2004年02月07日(土)
「なんだかいい匂いだ」 石岡がキッチンにいると珍しく衝立越しに御手洗が声を掛けてきた。 普段は食事の用意をしていても、無関心な風情でソファにいるのだが。 「なに? たまごやき?」 キッチンまで来てフライパンの手元を覗き込んできた。 「う〜んとね、これは炒り卵」 少々歯切れ悪く石岡は答えた。なにしろ今作っているものは、フライパンにたまごを割り入れて砂糖を落としただけなのだ。それをただかき混ぜている最中だった。料理ともいいがたい。 「ええとね。甘い物が食べたくなったんだけど、なにもなかったから。なんだか、こういうのもおいしいかなと思って」 石岡はなんとなくいいわけめいた言い方をした。仕事の最中に、ちょっと小腹が空いて食べてみたいと思っただけなので、ソファでごろごろしている御手洗に声を掛けたりはしなかった。だいいち、そんなたいそうなものでもない。だがそういうことも石岡には罪悪感を呼ぶらしい。 炒り卵は簡単に出来上がった。とりあえず、小皿に移す。御手洗は衝立のそばにたってそれをずっと見ていた。 「あの。食べる?」 「うん」 キッチンに立ったまま石岡は、御手洗に箸を渡した。 「おいしいな」 「こんなものが?」 「うん。僕が好きだって知ってた?」 「知らない。この甘いのがきみは好きなのか?」 「そうさ」 「甘すぎない?」 「丁度いいな」 そうしてやっと石岡は御手洗が感傷的になっているのを知った。 きっとなにか想い出があるのだろう。 それを感じることは出来るが、追求することができないのが石岡の弱さであり美点だった。 「ごちそうさま」 あっという間に御手洗は食べきって行ってしまった。 「あの」 と、石岡は子供のように御手洗の後について行って言った。 「いつでも作れるから。簡単だし。ほんとに簡単だから」 なぜか石岡は真剣に言っていた。自分のために作ったことはもう忘れていた。 御手洗は「うん」とこちらも子供のように笑っていた。
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