| 2003年10月14日(火) |
「ハズイって恥ずかしい?」 |
読売新聞10月12日日曜日の「編集委員が読む-再び日本語を考える�� 橋本五郎「ハズイ」日本語はやめよう」を読んで「ハズイ」は やっぱり一般に浸透していると確認できた。
私が学校に通っていた頃「ハズイ」は日陰の言葉だったと思う。 それはクラスメートのオタク気味なグループが使用していた時に オタクとは縁の無いグループの人たちがそれを耳にして 「変な言い方やな。」「気持悪い。」「おかしい」と否定していたからだ。 実際、教室で「ハズイ〜」と大声で話し捲くっているグループは そう言われている事など永遠に気付かないタイプで そういう人だからこそ、周囲から浮き、揶揄されているのだったが。 そこで私は「そうかハズイはオタクの踏絵なのだわ」と認識し 決してコレを使うことはなかった。
オタクについてあまり知らない人には申し訳無いのだが いわゆるオタクさんたちには、彼ら独特の言いまわしが存在する。 だからそれを使っていることが見分けるバロメーターになってしまうと思う。 私はどちらのグループにも属したくないタイプだったので、 意識して、言葉には気をつけていた気がする。
そんな時代を経て、現在ではもう「ハズイ」は市民権を得て、ごく普通の人々も 使うようになっていたか、と感慨深かったのだ。 オタク話し言葉が標準語?に勝った珍しい例なのではないか。 いや「ハズイ」が本当にオタクから派生したのか知らないけどさ。
「ハズイ」に限らず、新聞では「ショボイ」「ダサイ」「ナニゲ」「ヤバイ」など 会話に混ぜて使う事に対して待ったをかけているのだが それは絶対に使うな!ってことではなく、正しい日本語、表現をマスターして から使うならよいという譲歩案もあった。
私もそう思う。美輪明宏の本にもそんな事が書いてあったと思うけど 基本が出来てこそ、応用で魅力アップするという事なんだけど。 職場で、学校で、あるいは目上の人と話すのに相応しい話し方が とりあえず出来て、何が正しいかわかった上で、くだけた話し方を 意識的に使うというのは、演出にもなるし、人間関係の幅を広げる 効果もあるかもしれない。一朝一夕には出来ない、だからこそ。
オタクかオタクでないかはどうでもいいかもしれないけど 話し方はその人となりを充分推し量れる物差しなのだから 侮らず、マスターしたほうが絶対によいといえます。
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