器の選択に悩む身軽なひとが多いのでは?
楽しく、生きる勇気を与える大会でありたいです。」(末尾に同感!)
私の意見はもうチョット違いますがご意見あれば伺います。


2002年11月22日(金) PCC男性メンバー増えました

遅れてPC教室に行ったら小杉さんと織田さんがいらした。ブラボー。男性が増えて猪爪さんも嬉しそう。
美味しそうな臭いがして和服姿の美恵子さんが甲斐甲斐しく7人分の食事を用意していた。すごい手際。
ノリ先生・佐々木夫人が帰った後、宮城テレビから鎌田さんの「あいがもの詩」というビデオが送られてきた。元気な頃から現在までの鎌田さんの合鴨に掛ける情熱が捉えられている素晴らしい番組。
織田さんは全国大会趣意書を書き、佐々木さんは30日のレジメを用意済み。織田さんは電気メカ関係何でもできそう。「心友」ソフトをインストールしてもらう。
皆さんが帰宅すると同時にワタコーさん来局。暖を取る。
7時過ぎ守岡君の顔を見て帰宅。「少なくて看護婦さんが忙しそう」が帰院の第一感想だったとのこと。


事務局超日記