事務局 日誌
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守岡勇二君の誕生日。今まで何かとお祝いの機会を作っていたが今年は外へは出られない、というので顔を見に。丁度妹さんが、かずき・げんきの兄弟(5歳3歳)を連れてやってきました。「お誕生日おめでとう。ハッピーバースデーツーユー・・・ディア勇二おじさん」の歌声が響き、看護婦さんもニコニコ。可愛い素敵なバースデーとなりました。カメラが壊れていて残念!
Sさんも快調、先週から同室になられたBさんも元気にデッサン画を見せて下さいました。
若いボランティアの協力を得てHPにBSNニュースを掲載しようと張り切っていたのですが、BSNの規定があり難しそうです。残念。
2005年07月13日(水) |
西新潟HP・中地区センター |
午前中地区センターの建物で近くのご家族kさんとお話。後3Fで青木保健師と立ち話。担当保健師は不在。患者会情報は知りたいけれど会には入りたくない方は結構多いと見受けられる。そうした方も保健所なら相談に行ける。入会も保健所や主治医からという形でないと今後難しくなっていくのでは無かろうか。 後で知ったのだが織田さんはSさんからの要請で西新潟HPへ出動、PC/TV関係の作業を、種の会の方々も車椅子散歩のボランティアの日だったとのこと。皆様ご苦労様です。
2005年07月12日(火) |
地方と本部・近畿ブロック |
先の代表者会議前後の所感を金沢事務局長に送る。同じく正規勤務を持ちながら前事務局長時代に比してどれ程充実してきたか分からない活躍に感謝。 他方の雄、近畿ブロック水町事務局長とも久しぶりに長話。(自宅からです)。豊富な経験からTLSの方々のお話など伺う。地方支部でも人脈による交流が盛んになれば随分助かるだろうに、等思案。無駄な心配? 時間を勘違いして約束を一日延期して頂く。
2005年07月11日(月) |
事務の日・有馬亭・堀川さん |
事務の日、織田・佐藤は午前中に来局お仕事、昼食を守岡母さんと共に有馬さんのお宅でおよばれ。遅くにたまたま光子さんも参加。名目は若林の誕生会。ありがとうございます。還暦を過ぎた人たちばかりのボランティアとご家族。近場ですぐ寄り合いができるローケーションの良さを感じます。 堀川さんは朗読ボランティアグループが機関誌JALSAを定期朗読してくれようかというご相談。有り難く第一回目を依頼。 ナミックス社長小田嶋さんという方が会社名で20口も会員になって下さった。本部荒川次長に一応連絡。maruyamaさんという方から伝の心係に礼状が来て本部はJALSAに紹介しろと言っているがどうしようという相談。会員でないのでお断り。そういえば礼状を添えて返却するように頼んだのだった。
この頃あっという間に一週間が経ち、メモや通信記録を見て纏め書きすることが多い。事務局仕事以外の生活が無いので大方分かるが細かいことは記せない。多分もっと簡潔で然るべきだろうが事務局記録としては利便性が高い。あしからず。
2005年07月09日(土) |
代表者会議・JALSAいのちの倫理研究会 |
11時から東京平河町全共連ビルで。昨年は織田さん、今年は若林が参加。近畿・大分・山形・宮城・埼玉・徳島・長野・高知・岩手・熊本・福島・北海道・千葉・愛知・宮崎・群馬・広島・神奈川等々30名近い参加者でした。 本部からの活動方針説明・本部支部の連携についての質問・各支部が抱える問題点の応答交流等であっという間に5時終了の時間となりました。年一回では足りないという声をあちこちで聞きました。私はいつも出ている理事会よりもこれこそが患者会、という雰囲気を感じました。
引き続き同会館で今年度総会で提案承認された尊厳死法案提出に絡んでその関係のことを患者の立場から研究する委員会が開かれました。メンバーは橋本、熊谷、川口(委員長)、海野、吉本、堀内、若林の7名、らしいですが、川上・金沢・平岡・伊藤等部会長と言うのでしょうか、いつも何にでも出ている人たちがチャンと出ていました。事前MLで検討され名称は表記のものに。伊藤理事から背景説明がありました。目標はJALSA記載のものに。事前指示書のモデルを作ろうということに。次回8月21日までに各支部で集めて持ち寄ろうとのこと。その時伊藤理事から難しい文言の説明を聞いて勉強するところから始まります。他にTLSも近い悩み深い患者さん方の本音を、現状の意識調査?を何とかやろうという話もでました。私は以前から関心が高いので参加しましたが、大変そうな委員会です。
2005年07月08日(金) |
パソコン教室クラブ・患者家族相談 |
9時半にメール相談を受けていた三島郡の家族二人が来局。他県在住の息子さんが詳細な下調べと纏めを準備してこられ感動しました。お父様が2月に告知されたけれど球麻痺タイプで激やせしながら日々元気に仕事に励んでおられ、今後何をどう考えていけばいいか、などの相談でした。色々資料提供しましたが、お母様の方は川崎さんや他の遺族ご家族等経験者とお話ししてそれなりのリラックスをしておられたようです。人材豊富なPCCの活躍時です。 Kさん親子の他は佐々木・坂爪・平岩・井浦・手塚・若林と全8名。織田さんはお休みです。ABEさんは月曜?にイロウ手術終了とかでお休み。万博も大変だったけど無事行ってこられたとのこと。
「若林さんは絶対癌にならない。言いたいこと言ってストレスが溜まらないから」と井浦・手塚両名に保証されました。「ホントは言ってる事の何倍も言いたい。検査すると超内向的なんだけど」と言ってみたけどそれは欲張りだとか、検査法がおかしいとか何とか・・。複雑です。
2005年07月07日(木) |
七夕・BSNニュース |
きれいな星の写真が宮崎支部の平山さんから届き、患者さん方へ転送しました。 夜、Oさん宅で七夕会。桜見の頃はビールもたしなめたのに近くでワヤワヤやってるだけになりました。 夕刻BSNニュース。横山さんの大学講義とさくら病院訪問。林先生も出てスイッチについて主眼を置いていました。
金曜に相談来局予定のKさんから詳細な相談内容をエクセルで纏めた予告書を頂く。経緯・申請一覧・診療時設問・患者会設問他切実感溢れるものだが同時に何らかの書式があると患者家族は闘病対策を立てやすいかもしれないと思った。指針(チャート)。
通信業務は尊厳死に関する委員会についてのやりとり多く考え物。最初から迷路に入っている論点のずれている東京お元気路線中心の委員会で消耗するのかと。地方の少しでも安らかな終焉を願っている普通の人たちの思いはどうなるのだろう。前途多難。
2005年07月05日(火) |
担当者会議・支援費事業所の開設? |
Aさんに関する担当者会議のお誘いを受けていたのに日時を勘違いして遅くに駆けつける。連絡手段を持たないままの外出など緊急時対応策の詰めが甘いままの在宅やヘルパー吸引対応に疑問あり。誰が責任を持つのか、と詰めて行けば結局同意書を書いた本人に行く仕組みになっている現実。実質的な主治医不在の中ではそれをサポートする保健所・医療者にもう少しの同情と緊迫感、責任感が無いと危うい。そして患者家族自身の自覚。業務としての吸引が確立されない以上安心できる在宅体制は遠い。
Oさんに県庁秋山係長からの伝言を伝えに行く。260回事業の中で休日等時間外手当分は公的事業であっても本人との契約による、とのこと。東京風に支援費事業所を開設するしか経済的困難を解決する道はないのか?黄色い表紙の開設手引き書を持っていって娘さんに渡す。
2005年07月04日(月) |
事務の日・レッツチャット |
事務の日トリオ:会計佐藤さんはいつもパソコンとにらめっこ。操作が分からなくなると織田相談役に解説して貰いその時だけの問題が解決します。銀行か郵便局へ行くことも。織田さんはこの日はマイパソコンを持参、名簿や書類の参照、インターネット接続で分からなくなると過去のメールや事務局長日誌を見たりで何かと便利です。ただ発信できないのが難点です。若林のPCは本体不在。3月DELLが二台壊れたママ、新規PCがある自宅で殆どの仕事・通信を済ませています。月曜は情報交換・金銭処理・打ち合わせ・何かの準備、関係者連絡というところ。 本日は16日予定の幹事会内容について。県庁秋山係長にステーションの園長料金についての問い合わせ・市保健所武藤さんに定期研修会はどうなってるかの問い合わせ(結局ケース検討会をそのまま残し・10月3月?に研修会とのこと。役所は予算が付くと実態が無くなっても、より有効な方に振り向けるのでなく、そのまま続けるだけという実例を見ました。) 長者町の方から遠方の親戚に関して相談のお手紙が。他に堀川光子さんから朗読グループによるJALSA定期朗読の提案電話あり。 旧タイプですがレッツチャット3台ファンコム松尾さんが無料修理して下さいました!いつでも貸し出しできます。
事務局超日記

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