Sports Enthusiast_1

2003年09月19日(金) 朗報?

報道によると、サッカー日本代表監督のジーコ氏は、川淵キャプテン(日本サッカー協会会長)との会談のなかで、「今は自信をもってやっている。それがなくなったら自分の口から辞めると言う」と語ったらしい。ジーコ氏の言葉には、このまま代表監督を続けても、日本代表をドイツに連れて行く見通しがたたない苛立ちと、自信喪失が現れている。自分自身に自信のある人間は、「今は自信を持ってやっているが・・・」なんて、間違っても言わない。ジーコ氏の辞任は予想外に早いかもしれない。そうなれば、うれしいのだが。
私の知る限り、ジーコ氏の監督就任を推し進めたのは川淵氏だった。更に、就任から数試合、日本代表が連敗を続けジーコ氏の監督手腕を疑う声が出始めたころ、川淵氏がドイツ大会が終わるまでジーコ監督でいくと明言し、「ジーコ解任」の声を封じたといわれている。ジーコ&川淵は、一体のものといえる。
しかし、川淵氏は(私の推測では)、かなり政治的な人物。明確なポリシーを語っているように見えるが、それは理念的、一般的領域な事象に限られている。川淵氏の現実の行動パターンはノンポリシー、つまり、自分に責任が及ぶことを回避する傾向にある。もちろん、それは川淵氏に限ったことではないけれど。だから、川淵氏のジーコ監督擁護の言葉は、永続的とはいえない。
実は、ジーコ氏の去就を決めるのは、川淵氏を筆頭とするサッカー関係者ではなく、マスコミなのだ。決定権は大新聞Aが持っている。もちろん、このことは推測に過ぎないけれど、近々、A新聞の論調次第でジーコ氏の解任(続投)が決まる。
ところで、日本のプロスポーツ界をリードしてきたのはA新聞ではなく、Y新聞。Y新聞は野球を日本のメジャースポーツに育成したのだが、その育成の仕方は独特なものだった。自分のところで球団をもち、Y新聞(テレビ)で積極的に自分のチームを宣伝したのだ。その実態と結果についてはよく知られていることなので、ここでは省略する。そんなY新聞がプロサッカー界においても、自らプロサッカーチームをもち、野球と同じ手法で、プロサッカーの覇権を握ろうと試みた。そんなY新聞の行く手を阻んだのが、Jリーグ初代チェアマンの川淵氏だった。
Y新聞とは商売上のライバル、しかも発行部数で劣るA新聞は、プロ野球よりもプロサッカーに思い入れを持っている。一方のY新聞は、Jリーグがチーム名に企業名を入れないというポリシーを貫いた時、猛然と反発した。激しい対立があったようだが、川淵氏は屈しなかった。川淵氏を支えたのは、Y新聞と対立するA新聞のプレゼンスだった。ことほどさように、日本のプロサッカー界には、A新聞とY新聞の対立構造が持ち込まれており、Jリーグ設立からいままでは、A新聞主導で動いてきた。だから、前々回W杯フランス大会では、カズと北澤は土壇場で代表から外されたし、前回日韓大会では、中沢がその座を秋田(鹿島)に奪われた。日本はW杯に二度出場しながら、Y系の東京ヴェルディ(ヴェルディ川崎の時代を含め)からは代表選手が出ていない。その現実に気づいた中沢は、横浜に移籍した。
いまのところ、A新聞は「ジーコ継続」の論調で一貫している。が、いまの日本サッカー界の状況を冷静に見てみると、海外で活躍する選手数は増え続けており、先の大会ではベスト16の実績を持っている。かりに、来年から始まるアジア予選で負ければ、その責任は選手にではなく、監督・コーチ・スタッフ・協会幹部に向けられる。
選手が実力を上げているのに負けたとなれば、悪いのは監督、あるいは、そんな監督を続投させた協会となる。ジーコ⇒川淵⇒A新聞は一蓮托生、世間から血祭りに上げられるだろう。ジーコ監督で負ければ、擁護した川淵氏に責任が及ぶのは当然。そうなれば、サッカー界でY新聞の巻き返しもあり得る。プロサッカーの立ち上げから今日まで築いてきた川淵・A新聞のシステムが崩壊する可能性もあり得る。でも、ジーコ氏を早めに更迭しておけば、たとえアジアで負けても、その責任は新しい監督に及び、協会に及ばない。代表監督人事とは、そういうもの(ではないはずだが)。


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