カタルシス
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2005年12月28日(水)  社長紳士録 

今日で仕事納めでした
本当は大掃除するはずだったんですが普通の掃除で終わってしまった… ま いっか

以前忘年会の件で社長から送られてきたメールに「28日は大掃除をして午後3時には締め」と書いてあったので 15時過ぎたら帰っていいんだろうと誰もが思っていたんですが 17時半くらいに外出から戻ってきた社長が
「あれ、○○くんは?」と尋ねるので
「もう帰られましたよ5時くらいに」と答えたら
「なんで?!まだ仕事の時間でしょ!」と…

あ 〜 れ 〜 ?

「え、でも今日は3時までじゃなかったでしたっけ?」とやんわり突っ込んでみたら
「誰がそんなこと言ったの!」

ああ〜 れぇ〜〜??

絶句してしまった私とパートの女の子を後目に 一人不機嫌そうな様子で「今日中に見積書と請求書FAXするって言って来たのに!」とブツブツ言っていました

つか それ決まった段階で連絡してくればいいじゃんよ
もっと言っちゃえば見積りと請求書くらい自分でつくったら?(^^;)

結局さんざん文句たれた後 別の社員さんに指示して代わりに作ってもらうことになったみたいでしたが 30分後 鳴った電話を私が取ったところ

「あ もしもし○○です あと5分で会社着きますんで社長にそう伝えてください」







ええーーーーーッ?!(大汗)







うっそ!今から戻って来るの?!
見積りも請求書も別の人が作ってくれてますけども?!

ちゅーかいつの間に連絡したんじゃ あ の 社 長 !!

彼が事務所を出てから1時間は経っていたのに… 一体どこまで行ってたんだろう
事務所は春日 彼は国立在住です

「…○○さん後5分で来られるそうです」と社長に内線を入れたら
「え!何 呼び出されたの?!」と 彼の代わりに書類を作っていた社員さんが驚愕の声をあげました
「もうできちゃうよ ○○さん来てもやること無いよ?」

だよね だよね 普通だったら驚くよね なのに当の社長ときたら
「ああ そうですか分かりました」
だってさ 内線繋げたこっちが気落ちするっての

基本的に悪い人じゃないんだけど こういう瞬間には「社長」という人種の身勝手さにムカッ腹が立ちます 社員さんも戻って来たりしないで適当に理由つけて断っちゃえば良かったのに 残ってる人員でフォローすんのに

…あ もしや我々が信用されてないってことなんかな?(墓穴)

戻って来た彼と入れ違いなタイミングで退社してきた私でしたが あのあと社長にどっか飲みにでも連れて行かれてるんじゃないかと 心配してみたりしたのでした

昨日の忘年会は結構楽しくやってたのになー
シメがこんなで残念です(苦笑)
 

『社長紳士録』1964年/日本

 


2005年12月27日(火)  夕暮れにベルが鳴る 

事前に社長から渡されていた切符を手に 女子従業員のみ3名で新宿発11:30の『かいじ』に乗車 本当はもう一人社員さんが同じ号に乗る予定だったのが 前夜急遽先発組に呼び出され1本前乗りを余儀なくされたらしい ちなみに元々の先発組は社長と1月から入社予定の方2名だった

13:00 終着駅の「甲府」を待たず「山梨市」駅で下車 ほどなくして先発組の男性3名が改札前にタクシーで乗り付け迎えに来てくれたので 各自乗り込み露天温泉「ほったらかしの湯」へ

入湯料500円 必要最低限の物しか置かれていないというシンプルな浴場が売店を挟んで左右に分かれ2場あった 向かって左が多くに馴染まれた古参の「あっちの場」 右が最近できた新しい「こっちの場」とのこと 富士山を望みながら湯に浸かれる向きなのはどちらかと尋ねると「あっち」と指さされ 古参浴場「あっちの湯」を選択した

混浴ではないので男女3人ずつに分かれての入湯となる(というか混浴だったら参加してないし) 私はパートの女の子と女性社員さんと連れだって内湯の湯船につかり その後は各自自分のペースで露天に出たり髪や体を洗ったりの時間を過ごした 待ち合わせの14時まで割とのんびり長湯ペース
最低限のものしかないと聞いていたが 脱衣所には横長に大きな鏡の洗面台が数個と パウダースペースがきちんと設けられており ドライヤーや箱ティッシュが用意されていた 下手な安ホテルよりもちゃんとした設備ではないかと思う 洗面台には籐製のイスが数個置かれていたので腰を据えて念入りに化粧することも可能のようだ …しなかったけど

集合時刻より少し早めに出て 作った時間で「揚げタマゴ」を売店にて購入 温泉タマゴに衣をつけて揚げたもので 塩胡椒で食べたら美味かったv
浴場の外側に建てられていた公衆トイレの案内に「女子:眺望トイレ/男子:ごく普通のトイレ」と書かれていたのが気になって 用を足すでもなくただ覗きに向かう
個室の扉を開けると正面には大きな窓 便座はドア側の壁に取り付けられていて 洋式のそれに座ると目の前に窓の向こうの景色が広がるというものだった 試しにフタの上から座してみたら確かに景色は見事 しかし 山の上で向こうから覗く者がないといっても パンツを下げた格好でこの開けた外界を望むのは 落ちつかない気がするのだが…

来たときのタクシーに迎えを頼んでおいたので その時刻に合わせて駐車場へ移動 再び車移動で 予約を入れてあった社長お気に入りの酒蔵へ

酒造なだけあって日本酒が美味しいらしい 自家製の梅酒やワイン 葡萄ジュースも他では味わえない濃厚な風味で一同舌鼓を打つ 季節と土地のものをふんだんに使った和食の数々は女性主人の手によるもの つい食べるのに夢中になってしまい写真を撮ってこなかったことが悔やまれるほど 一品一品に手が込んでいて美しく 控え目な味付けにも関わらずすべてが美味だった
これ以上入らない… というほどの品数だったので ボリュームも相当だったと思う それでもデザートの日本酒シャーベットはしっかりと注文 これぞまさしく別腹の驚異(だから太るんだっつの)

外へ出たらば夕暮れ時 朱と濃紺が混じり合う空を見上げながら 再び車に乗り込んだ 駅に着く頃にはもうすっかり陽は落ちて甲斐路を闇が覆い尽くす 遠く見える山道に据えられた道路灯が蛇行して光の鎖のようだ

酒造での宴会?で1月から来るという社員さんと少々交流 基本的には大人しい人のようだが かなりの大酒飲みだったぞ 別に酔っぱらって困ることもなかったのでいいのだが それを言ったら一番の古株社員の方が酔い方がスマートじゃないしな 今回もまた良い調子で飲んでベロンベロンになっとった 困ったヤツ…(黙)

全員揃って19:06発の『かいじ』に乗り込み帰京 三鷹で1人下車 残りは全員新宿まで出て 駅にて解散と相成った

明日が仕事納め 今年は12/28〜1/5までが正月休みとされたので結構長い方だ ラッキー♪ ←毎年社長が気ままに日程を決める
 

『夕暮れにベルが鳴る』1979年/アメリカ

 


2005年12月26日(月)  止った時間 

ついこないだ3週間近くの日数と5000円をかけて微修理&電池交換した愛用の腕時計を 退社する際事務所の玄関に



落 と し た …



室内総じゅうたん敷きなんですが 玄関は大理石設えになっておりまして… 虹色反射が売りの貴重な硝子面に



ヒビ 入れちゃっ…orz



うわーん! 超ショック! 何がショックって自分がチョロっと手間抜いた所為だってことが〜〜〜 チクショウ 怒りと悲しみをぶつける宛がない!! 私のバカ!バカったらバカ!!(大後悔)

ううう 割れちゃったら交換するっきゃないよなぁ もう型が古くて本国にも在庫なさそうなんだよなぁ 調べてみないと解らないけどもさ 電池交換ひとつで大騒ぎだった曰くつきのデザインだしなぁ でも好きなんだよなぁコレ ブツブツ…

『止った時間』1981年/ハンガリー

 


2005年12月25日(日)  トナカイの贈り物 

各自バラバラ目を覚ましてはいましたが10時を起床として寝具を片づけ 朝フロの人TVの人軽食の人 着替えに化粧とそれぞれに出発設定の時刻までに身繕いを済ませます

昼を目指して外出 焼きたてパンのランチコースがあるサン・マルクが内容価格ともにオススメとのことだったので向かいましたが 世はクリスマス 今日はクリスマスコースしか注文できないと言われ その内容に魅力を感じなかった我々はサッサと退店 別の店を探すことにしたのですが 駅とは反対の方向だったのでなかなか手頃な店がなく 1時間以上近辺を徘徊して ようやく和食レストランに落ちつきました
わっぱ飯がメニューのメインで膳や丼物が少々 小皿がサイドで選べて海鮮が売りの店のようでした
散々歩き回ってお腹が減っていたので4人ともばくばくと食べまくり

お腹を満たしたところで友人宅まで戻り 少し休憩してから客3人はおいとますることになりました このあと川崎でライブがあったので それに間に合うように出発です

上尾(埼玉)から川崎(神奈川)までは結構な長旅 皆寝不足気味だし気心の知れた3人なので 眠くなったらとっとと寝に入ってしまいます ぐぅぐぅ
2時間ちょっとで現地に到着 ライブの時間には余裕をみていたので別の友達と合流してお茶… のつもりが「しっかり食べたい」とのリクエストを受け 地下街の洋食屋で早めのお夕飯となりました なんかお昼が変な時間だったので微妙にお腹空いてない… でも 何だかんだ言ってしっかりセットメニューを1人前完食しちゃったヨ 3人とも(笑)

時間に遅れないようにライブハウスへ移動し 順番が来るまでロビーのソファベンチでまったり 控室に出入りするにはこのロビーを通らなければ行けないので 前のバンドが終わったのとか次のバンドがスタンバるのとかが解って便利です 今日も座っていたらメンバーが通り抜けて行ったので じゃ そろそろ入りましょうか〜 みたいなテンション

本日のライブはPOWDERです 今年最後のPOWDER 年末に川崎は2年目でんな 休みでもなきゃ来づらい場所だけど まぁ新横よりゃマシ(←相当イヤらしい)

今日のライブは可もなく不可もなく でもイマイチ自分が盛り上がらないのは何でかな? そうね 最近メンバーに距離を感じるんだよなぁ それがスーさんではなくて他の2人になんだわね スーさんに関しては毎回毎回対応が違うというか 良くも悪くもお天気屋さんなので 今更「今日は無愛想だった!」なんて 気にもならなくなってるというのもありますが 意外にも最近のスー氏は機嫌が良くて逆に驚くっての
に引き替え他2人 さなやんは元から壁のある人だったけど(スー氏とは違う意味で)夏の名阪遠征のときには ちょっと近づいたかな〜?と思ったのに それ以降はまるでダメだね 喋りかけても逃げ腰っていうか 避けられてる感じするもん もちろん無視とかされたりはしないけど 「敢えて目を合わさない」的なことはよくされる気がする 本人に言ったところで認めるわけがないし もしかしたら自覚もしてない可能性あるよな 基本的には“いい人”の彼が そんなあからさまに感じ悪いことするとは思えないし 何かやったかね?私たち んで 一番近づきやすかったクリさんも似たようなタイミングでやり取りが希薄になってます 声かけてもすぐに放ったらかしにされちゃうとか 一言でスルーされちゃうとか それまでになかったことを立て続けにされたので これまた「何かしたかな???(汗)」と心配になってみたり
ううーん 考えてみても身に覚えがないんでスッキリしないんだよね〜 何か思い当たるフシでもあれば 仕方ないって諦めつくんでしょうけれども

そんなこと思いながらライブに臨んだから気分がノらなかったんだろうと思います うん 自分が悪い

終演後はドリンクを飲みきったら退散 真っ暗な中物販にいたマネージャーのカリーさんにバイバイをして ロビーでメンバーと話をしていた友人たちが話し終えるのをボ〜っと待って 別段自分はメンバーに近寄らず 去り際に「お疲れさま」言った程度で済ませました だって話したいこともなかったし 話しかける気分でもなかったから

愛知から遠征していた友人を囲み総勢4人でルノアールにてお茶 色々喋っている途中で今日物販でPVを収録したDVDの第2弾が売られていたことを初めて知りました うそ!買ってない!(←3人) そこにいた中では愛知の彼女だけがブツをGETしていました
何でも公式サイトの掲示板にメンバーからの書き込みがあったそうですよ んなもん毎日見てなんかないし 前日だか2日前だかに突然書き込まれても対応できないってのよ
つか 今日から販売ならステージでもそう言え! 物販でもそのようにアピールしてくださいよ! バイバイ言いに寄ってるのに何もセールスされなかったゾ! そして買ったというDVDのジャケットを見せてもらって 3人揃って発売に気づかなかった原因を悟りました


第1弾と見た目かぶり過ぎやで#


これだったら物販デスクに並んでいたのを見てるかも知れない ただ 新しいDVDとは微塵も思いませんでしたヨ! ジャケット同じじゃねーか! ちゃんと「第2弾が出たんですよ」って看板出すか言うかしてくれなきゃ解らないってば!!

もう終電間近だったし 今更会場に戻っても片づけちゃってる可能性高いし 悔しいけど来年まで待つしかないですな…

や〜〜 わざわざここまで来て何かムカツクッ
 
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家に着いたらBGBから郵便が届いてた
悠さんが事務所抜けるんだってさ
松氏は残るのに? へぇ〜〜〜〜〜・・・

この期に及んでまでもブルームの解散はお知らせされていません

何なの今年のクリスマス(微不快)
 

『プランサー/トナカイの贈り物』1989年/アメリカ

 


2005年12月24日(土)  ノエル 

お昼にのんびり新宿集合 紀伊國屋ADHOC館の8階にあるタイ料理バイキングでまったりランチの後 伊勢丹の地下食品街にてマキシム・ド・パリのブッシュ・ド・ノエルを購入し 集まった4人のうちの1人が住む上尾を目指す
飲み食いや洗面系の小物買い足しのため上尾の駅でもスーパーに立ち寄り その後は真っ直ぐ一人暮らしの友人宅へ
友人宅到着 一息つきつつそれぞれ室内着に着替えくつろぎ体勢に

午後7時上映会開始

松尾貴史主演の舞台『BIG BIZZ』『BIGGER BIZZ』を立て続けに鑑賞 説明できない面白さ この間にクリスマスを祝いつつブッシュ・ド・ノエルを完食
布団を敷き寝床確保の後 踊る大捜査線のTV版スピンオフ『逃亡者 木島丈一郎』鑑賞 その流れのまま映画のスピンオフ『交渉人 真下正義』を鑑賞 この辺りから夢の淵を行き来する者チラホラ “踊る”のスピンオフを2本見終えたところで一斉就寝 ZZZ…

⇒●BIZZシリーズ(AGAPE store)
⇒●『BIG BIZZ』
⇒●『BIGGER BIZZ』
 

『NOEL ノエル』2003年/日本

 


2005年12月23日(金)  小さな歴史の詩 

お昼に待ち合わせて渋谷は青山方面へ
本日は青山劇場にて『エビ大王』の千秋楽観劇でございます

筧利夫主演の舞台ですが 脇を固める面々に新感線メンバーがチラホラしていたので 筧氏とセットで見られるならお得かな〜と思いダメ元で手配してみたら楽日が取れてしまったというめっけもんチケットの公演でした チケット取れてから相方を探そうと思って2枚確保していたら こっちから言い出す前に「エビ大王ってのが気になるんだけどチケット取るの難しそうだなぁ もし取れたらこれちゃん行かない?」と声かけてきた友人がおりまして すかさず「楽日だけだけど取れてるよ!」と逆ナンパした次第 そんなわけで無事道連れを確保!!

劇場に近いイタリアンでパスタランチをして 時間に合わせて移動 私は夜から新横浜でライブだから終演後はゆっくりできないことを事前に伝えてありました 渋谷から電車に乗ってしまえば30分で着くみたいなので ちょっと無理してダブルスケジュールを組みましたが 新横って本当足便が悪くてイライラするよね! オマケに舞台は千秋楽なので後延びしないかハラハラです

ともあれまずは『エビ大王』

舞台は韓国・某王朝時代 エビ大王の“エビ”は“海老”ではなくて“覇者”とか“支配者”とか統治するTOPにいる人のことを差すようでした
話自体は何というか あまり気持ちの良いものではなくて どことなくギリシャ神話の理不尽さと似通ったものを感じました

まずアレね 基本的には儒教思想の国の話なので 徹底的に男尊女卑 それから運命に翻弄されて苦労しずっぱりの健気で気の毒な女の子がいて 権力と妄想にとり憑かれた大王が自分の望みを成就させるため 周囲のありとあらゆるものをことごとく犠牲にしていく暴君ぶりを発揮する
登場する女性は多かれ少なかれ虐げられたり 女というだけで無碍に扱われ 逆に男性は器の大小があるにはあるけど基本的に暴君 惚れた女よりも自分の力や権力が大事

正直 女性視点で見るには 胸くそ悪い話だったんですけれども 脚色がだいぶ頑張っていたようで コミカルな味付けをたくさんしてエンターテインメント性を持たせてくれていました いや本当そうでなければ見ていられなかったと思ワレ…

大雑把にあらすじ記しておくとですね

とある大きな国の王“エビ”様はそろそろお年をめして引退の頃合い おまけに最近では死神のお迎えまでやってきて追い払うのに必死な毎日 にも関わらず子供は女ばかりで世継ぎがおらず どうしても男の子が欲しいエビは死神たちに「世継ぎが生まれるまで」と命の猶予を願い出る 死神たちは承諾するが引き替えに エビが1日生きながらえるためには国の民が何百人と身代わりに死なねばならず それは日が経つ毎に倍々の人数に膨れ上がるという条件を出す 正しい国父であればそのような条件をのむべきではないのに あくまでも直系の世継ぎにこだわるエビはアッサリとその条件を飲んでしまう そして何故世継ぎに恵まれないのかと悩んでいると 気の良い死神たちが「運命帳」を開き 正妻との間に授かった最後の子を またしても女児だったかと腹を立て怒りにまかせて捨ててしまったことが “世継ぎなし”の呪の根源だと教えてくれる エビは慌てて16年前捨て子にした末娘を探し始めた
手がかりは幼子の身につけさせていた絹製の産着のみ
国事を放棄された国は日に日に疲弊し 疫病や災害に見舞われ毎日大勢の民が命を落とす日々がつづいていた それは エビが生きながらえるための代価として死神が所望した“命”であり 自然に起きた悲劇とは言い難い 民は飢え人心は憂き 乱世が始まる…

16年前 高級な産着に身を包み川に流されてきた赤子がいた 貧しい夫婦に拾われて器量の良しの娘に育ってきたが 10人の息子を持つ豪農の後添いにと求められ 育ての親の赤貧を救おうと渋々輿入れを決意する
その婚儀の日 新妻と末息子の姿がないことに気づき家捜しの豪農一家の元へ ままならぬ末娘探しにイラ立ったエビ大王が 一夜の宿を借りに訪れるのだが 10人もの男児をもうけた上 今宵更に年若い後妻を娶ったと自慢げに話す豪農が気に障ったエビは 理不尽な理由をつけて彼の息子たちを次々に殺してしまう 父の新妻である義母を見初めた上 強引にさらって逃亡した末の息子だけが偶然にも生き延び 帰るあてがなくなったことを知るとそのまま野盗に身を落とし義母は自分の妻にした やがて二人の間には男の子が生まれる

末娘の捜索を家来に任せ 自身は次なる子宝を掴もうと 年老いた正妻をよそに国中から若く美しい娘をかき集め三千美女の後宮を立ち上げるエビ 長女の夫と次女の夫に国土を半分ずつ預けて国事を任せきりにし いそいそと後宮通いに時を費やすようになるのだが やはり一向に男児には恵まれない 再び死神たちに運命を問うたところ エビの息子を産めるのは“父に捨てられ夫に捨てられ子にも捨てられた女”とだけ返され 子づくりは暗礁に乗り上げる
それが誰なのか死神たちには解っているが 直接教えるわけにはいかない そもそもエビの寿命を引き延ばしてやっていること自体が地獄の掟に従う彼らにとっては充分過ぎる越権行為であり 長引けば長引くほど閻魔様に見つかることが心配 だからこそ要所要所でヒントを与えてやっているのに エビときたらてんで解決に辿り着かない 2人の死神もいよいよ切羽詰まってくる

さて エビと 少女と 死神たちの 行く末は?

エビ最低でしょ! 全部お前が悪いんやん!! 少女の人生もサイテーだよ 不幸つづきでおぞましい目にも遭わされて 身も心もボロボロ それでも最終的には良い人と一緒になれて少しだけ救いでしたが(>_<)・。
「独裁はイカン」て教訓なんだったらもっと別の描写でも良かったろうによぅ原作者 これ 死神コンビがあんじょうコミカルに演じてくれてたから沈み過ぎることなく見られましたけれども 本当はこんなじゃないんでしょ? もっと救いようがなく“不幸”なんでしょ?? ズドーンと重いんでしょ?! 絶 対 読 み た く な い ぞ 原 作 本 !(泣)

ダメもう韓国… ドラマも受け付けなかったけど しがらみ・イジメ・不幸背負い系は勘弁してください orz(すっかり苦手意識を植エ込マレ)お料理は美味しいのにネ・。


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渋谷の駅で友人と別れて単身新横浜へ
東急東横線で菊名まで行って横浜線に乗り換えるんだけどもさ この乗り換えが全然ダイヤリンクとかしてなくて! 毎回毎回イライラさせられるわけですよ だってここから新横って1駅で電車に乗っちゃえば2分なんですよ 2分!! もうさ 同じ横浜だったら「関内」「横浜」「みなとみらい」とかの方が 全然行きやすいっての なんで新幹線止まるクセにこんなに足便悪いんでしょ もう何年もそう思い続けてますお!キィッ!

す〜〜 は〜〜…(深呼吸) 平常心 平常心

新横浜着 北口改札で別の友人と合流し次第 ライブハウス『BELLS』へ向かいました 時間結構ギリギリだったので急ぎ足です このタイミングだと多分 中に入るのがやっとで彼らの姿は見えないだろうなーという予想はついてました つか どのみち開場に間に合わなきゃ後方鑑賞は決定だしね 最近の彼らはBELLSに隙間をつくりません

本日夜のイベントは N.U.のイブイブワンマンライブです 2001年の12月から通っているので今年で5回目を数えます 1人ででも来てます 我ながら地道につづけてるよなー…
彼らのライブに一番出入りしていたのは2002〜3年の2年間でしょうか SBを筆頭にBAMBIもいたしVESSEによく足を運んでいたのも この頃でしたな 自分的に一番フットワーク軽い時期だったんでしょうねぇ だって平日に『Club24』とか『7th Floor』とか行ってましたから(どっちも関内) まぁ その頃から『BELLS』だけは休日のみ参戦でしたけども…(←新横 SBですら行かなかった)
そんな因縁の新横浜BELLSへ久々に足を踏み入れました えっとPOWDERがときどき来てたみたいですが 平日にここまでは来ません 時間的に大丈夫でもフケます

だから私にとってこのハコは 未だにN.U.のハコ

去年辺りからもう このイブイブワンマンの入りは飽和状態になっているので そろそろハコのサイズ変えたら?と 思わないでもないですが おそらく彼らもこのハコをホームだと思ってやっているイベントでしょうし 場所を変えたら意味がなくなるくらいのこと思っていそうなので 今年はメール予約じゃなくローチケの一般発売日にサッサとロッピーの前に立ちました 通い詰めていた頃からFCには入っていないし しばらく何もしていなかったからメール予約が今でもできるか分からなかったし 中にさえ入れれば充分なので チケットさっさと確保してた方が今年は安全だろうなと 思ってのことでした
まぁメール予約ならキャンセルしても自分の懐が痛まないという利点がありますが でもそれは 先方に失礼な行為と思っているのでやりたくないし だったらロッピーで買っても同じことじゃん? みたいな あとはロッピー買いなら身元が直でバレないなーと(苦笑)

週一恒例だった伊勢崎モール内での路上をやめて全国行脚を始めたN.U.さん
何年も前から深夜TV『ストリート・ファイター』の常連で知名度を着実に得てきたN.U.さん
二人とも大阪出身なのに横浜を「地元」と呼ぶN.U.さん
けれども大阪仕込みのベシャリが売りの一つなN.U.さん
メロディとっつきやすい ハーモニー綺麗 でも歌詞がときどきベタつくN.U.さん
いつ来てもこのワンマンで新曲を3・4曲は披露するN.U.さん

最近ご無沙汰で年1ペースになっている所為か 若干走馬燈起こします 年齢近いんで余計に思うのかも知れないナ N.U.は学年で1つ先輩 ちなみにコブクロは1つ後輩 間に挟まれた自分は今 何してんだろうね まったく-з

終演後 毎回恒例にしているアンケートに 以前はダメ出しばっか書いていたのに 今回は他人事のように褒めてばっかりのことを書いてきちゃった これって何だか距離を感じる だって普段の彼らが分かってないってことだもの 今日はあそこが不調だったね とか もう気づけない自分がチョイト淋しい気になりましたが 私が言わなくてもこれだけの人数が集まっているんだから 誰かしらツッコミ体質の人はいるでしょう

初めて彼らに送ったメールのことを チラリ思い出しました データがすっ飛んで 今じゃもう手元に残っていないけど 今にして思えばかなり痛いトコ突きまくったメールだったと思うんだよな(苦笑) あれによく返信なんかしてくれたもんだよ庭瀬くん しかも その後すぐくらいのタイミングで別バンドのライブに来てるのを見かけて声かけたら メールのこと覚えてて死ぬほど驚いたし インディーズの距離ってヤツにまだ慣れてませんでしたものでね ははは

ステージで歌っていた時は頭のてっぺんくらいしか見えなかった2人でしたが Wアンコールのとき客席後方の物販脇に突如現れ 台に乗って歌ってくれたので そのすぐ横でアンケートをかいている最中だった私は 障害物なしで彼らの勇姿を拝むことができました
久々に見た2人は 相変わらずの細身なのに異常なくらい元気そうで 歌っていることが楽しくてしょうがないって表情してて テンションはどこまでも高く


ちょっとだけ 年をとっていました


時間は確実に流れているんだってことを そんなところで実感しちゃってもね(苦笑)
⇒●N.U.
 

『小さな歴史の詩』angela

 


2005年12月22日(木)  アウト・オン・ア・リム 

頭の中にだけあったレイアウトをいい加減アウトプット
毎年自分でも楽しみの一つになっている年賀状の作成です
以前はパソコンで2色版の原画を作って版ごとにプリントして それを元にプリントゴッコでペッタンペッタン手刷りしていたんですが 近年はその時間(2版刷るので1色乾くまで次が刷れず 2色とも乾かないと宛名書きができない)がなくなってきて プリンターでダダーっとフルカラー印刷

イマイチ味気ない
でも背に腹もかえられない

いや もっと余裕をもって始めればどってことないモンなんでしょうけれども 年末をそんな計算づくで動けたのなんて学生時代までの話でして ええ

そんな訳で第1案を仕事の合間にパソコン制作しておりました ちなみに 未だに自分プリンターを買っておらんので 出力の用事はもっぱら会社で済ませております つか 持ち込んでおります は?職権濫用ですか? ええその通りですが何か
他のことでご恩返ししてるからイイのです(自己完結)

家に帰ってメッセンジャーを繋げていたら某さんからお話を持ちかけられてついつい話し込み 遠くに住んでいても手軽にやり取りできる便利な世の中になりました いやいや本当 ちょっと前まで雲の上の人だと思っていた方ともいつの間にかお近づきになれて 嬉しくもあり 恐ろしくもあり…

実際に対面して「ネットでの印象と違いますね」とか言われないように 気を付けよう ←以前N.U.の庭瀬くんからはバリ言われたのが結構トラウマ

・・・ん? そういや明日はN.U.ワンマンの日じゃんね 久々だな〜
 

『アウト・オン・ア・リム 自分探しの旅』1987年/アメリカ

 


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