| 2008年04月14日(月) |
浦和には不満がいっぱい |
浦和が常勝鹿島に勝利して、とりあえず、鹿島の連勝を止めた。浦和がリーグ戦4連勝をして上位に上がってきたことは、リーグをおもしろくするという意味で結構なことだと思う。
しかし、筆者は浦和の戦い振りにまったく、満足していない。どころか、いまの浦和は優勝候補と呼ぶチームに値しない、と思っている。鹿島の負け・浦和の勝利は、サッカーの不条理という以外ない。
浦和サポーターが鹿島戦勝利で喜ぶようでは、Jリーグの質は上がらない。試合内容の詳細は記述しないが、前半は鹿島が圧倒的に優位だった、鹿島が試合をコントロールし、攻撃の形をつくり、シュートを放ち、しかし、ゴールできなかった。こういう試合が何試合かあるものだ。
後半、高原に代わった永井が、オフサイド気味に左サイドを飛び出した闘莉王のクロスに反応して1点を上げた。微妙な判定。テレビ観戦ではわからないが、副審が旗を上げなかったのだからオンサイド。
ご存知のとおり、エンゲルスが監督になってから、闘莉王はDFからボランチに上がり連勝し、この試合ではトップ下を務め勝利した。しかも、闘莉王が得点に絡んだのだから、エンゲルスの起用法は成功なのだろう。さらに、闘莉王が鹿島の小笠原とマッチアップし、小笠原を封じたのだから、エンゲルの闘莉王起用は二重の意味で成功した。だから、いうことはない(のかもしれない)。
しかし、である。浦和の攻撃の形は本当に、これで良いのか。筆者は、トップ下・ポンテ不在の間、このポジションを埋める選択技として、�^ど瑤竜�用��梅崎の起用の2案を提案し、闘莉王を含めなかった。
闘莉王がDFの出身だから、攻撃の選手として起用してはならない、という決まりはない。選手は適材適所、だれがどこに起用されてもかまわない。しかし、トップ下の選手は、攻撃の形をつくるという役割がある。闘莉王がそれをして浦和が勝ったのならば、エンゲルスの起用は当たったといえるのだが、この試合を見た人はそう感じなかったと思う。少なくとも、筆者はそう感じなかった。
浦和の1点目、2点目は、個人技の結果であって、チームの規律が齎したものではない。浦和の勝因は、後半開始直後のオフサイドぎりぎりで上げた得点をベタに守って90分間持ちこたえ、終了間際に鹿島DFのミスをついて突き放したものだった。鹿島が優勢だった前半に得点していたら、そのまま押し切られただろう。それくらい、浦和の形は悪かった。
浦和に対する不満はそれだけではない。昨年のエース・ワシントンの代わりにとった高原がまったく機能しなかった。前半、高原が放ったシュートらしいシュートは1本のみ。さらに、エジミウソンも同様、攻撃に有効にからんでいない。つまり、試合中、高原、エジミウソンをチームとして活用しようという意図がまったく見られないのだ。
鹿島戦で浦和を評価できる点があるとしたら、�ゝ綺櫃妨靴靴�いったこと、�∩粟�から相手にプレスをかけ続けたこと――の2点だろう。浦和が開幕から連敗した試合では、ACLアジア王者でクラブ世界戦に出場したことから、浦和の選手・フロントを含め、慢心があった。自分達は格が違うかのようなプレーが続いた。そして負けた。
筆者に言わせれば、クラブ世界一は矛盾した大会である。世界のサッカー勢力地図は欧州が図抜けていて、次いで南米、そして北中米が続き、アジア、アフリカがやや距離をおいて続き、オセアニアは番外地だ。W杯にもその傾向はあるものの、クラブでは更に実力差が開いている。そんな現実を見ないで、浦和がACLに優勝しただけで、日本のスポーツジャーナリズムが過剰に世界、世界と騒ぐものだから、浦和レッズの選手もフロントも勘違いをする。浦和レッズはもうちょっと大人なのかなと思ったが、脇が甘いというか・・・
さて、浦和が汗をかかなければ、Jリーグでも勝てないと悟ったことはなによりも、プラスである。真面目に走り、前線から守備に入ろうと意識したことは幸いである。
ムービングフットボール、人もボールも動くサッカー、考えて走るサッカー・・・これらは代表監督を辞したオシムが日本サッカー界に求め続けてきた概念ではなかったか。人気クラブの浦和がその範を示さなければ、日本サッカーはいまの日本代表チームのようなひ弱な体質のまま、時を重ねてしまうことになる。とにかく、考えて(規律の下に)走れ。
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