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2006年07月01日(土) 敗因を「民族」に還元するのは危険思想

◎ベスト8は遥か彼方
W杯ドイツ大会の「ベスト8」が決定した。ドイツ、イングランド、アルゼンチン、ポルトガル、ブラジル、ウクライナ、フランス、イタリア。この中で意外なチームといえば、スイスをPK戦で破ったウクライナくらい。そのうち、アルゼンチン、ウクライナが消えた。日本にとって「ベスト16」の壁は本当に厚く高かった。そして、「ベスト8」はそれ以上に遥か彼方に霞んでいる。
ドイツ大会が開催される前、日本のサッカー界は日本の実力を過大評価した。「ベスト8」は夢ではないとまでコメントしたスポーツジャーナリストがいた。テレビの「W杯特番」には多くの“サッカー通”芸能人が出演し、幇間のように日本代表を持ち上げていた。ダイジェスト番組、実況中継には、元Jリーガーのコメンテーターが、素人と変わらないくらい当り障りのない「解説」を繰り返すばかりだった。
その一方、かつてJリーグに在籍した各国の代表経験者(リトバルスキー、ブッフバルト/現浦和監督)は、ドイツ大会における日本代表のファイトぶりに苦言を呈したというし、FIFA会長は、「日本サッカーは後退した」とコメントしたという。どちらが真に日本代表のことを思っているかは容易に判断がつく。子供を甘やかしてばかりいて叱咤することがなければ、まともな人間に成長するはずがない。
結果においても内容においても、日本代表は日韓大会を下回った。日韓大会はホームだったから「ベスト16」が達成できた、という見方がある。筆者はそれを否定しない。ならば、アウエーのドイツ大会においては、日本の「ベスト16」はかなり難しいというコメントが常識的だろう。筆者は、開催前に日本の「ベスト16」入りはかなり困難だと予想したサッカーコメンテーターをあまり知らない。
「日本が強い」という思い込みはどこから来たのか。まず、ジーコ監督がそのようにコメントしてきたからだ。さらに、W杯アジア予選を突破したあたりから、マスコミの扇情的報道が始まり、過大評価が加速された。

◎日本の世界ランキングは概ね50位
ドイツ大会前、筆者は日本の世界ランキングは概ね50位と推定し、当コラムに書いた。このたびのドイツ大会において、筆者の推定が裏付けられた。ドイツ大会で日本は予選リーグで敗退したことから、日本の実力は出場国中の16位以下32位に位置する。1勝もできなかったから、16−32位の最下位に近い。
W杯に出場できなかった国(つまり予選敗退国)の中には、強豪のトルコ、アイルランドがいる。次いで、中欧・東欧諸国(オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、スロバキア、マケドニア)、北欧諸国(デンマーク、ノルウェー、フィンランド)、ロシア、バルト3国(ラトビア、エストニア、リトアニア)、アフリカ諸国(ナイジェリア、カメルーン、南アフリカ)、南米諸国(ウルグアイ、コロンビア、ペルー、チリ)、さらに、俊輔が所属するスコットランド等を含めて考えると、日本の実力は概ね50番目くらいになる。
日本の実力が世界で50番目くらいだと認識できれば、アジア予選を突破できても、W杯で「ベスト16」を達成することがかなり困難な目標であることが容易に判断できる。
実力50番目の日本がW杯で「ベスト16」を常にキープできるようになるためには、なにをなすべきか。�〇愼骸堊�び、�▲好吋献紂璽觝鄒�、�6�化コンセプト構築、�ち�手選考・・・等が強化プラン(アクションプログラム)の骨子だ。
とりわけ��が重要で、4年間の失敗――ジーコジャパンが掲げた個性、自主性、創造性・・・といった抽象的・観念的コンセプトは排除したい。強化策のポイントは、スポーツとしてのサッカーの本質に則したほうがいい。

◎敗因を民族性に還元するのは危険思想
いま危険な流れが認められる。ドイツの敗北を「日本人論」で総括しようとしている。日本人の「本質」をサッカーにかぶせるのは、やめたほうがいい。日本人の本質など存在しない。たとえば、ジーコが日本に来たとき、彼は、「日本人は自分で考えず、人に言われたことを確実にこなす民族だ」とコメントしたという。こういうのは人種差別に近い。ドイツ大会では、「日本のFWがシュートを打たないのは、日本人の自信のなさからくる」なんてのもある。これは日本人ジャーナリストのものだから、「自虐史観」に近い。日本人だからシュートを打てないのではない。ドイツ大会日本代表FWの高原と柳沢に技術と闘争心が欠けていたから、シュートが打てなかったのだ。その証拠に、ブラジル戦で先発した巻、玉田はシュートを打っていたし、玉田はゴールをあげた。巻、玉田のみならず、先発から外れた大黒や、代表落ちした佐藤寿もオーストラリア戦、クロアチア戦、ブラジル戦でシュートを打ったはずだ。
クロアチア戦の決定機でシュートを外した柳沢に対して、「○○だったらギブスをしていても、外さない」とコメントしたのは、元西ドイツ代表選手だった。○○には、ドイツの有名なFWの名前が実際には入るのだが、そこに巻や大黒や玉田や佐藤寿の名前を入れてもいい。
日本人は自信がない、日本人はFWに向いていない、日本人は上からの命令に従うが、自主性がない・・・自虐的なコメントが氾濫している。日本人がサッカーに向いていない民族だというのは誤解だ。日本代表の敗北を国民性や民族性に還元することだけはやめてほしい。そんな粗末な回答で済むのならば、日本がサッカーに負けるたびに、民族的自虐が世の中に蔓延することになる。スポーツにおいて敗因を民族性に還元していいわけがない。なぜならば、民族性に還元された敗因は、勝因において民族性に還元されるからだ。結果、ナショナリズムや民族的優越主義が醸成されるからだ。敗因を民族性に還元することは、勝因を国家主義や民族主義に還元する危険思想と等価なのだ。
日本が予選リーグで負けたのは、監督が悪く、選手に力が足りなかったことだ。だから、能力不足の代表監督を任命した日本サッカー協会のトップが責任をとることだ。そして、ついでに、日本代表の監督、選手を過大評価してきた、サッカーコメンテーターやテレビ、スポーツジャーナリズムが反省をすればいい。それだけの話なのだ。そこが原点であり、そこから次の4年間が始まる。


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