事務局 日誌
DiaryINDEX|past|will


2005年10月07日(金) PCC・小山君・県連へ要望書・Aさん

新発田トリオ・平岩・手塚・織田と具合が悪いと欠席の相馬さんを覗いてフルメンバー。昼頃卒業研究に障害度によるスイッチ検索サイトを作った福祉工学科4年の小山君が中村哲朗先輩とやってきました。昨年の経験でALSに直接役立ちそうもないからと一度断ったのだけれど「ヘルパー資格採って実際障害者介助に入りながら考えたものです」と言ってきたので「どうぞ」となった若者でした。あれこれとコメントを受けながら誠実に対応していました。林先生のおかげで学生との接点が出来有り難いことです。
 また今年も締め切り日に提出ですが、県連を通して次の3点を要望しました。�‘馼堆⇒躑┻腸颪汎馼促札鵐拭爾鯀瓩�開設して下さい。��吸引機の補助をお願いします。�F�常生活支援のヘルパーを入院の時にも派遣して下さい。
 夜兼ねてから依頼のABEさん宅を織田さんと訪問。ヘルパーの積極的導入のお勧めや文字盤、パソコン台、ミキサー食、暖房の相談など。夕食抜きで遅くまでお邪魔し、織田さんは10時過ぎの帰宅だったことでしょう。早く新潟市民になって!というと「ますますこき使われる!」と恐怖におののく織田氏であります。


2005年10月06日(木) 三幸福祉カレッジ終日講義



9;30〜16:30終日授業:ALS概説(若林)在宅療養の実際(佐々木和子)患者に見えない患者の悩み(清水)呼吸器患者の夫を介護して(岡田幸子)コミュニケーションの小道具達(川崎)スイッチセンサーの色々(織田)が午前。午後は横山宅へ繰り出して訪問看護のタッピング・スクィーッズィング・吸引拝見、ヘルパーの文字盤会話やスイッチの解説を聞き、横山さんの自己紹介や様々なビデオニュース。涙しながら見ている15人の若者達。横山さんの「何故福祉を選んだか」という質問に殆どの人が「人の役に立つことをしたい。祖母がいて介護の仕事もいいなと思った」と。
一寸ハードだったけど若い人たちの抱負を聞いて疲れも吹き飛びました。
支部の皆さんでこんな授業が出来る様になったこと、その機会を与えられたことを心から感謝致します。


2005年10月04日(火) 授業準備・山岸さんお参り

織田さん川崎さんと午前から集まって6日の授業の準備。パソコン・スイッチ類を整備し、プログラム確認、送迎手順、持ち込み品JALSA号へ積み込む。
11時過ぎ19日に亡くなられた山岸英夫さん宅へ雨の中歩いてお参り。奥様が一人になられ「どんな風でももっと一緒にいて欲しかった」と。皆で「近いんだから金曜日に是非いらしてください」とお誘い。そうして欲しい。
昼過ぎ三幸福祉カレッジへ下見、事務の白井さんから名簿を頂き生徒をボランティア保険に加入。


2005年10月03日(月) 事務の日・北ロータリー・2月11日に講習会

昼北ロータリークラブで最近のALSについて卓話。また直前PCトラブルで過緊張。何とか済ませて恒例の10万円頂戴して事務所へ。織田さんと2月の西村さんを講師にしたスイッチ講習会の会場予約など。ユニゾン中研修室で2月11日が取れました。午前午後かけて行いたいと西村さんと電話相談。
織田さんは10日の名札を準備。看板ももうすぐ出来そうです。


2005年10月01日(土) 難病団体で要望・清陵大学戴帽式

 午前総合福祉会館で難病団体の集まりがあり、難病センターの設置を共同で要望しようと話し合った。5月末難病JPC(日本患者家族団体協議会)と全国難病団体連絡協議会が合併し「日本難病・疾病団体協議会」としてスタートした。今まで多少敬遠してきた他団体との共同だったが、JALSA本部も正式参加しているし、パーキンソンの斉藤博さんにも相談し今後は必要なことかと思い参加した。透析・SCD・後従靱帯骨化症・低肺等様々な難病の方がおられそれぞれの悩みを打ち明けつつ、他県はドンドン出来ているのに新潟県は最後の16の中になってしまった。どうしたんだ、という話。昨日の村上県議の発言などもお伝えし、早く要望書を出そうと言うことになった。
 横山支部長が雨の中恒例の青陵大学へ参加してくださった。吉田議員も挨拶された。終了後学生が文字盤で会話、二階堂先生、山崎看護師がいつものように優しくスタンバイしてくださった。横山さんのメッセージ「昨年を思い出し今年も来れたことを喜んでいます。私たちほど生きる時間を大切にしている患者はいないと自負しています。」「ALS患者の私たちでも出来ることがあれば社会の役に立地帯と思っています」(横山さん修正あればご指摘下さい)


2005年09月30日(金) 上村県議が難病センター設置を県会で質疑

 PCCはお休み。織田さんが留守番隊。若林は前日家族の集いで神戸に一泊して帰宅ご事務所へ行ってみるとFAXあり。自民党県連から上村県議が29日の県議会で「それほど難しくない難病相談員・難病センターの設置が為されていないのは非常に疑問」と代表質問されたとのこと。県の答えは「難病患者のニーズや他県の実施方法を参考に検討して参ります」とのこと。ッタクゥ。
 10日秋の集いの参加関係を確認。新潟からの家族相談に手塚さんを再説得。ようやくご了解頂いた。日頃PCCの食事体調として並々ならぬ協力を頂いている上に申し訳ないが、県支部となると休日遠方参加もお願いせざるを得ないこともある。川崎さんが佐渡からの野崎さんを乗せてきてくださるとのこと。皆さんの協力で実りある秋の集いになるといい。
 手持ちの事務所の鍵が不調で夜有馬さんに開けて頂いた。


2005年09月28日(水) 佐藤敏明さん初外出・事務所へ

 西新潟病院の佐藤さんが初めて院外外出。勤めを休んで奥様が三条から。あれこれ苦労して有馬さん・片山さんの協力を得て出院。海を周り12時に事務所へ。片山さん、礒野さんも参加して賑やかに昼食。アフリカの写真など見て頂き、2時半に帰院。
 佐渡を見たとき、コーヒーを飲んだとき、なんて嬉しそうなお顔を!4年ぶりかな。ひまわりの種の会の皆さんとの幸運の出会いが今日に繋がった。年内には一度家が見たいと・・。是非叶えて差し上げたいモノ。


2005年09月27日(火) 脳スイッチ年内発売

小杉さんからメールあり脳血流スイッチの記者会見記事を紹介して下さった。それだけでコメント無しだが有り難い陰のメンバー。
8月26〜9月2の留守中、織田さんが残して下さった日誌を記載しました。
皆様のサポートで事務局運営が曲がりなりにも続いていること、改めて感謝致します。


2005年09月26日(月) 事務の日・秋の集いについて・患者団体

事務の日、鍵も入手いよいよ703の主なり。
秋の集い。西脇・高橋さんの他に三条の渡辺広治さんが参加下さるとのこと。毎日日誌をつけているのに光センサーが巧くいかなくなったとピエゾを導入されたが、意欲的で嬉しい。小野塚事務局長へFAX。
新潟県患者家族団体(不正確)から10月1日に難病センターと障害者自立支援法について相談会をするとの案内あり。パーキンソンの斉藤さんに相談電話する。一応参加の予定。


2005年09月24日(土) 幹事会(横山宅):県への要望他

横山さんのお宅で幹事会。佐々木夫妻、永井先生、清水さんがなんと車で参加。運転ボランティアもすると申し出て下さったが皆さんから止められていました。織田・若林で計8名の幹事会。4年前同じ横山宅で開いたとき大広間に一杯の人だったことを思い出しました。患者会の動きが普通になってきたこと、と考えればいいのか・・。
今月から「松潟の園」住人となった佐々木さんの所へ保健所等から患者相談があるとのこと。患者会でないところへ相談したい方々も多いと思われる。難病センターを早く!
正規幹事会報告は織田さんからMLへ出ると思いますが、概略を。
・脳スイッチ募金約75万。特に宮川様に感謝。
・幹事会は月例会のママでいいか緊張感を持たすために少なくしっかりやるか。
・看護協会とか外の動きに期待するよりまず自分たちで出来ることからするしかない、という先生の発言は心強いヒントでした。
・県への要望:難病センター相談員の設置を早急に。日常ヘルパーが短気入院時病院へも行けるように。吸引ヘルパーがもっと欲しい。
他にもありましたらどうぞ事務局へ!


事務局超日記