人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年01月25日(土) |
友人として、医療従事者として、人として |
ようやく悟った。
大学時代に聞いた話。 N先生が、3つ子ちゃんが生まれた知人宅を訪れたときのこと。3つ子ちゃんのうち、ひとりだけ「あれ?」と思う子がいたそうだ。N先生は助産師さんだった。だからって、口には出せなかったという。お母さんが不安そうに「大丈夫かな?」と聞いてきても、何も言えなかったという。
私も今、地域の赤ちゃんにそういう赤ちゃんがいる。「あれ?」という赤ちゃん。
「あれ?」と思ったからって、口には出せない。顔にも出せない。でも、児が成長するごとに重なり行く不安材料。積み重ねられた事実のひとつひとつをつなげていくと、見えてくるもの。 気のせいであってほしい。何事もなく成長してほしい。親は自分の子にそう思うであろう。私たちだってそうだ。みんなどの子にもそれを望む。 だけど。
もし、友人にそういう子がいたら、私はどうするんだろう? 不安ができて相談されたら、どうするんだろう? そうだね、ちょっとゆっくりだね、心配だから、やっぱり一度お医者さんに相談してみようか、と、それしか言えないかもしれない。 たとえ高校時代に知り合った友人だとしても、私を看護師・保健師といった医療従事者として扱っているところが少なからずある。だからこそ、病気や障害を通して、友人の家族の問題を知ってしまったりする。 私生活でも行き詰ることがあり、なかなかに苦しい思いをしたり。
私たちだって葛藤する。赤の他人でも、その子を受け止めようと、その家族を受け止めようと、よりよい道を探して進もうと。それまでの過程はけっこうつらいものがある。
だから、一緒に。
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