酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2004年01月21日(水) 『生存者、一名』 歌野晶午 

 真の道福音教会は新興宗教。カルトである。人類を覚醒させるための福音の(非常)ベルと冠し、テロ行為を行った。死者13名。実行犯4人の男女は幹部ふたりに導かれ、無人島・屍島へ逃走。神に役立ったのだと喜び、祝杯をあげる6人。翌日、幹部のひとりがクルーザーとともに消えていた。残った幹部から4人は初めから捨石(スケープゴート)だったと聞かされる。信じていた教会に裏切られた5人。そして殺戮がはじまった・・・。

 タイトルどおり、生存者は“一名”です。短いし、読みやすいし、内容もなかなか面白くて、この“一名”の謎がうまいです。長くても短くても歌野さんはうまいものだなぁ。
 この詳伝社さんの400円文庫の中のテーマ競作「無人島」の一冊です。このテーマでは、愛する西澤保彦さん・恩田陸ちゃん・近藤史恵さんのものもありました。西澤先生の[なつこシリーズ]も面白かったなぁ。エロエロで(笑)

 行くも地獄、とどまるも地獄、どうしていいかわからない。

『生存者、一名』 2000.11.10. 歌野晶午 詳伝社文庫



2004年01月20日(火) 『化生の海』 内田康夫

 北海道余市町に住む男が、橋立港内で死体となって発見された。いったいなぜこの男はそんな遠くで死ななければならなかったのか? 友人から依頼された浅見光彦は5年前の迷宮入り目前の事件を追うのだが・・・。

 「シリーズ最大のスケール」と帯に惹句がありました。今回の浅見光彦くんは大変です。北海道から北陸、はては北九州まで日本海側を愛車ソアラで走りまくります(笑)。疲れただろうなぁ。
 親に捨てられた男とその妻と娘。男は娘のために動き殺される。なんだか哀しい事件でしたよ。最近の光彦くんオチは警察を敵に回す落とし方が多いのですが、フィクションだからあってよいと、私は思います。警察が全てを明らかにすればよいというものでもない事件もあるような気がしますよ。被害者なのに生活をずたずたにされてみたり・・・。事件っていうのは関係者にとって残酷な現実の続きを強いるのですね。うーん。
 内田康夫さんが、あまりにも浅見光彦を溺愛していることがよーくわかるこのシリーズ。賛否両論あるようですが、内田康夫さんの文はいいですよ。私は好きです。

 誰かのためになにかをして上げられるというのは、幸せなことかもしれない。

『化生の海』 2003.11.20. 内田康夫 新潮社



2004年01月19日(月) 『愛妻日記』 重松清

 ‘奥様には隠れて読んで欲しいのです’というキャッチコピー。これは重松清さんが、「匿名で官能小説を書いてください」という小説現代の注文を承けて書かれ、一作限りのつもりがはまってしまわれたのだそうです。まったく男って生き物は(笑)。家族の物語を書き続けていきたいから、夫婦の性から逃げたくなかったという重松さんのお気持ちはわかります。ある意味、とても真剣に取り組まれたであろうことには敬意を表します。
 でも物語としては、読後感かなり悪いです。重松節は健在だし、どこかに哀愁があり、優しさがある。だけど・・・エロビデオを見た後のなんとも言えない寂寞感ばかりが残っていました。
 私は成熟したひとりの女だし、物語に出てくるあんなことやこんなことにはそう驚きはしませんでした。あ、輪姦プレイだけは反吐が出そうでしたね。生理的に拒否します。これはキャッチコピーどおり、男性が読むべき物語なのかもしれません。私としては女性にはオススメしません。
 セックスには相性や冒険があっていいと思うので、物語の中で淫らに奔放に殻を突き破っていく夫婦達にはエールを送りたいです。女性もどこまでも貪欲になればいい。お互いが気持ちよいのがセックスだと思う。そこに本当の愛があれば、尚最高。
 感想をひとことで言うなら「げっぷが出そう」でしょうかねぇ・・・(苦笑)

 他人のことなど、誰も気にしていない。寂しい街です。寂しい時代です。そんな寂しさのなか、わたしたちは身を寄せ合って生きていくのです。愛したい。もっともっと愛してあげたい。この世でただひとりの、かけがえのないわたしの妻を。

『愛妻日記』 2003.12.18. 重松清 講談社



2004年01月18日(日) 『世界がもし100人の村だったら』 C.ダグラス・スミス

 このインターネット民話とも言うべき『世界がもし100人の村だったら』は、いろんなところで目にしてきました。今回、とある人から本をいただきまして、現物をナマで読んだのは初体験と言うことになります。あまりにも賞賛の嵐を目にしていたので、心に手垢がついていたのですが、実際に読んでみると「なるほど、ひろまったはずだよなぁ」と思いました。これをeメールで誰かからいただいていたら、私は転送しただろうか?としばし考え込んでしまいました。チェーンメールであるけれど、受け取った人が不愉快にはならないかもしれない。うーん。
 一番おもしろいと感じたことは、eメールが飛び交ううちに、受け取った人の感性が加味されていったという点です。まさに現代のフォークロアですね。不安で見通しが立ちにくい今の世だからこそ、爆発的に広まったのでしょう。もっと素直で新鮮な目と心で触れられたらよかったのになぁ。それだけが残念。

 もしもこのメールを読めたなら、
 この瞬間、あなたの幸せは
 2倍にも3倍にもなります
 なぜならあなたには
 あなたのことを思って
 これを送った
 誰かがいるだけでなく
 文字も読めるからです

けれどなにより
  あなたは
  生きているからです


『世界がもし100人の村だったら』 2001.12.11. C.ダグラス・スミス マガジンハウス



2004年01月17日(土) 映画『タイムマシン』 ※ネタバレあります

 1899年、コロンビア大学アレクサンダー・ハーデゲン博士(アレックス)は、誰も彼も被っている山高帽を批判している(笑)。きっちり山高帽を被る親友フィルビーに紹介された女性エマに首ったけ(古いな)。プロポーズの夜、エマは贈られたムーンストーンの指輪を守ろうとして強盗に殺されてしまう。その後、4年間アレックスは寝食を忘れ研究に没頭する。そしてついにタイムマシーンを完成させ、エマを強盗から守ったのだが、今度はエマは馬車にひき殺されてしまう。起きてしまったことは変えられない。しかし、変えてみせると誓うアレックスは未来へ飛ぶ。2037年で月が崩壊し、地球へ落ちてくる場面に遭遇。気を失ったままアレックスは80万年後に飛んでしまう。そこは、月が落ちたためほとんどの生物が滅び、かろうじて生き残った者達が地上と地下に分かれて生きていた。そして地上に住む者達は地下のモーロックたちの食糧だった。アレックスは自分を助けてくれたマーラを救うべく単身地下へのりこみ、モーロックたちと闘うのだが・・・。

 H.G.ウェルズの不朽のSF文学を、そのひ孫であるサイモン・ウェルズが監督した作品だそうです。原作を読んでいないのですが、やはりかなり設定をいじっているらしいです。
 80万年先に飛ばされるアレックスのタイムマシンの外の世界は、文明の栄枯盛衰が描かれています。映画ってすごいよなぁと思わされるシーンでした。未来の原始社会ではまさに弱肉強食。カニバリズムは永遠のテーマかもしれませんねぇ。
 アレックスは、殺された恋人(愛)を取り戻すために時間旅行を繰り返しますが、どうしても過去は変えられません。そんなアレックスの前に現れたエロイ族のマーラはは過去を引きずらないが、心には刻むと言います。このあたり結構胸にじーんときました。そしてアレックスは新しい愛を手に入れます。
 ラストシーンで、親友のフィルビーが、「アレックスは幸せになる場所を見つけたんだ」と言います。そして窓の向こうからあの山高帽をぽーんっと投げ捨てる。このシーンよかったぁ。
 もしも・・・と言う言葉は、恋旦那を亡くした私には痛い痛い言葉なのです。でも何度あの時に戻っても私は必ず旦那に恋をする。確信してそう言いきれます。

 「80万年前の人間にとやかく言われる筋合いはない」



2004年01月16日(金) 『烈火の月』 野沢尚

 我妻諒介42歳。贅肉はまったくない。ジムなどで鍛えなくとも日々、靴底をすり減らしできあがった肉体である。この男、「微笑んだ次の瞬間、凶暴になれる」と恐れられる愛高署の刑事である。千葉県湾岸(架空都市)愛高で、我妻と “女マトリ”烏丸瑛子が麻薬密輸業者と闘う。我妻は月。よどんだ欲望や悪意を受けて輝く月なのだった・・・。

 作家さんにはカラーがあると思います。似合うか、似合わないか。でも時々、殻を破ろうと意外な物語を書いてみたりする。それが大当たりすることもあれば、往々にして大きく外れることが多い気がします。作家さんの路線やカラーと言うものは、読み手にとってとても大切なものだと思うのですが・・・。
 この『烈火の月』は、ハードボイルドとして読むにはとても面白かったです。力量のある作家さんが書かれたのだから当然ですね。でも野沢尚さんの物語と意識して読むと、途端に色褪せてしまう。野沢尚さんに似合う物語とは思えなかったのです。こういうハードボイルドは大沢親分にお任せvと思ったのが素直な感想です。
 ただ、野沢さんがこういう物語を書こうと決意した思いはよくわかりました。亡くなった深作監督に映画化していただきたかったのだそうです。だから、バイオレンス。

 ヘロイン中毒者の治療に特効薬はない。凶暴性の厚い殻を破って、魂が自力で浮かぶあがってくるのを待つしかない。

『烈火の月』 2004.1.12. 野沢尚 小学館



2004年01月15日(木) THE AMAZING ADVENTURES OF SPIDAERMAN THE RIDE

 私達ゲストは、ピーター・パーカー(スパイダーマン)が勤める新聞社の見学に行きます。社員たちの机の上のものが雑然としていて気になる雑貨がいっぱい。ピーターの机の上を見ると、ヒーローの普通の姿を垣間見ることができます。突然、臨時ニュースがとどろきます。編集長の大声で「ゲストとピーター・パーカーは、今すぐ集まるように!!」と叫ばれます。編集長は見学は中止。しかも私達ゲストにスクープを追えと言い出す始末。事件は、スパイダーマンの宿敵、Dr.オクトパス率いるシニスター・シンジケートが、新兵器を使ってとんでもない事件を引き起こしているらしいというもの。私達ゲストはゴーカードのような乗り物に乗って事件を追いかけますが・・・。

 USJの新しいアトラクション、スパイダーマンを体験してきました。無条件にひたすら面白かった! テンポの速さと言い、展開と言い、最高にエキサイティングしました。この1月23日から本格OPENです。今までのアトラクション以上に楽しいこと請合います。是非、ご体験を。



2004年01月13日(火) 『おおきくなりません』 白倉由美

 平野月哉は42歳の‘一応’ミステリー作家。はっきり言えば売れていない。月哉は、7歳年下でもと漫画家の篠野麻巳美と一緒に暮らしている。月哉は優秀な頭脳を持つ[読書障害]。物語としてのお話を読んで理解することができない。神経症で変人の精神科医から抗精神薬をたんまり処方させている。
 麻巳美は外見は35歳に見えないのをいいことに突如大学へ入学する。18歳でまかり通ってしまう不思議な女性。授業や試験に追われながら、ひょんなことから本を書くことになってしまう。
 そして現れる月哉と麻巳美のドッペルゲンガー。ふたりがどこかに置き忘れてきた影なのだろうか。ふたりはおおきくなれるのだろうか。

 うーん。すっごく不思議な物語でしたねー。作者の白倉由美さんは本当にもと漫画家さんだったそうです。私はまったく作品を知らないのですが。これは私小説なのかなぁと思います。
 おとなになりきれない自分。そういう人間ってけっこう多く存在する気がします。今年の成人式でまた荒れる成人たちの姿を見ましたが、あぁいう人たちはまさにおおきくなれていませんね。体だけが大きな子供だ。自分についてはどうでしょう。対外的にはおとなのふりはできている気がします。でも内実共におとなかと言えば、疑問ですね。
 だからこの物語は読んだ人の心を捉えるのではないでしょうか。私は惹きつけられています。月哉はともかく、麻巳美の成長をまだまだ読んでいたいと思います。
 オススメですv

 人はいつまでも子どものままでいてはいけない。
 大人の役割を、世界を受け入れて、無償のやさしさを、皆にそして最愛の誰かにわけてあげなければならない。

『おおきくなりません』 2002.10.15. 白倉由美 講談社



2004年01月12日(月) 『ふたり −鏡の中のもう一人の私』 根古環

 篤子は出版社で働くOL。おせっかいな叔母さんからまた見合い写真が持ち込まれた。仕方なく写真を見て驚く篤子。それは、初めて付き合った男だった。その男は篤子の友人と付き合っていたが、別れるから付き合ってくれと篤子を強引に自分のモノにする。しかし、それが美人でプライドの高い友人にばれてしまい、男は篤子から誘惑されたと嘘をついた。初めて付き合った男に躓いてしまった傷つきやすい女性の心の闇と苦悩。彼女は救われるのだろうか?

 作者の根古環さんは、子供の教育に携わる方だそうです。ある日、鏡を「安心感」のよりどころにしているらしい子供に出会ったことから、このフィクションが生まれたそうです。
 多重人格ものとはちょっと違うのですが、鏡の中の自分と対話する姿は類似している気もします。主人公の女性が、友人の男に誘惑されてあっさり陥落される。はっきり言って、そういうところに全ての問題が集約されていると私なんぞは思うのですが。それって人のものが欲しい症候群なのではないかしら。私が関わってきた人の中にも人のものばかり良く見えて欲しがる人がいました。そういうタイプの人とは付き合いませんけど。
 物語としては面白かったです。心の闇に飲み込まれてしまった主人公が、相手によって人格を変えてしまうところなんて映像化向きかもしれません。

 不安だらけの世の中に生きていると、結果として得られるほんの小さな「安心感」さえも、生きることにとってかけがえのないものになっていく。それを喪失したとき、また、自分がそれを持っていないことに気付かされたとき、人は危険な領域に足を踏み入れることがある。

『ふたり −鏡の中のもう一人の私』 2003.8.20. 根古環 きこ書房



2004年01月11日(日) 映画『呪怨』

 福祉センターでホームヘルパーのボランティアをしている理佳は、担当者と連絡が取れなくて困っていると無理矢理に徳永家へ派遣される。郊外にあるその家周辺にはよどんだ空気が漂っていた。理佳は、おそるおそる家に入り、荒廃しきった部屋で放心している老婆を見つけ、介護する。そして物音がした2階へ導かれ、ガムテープで封印された押入れをあけるのだが・・・。

 ううーむぅ。発禁寸前になった伝説のホラービデオ呪怨の映画化。まさかここまで話をすすめているとは想像もしていませんでした。だからこの映画を観るには、ビデオの呪怨を見て、佐伯伽耶子という存在を知らないと怖さは半減するかもしれません。それだけでもひたすらビデオの怖さはダントツですね。
 この映画も勿論怖かったし、面白かったです。まったく関係のない人間すら取り込んでしまう暴走する伽耶子の呪怨の増殖っぷりはすざまじい。これが映画『呪怨2』へ続くのでしょう。
 人間という生き物は、自分の理解を超えるものに恐怖すると思うのです。この呪怨の怖さは理不尽な撒き散らされる悪意にあります。夫に殺された伽耶子の残した想念がこんなに解読不能に育って行くなんて。怖すぎる。
 しかし、理佳を演じた奥菜恵は素晴らしいなぁ。今までは富江を演じた管野美穂を絶賛していたのですが、新しいホラークィーンが登場しました。奥菜恵のラストあたりの顔は、浜崎あゆみソックリだったり(笑)。あのふたりがあんなに似ているとはじめて気付きました。

映画『呪怨』



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