ものの見事な胃炎です。 父とは古くからの友人だという医師は、ため息とともにそう言った。 「あいつは胃に来るタイプなんだよな。小学生の頃、写生大会の前日も胃痙攣起こしてたし、大学入試のときも胃炎になって、試験の後で病院に直行する羽目になったし。俺はあいつのために医者になったんじゃないかって思うときがあるよ」 「大丈夫なんですか」 椅子に座り、斜めに机に向かいながらも医師はプリプリと怒っていた。 「医師としては大丈夫。友人としては救いようがない」 「はぁ」 「自覚が無いんだよ。だから進行するまで気がつかない。体調不良を押して生活していたんじゃなくて、倒れるまで不調だとすら思わないんだろ、あいつは」 「ものすごく鈍いってことですか」 瞬の問いに医師は意地悪く笑った。 「そ。性格だけでなく、腹の中身まで鈍いんだよ」 ケケケと意地悪く笑うと、医師は音を立ててカルテを閉じた。「薬を出しておくから、確実に飲ませて」という指示に頷く。「確実にね」と念押しされて、優の薬に対する態度が知れた。
「というわけで、明後日には一応退院できるらしいけど、薬だけはちゃんと飲めってさ。通院日も守ることって、般若みたいな顔で僕が怒られたけど」 「ああ、あいつ般若っぽいよね」 少し疲れた顔で笑う優に瞬は何度目かのため息をついた。 「気をつけてよ。僕、できるならしばらく病院には来たくない」 「……そうだね」 優は一つ息を吐くと目を閉じた。 「あのね。僕は瞬君に隠し事をしてるんだ。多分かおりさんも。今まで君に嘘をついたことは無いよ。けれど……意図的に隠していることがある」 瞬はどんな隠し事かとまぜっかえすつもりで口を開きかけるが、すっと目を開けた優の顔を見て口を噤んだ。 「もっと言えば、君や他の人が僕達に関して誤解をしていたとしても、訂正はしてこなかった。だから、それも嘘だというのなら、嘘をついているといわなくてはならないかもしれない」 「なんだよ。やけに真面目に。優さんとかあさんってことは、アレでしょ。二人の出会いとか、再婚とかの話。実は二人は恋人でも夫婦でもないとか」 「ちゃんと恋人を経て夫婦です。……でも、出会いなんかは隠し事の範疇かな」 優は瞬の言葉に一瞬笑みを浮かべたが、すぐにかぶりを振った。何か考えているらしい。 「いずれ分かってしまうことだから、先に言っておこうかと思って」 優は傍らの引き出しから財布を取り出した。カードを一枚抜き取って瞬へと差し出す。 受け取ってみると、キャッシュカードのような質感だった。優の顔写真と左側にはアルファベットで何か綴られている。 「これは?」 「入所証明。僕とかおりさんの職場の」 カードには確かに優の顔写真が貼ってあった。少し緊張した面持ちで、珍しくワイシャツを着ているようだ。優が勤めている保育施設は、自宅から数キロのところにある幼稚園を母体とし、隣町にある薬剤研究施設の中の託児施設での託児も請け負っているらしい。 「これが、なに?」 「かおりさんは研究所で知り合ったんだ」 「あれでしょ。交流会みたいなやつ。優さんがピンクのエプロンしている写真を見たよ」 優は少し笑みを浮かべて頷いた。 「交流会で間違いないよ。でも、かおりさんは託児室のスタッフとしてそこにいたわけじゃないんだ。彼女は、研究所側からのスタッフとして参加していたんだ」 「研修所側……」
|