Sale e Pepe  panna


MAIL HOME PHOTO DIARY BBS

過去 目次 未来

石垣と赤い瓦の島     2002年06月09日(日)

午前中から竹富島へ観光。
ホテルからバスでへ。フェリーで10分程で竹富島。そこからマイクロバスで水牛車乗り場へ。
これが今回の旅行の目玉(私達の間では)。
水牛車に乗り込むといきなり水牛放尿。
大人十名程+子供3、4人を乗せた車をたった一頭の水牛が引いて行く。そして本当に狭い道(水牛車一台通るのがやっとという道幅、しかも車体が長いのでぶつけずに曲がるというのはすごい)を、迷いもせずに車をひく水牛に感動。
ガイドの“おじい”は水牛に歴史上の人物の名前をつけるそうな。私達をひいてくれた水牛の名は「紫式部」。半日交代で働く水牛、午後から登場するのは「清少納言」だそうだ。なんとも粋ではないか。水牛の式部ちゃんにあやかって私にも文才が降りて来てはくれまいか。無理か。
おじいののんびりした島のイントネーションのガイドと水牛の足取りが黒く変色した石垣に囲まれた赤い瓦屋根が印象的な集落を進んでゆく。鋪装されていない道路を踏み締める車輪の音がまるで雨が落ちる音のようでドキッとする。天気予報とは裏腹に時折陽が射す薄曇りの天気。そんな空の下でも南国の緑と色とりどりの花が目に鮮やかだ。出かける前はどんなに暑いかと思っていたが、なんのなんの、東京より涼しいくらい。
いくらアルミサッシが進出しようとも、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されているだけあって、家々は美しく、街並(と言っていいのか)は時間が止まったようだ。ほとんどが平屋で、同じような石垣、同じ赤い瓦の家が続くので、短い道でも果てしなく続くような錯覚を誘う。
観光コースが終わりに近付くと、おじいが三線を取り出し「安里屋ユンタ」を唄ってくれる。始めて聴く歌だが、何度も聴いたような気持ちにさせてくれる。
その後はまたマイクロバスでコンドイビーチへ。ちょうど干潮の時間にあたってしまい、最高の景観とは行かなかったが、砂は白く水は透明、信じられない美しさだった。人も10人に満たない程しかいない。
一応長女と二人水着になったものの、突然雨がぱらつき歩いただけで海からあがった。服を着替えた途端にまた雨は止んでいた。なんなんじゃ。早めに海からあがったのはもう一つ理由があって、歩いていた海の砂の中にウミヘビみたいな物が見えたのだ。怖かったよー(涙)。
海を眺めたり写真を撮ったりしながら、日常と一番違うのは、人工的な音や匂いが全くしない事だと気が付いた。日常でなくとも私の知るビーチは絶え間なく音楽が鳴り、海水浴客の話し声がし、海の家の人の呼び込みの声がする。イカを焼く香ばしい匂いや、かき氷のシロップ、そしてコパトーン(古いか)の甘い匂い……。そんなものが一切ない。
うっすらと恐怖すら感じる程の無音。しかしこれがリゾートの贅沢というものなのかもしれない。くつろいだと言うよりは、どこかがリセットされたような不思議な感覚だった。
迎えのマイクロバスに乗り、再び竹富の港へ。道中にはお墓が突然現れる。どれも大きく立派なもの。本土や私の知る北海道の墓地とは違い、淋しげな様子は感じられない。今まで見た中では函館の外国人墓地に雰囲気が似ている。長女はバスを運転するおじさんに、「竹富の小学校に留学しておいでー」と誘われていた。竹富島の人口より長女の通う小学校の全校生徒の方が多いのだ(私の出身高校の一学年の人数(当時)と同じくらいの人口)。
小中学校合わせて全校生徒は21人だそうだ。穏やかなおじさんのお話を聴いているととてつもなく豊かで優雅な事に思えて来る。
再び来る事が出来たら、今度は自転車をレンタルして、気の向くままに走ってみよう。星の砂を探したり、石垣の上で眠る猫に話し掛けたりしてみよう。たった数時間の滞在で、私は竹富島に魅せられてしまったようだ。

石垣島に戻り、ホテルで食事をし、土産物を買う。前夜の不眠と疲れがたたったのか夕方爆睡してしまった(汗)。
前日食事をした中庭のバーベキューは天候不順の為中止。でも風が強い程度で雨も降らず、台風と言う感じはしない。中庭の見えるレストラン、大画面でサッカーの試合を映しており、そわそわムード。しかし沖縄の食事は美味しい。ヒラミレモン(シークヮサー?)のジュースがめちゃめちゃ美味しい。
夜は対ロシア戦。稲本エライ!!とてもイイ気分でビール飲みっぱなし。






My追加



Design by shie*Delicate Erotic
thanks for HTML→HP WAZA !