酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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現代の語り部、そんな代名詞を持ってしまう宮部みゆきの作品で一番好きなものはなにですか? と私からお聞きしたいです。是非お教えくださいませ。ありとあらゆる世界を描き、そしてまったくはずさない女、宮部みゆき。もう信じられなぁーいv なんてギャルふうに逃げてしまいたいくらいです。
うーん、『火車』、 『レベル7』、 『パーフェクトブルー』、 最近では『模倣犯』。 好きな作品をあげろと言われれば、いくらでも出てしまう。あ、蒲生邸もあったわ・・・。たまにこういう万人に受けてしまう類稀な天才が出現しますよね。私は、物語を紡ぎだすことのできる人って神様に愛された人だなぁって思うのです。まぁ、宮部みゆきの場合は、愛されたどころかご自身が‘神’なのかもしれません。
抜粋: 我々は身体のうちに、それぞれ一頭の龍を飼っている。 底知れない力を秘めた、不可思議な形の、眠れる龍を。 そしてひとたびその龍が起きだしたなら、できることはもう祈ることだけしかできない。 どうか、どうか、正しく生き延びることができますように。 この身に恐ろしい災いのふりかかることがありませんように。 私の内なる龍が、どうか私をお守りくださいますようにー ただ、それだけを。
今まで私が酩酊本をご紹介してきて、お気づきの方が多いかと思いますが、私は超能力モノも大好きです。映画でヒットしてテレビドラマ化された 「サトラレ」 も超能力の逆パターンですよね。偶然センシティブになった 「僕が世界を救う」 も超能力ものです。どちらもしっかり録画して見ています。その昔 「ナイトヘッド」 を見たり、読んだりしていた頃から、人間の不思議な力ってあながち想像の世界のものではないのかもしれないなぁ、とそんなふうにおもって生きてきている訳なのです。 そういうことで(どういうことよ)、この抜粋からおわかりのように、この宮部みゆきの 『龍は眠る』 は人間の内なる龍を開放した青年と、龍に振り回されて制御できない少年とその周囲の人たちの物語。事件が起こり、悲劇が起こります。悲しい別れもしなければなりません。この物語を読むたびにもしも特別な力を持った人がいたら、この物語の青年のようにひっそりと隠れて暮らしているのだろうと思います。そこにあるのはどれほどの孤独と苦しみでしょうか。
おそらく読まれた方も多いと思いますので、読まれて感じたことなど教えていただけると嬉しいです。もしもまだ未読であったなら、どうぞ読んでみてください。ちょっと頑張って生きてみようと思えるはずですわ。私はこの本何度読み返してパワーをいただいたかわからない。 大事な人生の一冊。
『龍は眠る』 1991年2月 宮部みゆき 出版芸術社
栗本薫と言う人の本をはじめて読んだのは、遠い昔に 『ぼくらの時代』 を。この青春ミステリーがとてもよくてせつなくて、それから栗本君の本は‘大概’読むようになりました。 (魔界水滸伝は挫折) ミステリー、ホラー、ファンタジー、伝奇小説、どんなジャンルの物語も栗本薫流に料理してしまう。天才ですねv書くもの全てを好きとは言えないけれど、作品によってははずせないシリーズがいくつかあります。そのひとつが名探偵伊集院大介シリーズ。あっちゃんとよく話題にする 『仮面舞踏会』 はネットの世界を鋭く切り刻んだ名作です。ネット世界での偽り、言葉だけの陰険さ、危うさを見事に書ききられています。未読の方は是非。とくに今ほどネットが普及するかなり前に栗本君があの作品をかきあげている点にご注目くださいませ。はしりじゃないかな。
伊集院大介シリーズで一番好きなのは、宿敵シリウスと闘う 『天狼星』シリーズ。中でも一番最初のふたりの出会いになる作品が好きなのです。栗本君は、江戸川乱歩さんをこよなく愛している方なので、このシリーズは 明智vs怪人二十面相 を下敷きにされています (と私は思います)。 物語全体から漂う気だるい妖しい淫靡なゴシックホラー的な雰囲気もそのまま乱歩の世界。あの独特の雰囲気を作り上げただけでものすごいと思う。
オリエンタルクィーンの異名を持つ、モデル田宮怜の所属するモデルクラブのモデルたちが、連続猟奇殺人事件に巻き込まれます。美しいモデル、天使のような双子、美貌のデザイナー、美丈夫な作曲家、と登場人物たちは才能あふれる人ばかり。きらびやかな世界で起こる異常な事件・・・ここが、まさに目くらましなんでしょうね。恋愛も異性愛、同性愛、異常愛、いろんな形の愛し方が出てきます。朴念仁の伊集院大介が、田宮怜に恋をしてしまうのも一興。この純情万年青年伊集院大介の一世一代の恋愛の行方も気になるところ(笑)。
対するシリウスは、いろんな顔や歪みや性を見せます。シリーズを読み続けるとシリウスの過去も浮き彫りになっていきます。 また闇と光を織り成す、シリウスと伊集院大介のこのふたりが命をかけて愛してしまう人が同じというのもシリーズでは興味深い。 (あ、田宮怜は別でした。あ、もう恋の行方をばらしちゃった) シリウスが取る逃亡方法なんて、もうそのまんま江戸川乱歩なんですよね。特に一番最初の空に浮かぶ・・・以下ネタばれなので自粛しておきます。私はシリウスのコンプレックスみたいなものに同調してしまうので、悪党なのだけれど嫌いになれない。普通に生きてさえいけば、美しく才能に恵まれた奴なのになぁ。可哀想。
あられさんが、江戸川乱歩を読まれているとかかれていたので、思わず出してしまいました。江戸川乱歩の世界をお好きな方は、是非一度この怪しい世界へ迷い込んでみてください。
『天狼星』 1986.6 『天狼星�供� 1987.1月 『天狼星�掘…海諒茵戞�1993. 3 講談社
沈黙の人、貴志祐介、彼は今作品を書いているのだろうか? 新刊が出る出ると噂で聞くけれど、一向に世に出てくる気配がない。3作品も映画化されると、書かなくたってへっちゃらだいっ! って思ってるのかな。
貴志祐介さんとの出会いは、 『黒い家』、 ただしブレーク前v 私は、「本に呼ばれた」のです。 図書館とか本屋さんとかを歩いている時に、読んだことのない作家さんの 「本に呼ばれた」 経験ありませんか? 私が今まで本の方から呼ばれて手にして大ブレーク!したのは、桐野夏生さん 『顔に降りかかる雨』、 石田衣良さん 『池袋ウェストゲートパーク』でした。映画化にテレビ化しちゃった時には驚いたもんだなぁ。呼ばれた本は、きっとその本自体に人を惹きつける(呼ぶ)パワーが備わっているものだなぁと思います。
『黒い家』 に呼ばれて読んで、私は美月を筆頭にかなりの人に言いまくりました。そののちブレークした時はブレークして当然だと思ったものです。あれは映画は今ひとつどうかしら (大竹しのぶの怪演は認めますが、Hシーンはいただけないねぇ)、 と思うけれどあの本はとにかくものすごかった! 私が、好きな作品は、『天使の囀り』 と 『青の炎』 です。 『青の炎』 は既に映画化ということなので、今回は 『天使の囀り』 をチョイスします。
この物語は、とある伝染病にかかる (意図的に移される) と、自分のコンプレックスを突き詰められるか、自分が日頃から一番恐れていることを顕在化、実現して死に至るというおそろしいものです。心の病気は伝染しないけれど、この伝染病に羅漢するともう決して救いがない。メサイアコンプレックス(救世主願望)、 タナフォトビア(死恐怖症)、 アラクノフォビア(蜘蛛恐怖症)などなど。たくさんのコンプレックスと恐怖症のオンパレード。 ここに新興宗教を絡め、人間の底知れない欲望、欺瞞などをあふれさせた上でラスト、カタストロフィィへまっしぐら。このラストがね、怖いのですよ。とてもね。ふ、ふふ、ふふふふふふ。 怖いというか私なら発狂する。
ホスピスを仕事とするヒロインが登場するのですが、彼女と先輩女性の会話で心温まるところがあります。彼女が死に向かう患者さんのことで煮詰まっている時に、先輩女性が人間がネットワークを作るのはなぜかと聞きます。彼女は、情報収集と答えるのですが、先輩は毒されているわねぇと笑います。 人間がネットワークを作るのは、何かがあった時にまわりの人たちに少しずつショックを分担してもらってネット全体でぼわんと吸収するためのものなのよ と言うのです。文字通り 「網」 に過ぎないんですよね。ネットってものは。この物語が残酷であればあるほどこの先輩女性の言葉が心に残ります。救いが少ない物語の唯一の希望の光ですから。
この物語が怖いところは、徹底的に人間の生理的嫌悪感に訴えてしまうところ。でも読ませる。どうなってしまうのだろうと最後までぐいぐい引っ張っていき、ラストとんでもないことに(笑)。 あのラストは・・・なぁ。ねぇ。 作品としては読んで絶対に面白いです。是非お読みくださいませませ。 そしてあなたにもしも天使の囀りが聞こえてきたら、ご用心。ご用心。もう遅いけどー。
『天使の囀り』 1998.6.30. 貴志祐介 角川書店
本に酔う、でも時として悪酔いをする本もある。私にとってトラウマをまざまざと思い出させたこの北村薫さんの 『盤上の敵』 は、そういうとんでもなく悪酔いをした本にあたります。それなのにきっと生涯忘れられない本の一冊。心に深く強く刻み込まれてしまったから。 あまりいいこと書けないです。
自分のトラウマを思い出させたからと言って、この 『盤上の敵』 がつまらない本ではなく、心が痛いけれど北村薫さんらしい素晴らしい作品のひとつです。特にチェスを持ってきて、戦いの場面で物語をすすめるあたり、おじょうずだなぁと思います。 チェスってやりたいゲームなのですよー。ずーっとv
物語で絶対的な悪の存在である Queenの黒の兵頭三季、彼女が怖い。私はブラックもホラーもピカレスクも大好きだけれど、この兵頭三季だけは怖くてたまらない。対する 白のQueenの末永友貴子を中学時代から、ただ 《壊してやりたい》 と思い続けるのですから。理由を持たないターミネーター女版ですね。たちが悪いことこの上なし。
逃亡犯である 黒のKingの石割、友貴子の夫である 白のKingの末永純一。この4人の駒が物語をすすめていきます。 白のKingの純一は、テレビ用プロダクションにいて彼自身のやさしさを表すような作品を作る男。この 白のKingが頑張るのだ。頭脳戦ですからね。チェスは。 この戦いの結末は本でどうぞv
友貴子が、回想してこんなふうに語るところがあります。 「人にとっても憎まれたことがあるんです。そういう憎しみのエネルギーって目に見えるようでしょう」 ここらあたりがね、もう友貴子に対する同属嫌悪と言うか、思い出したくない過去を思い出してしまうと言うか。なんともやりきれない思いをしてひーひー言いながら読みました。読み終わって私は思わず美月に電話したくらい。情緒不安定になりそうで。美月すまなかった。3年前だわ。
この本で思い出した私のトラウマ。いい話ではありません。一応前もって。 高校時代、私は一年生の時から旦那と付き合っていました。旦那はものすごくモテル男だったので、付き合っている私は天狗にもなっていたし、いやな目にもあいました。プラマイゼロだったのです。そんな高校時代のある日を境に私は危うく引きこもりになるところでした。 うちの旦那を好きだったグループに呼び出されたのです。相手は10人以上。私はひとり。彼女たちが言うことは、意味をなしていなくて旦那と別れろとか、謝れとか、そういう感じのことばかりでした。私はまったく訳がわからなかったです。個人的に気分を害してしまったた人に対してはちゃんとお話をして自分が悪いと思えば謝ったでしょう。でもどうして大人数の人に旦那と付き合っているから謝らなければならないのか。私は、心のこもっていない言葉だけの 「ごめんなさい」 ならいくらでも言えるけど、と答えてしまいました。そうしたら一斉に生意気だーなんだーかんだーと収集がつかなくなっちゃった。
そこへ颯爽と現れたのが、旦那ではなくて(大笑)、美月でした。大勢で寄ってたかってひとりをいじめるなんてフェアじゃないと言ってくれた美月・・・。修羅場ながらあの美月は惚れ惚れするほど美しかったなぁ。忘れられないワンシーンです。美月はその場からも、精神的崩壊からも救ってくれたのです。
数年後、結婚をして旦那が亡くなった後、その時の人たちもとても悲しんでくれました。その時の頭だった女性にその時の感じたことを話したことがあります。あの時は大人数で怖かったし、平気な振りするのに精一杯でものすごく傷ついたんだよーと。それに対する彼女の答えは、 「あぁ、あれは若気の至り」 の一言でした。この時いじめの構造を見た気がします。加害者は忘れる。被害者は忘れない。忘れたくても忘れられない心の傷です。
私のトラウマ話で終始してすみません。私のトラウマを思い出させる 『盤上の敵』 です。 これでは読んでいただけなくなっちゃうかなぁ。
『盤上の敵』 1999.9.10. 北村薫
| 2002年09月04日(水) |
親不孝通りディテクティブ |
北森鴻さんをはっきり認識した作品が、この 『親不孝通りディテクティブ』 です。この作品にはまって北森鴻制覇をしていたら、何作品かは読んでいました。今は新刊、蓮杖那智シリーズ 『触身仏』 が楽しみv 早く読みたい〜。きっとまた冬狐堂シリーズと微妙にリンクするだろうなぁ。楽しみ倍増vvv
親不孝通り、博多で恋旦那としあわせな生活を送った私には想い出のストリート。このタイトルに惹かれて手にした本でした。本格的な北森さん読みになったのは、この本の出た去年の2月からあと。
親不孝通りと言うのは、博多にある大手予備校が密集した地域のことを指します。本当の名前は別にあります。作品の中でも書かれていたかな。福岡駅と呼ばせず、博多駅と呼ばせ続ける山笠の街。私はいつでも郷愁を感じてしまう。いつかあの街に帰りたい。風が空気が自然に馴染む街なのです。そしてなにより酒呑みの街。街じゅう総酔っぱりゃーみたいな感じ(笑)。
物語は、主人公テッキの経営する博多名物の屋台からはじまります。カモネギコンビのテッキ(鴨志田鉄樹) とキュータ(根岸球太)。 キュータはテッキの高校からの友人で相棒、ふたりの高校時代の教師であるオフクロの結婚相談所の捜査員。閑古鳥が鳴く日のテッキの屋台にはさまざまな問題を抱えた人間が立ち寄って事件を落としていく。好むと好まざるに関わらず事件に関わらざるをえないテッキとキュータ。
テッキが屋台で作るカクテルは、酒呑みなら涎をたらして呑みたいと思うはず。私が一番呑んでみたいと思うのは、 「地下街のロビンソン」 で、 《歌姫》 が呑む ‘ノックアウト’! これは大の男が飲んで三杯で確実にノックアウトというシロモノを、 《歌姫》 が立て続けに五杯呑むシーンがかっこいいからかもしれません。 《歌姫》 みたいなシンガーがあの街には埋もれていそうだもんなぁ。そんな街。いっしょに呑んでみたいなぁ。
6つの短篇で6つの事件が起こり、いろんな真相にテッキとキュータはたどり着きます。私が一番好きなのは、最後の 「センチメンタル・ドライバー」。 何度読んでもこの最後のところで私は必ず泣きます。 アガサ・クリスティのポワロシリーズで言えば、 「カーテン」 にあたる内容。
テッキが、オフクロのためにした行為は許されることではない。でも、私はテッキを許してしまう。キュータたちが、テッキの屋台を守りながらテッキの帰りを待ち続けますが・・・。テッキは、自分で博多を帰れない街にしてしまう。心臓を鷲づかみされるような望郷の念を抱きながら。
北森鴻さんの作品は、どれを読んでもおもしろいと思います。一番最初に書いた冬狐シリーズや蓮杖那智シリーズは、あっと言う間に物語に引き込まれてしまいます。それでも私があえてこの作品を選んだのは、テッキの望郷の念に通じるものを心に抱いているからかしら。 博多、人情と酒の街。
『親不孝通りディテクティブ』 2001.2.25. 北森鴻 実業之日本社
| 2002年09月03日(火) |
ねじまき鳥クロニクル |
神戸の美月は、古〜い友人のひとりで、高校一年生に出会い、今までずーっと仲良く (かどうかは疑問だが) やってきています。本や映画の嗜好がものすごく合うので話していて楽しいのv 違うのは男の趣味だけ(爆)。この村上春樹さんは美月がとても好きな作家さん。私は村上春樹さんは一度断念した過去を持っています。 『羊をめぐる冒険』 の世界に入れなかった。社会現象と言われた 『ノルウェイの森』 は一応読めたものの、あまりにも暗くて心がぎしぎしきしんで好きになれなかった。でもそれは私がまだとってもとぉ〜っても!若かった頃のお話(笑)
年を重ねたある日私は気づいたのです。美月の好きな村上春樹。それならやっぱり私は好きなのではないだろうか? と。そこで 『羊をめぐる冒険』 に何年かぶりに再チャレンジ! はまりました。見事に。若い頃の私がついていけなかったのは、きっと登場人物の不可解さだったのだろうと思います。だって鼠なんだもん(笑) そこで村上春樹に開眼した私はどんどこどんどんそれいけやれいけとばかりに彼の作品制覇していったのです。個人的には今でも 『ノルウェイの森』 は苦手。あの自殺のシーンが心に痛すぎて。森が怖いよー。
さてさて “クルクル”! 美月と私の合言葉。 『ねじまき鳥クロニクル』 をふたりで “クルクル” と簡単に読んでいたのです。私が持っているのは文庫版で平成9年刊行、と言うことは単行本で読んだのはもっと前になろうから・・・なんとクルクルから5年以上前って計算になります。(美月、お互い年取っちゃったねぇ、とほほ)
クルクルは、第一部 「泥棒かささぎ編」・ 第二部 「予言する鳥編」・ 第三部 「鳥刺し男編」の3冊で構成されています。たぶん単行本を誰もが見たことあると思いますが、でかい! 太い!! 単行本で読んだ時に重くて手が痛かったことを思い出します。なのに文庫化するとこんなに小さく纏められるものなのね。不思議。
クルクルも不思議なお話です。たくさーん変な人が出てきます。このたくさんの変な人たちが妙に人間くさくて好きなのです。主人公オカダトオルをねじまき鳥さんと呼び慕う笠原メイ。 このふたりが鬘メーカーのアルバイトで、道いく人の頭の薄さを松・竹・梅の三段階でランク分けするシーンは笑えるし、世の男性諸氏の哀愁を感じさせます。 突拍子もないファッションで登場する美貌の加納マルタ・クレタ姉妹。あ、かのう姉妹だ。アハハ。 (クレタの産んだ子供がコルシカ! 笑) むっちゃ謎の姉妹です。失踪してしまうねじまき鳥の奥さんのクミコさん。 (メイと同じくらい好きな女性ですv) 耳の遠い預言者本田さん。不思議なナツメグと素敵なシナモンv そしてなにより敵のラスボスたる不気味で残酷なワタヤノボル。他にかなり残酷な人なんかも出てきます。戦争での回想シーンとかは身の毛もよだつところがありましたね。生きながら皮を剥ぐとか。
失踪したクミコさんを探すためにねじまき鳥さんはさまざまな目に遭遇し、頑張りぬきますが。 あとは本を読んでいない方のために書きません。どうぞ読んでみてくださいね。 クミコさんが、ねじまき鳥さんに長い長い告白をする時に 「それでは本当の私とはいったいどの私なのでしょう」 と言います。この言葉深いなぁーと今でも心に残っています。 みなさんは本当の自分ってわかりますか?
最後にキュートな笠原メイが、ねじまき鳥さんに言った言葉をみなさまにプレゼントv 「ねじまき鳥さん、何かがあったら大きな声で私を呼びなさいね。 私と、それからアヒルのヒトたちをね」 私も大好きな仲間たちに向かって、 「何かがあったら大きな声で私を呼びなさいね。私と、それから酔っ払いの仲間たちをね」
『ねじまき鳥クロニクル』 1994年10月 村上春樹 新潮社文庫
| 2002年09月02日(月) |
GOTH リストカット事件 |
乙一、彼のことはあえて敬称略で乙一と書きたい。ファンの方ごめんなさい。彼のことを決して軽んじている訳ではないのです。むしろ逆。この若さでどこまで伸びていくのかしらと期待でいっぱいv 乙一と呼び捨てにしたいのは、彼のデビューした時の年齢(17歳で 『夏と花火と私と死体』 でデビュー)や、名前の語呂から私の感性にぴったりなの。勝手に親しみをこめてvおついちvv
乙一は本読みさんサイトのあちらこちらで話題になっていたので(どうやらホラーらしいし)、 興味を持ち読み始めました。読み続けているところでこの夏に刊行された作品が 『GOTH リストカット事件』 でした。これはなかなかすごかった! です。乙一と言う作家さんの才能が開花したと言う感じ。ホラー要素もミステリー要素もありますが、ホラーでなく、ミステリーでない(笑)と私は思うけど。主人公とヒロインの人物像がとても魅力的。 このページは、 『GOTH』 の装丁に敬意を表して黒にしてみましたが、このノワール感に惑わされることなく、ひとつの優れた作品として読んでもらえたらいいなと願っています。怖いとか気持ち悪いのではなくて、せつなかったり、かなしかったり、むなしかったりします。もしも今の乙一の世代、乙一が 『GOTH』 で描いた世代の若者たちが、あの物語に漂うアンニュイな気持ちで生きているとしたら、ちょっと可哀想なのだけど。ワタクシは涙と汗のはじけまくった青春でしたから(苦笑)。泥臭いのもいいもんよv 涙は心の汗さっ♪
話を戻して、 『GOTH』 は、�困弔諒�語で構成されています。それぞれに微妙に (普通の感覚ならとってもかもしれない) 危ない人間の罪と罰があって、巻き込まれ体質(気の毒な)のヒロインは巻き込まれていく。それに絡む主人公の行動が・・・。これがねぇ。うまく 「おとす」 のですよ。ひとつひとつの物語の中できっちりと。ヒロインを助ける真っ当なヒーローではございません。
私が一番気に入った物語は、�犬痢 峙�憶」 です。森野夜と森野夕という双子の少女が出てきます。このふたりの遊びが映像として頭に浮かんでくる。なんだか浮かんでくる映像が危険で耽美的なのですよ。映像として浮かんでくるのは、この章に限らず、読んでいると映像が頭に浮かびます。乙一くんが映画好きだからかもしれません。 (これは 『ダ・ヴィンチ』 8月号の乙一インタビューからの情報です)
乙一の作品でもうひとつ好きなのは、 『暗いところで待ち合わせ』 です。顔も知らない男と心を通わせていく女性の心模様が妙にいい。情けないムードが漂いつつ、なにかいいのよねー。ホラーではありません。
乙一のファンサイトの掲示板に時々、彼自身も書き込みをされています。書き込みは若い人ばかりなので読むだけで入っていけない(涙)。あそこに書くとさすがにワタクシ浮きまくることでせう。 はぁ。せつない。
『GOTH リストカット事件』 2002.7.1.乙一 角川書店
数年前、深夜番組の 『NIGHT HEAD』 と言うドラマが、カルト的人気をはくしたことをご存知でしょうか? このドラマを見たきっかけは、私のミーハー心から。豊川悦司と武田真治が超能力兄弟役という設定に惹かれたのでした(笑)。岡山では特集で数日間に分けて深夜放送されたのを録画して観たのでした。しかしこのドラマどこかで見たことがある。なぜかしら? その疑問を解消したのはずいぶん後に映画化までされたナイトヘッドの雑誌の特集記事からでした。 『世にも奇妙な物語』 の中でのトラブルカフェと言う作品がそもそも飯田監督作品で、ナイトヘッドの素地となるものでした。 後に、キムサマ主演のテレビドラマ 『ギフト』、 映画とテレビドラマが連動した 『アナザ・ヘブン』 など飯田監督作品が世に出ました。そして不思議で奇妙な飯田監督作品にすっかり虜になっていました。
そんな飯田譲治さんが、梓河人さんといっしょに書いた作品が 『アナン』 です。 私は、2年前この作品を読んだ時の読書NOTEの感想にこう書いています。 “アナンという少年と流という男の生の再生の物語” と。読んでいると自分の心が息を吹き返すような物語なのです。 私は傷ついた全ての人にこの本を読ませてあげたい。 今はもういない本仲間の彼女にも読ませてあげたかった。 私にとってそういう位置にある本です。
ホームレスに落ちぶれて‘流’と呼ばれていた男が、自殺しようとしていた夜に赤ん坊を拾う。その赤ん坊に惹きつけられ、大事に育てる流やホームレスたち。ホームレスをやめ、働きはじめ、アナンを育てる流。少年アナンはモザイクを作り始める。見る人の心をうち、素直な自分を取り戻すかのようなモザイク。アナンに出逢った人たちはアナンに自分の罪や苦しみを吐き出す。熱を出し、苦しみながら受けとめるアナン。昔の聖人は説教をするより話を聞くことがうまかったのだそうです。相談者はただ聞いて欲しいものだから。なにかが変わるためには、なにかを終えたり、生まれたりしなくてはならないものだから。 アナンは飯田譲治さんの好きなキャラ(おそらくキリスト)なのですねv
この作品は上下巻だけあって、たくさんの登場人物が出てきます。いい人も悪い人もとても魅力的です。逃げながら、あがきながら、何気ない振りしながら、それでも一生懸命「生きて」いる人たち。 不思議な出来事がたくさん起こります。悲しい現実やせつない事実がアナンの目の前にたくさん出てきてしまう。苦しんでも苦しんでも、自分の苦しみと引き換えに誰かの苦しみを解き放つアナン。アナンは空から落ちてきた竜の子。
こういうふうにあらためて書いてみると、ファンタジーに近い物語みたいですね。
私は、ナイトヘッドの直人と直也が姿を変えて進化した物語りだなぁと思いました。人を癒す力を持つ人間は繊細で優しく悲しく、そしてしなやかにしたたかに強い。ナイトヘッドの直也がそうであったように、アナンは直也のまた別の生の物語に思えたのでした。それもかなり昇華され進化して。
私は言いたい。なにかに疲れたら 『アナン』 を読んでみて、と。大人の童話なのかな。
『アナン』上・下 2000年2月 角川書店
陸ちゃん(私はものごころついたら勝手に恩田陸さんをそう呼んでいた)の幻の名作(今でこそ名実ともになったけれど)と伝説がとどろいた 『六番目の小夜子』 を、私がはじめて読んだのはいつのことだろう。1992年に発表され絶版となった新潮文庫版は生涯かけて探し出したい幻の一品。古書店を経営されている方に知り合いがいると言う真理に頼んだもののまったく返事がない。さすが幻だけのことはある。値段もどうなっていることやら。 (と言う訳で雷音堂さん、なにとぞよろしくお願い申し上げます)
この物語に惹かれる一番の原因は、そういう伝説があったらよかったのになぁ、と言うほのかな郷愁めいた気持ちではないだろうか。学校の怪談ではなく、数年ごとに繰り返される 「サヨコ伝説」、 わくわくどきどきする想いを何度読んでも感じさせてもらえる。10年前に書かれていながら今読んでも尚、色あせることのない学園ファンタジー・ホラー (ジャンル分けするならそう呼びたいv) の傑作です。近年NHKでドラマ化されたサヨコはまた原作とはちょっと違うサヨコで (ちょっとと言っても原作にはいない人がばーんと出てくる)、 とても素晴らしい出来上がりでした。また再放送してくれないかなぁ。期待>NHKさん
またこの物語に惹きつけられてしまう原因は、終わり方の曖昧さにあると私は思っている。どこに真実があるのか、伝説の小夜子は存在するのか。伝説は終わったのか。またどこかで続いていくのか。そのはっきりしない感が想像力を刺激してたまらないのですv しかし、逆もまた真なりで、その訳がわからない感が好きになれないと言う声をよく聞くのも事実。読む感性は人それぞれだし、そういう感覚もあって当然だと思う。あれっていわゆる放置プレイだし(爆)。 陸ちゃんの作品は大概 (恋愛ものはどうかなぁ) 好きだけど、サヨコのような閉ざされた学園ものを書かせると右にも左にも出る人はいないなぁと思う。テレビ化は失敗だった (あれは脚本のせい?)『ネバーランド』 の少年たちも原作では素晴らしかったv 『球形の季節』 では奇妙な流行を追いかけて学生が姿を消す。学園から町の謎に広がりながら最後はやはり謎のまま終わる。やっぱり曖昧だわvなによりこの本は章タイトルが素敵。とっても長いけどね。
ちなみに一番最初の酩酊本処に書いた西澤保彦さんの 『依存』 に登場するアノ毒花美也子さんのことをして 「タックのかぁちゃん」 と言われたとか・・・。さすが陸ちゃん(苦笑)。
『六番目の小夜子』 2001.2.1. 恩田陸 新潮社文庫
巨匠横溝正史先生の本を読んで(正しくは姉のまねをして読んで)中学時代に読書に開眼した私は、根っからのホラー好きv そんな私が日本のホラーを書かせたらおそらく最高峰に違いないと思っている作家さんが、高橋克彦さんです。記憶シリーズとドールズ・シリーズは最高傑作。是非ご一読をv(いずれここに書きたい。)
2002年、年が明けてたまたま 「高橋克彦氏絶賛」 の文字を目にしました。その作品は 「輪廻」、 作者は明野照葉さん。松本清張賞受賞作品。高橋克彦さんが絶賛しているなら、絶対にはずれはないだろーとばかりに購入。読む。・・・読んだ。はずれなどないっ。うわぁー今年のノックアウト第一号〜。この物語、内容も素晴らしいのですが、装丁がまたすごく素敵。本屋さんで見るだけでも見てね。(そのまま買うと尚よろしいですわよ)
明野さんにはまったところで、 「輪廻」 → 「憑流」 → 「棲家」 → 「赤道」 → ※「緋迷宮」(短編「恋歌」収録)→ ※「雨女」(オール新人賞短編) →「女神」 → 「闇の音」 → ※「それだけは言わないで」 (小説宝石8月号)と読みました。作品時系列ではありません。読めていない短編は今後の課題。雷音堂さんに頼もうかしら。 今まで読ませていただいて、明野さんと言う作家さんはホラー作家ではないです。うまく言いあらわせないのですが、あの方は人間の心の闇や醜さや悲しさや悪あがき、そんな心模様を描かれている気がします。そして 「強い」 と言うか 「図太い」 んですね。主人公たちが。物語はいつもエンドページで終わらない。「エーッ、このあとどうなるのよぅー」 と悲鳴をあげさせられることばかり。短編はもったいないので長編にしていただきたい。ひりひりしたり苦しかったり怖かったりするくせに、読み終わって心のどこかに小さな光が残る。そんなふうに打ちのめされてしまわないのは、明野さんのお人柄ゆえなのでしょう。 いや、まぁとにかく読んで。読みなさい。読めばワカルからv
さて 『輪廻』 はローマ字でRINKAIと読ませています。「りんね」 と読ませなかったのはなにかこだわりがおありだったのかしら。この物語は前世の因縁の物語と言えばよいでしょうか。どこまでも途切れることなく続いていく読後感があります。明野さんは、この作品で松本清張賞をお取りになられたとき、 『輪廻』 をホラーだと言われて、 「あ、ホラーだったのか」 と思われたそうです。上に少し書きましたが、明野さんはホラー作家ではありませんが、秀逸な日本のホラーを書ける作家さんだと感じます。ホラーを侮るなかれ。高度な日本のホラーは古典作品や、高橋克彦先生作品以外ではなかなか出てこないですよ。しかも品がある。これがすごいのよね。 『赤道』 や 『女神』 などはホラーではありませんが、読んでいるうちにて主人公とに同調させてしまう表現力はお見事なのでございます。最後ハァハァ言いながら読んでましたよ、私は。
さて、この明野さんの公式サイトにもお邪魔するようになりました。明野照葉さんって雑記帳や掲示板では「あけのてるはちゃわん」なる人物に変身されます。こちらのあけのさんの方が本物なのかな。話題が流れていくし、集まる人たちもとてもユニークな方ばかり。面白いですよ。明野さんの作品を読んで明野さんのページにも遊びに行きましょう。楽しいこと請け合いますわよんvちなみに今のところあっちゃん確保!ふっふっふv
『輪廻 RINKAI』 2000.6.30.明野照葉 文藝春秋
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