酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2004年12月05日(日) 『BG、あるいは死せるカイニス』 石持浅海

 遥は、姉・優子さんの通夜でぞくりと寒気がするほどの美女を見かけた。彼女は遥を見て、微笑み手を振った。彼女は何者? 姉を殺した犯人にかかわりがあるのか?

 『水の迷宮』から一転、不思議な世界が舞台。論理で事件を解いていく持ち味は変わらないのですが。男性化することがエリート街道まっしぐらと言う、なかなか大胆な導入。その男性化について、読んでいくうちに色々と考えさせられるのでありますが。犯人はわかってしまったけど、石持さんがこういう設定を持ってくるってとこに拍手。西澤保彦さんをお好きなだけのことはあります、石持さん(笑)v

「おまえにはわかるはずだ。手掛かりは常に身近に転がっている。もう一度よく考えてみろ」

『BG、あるいは死せるカイニス』 2004.11.30. 石持浅海 東京創元社
 



2004年12月02日(木) 『そこへ届くのは僕たちの声』 小路幸也

 新聞記者の辻谷は、友人の真山が書いた生活記録を読み泣いた。不慮の事故で植物状態になってしまった妻が奇跡的に回復し、家に帰ってきたことを記したものだった。そして辻谷と真山は不思議な誘拐事件を追いかけ、そのうちに<ハヤブサ>と言う存在を知る事になる。<ハヤブサ>は植物人間を覚醒させる能力を持っていると言うのだが・・・

 号泣する準備は出来ていませんでした。あるページから涙がはらはらこぼれてこぼれて読み終わるまでたくさん泣きました。この物語はたぶん私にとって2004年の心のBEST1に違いなくて、人生の宝物になった気がします。
 『空を見上げる古い歌を口ずさむ』と巡り合い、小路幸也さんの描かれる優しくせつなく懐かしい物語に魅了されました。この出会いを感謝したい。<ハヤブサ>たちのことを私は心のビタミン剤にして生きていける気がしました。
 この奇蹟の物語を読んで欲しい。この物語を好きな貴方を私はきっととても好きになれると思うから。きっと何度も何度も読み返すわ。

 真山もオレも<事実>ってやつを追う職業の人間だ。その経験上、ある種の偶然ってのは決して偶然ではなく必然のように繋がっていくことが多い。まるで運命としか言いようのない形で。

『そこへ届くのは僕たちの声』 2004.11.25. 小路幸也 新潮社



2004年11月30日(火) 『号泣する準備はできていた』 江國香織

「どこでもない場所」
 長い旅から戻った友人と、ひさしぶりにいつものバーで会う。バーの常連の男たちも一緒に呑み、さまざまな恋の話をする。

 江國香織さんと言えば私にとっては『きらきらひかる』がとても好きなのですが、この短編集は直木賞受賞作なのですねぇ。あら、吃驚(笑)。もう若いとは言えない男と女の恋心たち。綺麗事じゃないからカッコいいと感じる事ができるのかもしれません。本当は一番心に残った物語は、不倫モノで別にありましたが、心に痛すぎるため「どこでもない場所」をチョイス。バーで大人の男女たちが、それぞれの物語をちょこちょこ見せ合う感じが好き。バーって場所がいいのよねv

 幾つもの物語とそこからこぼれおちたものたちを思いつつ、私はグラスをかぱりと干した。

『号泣する準備はできていた』 2003.11.20. 江國香織 新潮社



2004年11月29日(月) 『複製症候群』 西澤保彦

 下石(おろし)貴樹は、出来のいい兄に対してコンプレックスの塊。その貴樹と友達の前に空から七色に輝く《ストロー》が降りてきた。それに触れると触れた生き物の複製(コピー)が‘ぺっ’と吐き出されてくる。《ストロー》に閉鎖された貴樹たちとコピーたちの生存は・・・

 この『複製症候群』は親本が刊行されてから5年後に文庫化。その時に西澤先生は読み返されて「全然、西澤保彦らしくないなあ」と戸惑われたとか。そう言われてみれば確かにキャラクターたちがあまり葛藤しないですね(笑)。
 でも、やっぱりこれは西澤節だし、こんなヘンテコな設定でしかもミステリーなんて西澤先生にしか書けません! 久しぶりに読み返して面白かった〜v 特に《ストロー》に触れて‘ぺっ’とばかりに吐き出され、自分のコピーができちゃうなんて想像するだけでわくわく。コピーロボットが欲しいよう、と言う願望が一転、残酷極まりない閉鎖空間になっちゃんなんてひーどーいーであります。
 個人的にはかなり好き。やっぱり変な作家だ。西澤保彦って。

「忠告しているんです。人間、相手が悪いことが明白だと、図に乗って追い詰める。それは結構だが、手加減てものを心得とかないと駄目ですよ、と言ってるんだ。そんな場合にでもね。人間、精神的に追い詰められると、何をしでかすか判ったもんじゃないんだから。さてー」

『複製症候群』 2002.6.15. 西澤保彦 講談社文庫 



2004年11月28日(日) 『ワーキングガール・ウォーズ』 柴田よしき

 墨田翔子37歳独身。某有名企業企画課初女性係長。仕事が出来る女だが、なぜだか女性社員には嫌われ、男性社員には煙たがられている。心を分厚くして嫌な事から目を逸らし、頑張っていた翔子だが、バカンスでペリカンを見に行ってから微妙な変化が起きる。周りに起こった小さな悪意(事件)の意味を考え、解きほぐし、そして・・・

 やー、面白かったですv さすがは柴田さん。いい加減に働いているOLをばっさばっさと斬りまくっています。思い上がった待遇の要求とか、生理休暇の使い方とか、ちょっとねぇ・・・と人が思っているであろう事をそのものズバリと。男であれ、女であれ、正社員であれ、パートであれ、『働く』ことの意味や意義をきちんと教えてくださいます。なんだか頷きながら読んでました。特に‘使えない人間’に対しては勉強になりました。ええ。働くなら本気で働かんかーい、と言いたくなる人間が多いと感じている貴方にオススメです。頷きながら読んでください。

 本物の女らしさってのは、女としてのプライドを簡単に譲らないことなのよ。

『ワーキングガール・ウォーズ』 2004.10.20. 柴田よしき 新潮社



2004年11月27日(土) 『永遠の朝の暗闇』 岩井志麻子

 母子家庭で育った香奈子は、いい子で生きてきた。しかし、はじめて好きになった男が実は妻子持ちだったと知ったときから、なにかと戦うことになる。ただ‘普通’の幸せが欲しかっただけだったのに・・・

 これはもう岩井志麻子さんの人生をベースにした私小説でしょう。すごいなと思うのは、自分の人生をここまで題材に提供できる神経の強靭さ。この神経の強靭さが岩井志摩子の強みなのかもしれない。好き嫌いは別として。
 香奈子が出会って好きになってしまう男‘今井’が、岩井志麻子さんの別れた旦那さんのモデルだとしたら、ちょっと気の毒。岩井志麻子さんを選んだことが自分の判断だとしても、別れた後でここまで書かれるとは晴天の霹靂でしょうに。もっと可哀想なのは娘の美織。母に捨てられ、自分の居場所を見失ってしまう女の子。確かに産みの母であるシイナの主張するように人生は誰のせいでもなく、自分で背負っていくべきものだとは思います。が、しかし、母の与える無償の愛を得られなかった娘の寂しさに目を瞑りすぎているのではないかしら。それに気づかない無神経さは罪。
 ‘今井’に怒っている感想をいくつか目にしたけれど、私はやはりシイナに問題があると感じました。シイナのような自分のために生きる人に振り回された人たちは‘普通’なんて手に出来ないと諦めるしかないですね。

「人生に『もしもあの時、ああしていれば』なんてのは、ないよ。想像はいくらでもできる。いくらでもできるけど、結局は無駄よ。やってしまった行動、事実として残るのは、一つだけだもの」

『永遠の朝の暗闇』 2004.8.25. 岩井志麻子 中央公論社



2004年11月26日(金) 『殺人症候群』 貫井徳郎

 「倉持さんはどうしますか。この仕事、受けてもらえますか」
 環敬吾は特殊工作チームに‘職業殺人者の存在’を調べるミッションに3人を呼び出していた。少年法や病気で守られた加害者を殺している存在がいるらしいと言うのだ。いつも陽気で磊落な倉持は、そのミッションから抜けた。驚く原田と武藤とは裏腹に環には何か予期していたように見える。そして環と2人が追い詰めた‘職業殺人者’とは・・・

 今回は、倉持真栄の哀しい物語でした。倉持だけでなく、哀しい苦しいやり場の無い怒り憤りを胸に抱えた人たちの。これをはじめて読んだ時には腰が抜けそうな驚愕感がありました。ものすごい物語なのです。よく例えられるのがハングマンVS必殺仕事人という構図。ハングマンはあんまり記憶にないのですが、必殺は頷けます。正義とはいったいなんだろう、と子供心に考えさせられたのが必殺でしたから。ごく単純な気持ちだけから言えば悪い奴らを「殺せ、殺せ」と言いながら見ていましたね。決してそれがいいことではないと感じながらも。
 ラストがまた曖昧に終らされていて、いったいどちらが生き残ったのか悩まされるところ。『失踪症候群』の初っ端に登場した日野義昭くんがさらりと締め括るあたりも心憎いです。そしてどうしても環と倉持のその後を知りたいと願ってやみません。

 結局、大事な人を奪われた悲しみを癒すのは、時の力しかないのだ。

『殺人症候群』 2002.2.5. 貫井徳郎 双葉社



2004年11月25日(木) 『誘拐症候群』 貫井徳郎

 環敬吾率いる特殊工作チーム。訳ありのメンバー3人のひとり托鉢僧の武藤隆が知り合いの誘拐事件に巻き込まれた。環からの呼び出しに答えられない武藤だが、特殊チームのミッションが武藤の関わっている誘拐事件にかかわっていき・・・

 前回の『失踪症候群』では私立探偵・原田柾一郎の‘家庭’と事件がかかわっていました。今回は、武藤が個人としてかかわった事件とミッションがかかわります。不器用でまっすぐな武藤の慟哭が胸に痛くて、とても好きなエンディングです。まさに貫井さんの大好きな‘必殺!’を彷彿させます。私も‘必殺’大好きなので、理不尽さや悔しさに歯軋りぎりりって感じがたまらなぁーい。
 今回、ミッションの方で追いかけるのはWEBで自分の子供を公開している親を相手にした‘小口’誘拐。要求する金銭の額が小口で子供は無事に戻されるという現代的な恐ろしいもの。確かにWEB上で自分も自分の情報を垂れ流しているものなぁと自戒します・・・。
 武藤が関わる誘拐は、極悪非道。この世のものとは思われぬ〜。武藤が可哀想で。このエンディングは涙しましたね、今回も。

 貧乏は罪に問われませんが、思慮に欠けるのははっきりと罪です。

『誘拐症候群』 2001.5.20. 貫井徳郎 双葉文庫



2004年11月24日(水) 『失踪症候群』 貫井徳郎

 警務部人事二課の環敬吾は不思議なポジション。閑職(窓際族)に近い。しかし、実際は秘密の任務を持っていた。環が率いるチームは特殊な働きをする。チームのメンバーは3人。工事現場で肉体労働をしている倉持真栄。托鉢僧の武藤隆。私立探偵の原田柾一郎。今回のミッションでは、失踪した人間達を追いかける!

 あぁ〜、たまらんですーv 何度読んでも貫井さんの‘症候群シリーズ’は面白いです! 端正で機械の様に正確無比な環敬吾が率いるチームのメンバーの3人は変わり者揃いで有能。今回のミッションでは、原田柾一郎の娘が事件にかかわり、娘と確執のあった原田に変化が起こります。そういうことをうまぁーく絡めているんだよなぁ。
 この‘失踪’のからくりは、今では目新しくもないかもしれませんが、この作品が世に出た時には斬新だったと思う。こういう方法ってのは、貫井さんが不動産業を経験されていたからこそ浮かんだ事なんだろうと思います。

「彼らが新しく手に入れた生活を一生続けていくなら、それはそれでかまわないし、元に戻りたいならばそれもまたいい。いずれにしろ、親からは逃げられても、自分の人生から逃げることはできませんからね」

『失踪症候群』 1995.11.25. 貫井徳郎 双葉社



2004年11月23日(火) 『古井戸』 明野照葉 (『暗闇を追いかけろ』より)

 美樹は離婚し、実家へ戻ってきた。家の裏庭に離れを建て、塾にしようと心積もりをしていたが、兄夫婦や父親の様子がどうもおかしい。古井戸を埋め立てる事に難色を示しているようで・・・

 うわー、出ましたよ。私が惚れた明野照葉節がっ! こういう狭くてじっとりした世界を描かせたら、背筋が冷たくなる怖さを提供してくださいます。短篇でここまでホラーを感じさせてもらえるなんて。ふるふるふる(ぶるぶるぶるに近い)v
 さて、この『暗闇を追いかけろ』にはビッグ・ネームがずらぁーり。お馴染みの作家さんから、名前は当然知っていて未読の作家さんまで綺羅星がきらきら。しばらくは通勤のお供になりそうです。

『暗闇を追いかけろ』 2004.11.25. カッパ・ノベルス



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