事務局 日誌
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2005年01月27日(木) 準備会・JALSA64号到着・超日誌について

午前、コミュニケーション講習会準備会:三輪・磯野・堀川・川崎・織田
あかさたな読みの練習:プログラムの時間配分。ご案内ハガキ作成と修正。
皆様笑い転げながら練習していました。お若いのにビックリ!

昼、坂井輪地域センター渡辺保健師が持続タイプの吸引装置を借りに来ました。

<超日誌について>
誤解の無いようお願いしますが、ここは事務局の記録ノートに多少私見を加えたものです。活動の誇示ではありません。ある程度のプライバシーも守りながら幹事団の共有認識を保たせて行くための一つの方法として続けています。ご理解の上出来るだけ幹事の方々は目を通して下さい。
事務局が何をしているのかさっぱり分からないというご批判があったこと、事務局ノートは付けていたけれど1人では続けにくかった上に不備で見にくかったこともあり、ネットでこの形式を見付け付け始めたわけです。
事務局や支部の他のメンバーの活動も出来るだけ記載したいと思っています。どうぞ情報をお寄せ下さい。


2005年01月26日(水) 不安のない介護

Oさん訪問。気分は下。旅の話や写真などお見せして気紛らわしを。何か望むことは?とお聞きすると。「不安のない介護を」具体的には「文字盤。体交」をあげられた。
遁所さんから留守電、来年神経難病の連続講座を考えたいとのこと。CILとALS協会が連携できると良いと思う。勿論実務者相手のものらしい。


2005年01月25日(火) 事務の日

 日月と用あって浜松へ。静岡県支部の鈴木看護師と元新潟県支部の幹事もしてくださった渥美先生にもお会いした。徳洲会が出来るとのこと。ALSを看ることが好きという若い看護師にも会いました。聖霊病院の影響か。
 火曜午後事務局には高橋貞夫夫人から「アマリリス」の絵手紙が、小池政枝さんから「心は風 何ものにもとらわれない」と原君の詩を書いた手紙が。織田さん・佐藤さんは何だかズットパソコンに向かっていました。若林は織田さん手製の棚の中身を少しずつ整理。
 夜、楊先生の所へお喋りに。デブ茶毛(猫)が早く寝ようと誘いに来ました。


2005年01月22日(土) SMI新年会で横山さん講演

5時から新潟会館で前向き企業家の集まりSMIで横山さんが奥様、香織ちゃん、お兄さんと一緒に講演。30分1人でパソコンを操作し講演、ビデオ上映。感動的でした。全国大会時よりもスキルアップ。立派な講演者の誕生です。
SMIとはポールマイヤーという人が始めたグループで、「サーカスの象は一息で抜ける杭に繋がれている。本当は抜けるのに小さいときから繋がれて抜けないと思いこんでいる。人の能力もやれば出来る力があるのに出来ないと思いこむ。杭を根こそぎ引き抜きましょう。」という理念です。横山さんの生き方に共通するものを感じて講演を依頼なさったとか。横山さんも以前所属していたこともあるそうです。


2005年01月21日(金) 山岸さん・pcc

朝、山岸夫人が来局、織田さんに改造してもらったブザーを私スイッチを1500円で買って頂く。この価格設定がいつも不安定、事務局で定価表をつくらなくては・・。
PCC:川崎・佐々木・平岩・手塚・猪爪・相馬・織田・若林
お昼は美味しい栄子式おもちピザ!大根汁やアケビの和え物も。昨日入院で来られなくなった近藤さん残念でしたねぇ。
川崎・織田両氏は伝の心練習開始。若林・織田、大橋訪問。
信楽園、渡辺カシオさんも昨年末より。ご家族の体調が心配な程。


2005年01月20日(木) ミーティング・小池政枝さん

コミュニケーション講習会プロジェクト10〜13時:磯野・堀川・川崎・織田・若林が事務所で打ち合わせ。
基本コンセプトの了解と文字盤演習。他。
織田さん山岸さんのスイッチ再完成。

先般来留守電の入っていた専門職会員小池政枝さんに電話してみた。何と小千谷で家が全壊して仮設住宅住まい、とのこと。自分は「丁度パーキンソンの会があって患者さんを送る途中に地震だった。来年度分の会費が春過ぎになってしまうが・・」とのこと。「そんな心配はご無用です、本部なり支部で何とでも致します。頑張ってください」と申し上げた。聞けば元西小千谷病院の看護師で小泉忠男さんに付き添って天寿園の総会に出席したこともあるとのこと。今は柏崎の筋ジスのボランティアをしているとか。「皆さんに学ばせてもらっている。今回も患者さんに助けられた」と大変謙虚な方。

先日幹事会で紹介した町内会長から礼状が届いていた小千谷市溝渡の出身なので、町内会長さん宅(本家)にも思い切って電話してみた。色々な所から様々なものが来るので礼状は間違ったのかも知れない。小池さんは町内の方だが一番可哀想な事で、裏の山が崩れ大岩がドッと入ってきて家が潰れた。もし家にいたら命が無かっただろう、と言っておられた。

誠実な支援の気持ちで満ちた会員がいらっしゃることを実感させられると共に、患者会員以外の支部会員で被災された方に対して善後策を考えねばと思った。諸幹事のご意見あれば寄せられたい。


2005年01月19日(水) 祖母業先輩

Oさん体調不良のため資料朗読を少しとチョット立ち寄られた有馬さんを紹介して退室。孫の日で家事のみ。火傷事件で種の会の祖母業先輩達に助けられる。感謝。


2005年01月18日(火) 島見有田さん

島見のA(有田)さん宅へパソコンを貸出に行く。松村保健師・男性のケアマネ・PTは何と小林量作先生。しかもAさんは昨年亡くなられたT(高橋)さんの孝行の同級生で同じ柔道部。Tさんが乗り移ったかのように熱心にパソコンに向かっておられる。Tさんの分も頑張って!
山田雅則さん宅へ寄り出版について相談。本屋・印刷屋無しで手作りコピーで作成、製本だけ頼んでみようかと言うことに。印刷コピーにはひまわりさんやパソコンクラブの面々に何卒お手伝い頂きたいと願います。
Oさん快調で自分で少しパソコンを使ったとか。センサーの支柱をおいてきた。
荷物室が満杯なので車椅子を一台実家へ移動。


2005年01月17日(月) 事務の日・総会は6月5日ユニゾンホールで

叶内JALSA元副会長、現相談役、ご逝去後の告別式の日。弔電を打つ。
10周年記念前後大変お世話になった方。山形は隣県支部で何かと交流もあり何回も来県され患者訪問してくださいました。ご冥福を祈ります。

Oさん。珍しく気分マァマァで伝の心を出す。織田さんも来て試みるが姿勢保持限界。また今度。織田さんと大学山岸さんへ。スイッチの注文が大学からあったので織田さんに色々試作して頂いた。丁度リハの方がいらして上肢可動範囲が結構あるので既成のものにする。家でいつも使っているものをお借りして改造することに。これも織田さんが取り組んで下さって、ごくろうさまです。

午後事務の日:総会はユニゾンで6月5日(日)と決定。
       会場はホールしか取れませんでした。
会計:新年会経費他通常経理。
総務:スイッチ改造。家でも沢山試作。年賀ハガキ3枚当選(切手)
実務:会場予約・倉富さんのCD作成。

阪神大震災から10年目の日。絶望しない。あの手この手と次々と考える。何も出来ない、助けは来ない。自分・家族・近所、手近なところでともかく助け合い生き延びること。と被災経験者が話すのを聞いていて、ALSは人生の震災だと思う。


2005年01月16日(日) 幹事会・新年会

昼食付き幹事会は12時スタート、15分は手塚シェフのスープに舌鼓。以降1時半まで議事。震災カンパの事・コミュニケーション講習会・総会・友の会等の議題については後ほど織田さんから報告があると思います。
ついでテーブルをかたづけて薔薇のワインゼリーで新春を飾り(チョット型くずれして残念だったけど)新年会。持ち寄り景品でビンゴーを楽しみ、新年の抱負を一言づつ。横山さんは予定無しで取り組むと隠れた意欲満々、ノリ先生はパソコン教室をコミュニケーション教室にと、若林は織田さんが新潟に引っ越してきてNPO介護事業所が出来るように、と叶う?叶わぬ?見果てぬ夢を語ったり。
BSNの石山さん達は去年は悲しい取材が多かったから今年は笑顔を一杯撮りたいとのこと。

佐々木夫妻と近藤さん、平岩さんが風邪で欠席は、誠に残念でした。冬場の難問ですね。ひょんな事で開くことになった支部活動部隊合同の新年会。楽しく盛り上がりました。今年もよろしく。


事務局超日記