| 2003年10月07日(火) |
読書「耳の聞こえないお医者さん、今日も大忙し」こんな医者がいたらなあ。 |
フィリップ・ザゾウ著 相原真理子訳 草思社
昨日の日記は、「ワテの体に何すんねん!」とダメダメ歯医者について書いたのですが 何もこの怒りは私だけの問題でなく、歯科の問題だけでもぜんぜーんない! 医療過誤。毎日のように耳にする、憎いニュース。 過誤って何よとも思うので調べて見た。 過誤=思いがけないしくじり、し損ない、あやまち(福武国語辞典より) 思いがけない・・なんだ。し損ないって!?あやまちね・・ 業務上過失致死、ってあるけどどう違うのかなあ。 過失=(不注意による)あやまち。失敗。 ��注意すれば結果が予測できたのに、不注意によって気付かないこと。(福武国語辞典より)
過失じゃないの?思いがけない、で通用するのでしょうか。 最近の医療過誤事件をやらかした医者は全員、この本を読んで反省しろ!といいたい。 なんてこのような本を読む感性や反省する心があれば 最初からこんな事件に関わったりしないと思うので、無理だと思うけど。
前置きが長くなったけど、この本の著者である家庭医のザゾウさんは、 聾(ろう)であり、そのせいで被るハンデを乗り越え 見事医師になり、自分の信念にしたがって愛される医師になる。 この本は医師になるまでの人生と医師になってから出会った 患者さんとのやりとりなどを織り交ぜたドキュメンタリー・エッセイになっている。
彼の医師になる為の努力、意思の力。 医療に携わる者としての志や患者さんに対する姿勢、思いやりが本の中から溢れている。 なんて素晴らしいんだ!といちいち思ってしまう。 患者さんに対してというより、人間に対してといった方が適切。 医師として、人間として大切なものを決して見失わないで 彼は自分に出来ることを尽くしているのだ。
皆が待ち望む、本来の医師の像って このザゾウさんのような人のことではないのかしら?
単なる苦労話や堅苦しい話では決してなく、家庭医らしく 地域の人々、あっと驚くような患者さんたちの個性。 本当にいろんな人が来る。世の中にはいろんな人がいるのだ。 心温まる交流など、楽しく、ちょっと興味をそそる話題も多い。
もちろん、耳が不自由であることで起きる、困った事や苦労したことが 書かれている。聞こえないことで確かに不自由な事もあるが 不自由だからこそ、患者さんの身になれたこともある。 私が彼に診てもらうことは無いと思うけど、彼のような医師がいて いると知れてよかったな、と思う。
一見、何のハンでもないけど、心がハンデな人が増えている気がする。 心のハンデは誰にも見ぬけないだけに恐ろしい。 目に見える障害より、心がねじくれた、貧しいという障害の方が 重症なのではないかといつも思っているのです。 そんな人は医師という対人間の仕事(仕事という言葉で片付けられないか) についてはダメだよ。
てゆーか、患者になる可能性のある全ての人が 医師という職業についている人全員に、ザゾウさんのような人格を求めていては 危ない、という認識をした方がいいのかもしれない。 そうあって欲しい、そうあるだろう、というのはもう通じない。 ただの「仕事」としてやっている人がいるのは現実だから よくよく選んで病院に行った方がいいのだ。本当に。
ザゾウさんのような医師には本当に甚だ迷惑な話だと思うなぁ。
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