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| 2005年04月09日(土) |
4月3日のlesson de ラ・パレット… |
新年度をむかえ、生徒さんたちの学年も1つ上がって、少し新鮮な気分での一日となりました。 今回はじめて、遠方から来てレッスンを受けてくださった生徒さんもあり、少しずつ、参加してくださる方が増えていくのは、運営している私としても、嬉しいことです。 また、中学生と成人の生徒さんが、同じ曲を弾いてのレッスン…というのも、曲目が決まった時から楽しみで、興味深いものとなりました。 lesson de ラ・パレットのこのような所は、他の公開レッスンではなかなか見ることのできない、有意義で、貴重なところだと、あらためて思いました。
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ツェルニー40番:No.8、9 バッハ:シンフォニア No.8 ドビュッシー:子供の領分より、ゴリウォークのケークウォーク バルトーク:ミクロコスモス No.91
J.S.バッハ:平均律�機�15番 ショパン:ロンド op.1
シューマン:ソナタ 第2番 ト短調 op.22 第1楽章
フォーレ:ノクターン5番 op.37 スクリャービン:エチュード op.42-2 プロコフィエフ:ソナタ3番 op.28
シューマン:ソナタ 第2番 ト短調 op.22
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2月のテーマが、本番のために何をするか…ということだったとすれば、今回のテーマは、譜読みが終わり、ほぼ暗譜したその次に何をするか…という、前回よりは少し前の段階で必要なものを学ぶ、良い機会となりました。 一般的にどの程度知られているのかはわかりませんが、実は、演奏の上手い下手というのは、この段階で何をするか…にかかっている面も多々あり、しかも、このレベルでのレッスンというのは、公開レッスンで見られる機会はなかなかありません。
こういったものというのは、一流シェフのレシピのようなものかもしれませんが、ピアノにおいて、1曲を完成させるというのは、一般的な料理とは比べられないほど、時間がかかります。 その上、音楽というのは実態がありません。 それで、最初の練習から仕上がっていく段階までをずっと見届けるというのは、本人や、ごく親しい身内以外にとっては不可能で、それがピアノの上達、よい演奏に向けての練習というものを、わかりにくくさせているのだと思います。
それはさておき、今回のlesson de ラ・パレットでは、具体的で実際的なアドヴァイスのいくつかが印象に残りました。 早速、自分のレッスンに取り入れようと考えているところです。
その1つは、 「音楽を考えて弾くと、自然といい音になる。きれいな音…と言いすぎない方が良い」 というお話です。 日本のピアニストの中でも、とりわけ美しい音で演奏される北川先生がこうおっしゃるのは、意外にも思えますが、これに続いた、 「音楽を考えて弾くと、自然ときれいな音になっていく」 というのを伺って、何となく、おっしゃることが分かるような気もしました。 自分のレッスンで、生徒が雑に弾いていると、ついつい、きれいな音…と言ってしまうのですが、もしかしたら、もっと別の言い方があるのかも…と、考えさせられました。
もう1つは、 「音がきちんと鳴っていないのに速くひくと、あわててきこえる」 これには、思い当たるところが沢山あります。 丁度、教室が春の勉強会に向けて仕上げの真っ最中なので、早速レッスンでこの点に留意して指導してみると、速く弾くことを否定しないで、良い方向に導くことができたような気がします。
また、 「頭が良すぎて、言っていることがわかりすぎてしまうと困る」 「おもしろかったらやってみる。そうでなければ、しなくていい。だんだんわかってくるものだから」 というのには、ハッとしました。 ついつい、良く分かること、こちらが言ったことをすぐにやること…を求めてしまいがちですが、それは、教師根性というものなのかも知れません。 北川先生の度量の大きさを、改めて知ることとなりました。 怠けがちな生徒にこのまま使ったら、大変なことになりそうですが、こういう視点も忘れずにいたいものです。
これらの言葉のほかに、もう一つ印象に残ったことがあります。 それは、プロコフィエフのソナタのレッスンです。 北川先生は、全音から出ている、『ロミオとジュリエット』の校訂(含運指)をなさっている、プロコフィエフのスペシャリストでもいらっしゃいます。 ともすれば、重量感、迫力だけで片付けられてしまいがちなプロコフィエフの音楽に、どれだけ豊かにロシアの素朴な歌が含まれているのか…が良くわかりました。
他にも書ききれないほど沢山のものを教えていただいた今回のlesson de ラ・パレット、聴講されたかたも、長い時間、熱心にお聴きになっていらっしゃいました。
次回は、6月12日日曜日、小田急線千歳船橋のカルラホールで行います。 カルラホールでの公開レッスンは初めてですが、今までよりも、少し広い会場での開催となり、予約のない方の聴講も可能となりました。 予約いただいたかたは、いつもの通り2500円(通日)、ご予約のない場合は3000円となります。 大勢の皆様のご参加を、お待ちしています。
| 2005年02月20日(日) |
2月6日のlesson de ラ・パレット… |
前回、前々回とは打って変わって、天候に恵まれた、2005年最初の公開レッスンの一日でした。 年月を重ねるごとに、公開レッスンを受けてみたい…という生徒さんも増え、レベルが上がってきて、今回は特に聴き応えがある内容となりました。 参加してくださった生徒さんは、小学生2名、高校生1名、そして大学生が2名です。
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ツェルニー30番より 7番と8番 バッハ インヴェンションより 9番 W.Fバッハのためのクラヴィーア小曲集より プレリュード ニ短調 BWV926(バッハ) ピュイグ=ロジェ ピアノ教本より 「シャコンヌ�供廖淵悒鵐妊襦� モーツァルトのソナタK545 1楽章と2楽章 バルトーク ミクロコスモス2巻より
バッハ 平均律 1巻 as-dur メンデルスゾーン ロンド カプリチオーソ ベートーヴェン ピアノソナタ Op.13
モーツァルト:ソナタ第17番D dur第1.2楽章 ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
バッハ 平均律 2巻 as-dur ラフマニノフ エチュード バルトーク 組曲 op 14
ベートーヴェン ソナタ ワルドシュタイン op.53
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今回の公開レッスンで、私が特に印象に残ったことは、3つあります。
1つは、演奏の時、練習の時の心構えについて。 どのような気持ちで練習に取組むことが必要か。 そして、本番の演奏の際には、何を優先するべきか。 練習は、常に本番の演奏を前提になされなくてはならない…ということ。 まとめてしまうと、よく言われること…という事になってしまうのですが、北川先生は、個々の生徒さんのケースに合わせて、その段階で、具体的に何をどうする必要があるかを、わかりやすい言葉でお話されていて、本番に向けてレッスンする際のヒントを沢山いただきました。 一番印象に残っている言葉は、小学生の生徒さんに向けておっしゃった、 「ピアノは舞台の上で一人で弾くから、何でも一人でできなくてはダメ」 というものです。 音楽の中でも、ピアノという楽器は、生徒さんに早熟であることを要求しなくてはなりませんが、このような言い方をすれば、ピアノが上手になりたい、本番でステキに弾きたい…という気持ちを持った生徒さんなら、自立に向けての努力が前向きにできそうな気がして、チャンスがあったら、使ってみようと思いました。
もう1つ印象に残ったことは、音について、タッチについてのお話です。 ・タッチについて言う時には、“力を入れて鍵盤の下まで弾きなさい”という言い方よりも、“ちゃんと音を聴いて弾きなさい”という言い方の方が望ましい。 ・理想の音とは、遠くに通る鋭さがあるけれどもあたたかい音。そして、あたたかさの中に輝きのある音。(私は、即座にルイサダ先生の音を思い浮かべてしまいました。 (;^_^A) ・打鍵後にふくらんでいく音であること。 ・鍵盤の底でアフタータッチを掴む事により、澄んだ音がすること。 …などを、実演を交えてお話くださり、私が抱いていた幾つかの疑問を、解消することができました。
もう1つは、音についてのお話の延長としてのテンポのことです。 速いか遅いか…というだけで、考えてしまいやすいテンポのことですが、 「音に合ったテンポがある」 「一般的に、音をもっている人ほどゆっくり弾く」 というお話は、目から鱗でした。
今回は、全てのレッスンが終わった後で、指導に際しての幾つかの質問がなされ、それについて、北川先生から、具体的なお話を伺うことができました。 「弾かせて弾かせて、楽しくなったら少し言う」 「子どもの能力を超えて要求すると、音楽が嫌いになってしまう」 「子どもの時に手のクセを直すのは、本人にとって簡単なこと。中学生くらいになると大変」 などのお話は、どの段階で何をするか…を判断する、良い材料となり、過去の自分のレッスンを思い返して、反省することも…。
他にも、レッスンの方向を決めるちょっとした事柄について、心に留めておきたいお話が沢山あり、有意義な一日となりました。 この公開レッスンをスタートさせた時に、北川先生がおっしゃっていた、『将来どのような演奏ができるようになるべきかを考えた、帰納法的レッスン』というのは、決して、大げさなことをするのではなく、このようなことなのだ…という気がした、今回の公開レッスンでした。
次回は、4月3日日曜日です。 興味のある方、レッスンの方向を確かめたい方は、ぜひ、足を運んでみてください。 疑問の大きな方ほど、沢山の発見があることと思います。 お待ちしています。
| 2004年12月16日(木) |
12月5日のlesson de ラ・パレット… |
記録的な強風が関東地方を襲い、私鉄各線が不通になるなど、10月に続いて天候に恵まれない始まりでしたが、そんなこととは関係なく、大勢の方が会場に足を運んでくださり、有意義な一日となりました。 レッスンで取り上げられた曲目は、以下の通りです。
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ツェニー30番より 2番、4番 バッハ インヴェンションより 8番 ピュイグ=ロジェ ピアノ教本より 「カンツォーネ�供廖淵好ΕА璽螢鵐�) モーツァルトのソナタK545 1楽章(2楽章) バルトーク ミクロコスモス2巻より 48番と51番
バッハ イタリアコンチェルトの2、3楽章 グラナドス スペイン舞曲集より オリエンタル
ツェルニー50番練習曲1番、2番 J.S.Bachイギリス組曲BWV807(SUITE��)
ショパン エチュード Op.10-5 10-8 25-11 リスト 小人のおどり ベートーヴェン ピアノソナタOp.90
ベートーヴェン ピアノソナタOp.109
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今回の公開レッスンで、私が特に印象に残ったのは、頭の働きと音楽の関係についてのお話でした。 …といっても、北川先生がまとまったお話をなさったのではなく、レッスンの途中でおっしゃることの中に、そういうことが度々含まれていた…という感じです。 頭の働きと指の関係(つまりぼんやり弾いていてはいけないということですね)、そしてそれを育てていくには、子どもの発達にしたがって、指導する側が我慢して行わなくてはいけない…というお話。 ピアノの訓練というのは、学校の勉強の10倍くらい頭を使わなくてはいけない…という言葉は、受験や学業の大変さを理由に、ピアノのレッスンを早々に止めてしまうお子さんとその保護者に、聞いていただきたいと思ってしまいました。
また、ピアノを弾く本人の意識の持ち方について…も、考えさせられました。
・本人が「自分はこういう風に弾きたい」という考えがなくては上手にならない。 ・自分は、これだけは大切と…という風に思うものを持つことが非常に重要。 ・演奏会などでは、弾くぞ!…という気持ちが大切。 ・自分が納得しなければ、先生に言われたことを守っていてもダメ。
…これらは、全て別の生徒さんのレッスンでおっしゃったことなのですが、それだけ、演奏する本人がどのような意識と理解で取組んでいるか…が、演奏の根本に関わるということがいえるのだと思いました。 それでは、そういう意識を持つのにどうしたら良いか…というのの1つとして、北川先生はこんなこともおっしゃっていました。
「CDの真似はしなくていい。目の前で上手な人が弾いているのを見て、考えることが大切」
そういう意味では、この lesson de ラ・パレット を聴講し、お子さんから大人の入り口に立った生徒さんの演奏まで、さまざまな演奏に触れ、レッスンを通じて、良い演奏、良い音楽について考えることは、それ自体が上達のための近道なのかも知れません。
次は、来年2月6日です。多くの皆様のお申し込みをお待ちしています。
| 2004年11月19日(金) |
『教わる技術』その2 |
『教わる技術』で、もう1つ面白かったのは、一般に言われる「プラス思考」についての提言です。
プラス思考というのは、ときとして「よくないことが起きた場合にいかに良く解釈するか」といったふうにとられがちですが、「よくないことが起きた」と言っているその時点で、すでにネガティヴなアングルで事象をとらえていることにお気づきでしょうか?
…と、多くの人が陥りがちな、プラス思考についての誤解を指摘しでいます。
起こっていること、起きている事象というのは、ポジティヴでもネガティヴでもなんでもありません。よくポジティヴシンキングとか、プラス発想とかいう言葉がありますが、起こっていること自体は中立です。 (中略) 視点がポジティヴかネガティヴか、だけなのです。だったらポジティヴなアングルで見るほうが楽しいですよね。
考え方をポジティヴにするのと、ものの見方をポジティヴにするのは、どこが違うのだ…と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、全く違うことだ思います。
例えば、ピアノの練習で新しい曲に取組む時、譜読みが苦手な生徒さんを見ていると、こんな風に思っているように見えます。 「また、全く知らない曲を練習しなくちゃならない。大変だなぁ…」 逆に、新しい曲を喜んで練習してくる生徒さんは、 「今度の曲は、どんな曲かな…」 と、新しい曲に興味を持って、取組んでいるように見えます。 これは、能力の差ではなく、気持ちの持ち方の差なのですが、長い間には、能力の差となって表に表れてくるものでもあります。 一度大変だと思い込んでしまってから、その曲に興味を持つのは、なかなか難しい。 プラス思考についての記述を読みながら、そんなことが思い浮かびました。
第7章の高等テクニックでも、ピアノの学習や指導に役立ちそうなものがいくつもありました。 その1つは、“バーチャルキャリア”という考え方です。
未経験の仕事を上司や先輩から細かく聞き、それを自分の頭の中でシュミレーションすることは、それだけでバーチャルキャリアをつんだことなるのです。 (中略)イメージトレーニングはスポーツの世界でも盛んに行われており、非常に有効であることが実証されています。
…とあります。 実は、私が、インターネット上で、レッスンが困難なケースについて相談に答えたりしているのは、お役に立てるのが嬉しい…というのはモチロンあるのですが、私自身が、その生徒さんをレッスンするとしたら…というのを、シュミレーションしている面があるのです。 そういった経験は、自分が実際に指導するときの反応のよさとして、役立っている気がします。
もう1つ、レッスンの現場にそのまま使えるのは、「知ったことは必ず実行する」という事です。 この本にもありますが、かなりの効果が出る方法というのは、まず間違いなく、それをやったことがない人にとっては、大変なことです。 そのため、せっかく良い情報を得ても、実行しない人が多いのではないでしょうか。 そして、実行しなければ、結果は返ってきません。 この点について、著者は、決して、実行しない人を責めてはいません。ただ、以下のように書いています。
この問題には、正解がないのだと思います。どちらかを選択するか?ということだと思います。 《欄外記述》正解はないかも知れませんが、私でしたら迷わず「やってみる」方を選択します。それは、知ってしまったことをやらない、ということが自分で許せないからです。
ピアノを習っている方でも、レッスンで習ったことをやってみようとなさらない方がいらっしゃいますし、指導者でも、せっかく勉強しても、それをご自分のやり方として、取り入れようとなさらない方がいます。一人の人間ができることには限界がありますから、実行しないことによって成果が得られないことさえ承知していれば、それも良いのかも知れません。
書いているとキリがありませんが、そのくらい、ちょっと頭を使えば、ピアノのレッスンに応用できる情報満載でした。 しかも、ただのハウトゥ本ではなく、方法論を実行するのに必要な覚悟の部分にも言及しています。
そう、どんなに良いことを教わっても、それを自分のものにするには覚悟が必要。 そんなことを改めて思い出させてくれる1冊でもありました。
| 2004年11月18日(木) |
『教わる技術』その1 |
ピアノを教える仕事をしているわれわれは、“教える技術”についての情報には、興味を持って接することが多いと思います。 しかし、実際には、教える側の意識だけでなく、教わる側の意識の多い少ないによって、その効果は、大きくも小さくもなります。 また、指導者自身が勉強する場合でも、同じ情報に接しているのに、本質的なことをつかめる人、つかめない人の差は大きく、また、必ずしも、その差は学歴や経験、その人の演奏力とは関係ありません。 どれもこれも、個人差…と一言で片付けてしまいがちですが、その個人差とは、一体具体的にどんなことなのか…。そんなことを考えているときに、以下の本に出会いました。
『教わる技術』(水上浩一著、ソフトパブリッシング刊)
著者の水上浩一さんは、元ギタリスト。 そのため、この本の中には、ギターの技術を名手から盗む…と言った話もあり、いわゆるビジネス書でありながら、音楽をやる私たちに理解しやすいように思いました。 逆に言えば、音楽を身につける過程で必要な数々の要素は、決して、音楽習得のみに通用する特殊なものではなく、この社会を生きていくのに必要なものに転化していくことが可能なものである…という証明のようにも思いました。
この本の一番最初に書いてあることは、 「知らないということを自覚すること」 なのですが、これは、非常に大切なことだと納得がいきます。 見ていても、これができている人は、必ず進歩します。
例えば、ピアノを習い始めたばかりの方は、大人でもお子さんでも、ご自分がピアノを弾けないことを知っています。 ですから、レッスンも真剣に受けるし、課題にもマジメに取組む場合が殆どでしょう。 ところが、レッスンがある程度進み、ちょっと曲らしい曲が弾けるようになってくる頃から、個人差が出てきます。 入門教材を終えたて、少し曲らしい曲が弾けるようになって、クラシックの名曲が弾けるようになり始めた頃、年齢的に長くピアノを弾いているという自負が生まれ始めて…など、それぞれの段階でピアノが弾ける…と思っている人(そのこと自体は悪いことではないのですが)が、思い込んでしまったために、その先のためのアドヴァイスを受付けてくれない…そんな悩みは、少し長く指導している方なら、経験しているのではないでしょうか。
あるいは、指導者の立場でも、同じことが言えます。 駆け出しの頃は、教えることの何もかもが難しく思えるものですし、そのため、すべての情報にアンテナを向けているものですが、経験を積むことによって、自分のできること、教えられることにばかり目がいってしまうケースは、ありがちです。 指導者の立場で、そうであっても、誰も文句を言うことはありません。 そのことで不利益をこうむるのは、指導されている生徒さんなのですが、その不利益も、大抵は、指導を離れて時間が経ってから、明らかになるものです。
この本では、良い例、悪い例が具体的に、でも、一般化されて(この加減が絶妙なのは、著者のバランス感覚のよさかも知れません)挙げられていて、読む人が自分のケースに当てはめてイメージしやすくなっているように思います。 特に第2章の「アプローチ編」では、何かを学ぶ際、入り口でつまづきがちな一つ一つを丁寧に説明していて、ピアノ学習に応用できることが沢山あるように思いました。 たとえば、「飲み会の誘いは断らない」なんていうのは、ピアノとは関係ありませんが、しかし、緊張しすぎないでコミュニケーションを計るという風に読み替えれば、やっぱり、教わる技術の一つといえると思います。
さらに、第3章で、どんどん良い情報を学ぶことができる人とそうではない人の違いを、“成功スパイラル”という言葉で説明しています。 そして、第4章では、「勝手に弟子入り」と名づけて、誰からでも学べる“奥義(?)”が紹介されていて、何かを教わる…というのは、何も、上下関係にこだわる必要はないのだ…ということがわかります。 これは、社会的地位がある方、ある分野で成功された方のほうが、柔軟に年若い人とも交流し、そこから学んでいらっしゃるのを目の当たりにするにつけ、実感することでもあります。 また、このレベルになるには、まずは、アプローチ編をある程度モノにする必要がある…というのを理解しやすく、ピアノを学習する上での心構えに通じる部分が、数多くあります。
(つづく)
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