事務局 日誌
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久し振りにOさん宅。東京情報を報告。伝の心はパス。 何やってたか殆ど覚えてないけど13本メール発信してます。ドメイン確保の件、東京での交流の後始末。ホームページの感想への答え。CD注文答えなど。多分日々はこうして流れているのでしょう。
| 2004年12月13日(月) |
Bふれっつ解約・事務の日 |
先週金曜から自宅インターネット不通。午前小熊さんに来てもらう。事務所をBフレッツにしたため自宅の普通のADSLが対応しなくなったとのこと。面倒なので解約。小熊さんのEITENでドメインを取るとホームページ容量心配なくなるとのこと。Bフレッツを解約し、そちら路線に乗り換えることに。 午後事務の日。会計振込豊かな様子。感謝。織田さんにもドメイン了承頂く。 会計処理。礼状、確認電話等々。
| 2004年12月12日(日) |
QOL班会議(全共連ビル) |
9時から永田町全共連ビルで恒例の中島孝先生班長による標記研究発表会。午前中は呼吸器外しの演題がいくつか出る。西澤先生・宮坂先生の発表も。相模原事件の影響もあり北里荻野先生の意見に患者会理事から質問が出るなど白熱。いよいよ本丸入口の感あり。堀川医院スタッフの発表を聞き逃したのが残念。後でフロッピー頂くことに。 帰途堀川先生のご厚意で一行に便乗させて頂く。深夜バス券を無にしたがずっと楽でした。
11時から新宿戸山ハイツで本部理事会。
川崎さんのレポートです。(若林は明日の理事会に備えて空路上京) 出席・織田師範・佐々木夫人・坂爪さん・猪爪さん・平岩氏・手塚さん・相馬さん・川�� お食事タイムに井川氏。吸引機・スタンドなどを持ってきてくれました。 渡辺こういちさんが林檎・薇・年賀葉書などを持って参加。有馬さんも林檎を買いにきてくれました。 珍しく患者さんがお出でにならなかった日。 近藤氏は栄子さんのために入院。お部屋が空いたら病院でインターネットを出来るように先生にお願いされたとのことです。 平岩さん大活躍で(具を練る・包む・・・ほとんど一人でやってくれました)、手塚さんの美味しい」
餃子を頂きました。 織田師範ル・レクチェ・平岩さんから長野のラ・フランスの差し入れ。双方とても良い食べ頃で美味しく頂きました。 佐々木夫人・坂爪さん・猪サンは年賀状制作。 携帯用小型プリンター使用不可。ヘッドクリーニングなどをやってみたのですが印刷不可能です。 手塚さん経由でのお米が届きました。30キロ1万円。織田さんが支払いをしてくれました。 北海道しんやさんから電話。会報が届いたこと・呼吸器を付けずにすみそうとのことでした。 清水さんのこと、昨年事務所にきたことなど懐かしそうに話していられました。 美恵子シェフからも電話有り。ただいま東京とのこと。今日は金曜日と思ってかけたとのことでした。 大橋さん宅へクリップ届けておきました。 ノリ
(織田さんにCDラベルお願いしたのですがIT不通でファイルが渡せませんでした。そこをなんとかして下さってありがとう!飛行場への送りもありがとうございました)
| 2004年12月09日(木) |
事務所変身・震災CD |
朝から織田さんが大工仕事。ゴッチャゴチャの8畳が素敵な書斎に変身!階下(4階)から一言言ってとクレイム。でも尊いお仕事ですと日中は不問。 それにしても織田さんのリフォームセンスは凄い!
山梨で11日開かれる県内の看護研修会で販売するための震災CD。内容修正とラベル作り。PDFアプリケーションを使いこなせなくて画像の大きさ統一が出来ず断念。せっぱ詰まってるとチョット手の込んだ新しいことが修得できない。最低限OKの線で行くことに。
| 2004年12月08日(水) |
改造・手術・吸引器部品一つ無くても困ります |
午前事務所へ行ってみると鍵が開いてます。あれ?織田さんがなにやら大仕事を始めました。6年前以来の改造が始まりそう。 Kさん一家の大事な日。娘さんの手術日です。ALSファミリーは一軒の大事はみんなの大事。平岩さんはじめ皆さん応援してます。
ノリさん・あやちゃんから緊急電話。Oさん宅で吸引機の部品が一つ壊れて使えなくなったとのこと。結局業者から借りられたけど、連絡先が分からなくてあたふた。日々の安全は綱渡り。緊急時対応を常に念頭に。
| 2004年12月07日(火) |
発送・上村県議会副議長 |
朝、えみこさん、有馬さんと三人で開封作業他。約500通西局搬入はえみこさんに任せて大橋さん宅へ。フジレスピロニクスの中村さんへTEL。
1時県連小島さんから上村議員が陳情の件を詳しく聞きたいと先日TELあったので議会棟へ。久し振りの上村さんお偉い役回りになったので副議長室へ入る前に何人もの人が立ってお辞儀をしてくれる。ぼさぼさ頭でシミの付いたトレーナーにはそぐわない場所。
やあお久しぶりと話しているところへ思いがけなく県の玉井難病対策係長、歌川看護介護人材係が入室。こちらが県庁へ出向かなければ行けないと思っていたのに上村さんが場を設定して下さった。 要望書に沿って順次説明
1)難病センター構想:県も取り組んで居るとのこと。患者会がイニシアティブを取ったら?と提言も頂いた。マンパワーがあればと応える。
2)スイッチ・センサーの補助:国へ日常生活用具に組み入れてと行政として申し入れる同時に県で全国の先例となるべく頑張り給えとプッシュして下さった。
3)吸引器5万では不足なのでと訴えた。発電機は補助対象には難しいが実際使えるものを買う補助は必要とまた議員がプッシュ。
4)看護協会訪問看護推進事業24時間モデル事業の件。受け手が無いし県からも財源が難しいと見送られた模様。年度末までの現状調査、来年度推進協議会の設置は予定しているとのこと。現実的に看護の手がもっと欲しいと訴える。話の中から宮城県のホット息抜き事業や新潟での看護協会によるNPO法人事業の検討などの具体案も出てくる。細切れモザイクサポートでなく、一日分の金がもっと生きる形でのサポートを考えて欲しい。考えていきましょうとなりました。(その間に患者さんはドンドン悪くなっていくので、日暮れて道通し、が実感ですが・・・)
突然でしたが久し振りに熱血上村憲次健在を感じた日でした。
| 2004年12月06日(月) |
ひまわり発送・事務の日 |
10時から織田・堀川さんが事務所へ。昨日一大辛苦をした二つ折り紙面を搬入。2時から8時までかかってようやっと半折りが出来た上質紙。おまけに防災マニュアルは刷り上がりが悪くて半徹夜で詫び文と患者さん用訂正版を作る。御難続きの震災特集号だった。せめてカンパが集まってくれるといいが。 午前は有馬さんや三輪さんも、午後からは磯野さんといつものえみこさんが参加して作業。7時過ぎに一段落。後は翌日。 「ひまわりの種の会」の発端はこうした会報発行で集まってもらったことだったのを思い起こした。
午前中k氏が来局。来月半ばに国に帰られるとのこと。現在の主治医の診断書で通所リハビリが出来るとのこと。最初のあの朗らかな瞳の輝きが鋭く突き詰めたものに変わっていく。現実を知らす事の重さと辛さが染みる。
| 2004年12月05日(日) |
次のものありませんか? |
<掃除機、ファンヒーター3台、物入れ、食器棚> 三条の知的障害者支援もしている結屋の内山さんが、避難所帯のために必要だと探しています。お心当たりのある方若林へ御連絡下さい。 ファンヒーターは出来れば石油式。電気式はx。ガスも良いかも。
事務局超日記

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