事務局 日誌
DiaryINDEX|past|will


2005年08月07日(日) 猪俣さん・Oさんは大橋さん・メロン

ねぶた・竿燈・白神の旅を報告に猪俣さんを訪問。奥様が青森の秋田県近くの出身。大好きな高校野球を観戦中。しっかり文字盤で「ありがとう」と。
Oさんには雑誌社編集部から「実名でどうか」という打診があったのでそれを尋ねに伺う。「フルネームでなければ」とのこと。が、筆者としては考え物。
夜北海道の新屋さんから金曜日の皆さんによろしくとメロンが2箱届く。


2005年08月05日(金) PCC・ノリさんレポート

(織田・若林欠席の所、川崎先生がレポして下さいました。)

坂爪さん、駅へ行ったら事故で電車が不通になっていて残念ながら欠席。
佐々木夫人・相馬さん・手塚さん・平岩さん・川��のメンバーでした。
今朝、いつもの通り鍵を開けて「お帰りなさい」コールを聞いて、さぁわこさんの荷物を車に入れてと、ドアを開けたところでブザーが!!佐々木さんと二人で???状態。セコムへ電話をしました。
在宅ボタンが何故か勝手に作動をしていたようでした。
若林・織田両氏が今日は不在ということ、金曜日には鍵を預かっていてあけることなどを話しました。
三桁の暗証番号をと聞かれたのですが、聞いていないのでわかりませんと答えました。
今度、教えておいてください。
セコムから問い合わせがいくかも知れません。よろしくお願いいたします。
佐々木さんと二人だったので何となくヤレヤレでしたが、一人の時はパニックにおちいりそうな気分でした(>_<)
横山夫人から電話あり。介護者のことで9月のケァプランが立てられないとのこと・・・これは、夕方若林サンに連絡付いてホッとしました。
お礼状の件、脳スイッチのことのお願い文を読んでいないので、上手く書けずにそのままにしてきました。(ゴメンね)
金曜日のあり方についていろいろ話し合いをしました。
患者さんのための会であると同時に、患者家族・遺族の方たちのための会でもあるのではないか。
パソコンの必要性も十分にわかるけれど、パソコンばかりが患者支援ではないのではないかという意見もありました。

19日は高井さんがお出でになっているということなので、なるべくみんなで参加しましょうということになっています。
26日は川��はお休みします。あとの方は19日に確認したいと思っています。
猪サン、黒崎病院へ転院していました。(月曜日に)
近藤氏、呼吸が苦しそうでした。夜眠られないらしいです。
栄子夫人が一生懸命見ています。「全身全力を主人に向けています」と・・・お二人の時間を大切にして欲しいです。

今、コーラスから帰ったところです。
今日は少々疲れたのでこれで・・・おやすみなさい。ノリ


2005年08月04日(木) 原宏道さん13回忌・AさんJALSA号

朝、阿部さん友人がJALSA号を取りに来る。千葉で糖鎖の何とかを試しにとか。猛暑の中ごくろうさま。
原君の13回忌を楽運寺で。ご両親90歳の祖母様、あやちゃんと私のみ。遺影と共に会食。蓑輪さんにもTEL。永遠の青年。
今村さんからOさんの写真を、との要請電話があり夜訪問して了解を得る。


2005年08月03日(水) 原稿送付

ようやく原稿送付。ひとまずホッ。西澤先生から引用のお許しを頂く。


2005年08月02日(火) バイパップ・原稿とフジレスピロニクス

「バイパップについて」の原稿ないようについてOさんと遠藤医師に承認を得るため訪問。先生は「経過が手に取るように分かってジンときた」と、いつも純情。ゆうさんは「よく書けています。私の思っていることを書いてくれました」と。はっきりしない合図が切ない。鼻管が取れていた。

フジレスピロニクスの中村さんにTELでバイパップと人工呼吸器の違いを教えて貰う。人工呼吸器は従量式(喚起量を設定するので肺が萎縮するままにならず一定量を維持できる)。バイパップはBilevel(呼気吸気圧) Positive(陽圧)Airway(気道)Pressure(喚気圧)の略で商品名。定圧式なので肺萎縮で換気量500なら500、300なら300しかできないので十分に換気できなくてCO2が高くなってくる。最近換気量で圧が可変のものも出てきており換気量を増やすことも出来るようになってきた。共に陰圧にはならない。呼気の時呼吸器はゼロ、バイパップは1,5。要するに人工呼吸器は果てがないがバイパップは限りあるのだな、と思った。中村さんは冷たくないのだがいつも冷静沈着。


2005年08月01日(月) 事務の日・礼状・小千谷Yさん

織田さんが珍しく遅くなるとのことで3時過ぎだった。佐藤会計は50万に驚く、更に小千谷の吉沢さんからも多額に頂いたのでお礼の電話をする。親のもどかしい(何とかしてやりたいけど何も出来ない)辛さが一杯。
佐藤さん8日22日と後2回。親しい人が昨日?亡くなり、送別会はお断りとのこと。2000年夏会計が佐々木さんから佐野さんに移ったとき、補助が必要、ということでシルバーにお願いしたところ派遣されて来たのだった。丸5年ご苦労様でした。2002年後半からは織田さんとの名コンビで会計のIT化、全国大会と見事に乗り切って頂いた。


2005年07月30日(土) 支部長も危機のヘルパー事業所不足

支部長夫人が仕事を辞めなければならなくなるかも、と危機的状態。慣れていた介護の方達がたまたまだが一挙に引いてしまい人手がなく、社協のケアマネから患者会の方からも探して貰うように、とのこと。吸引が新発田ツクイしかできなく他に受け手がないとのこと。事務局も個人的には殆ど事業所を知らない。会としてお願いできる所はないか・・・。社協はどうなっているのだろう。

夜Oさん宅へ慰問。家族の不在を花園看護ステーション・井浦さん・長谷川あやちゃん等の協力で一日乗り切っている。9時過ぎには近所のお友達も来て複数訪問をしているステーションさんが驚く賑やかさ。お楽しみのコンサートは雨でないと良いのだが。


2005年07月29日(金) 霜鳥和子さん・宮川キヌ子さん

若林一人留守番の日。11時頃平岩さんが久しぶりの和子さんとやってきました。川崎さんに子供の衣類を譲るのでと洗面所一杯の袋をおいていきました。全然年を取らない万年少女不思議です。
入れ替わりに井浦さんが「お米」を求めてやってきました。手塚さんに電話してみるとなんと「地球博行って知多半島にいるんだよ」とのこと。この前は広島だった・・。しばらくお喋りをして友人宅へ。

思いがけないことが起こりました。「宮川といいますが募金の振り込みに行きたいけど足が痛くて来週になります」とのお電話がありました。「こちらから伺います」と夕方金衛町の松林近くの路地奥へ参りました。小さな古屋に静かに暮らしている品の良い老婦人から渡された袋になんと50万!「私はつましく暮らしておりますが丁度満期で子供もないし、本当に困っているところに使って頂きたいと思いまして。名前は出さないでくださいね」とあくまで謙虚。低く置かれた灯りは卓の上に上げられる、とか言います。お知らせしないわけにはいきません。清々しい思いで振り返った暗い町の一角がぽーっと底光りするようでした。

追加:小出保健所星野保健師からTEL。Yさんの件の他に秋にさくら病院で専門職研修会を開きたいとのこと。グー!


2005年07月28日(木) 看護力強化事業・けやき納涼会

Oさんの娘さんから一日家を空けたいがヘルパーさん一人になる時間があり機関内吸引は無理だからどうしようと相談あり。ケアマネも県の看護力強化事業を知らなかったらしい。ステーションが丁度受け入れてくれる事業所だったので早速導入、解決。
IさんのOTからスイッチ相談TEL。織田さん出張で解決済みを告げる。ベッド上でのパソコン操作・意思伝達など相談。

夜、遁所さん参加の納涼会にお邪魔する。「けやき」の会田さん、「からし種の家(認知症のグループホーム)」の笛木さん渡辺元婦長、「むすびや」の内山さんなど地道に長年地域活動をしている人たち。「なぜ国民の皆さんからお金を貰ってやっている大きな所(公社)がやらないで、自分たち弱小グループがボランティアみたいな形で難しいことをやりつづけなければならないんだ」と遁所さんの義憤は大きい。その通りでもあり組織が引き受けても埋められない隙間を満たすボランティア的な存在も必ず必要だと思う。


2005年07月27日(水) 他疾患相談

中之口の介護事業所から伝の心の相談あり。ALSではないが発語が難しくなっているとのこと。50台男性、難しいことは嫌いというのでレッツチャットを紹介。


事務局超日記