酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2003年08月31日(日) |
『ヒミコの夏』 鯨統一郎 |
フリーライター永田祐介は、取材先である少女と出逢う。少女が祐介に言った言葉は「イネが怖がっている」だった。怪我をし記憶の混乱する少女を成り行きで祐介は匿うことになる。そして祐介は気付いた。少女、穂波には植物の感情を読み取ることができるのだった。時を同じくして日本は「ヒミコ」というブランド米が一世を風靡していた。そのヒミコを穂波は「ヒミコが日本を滅ぼす」と言い出した。そしてヒミコの生みの親こそ穂波の両親だった? 祐介は日本を守ることができるのだろうか?
久しぶりにこの路線の鯨統一郎さんものを読むことが出来ました。装丁のイラストの少女が最高に愛くるしいので「あ、いつもと違うぞ」とは思っていたのですが。『鬼のすべて』や『二人のシンデレラ』などのように、おちゃらけのない正統派鯨統一郎作品です。 内容設定の意外さには驚かされたのですが、「日本農業新聞」で連載していたものと知り、納得。なるほど。同じ名前の存在で惑わすあたり鯨さんらしいな、と言う感じ。少女がけなげでとてもいいです〜v
そう言うと穂波は本を抱えて部屋の隅に行って腰を下ろした。その姿を見て、祐介はふと(この子は将来、図書館の司書になったら似合うかもしれない)と思った。
『ヒミコの夏』 2003.8.22. 鯨統一郎 PHP研究所
2003年08月29日(金) |
『紫迷宮』 明野照葉ほか |
女性作家ミステリー・アンソロジー迷宮シリーズの‘紫’。近藤史恵さん・松尾由美さん・新津きよみさん・黒崎緑さん・篠田節子さんなどなど豪華女性作家陣の夢の共演v どの作品もそれぞれ面白いのですが、贔屓の作家さんのひとり明野照葉さんの作品は秀逸でございました。
「かっぱタクシー」 明野照葉 市橋は68歳の個人タクシー運転手。相性は「タロさん」。河太郎の太郎だ。市橋のタクシーには妻のすすめでカッパの絵が描いてある。そこから短くなり「タロさん」に落ち着いた。胃潰瘍で入院し、タクシー家業からも足を洗いたいところだが、訳あってやめるにやめられず毎晩タクシーを転がしている。それはどうしても乗せなければならない客を探して乗せるためだった。 その客が問わず語りに聞かせる過去の恨みつらみにタロさんの胃はますます痛くなるのであった。そしてある夜、その客はとんでもない過去を語りだす。それは客の妄想なのか。真実なのか・・・。
短編でここまでうまく運ばれてしまうと、ははーっ参りましたvと言いたくなります。人間の心に巣食う魔の恐ろしさをまざまざと見せ付けてくれるホラーです。
「うじうじ考えてみたところでしょうがない。人間、明日死んじゃうかもわからないんだしさ」
『紫迷宮』 2002.12.20. 詳伝社
2003年08月28日(木) |
『死者の鼓動』 山田宗樹 |
洋子は玲香の見舞いに行く。玲香は美少女で洋子にとってかけがえのない親友だった。玲香の病気は、特発性拡張型心筋症。予断を許さない状態でCCUに入っている。洋子は十五歳の誕生日にドナー登録をした。なにかあったとき自分の心臓を玲香にあげるために。その見舞いの帰り洋子は転落事故で脳を損傷。植物人間になってしまうかもしれない。 洋子の心臓をめぐってさまざまな思惑が錯綜する。玲香の父親は玲香の入院するつくば医科大学附属病院の教授だった。そして洋子の容態は急変し、脳死判定を受ける。洋子の父、洋子の担当看護婦の自殺と不審死が相次ぐ。そして心臓移植が成功し娘・玲香が死なずにすんだ神崎のもとへかかってきた電話。 『わたしの、しんぞうを、かえしてほしいのです』
臓器移植というデリケートな問題をテーマに山田宗樹さんが優しい目線で挑んでおられます。植物状態の人間の安楽死の是非や、臓器移植にまつわる不正など人間の生命に関わる問題というものは尽きないものなのだなぁと思います。 いずれにしても26歳で同い年の恋旦那が病死した私にすれば、「たかが人生、されど人生」、なにがあっても限られた‘生’を慈しんで生きたいものだと思うのです。しかしお金になる限り闇の臓器移植は続くのだろうなぁ。ため息。
「それにしても馬鹿な女だな。死んで嫌がらせしてやろうと思ったのかどうか知らねえけど。死んで花実が咲くものかい」 内海は、女性患者の顔を見ながら呟いた。あんた、まだ若いんだぜ。死ぬなんてもったいない。まだまだいいことあるよ。 「人間、いつかは絶対死んじゃうんだからね。そんなに急がなくてもいいのに」 横に立っている西岡看護婦が何げない口調でいう。数え切れないほどの人間の死を見てきた看護婦の言葉には、重みがあった。 「まったくだぜ。ほんとに大馬鹿野郎だ」
『死者の鼓動』 1999.3.30. 山田宗樹 角川書店
2003年08月27日(水) |
『絆 ki・zu・na』 小池真理子ほか |
小池真理子さん・小林泰三さん・篠田節子さん・鈴木光司さん・瀬名秀明さん・坂東真砂子さんという豪華作家陣のホラーアンソロジーです。テーマは‘絆’。でもそれぞれの描く‘絆の悪夢’はまったく視点が角度が切り口が違います。アンソロジーの醍醐味ですね。 この中で私が気に入ったのは小林泰三さんの『兆』でした。坂東真砂子さんの『白い過去』も好きなのですが、小林泰三さんの不可解な恐怖に軍配を。
「兆」 自殺した少女の近辺を嗅ぎ回るフリーライターのなえ子。調査をしているうちに少女は学校のアイドルに好かれてしまったために嫉妬から陰湿ないじめにあっていたらしい。そして少女を先頭になっていじめていた女の子にとりついているらしい? 事件にひきこまれていくなえ子はそれこそとりつかれたようになっていくのだが・・・。
この物語は理解不能な恐怖と生理的嫌悪感に文章で訴えかけてくるのですごいなーと思ったのです。一歩間違うとグロになってしまいかねない手前の恐怖です。 アンソロジーは通勤や昼休みに読むのに最適v
『絆』 1998.8.25. 角川ノベルズ
2003年08月26日(火) |
『汝の名[WOMAN]』 明野照葉 |
三上里矢子は見誤ってしまった。ブラウン管の向こうにいる中岡啓一の姿を目で追いながら、彼ではなく瀬永耕を選んだことの失敗に暗澹たる思いでいた。耕と言い争い、飛び出した先で里矢子は美しい女性を見かける。彼女を見た瞬間、里矢子のなにかが叫び声をあげたのだった。「勝ち組になりたい」 麻生陶子は、仕事に生きる女。男さえも利用価値のある人間としか付き合わない。同居している引きこもりがちな久恵を口実に男との付き合いをさらりとかわして帰宅する。陶子の頭の中には仕事のことしかなかった。壱岐亮介に出会うまでは・・・。
なるほど。意味深なタイトルは読了後に判明する仕組みですね。明野照葉さんの描く女性はいつも悲しいまでに孤独に孤高を保ちながら闘っている印象があります。そういう点において今回の物語のラストは私には意外でした。 女性が勝ちながら現代社会を生き抜くハードさをこれでもかと描いておられます。したたかにしなやかに賢く美しく。努力のない人間に勝利はないってことでしょうか。フェイクするも本物を知る人間なら本物に見せることができるかもしれない・・・。 今回、明野照葉節が穏やかに感じられました。いつもの焼け付くような息苦しいような焦燥感のある文章も好きですが、今回の文体も私は好きだなぁ。いつもと同じところに落とさなかったところが明野照葉さんらしいのかもしれませんv
ほしいものはすべて手に入れる。あれもこれも、一切諦めることはしないし、そのためならどんな努力もする。自分の人生は自分で切り開くし、自分でコーディネイトしてみせる。
『汝の名[WOMAN]』 2003.8.25. 明野照葉 中央公論新社
2003年08月25日(月) |
『3way Waltz』 五條瑛 |
悲劇の主人公なんてゴメンだ・・・そう思って17歳の神田恭祐は、16年前に起こった飛行機事故の慰霊祭に参列しなかった。502名が犠牲となり、その中に母親涼子も含まれていた。 同じ頃、朝鮮民主主義人民共和国の工作員・由沙が金清日特別列車から失踪した。由沙の失踪で防衛庁・三号庁舎・米国防総省情報部極東支部が動き始める。 そして恭祐の周りで次々と事件が発生。父が何者かに殺されてしまう。父が愛し、頑なに口を閉ざしてきた母・涼子はなぜ死ななければならなかったのか。ある日突然恭祐のもとに現れた暴力的な由沙とはいったい何者なのか。 極東、日本という名の小さな島国のホールで、ダンス・パーティ=諜報戦が始まった。日本、米国、北朝鮮・・・三つ巴の諜報戦(スリーウェイ・ワルツ)の結末は。恭祐の生きる道は・・・。
昨日、24時間テレビで北朝鮮に拉致された地村さんのお父様の戦いの日々を目にして泣けました。たまたま読んでいた物語が、まさに北朝鮮と日本の物語。過去から現在。そして今から未来へ。この妙なパーティに終わりが来るとよいのですが。 物語は文句なく面白いです。五條瑛さんのスケールの大きさに身をゆだねて物語を彷徨うとあっと言う間に感動のエンディングへ。由沙という過激なおねぇさん(笑)に出会って変わっていく恭祐に幸あれ。
「あんたは、自分の生き方を自分で決めることができるのよ。暮らしていく国、仕事、愛する人間、全部あんたが自分で選べる。それがどんなに幸福なことか、あんたには実感などないんでしょうけどね。いずれ分かる。しっかり考えて、後悔しない道を行くことね。涼子はそれを心底望んでいたから」
『3way Waltz』 2003.7.30. 五條瑛 祥伝社
2003年08月23日(土) |
『ハーツ 死に抜けゲーム』 久綱さざれ |
片坂は、友人・沖野とともに何年も‘眠り病’に伏せっている倉衣亜沙美の見舞いに行き1枚のトランプを目にする。にんまりと笑ったピエロのジョーカー。それにはこんな文字が。<ハーツせんよう 結花>と・・・。それを目にした者たちにはみんな同じ夢に迷い込んでしまう。その赤い悪夢から逃れるには夢の中でハーツをして勝つことだけ。負けると死んでしまう。眠ると何度でも同じ夢に迷い込む片坂と沖野。ふたりは覚醒している時間に隠されたトランプの謎にせまる。ふたりが辿り着いた事実には恐るべき過去の出来事が・・・。
トランプにこめられた想いが怨念となり、人々を巻き込んでいく。悪意のある人物は他者を巻き込もうとインターネットで公表。そして爆発的に増殖する悪夢の連鎖。ホラーにもハイテクが進出してきたものです。この物語の悲しさは不妊を悩む夫婦の悲劇に端を発しているところ。どんなにハイテクが進出してきてもホラーの根っこには人間の感情が起因しているんだなぁ。魅力的な人物も登場し、なかなか面白い物語でした。
真実を量るもの差しは人間によって変わる。絶対的な正義など、どこにもない。この世に存在するのは、ただ、幸福や救いを求めて右往左往し、懸命に努力する人間の営みだけ・・・・・・。
『ハーツ 死に抜けゲーム』 2003.8.8. 久綱さざれ 学研研究社
2003年08月22日(金) |
『黒い春』 山田宗樹 |
古い棺の蓋を開けたとき、禍々しい疫病の胞子が飛び散ってしまった。日本をパニックに陥れる黒手病。その胞子はいったいどこから飛翔してきたのか。感染者は助かることができるのか・・・。
ううーん、山田宗樹さんがすごいと思う。『嫌われ松子の一生』、『直線の死角』、そしてこの『黒い春』で山田宗樹作品三冊目を読んだことになります。三作品ともまったく切り口が違うのです。まずこの幅広さに驚いてしまうなぁ。 この『黒い春』は、パニック小説と歴史ミステリーとヒューマンドラマがうまくミックスされていました。 個人的に今だからこそこれはホラーでもあると思ってしまいました。なぜならばこの物語が世に出た時にはサーズという病気が蔓延する前だったからです。この物語での黒手病の恐怖はサーズパニックを思わせました。恐ろしい・・・。 愛する人が手立てもなく死んでいく。その苦しみや恐怖たるやおぞましいほどでした。ラストのあたりでは号泣してましたもの。生きるって愛するって尊いことなんだわ。しみじみ。
・・・・・人間は、死ぬものなのだ。 当たり前のことに、いまさらながらに気が付いた。 いま生きている人間も、必ず死ぬ時が来る。その瞬間がいつ来るのか、五〇年後か、あるいは五分後か、誰にもわからない。逆に言えば、いつ死んでも不思議ではない。それが生命というものなのだ。
『黒い春』 2002.3.10. 山田宗樹 角川書店
2003年08月21日(木) |
『ススキノ、ハーフボイルド』 東直己 |
松井省吾、高校三年生。彼女はススキノで働く年上の美女・真麻。真麻の半分ヒモのような状態でお金をもらっては夜な夜なススキノを飲み歩いている。おとなたちにも可愛がられ、ちょっといい気なボーイである。ある日、キュートな同級生・金井から相談を持ち込まれ、カッコつけながら巻き込まれてしまう。省吾の前に立ちはだかるのは不気味な変態同級生・柏木だった・・・。
東直己さんのススキノものと言うことで、期待して読んでみたら・・・お馴染みさんは登場するものの、主人公はちょっくら生意気自意識過剰真っ盛りな男の子でした。だからハー‘ド’ボイルドではなくて、ハー‘フ’ボイルドなのね、と妙に納得。そのハーフはもうひとつ隠れテーマにも通じるかもしれない。深読みかな? 物語はそれなりに面白く進行するのですが、いつものおとななハードボイルドではないぶにちょっとなぁ・・・と内心ぶぅぶぅ言ってたら、やられました。うまい! 最後の最後にくるりーんっとひっくり返されて唖然としました。やはりススキノはおとなの街だ。最後のほんの数ページで畳み掛けられ、参りましたと言いました。はい。 しかし・・・年齢は関係なく生まれながらの‘悪’は‘悪’という感じ。必要にせまられて‘悪’に墜ちていくのとは格が違う背筋の寒さを感じます。
本を読まないやつは、顔が違う。きっと、活字を目で追う、ということをしないやつは、目つきが鋭くなっちまうんだろうな。
『ススキノ、ハーフボイルド』 2003.7.25. 東直己 双葉社
シュウジが生まれた片田舎は、リゾート開発の波に乗り、賑わっていた。兄、シュウイチは両親の自慢の長男。出来がよく進学校に進む。しかし、兄の様子がおかしくなってしまう。成績優秀だった兄も進学校では埋没してしまい、プライドが傷つきどんどんと引きこもってしまい、ついには赤犬になってしまった・・・。兄弟が、犯罪者となってしまったことでシュウジの人生は狂っていく。兄の罪をまともに受け止めることのできない父と母。いじめや差別が容赦なくシュウジだけに降りかかっていく・・・。
重松清さんが、とんでもない物語を書きました。読む前から‘救いがない’と聞いていましたが・・・うーん(悩)。重松清さんの物語というのは、結局いつだって救いがあるわけではない、と私は思っています。ただ頑張ってみようと思えるなにかに主人公たちが気づくために、切っても切っても金太郎飴のような重松清ストーリーではありました。 今回のように、ほんの14〜15歳の少年に重すぎる宿命を背負わせ、最期まで走らせることは確かに今までになかった物語です。読後感は涙とともにひたすら悲しかった。シュウジがこんなにもいい子でなかったならば、こういう涙あふるるラストではなかったわけだし、シュウジが少年ながらもできた人間性だったからこそ、あそこまでもがき苦しんだのだろうし。 シュウジの両親や周りの大人がひどかった。巡り合わせと言えばそれまでなのかもしれないけれど、シュウジに孤独感を与え続けたおとなには憤りを感じます。 えーっと、正直うまく感想が書けません。完敗。
「言葉が、あなたをつなぎ止めてくれます。聖書には、にんげんをこの世界につなぎ止めてくれる言葉が、たくさんあります」
『疾走』 2003.8.1. 重松清 角川書店
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