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てっきり31日が『りゃ!』の始まりの日だと思っていたら、28日だったということが判明し、そのことに誰一人気づくことなく3人で延々と31日を一周年記念日と決め付け、チャットに興じていた私たちの「どうでもよさ」にちょっと呆れ気味のゆみなです。
こんばんわ。 実は私、今帰ってきた。只今の時刻午前3時。 今日は次女のバスケの保護者と顧問の先生との飲み会。 一応ね「三年生を送る会」という名目らしいんだけどね、 最後まで残ったのは先生と二年の保護者ばかり。 それにさ、私、先生になんていわれたと思う? 「子供に言うぞ!」だよ。 先生もさ、「今まで”親に言うぞ!”と言った事はあるけど”子供に言うぞ!”って言ったのは初めてだよ」とか言っちゃってさ。 思わず先生に頼んだよ。 「お願い!子供にだけは言わないで!」って。 話してみるとね、先生は私とタメだったのね。 んでもって私もタメだと分かった瞬間、 「なんだ〜〜。先生タメじゃん!同窓会みたいなもんじゃん!」なんて口走っちゃうしさ、 そしたらけっこう他所のお父さんなんかもタメの人がけっこういてね、 三次会のカラオケでは、昔の歌にみんなノリノリに乗っちゃって、 学生コンパ状態。 私もガンガン乗ったしさ、先生も乗ってたしね、普段、試合の時に怒り狂う先生とはまた別人でね、 いや〜楽しかったね。 で、話は戻り。 しかし、なんだね。 るるの代打日記をゲラゲラ笑いながら読んでたんだけど、最後の一文でびっくりしたね。 「最期までお付き合いくださいまして」 って、るる、死ぬ気なのか?遺書か? ふざけた遺書だな。 さて、『一周年企画第二弾』は、我々3人のそれぞれのベストオブりゃ!を決めるという、なんと傲慢な企画なんだろう。 「自分たちで自分の日記を褒めちぎる!」 これを傲慢と言わずしてなんという? いいね〜。この傲慢さ。自己愛の極致。自負の権化。 さすが『りゃ!』って感じだね。 で、私だが。 私はこの一年間のりゃ!でさまざまな変遷を遂げてきた。 知ってる人は知ってると思うが、私はHPを持っていた。 なんとそのHPには「Pure World」という、これだけ聞いても笑っちゃうぞ、おいっ!ってな、コンテンツがあった。詩をつらつらと書き綴っていたのだ。 そう。私は何をかくそう乙女チックだったのである。 死語だ。乙女チック。 その私がだ。 なぜか「おやびん」と呼ばれ、「ふんどし」を締め、「チリチリ頭」になり、 あげく「オカマ」として生きたら��1だね!などと呼ばれるまでに至ったのか。 たった一年で私を取り巻く環境がここまで変貌するとは誰が予想したことだろう。 おそるべし。りゃ! そして自分の書いた日記を最初から読み直し思ったことは、 初期は勢いがあった!ってことだ。 若かったんだな。 そんな私が選んだベストオブりゃ!はこの日。 なんなんだ。これ。 誰だよ。源さん。 でもやっぱり今でも「FUNDOSI」は「FENDI」と見間違える。 この頃から「ゆみなフンドシ説」が巷で囁かれ、 その後「りゃ!」をサボると、 「三日も同じフンドシを締めていた為に尻が痒くなったからに違いない」と、 あることあること言われ始めてしまったのである。 あとね、この日なんかも、けっこう好きだったりする。 太ったことを認めたくない自分が過去の思い出に浸り、なんとかしてその場を繕うあたり涙を誘う日記に仕上がっていると思うのだがどうだろう? あとね、これも気にいってる。 なにがどうのってわけじゃないけど好きだ。 しかし、なんかここまで来ると、こういう形式で日記を全部読ませようとしてないか?わし。 いよいよ明日はオオトリのあゆ。 鳳圭介のあゆ。でもいいけど。 あゆが選んだベストオブりゃ!です。 最初は「パシリ」「小心者」などと自分を卑下しつつも、か弱さをそれとなくアピールしていたあゆだが、 一年経過し、それがすべて偶像だったことが露呈されたあゆ。 どんな日記を選んでくるのか楽しみだ。 今頃眉間に皺をよせて読み返していることだろう。 お楽しみに!
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