2006年08月13日(日) |
1771年 モーツァルト イタリアへ出発 |
1771年8月13日 アマデウスとレオポルト・モーツァルト 2回目のイタリア旅行のため ザルツブルクを出発。
今回の旅行は 一家そろっての4人旅ではなく 父と息子の二人旅。
目的も 神童演奏家のお披露目 宣伝ではなく 作曲技量のブラッシュアップと アマデウスの就職活動でしゅ。
目的と費用の面からも 二人旅はやむをえなかったのでしょう。
それにしても15歳で 就職先を探しに イタリアまでとは ご苦労なことでしゅ。
就職こそかないませんでしたが 音楽の本場イタリアでは 多大な作曲上の成果を 得てくるのでした。 めでたしめでたし。
もしアマデウスが イタリアのどこかの 宮廷にでも就職して 一生を送っていたら 彼の音楽は こんなに豊かなものには ならなかったかもしれないでしゅ。
2006年08月12日(土) |
海老沢敏著 モーツァルトは祭 |
海老沢敏著 モーツァルトは祭 続々 私のモーツァルト・クロニクル 音楽の友社 1994年 を図書館から借りて 読了。
熱狂的という1991年の モーツァルトイヤー (没後200年)の前後に 発表した文章を中心に モーツァルト学者 海老沢氏の熱い思いが ほとばしる。
この時の大ブームに 疑問を投げかけながら 書きまくる海老沢氏。
特にモーツァルトの商品化に 厳しい目を向けながらも 多くの日本人が モーツァルトに 関心を寄せることに 思いをいたす海老沢氏。
L.A.S.Ponderも ますますモーツアルトに のめりこみそうでしゅ。
ところで1991年といえば L.A.S.Ponderは 捲土重来を期して 大学院に入学。
モーツァルトどころか 泥沼の合唱生活からも 足を洗い いっぱしの研究者を目指して 遅すぎるスタートを 切った年でした。
しかし研究生活は まったく肌に合わず 挫折の連続。
生活に追われ アルバイトに明け暮れる 暗黒の毎日でした。
あれから15年。 研究も教育もあきらめ ひっそりと 残りの人生を送る毎日。
わずかに音楽が 慰めのさびしい日々。
自ら招いた結果とはいえ どうしてこんな人生になって しまったのでしょうか。
2006年08月10日(木) |
1788年 ジュピター完成 |
1788年8月10日 モーツァルト 交響曲第41番ハ長調K.551ジュピターを 完成。
この年の6月から矢継ぎ早に 3大交響曲を作りました。
もうモーツァルトの主催する 予約演奏会には 誰も来ないのに 何のために作ったのでしょうか。
それにしてもジュピター すばらしいでしゅ。
L.A.S.Ponderの 好きな交響曲 ベストスリーに 入ってましゅ。 (あとの2曲は ベートーヴェンの7番、5番)
ジュピター特に のりのりの第1楽章、 ジュピター音形ではじまり 宇宙的フーガが縦横無尽に 走り回る第4楽章素敵でしゅ。
CDも3枚以上あると思いましゅが どれもそれなりの味わいが ありましゅ。
生の演奏会 最前列で聴いてみたいでしゅ。
2006年08月09日(水) |
1772年 アマデウス 有給コンマスに |
1772年8月9日 アマデウス・モーツァルト ザルツブルク宮廷の 有給(年額150フロリン)の コンサート・マスターに 任命されました。 (ある本では8月21日づけ。)
それまでは無給のコンマスでしたから 間違いなく昇進でしゅ。 しかも任命は 後に決裂する ヒエロニムス・コロレド大司教でしゅから コロレドもある程度 アマデウスの技量は 買っていたわけでしゅ。
しかしヨーロッパ世界を 知っているアマデウスは ザルツブルクに飽き足らず 徐々に不満を 膨らませていくのでしゅね。
2006年08月05日(土) |
富士川英郎訳 リルケ詩集 夏季休載 |
富士川英郎訳 リルケ詩集 新潮文庫 新潮社 昭和38年 を読了。
今年10月21日 混声合唱団コール・エッコで リルケ作詩 ローリゼン作曲の 薔薇のシャンソンから 2曲歌うので 読んでみました。
もっともこの訳詩集は ドイツ語作品からの翻訳でしゅ。
リルケといえば この初夏栃木県立美術館で 鑑賞した パウラ・モーダーゾーン=ベッカー展で パウラの深い理解者、後援者として 紹介されていました。
訳詩集というのは どういうものでしょうか。 散文と違い 韻文は 翻訳によって 韻律は吹っ飛んでしまうので 原文の味わいは 大きく損なわれてしまうのが 残念でしゅ。
それでも 詩の象徴するものなど 幾分かは伝わるので 読む甲斐はありましゅ。
ドイツ語だったら対訳を 読んでみてもいいかもしれません。
夏季休載 8月6日から 8月9日まで お休みさせて いただきましゅ。
2006年08月03日(木) |
バイエルン国立歌劇場 後宮からの誘拐 |
今年4月にも鑑賞した バイエルン国立歌劇場 後宮からの誘拐 モーツァルト作曲 カール・ベーム指揮 のビデオを再度借り出して 鑑賞。
エディタ・グルベローヴァの コンスタンツェは 艶やかな声で流石でしゅ。
今回主役を食っていると思われたのは 後宮の番人オスミンを演じた バスのマルッティ・タルヴェラでしゅ。
その怒り、悔しさが 声と表情に満ち満ちており 多大な存在感を示していましゅ。
筋立ては 太守セリム・パシャの 寛大な慈悲で ハッピーエンドという 他愛ないものでしゅが 愛すべき悪役オスミンの 果たす役割 絶大でしゅ。
舞台、衣装も 違和感なく 楽しめました。
またいつか 観てみたいビデオでしゅ。 それまで図書館に あるといいのでしゅが。
2006年08月02日(水) |
2006年 広重「名所江戸百景」展 5年目突入 |
2006年8月2日 広重「名所江戸百景」展 江戸切絵図と現代絵地図で辿る119名所 会場:とちぎ蔵の街美術館 会期:前期2006年6月27日〜8月6日 を鑑賞。
狭いとちぎ蔵の街美術館 昼休みにさっと鑑賞。
お目当ては当然 ゴッホが模写した 「亀戸梅屋敷」と 「大はしあたけの夕立」
こじんまりした美術館で こじんまりした浮世絵。 観覧者も少なくじっくり 味わえましゅ。
広重の浮世絵を これだけ大量に じかに観たのは 初めてでしゅ。
しばし浮世絵の世界に 沈潜。
江戸の名所といいながら 富士山が見える名所が多いのが 当時の霊峰信仰を うかがわせましゅ。
それにしても細かい描写 流石でしゅ。
作品保護のため 照明が暗く 解説が読みずらいのが 残念でしゅ。
riririさまのお世話で はじめた 「L.A.S.Ponder氏」の 音楽カレンダー 5年目に突入でしゅ。 ただいま22651アクセスでしゅ。
ネタ切れもはなはだしく 音楽史だけでは 書ききれません。
L.A.S.Ponderの 身辺雑記も含めて もろもろ 書き綴っていきましゅ。
週4回更新を目標に PCに向かってましゅ。 よろしければ 時々ご訪問ください。
2006年07月31日(月) |
1845年 シューマン ピアノ協奏曲完成 |
1845年7月31日 シューマン ピアノ協奏曲完成
ということで 今日車の中で シューマン ピアノ協奏曲のCD 聴きました。
カップリングは トロイメライと 交響曲「ライン」。
協奏曲いいでしゅ。 シューマンのピアノ独奏曲は あまり知りませんが この曲は素晴らしいでしゅ。
この曲は グリーグのピアノ協奏曲との カップリングのCDも 持ってましゅが ラインとのカップリングも いけましゅ。
この曲も L.A.S.Ponder好みの 美形のピアニストの 生演奏で聴きたいでしゅ。 もちろん最前列 ピアニストの真正面で。
シューマン没後150年の 企画演奏会でも 取り上げられても いいと思いましゅ。
2006年07月30日(日) |
2006年 下野楽遊設立5周年記念大演奏会 |
2006年7月30日 下野楽遊設立5周年記念大演奏会 おめでとう、モーツァルト 会場:栃木市文化会館大ホール
何と午前11時から 午後4時20分まで 昼食休憩2時間をはさんで 3時間の演奏会でしゅ。
室内楽と合奏、独唱、合唱による 演奏会。
取り上げられた作曲家は モーツァルトのほか 大バッハ、ヘンデル、 ガルッピ、ヨハン・クリスティアン・バッハ、 クレメンティが それぞれ一曲ずつ。
バロック・オーボエなど 古楽器、特に フォルテピアノを 使用した演奏が めずらしいでしゅ。
第3部モーツァルトの祈り は合唱、独唱による演奏。
栃木合唱団と下野楽遊奏楽塾合奏団による オッフェルトリウムMisericordias Domini 主の憐れみをK.222(205a)がなかなかの演奏。
L.A.S.Ponder グローリア アンサンブル&クワイアーで 今年演奏する グラドゥアーレSancta Maria Mater Dei 天主の御母なる聖マリアK.273 もまあまあ。
そして絶品だったのが モテットExsultate Jubilate 踊れ喜べ幸いなる魂K.165(158a)
ソプラノ独唱は山瀬マミ似で L.A.S.Ponder好みのマスクの 松堂久美惠。 ノンヴィブラートの澄んだ 高音が脊髄から頭頂まで 響き渡りました。
この曲を聴いただけでも 来た甲斐がありました。
文化不毛の栃木県でも 栃木市の文化レベル 侮れないでしゅ。
2006年07月29日(土) |
シューマン没後150年 |
1856年7月29日 ローベルト・シューマン ボン近郊のエンデニヒの 精神病院で没。
今年は没後150年でしゅ。 L.A.S.Ponderの中では モーツァルト生誕250年に圧倒され シューマン没後150年も ショスタコーヴィチ生誕100年も 吹っ飛んでいましゅ。
シューマンの生涯 特に彼の病跡には 関心がないわけではないのでしゅが なにせ今はアマデウスに 熱狂状態なので 忘れていました。
L.A.S.Ponder シューマンといえば 交響曲「春」「ライン」 ピアノ協奏曲くらいしか なじみがないのでしゅ。 CDも2〜3枚しか 持ってないと思いましゅ。
あ、あと好きなのは トロイメライと 楽しき農夫 これは小曲ながら 素晴らしいでしゅ。
L.A.S.Ponder 学生時代 学園祭で 合唱部の後輩(女子学生)が 「楽しき農夫」を チェンバロで演奏するのを聴き メロメロになったことが ありましゅ。 なんだか不思議でしゅ。
彼女は今 どうしていることでしょうか?
|