2008年02月09日(土) |
ひとりリレー小説「お弁当持って」第1話 |
「人の顔」の記憶は2週間で書き換わるという、 余りにも断片的過ぎて、 どう解釈したらいいかわからない情報を得た。 多分、「ふと鏡を見て感じる違和感」を説明するには 十分過ぎる情報なんだろう。 私はもっとマシだったはず、あるいは、私ってこんなにイケてた?と、 どっちにしても、並みの羞恥心があれば、ちょっと人様には言えない、 あの気持ちである。 2週間というのは、長くて短い。 例えば、生々しい話をすれば、 ある程度の年齢と「心当たり」を持つ女の人は、 よほど生理不順でもない限り、2週間「遅れた」ら、 産婦人科にかかることを考えるだろう。
顔の記憶がそんな感じなら、思考とか意識はどうか。 下世話な話だが、数字選択式宝くじのハズレ券収集を趣味とする私は、 昨日までは 「どうせ当たらないんだから、つもり貯金でもした方がマシ」 と考えていても、 その翌日には、 「今日は「来そう」な気がするから、ドーンと張り込んで、1,200円分買おう!」と 自分スケールで太っ腹な気持ちになったりすることが間々ある。
宝くじ抽選はないが、仕事は山ほどある土曜日、 私は、突然、小説を小分けにして書きたくなった。 それも、プロットや登場人物や構成を丹念に考えるんじゃなく、 全くの行き当たりばったりで。 昨日と今日とじゃ考え方が全く逆になっていることもある人間である。 独りでリレー小説を始めても、 意外と自分でもわからない方に転んだり突っ走ったりするんではないかと 思ったのだ。 もっとも、明日になったら、 「こんな面倒くさいこと、何でやろうと思ったんだろう」と 思ってしまうかもしれないが。
せめて三題噺にしようと思った。 まず、自分で出した「煎餅」。これは見たばかりの夢による。 それから、模試のため朝から留守の長女にエールを送らんと、 「模擬試験」。 そして、次女に「何でもいいから言葉を言ってみて」といったら、 「リス」と言った。 朝方トゥーンディズニーで見た、 「チップとデールの大作戦」のせいだろう。 「煎餅」「模試」「リス」で書き始めることにする。
まあ、時間が許すようでしたら、読んでみてください。
私は夢の中で、 大量の塩煎餅をバリバリとかじっていた。 それも、なぜか仰向けになってかじっていたので、 かけらが目に入ってくる。 唇も、まるで海から上がったときみたいに、 シオシオのシワシワになってしまった。 我ながら、バカっぽいことをしているなあと思いながら、 それでもかじるのをやめないでいたら、 知らないうちに目が覚めていた。
一応、携帯電話でアラーム設定してはいたのだが、 目が覚めたのは、夢の中のリアルに煎餅をかじる音のおかげだった。 のみならず、目に入ったかけらのせいもあったかもしれない。
私は、愛らしいリスのマスコットでおなじみの 携帯電話会社のカスタマーである。 家……というか部屋には、固定電話はない。 人口7,000人の村から、 バスと電車を乗り継いで1時間半かかる人口30万のこの町で、 高校に通うためにひとり暮らしを始めて、 かれこれ2年弱である。 ひとり暮らしを始めるときに、 八つ年上の姉が買ってくれたのが、 オレンジのボディーの携帯電話だった。
姉は、やはりこの町の高校を経て県都の大学に行き、 小学校の先生になった。今は出身地の隣村に赴任している。 姉が高校受験の頃、私の学校は男子校だったので 受験すらできなかったという。 「あの学校に入れるなんて、名誉なことなんだよ。 毎朝きちんと起きて、サボらず行きなさいよ」と 目覚まし時計のつもりも込めてプレゼントしてくれた。
姉は私に甘い。 自分は片道1時間半、ほぼ皆勤で通ったが、 そんな苦労は私にはさせたくないと、 下宿ができるように両親を説得してくれた。 親戚や知人もなかったので、 母親は、まずは賄いつきの下宿を探そうと言ったが、 私の性格上、それは合わないだろうと、 学校の周辺でいい物件を探してくれた上に、 仕送りの補助まで申し出たらしい。
よくよく考えると、あのときの姉の高揚ぶりは、 かわいい妹のためというよりも、 自分がしたかったことを妹にさせて、 追体験しようみたいな意味もあったのかもしれない。
どちらにしても、私がかなり恵まれた高校生であることは間違いない。 「恵まれた高校生」への答えとして、 気ままにわがままいっぱいに暮らすより、 健気で感心な高校生になることを、私は選んだ。 なぜならば、非常にプライドが高いからだ。
実家にいた頃は、ホットケーキを焼くのが関の山だったが、 料理もまめにするようになった。 弁当もほぼ毎日手づくりしている。
夜中の1時近くだったが、 テスト勉強に飽きて、気分転換に弁当の仕込みを始めた。 冷蔵庫にあるもので、何とか作れそうだったのは、 コロッケ(ツナ入り)、切干大根の炒煮、卵焼きくらいである。 卵焼きは朝でも何とかなるが、 ジャガイモをゆでてつぶしたり、 切干大根を戻したりする作業を考えると、 今やるべきことがたっぷりある。
AMラジオをつけると、中高年向けの番組をやっていた。 「ラ・クンパルシータ」というタイトルは知らなかったけど、 聴いたことのあるタンゴの曲を聴きながら、 コロッケに衣をつけ、 ニンジンと一緒に炒煮した切干大根に 味がしみたのを確認したところで2時になっていた。 7時に起きるとして、5時間は眠れる。 安心して布団に入ると、そこから寝つくまでの記憶がないほど ぐっすりと寝入ってしまったようで…… 煎餅をかじる音で目を覚ましたときには、 「8時15分」の表示が、携帯のディスプレイに確認できた。
学校までは歩いて5分の近さなので、 大急ぎで身支度をすれば、 寝坊したことを悟られない程度に繕って、 さらに遅刻もせずに学校に行けるかもしれない。
が、そうしたら、お弁当はどうなる。 冷蔵庫で眠っている 揚げる前のコロッケや、切干大根や、大好きな柴漬けの立場は? さらに、7時には炊き上がっていて、 しゃもじが入るのをジリジリしながら待っている、 炊飯ジャーの御飯は?
本当はかなりのパニック状態になってもおかしくないのだが、 私はなぜだか、自分で自分が理解できないくらい冷静だった。 まずは台所に立ち、炊飯器を触ったら、 全く「ぬくもり」を感じない。 つまり、最初から御飯が炊けていなかったのだ。 内釜には、6時間以上水に浸されたお米が 入っているだけである。
ジャーの蓋を開けられた軽い衝撃でゆらゆら震えている、 米を浸した水を見ているうちに、 「今日はサボろう」という選択肢が頭に浮かんだ。
「どうせ模試だけだし、別にいいんじゃない、そういうのも」 私の口をついて出てきたひとりごとは、それでも聞き手を探した後、 あっさりと空気と同化した……ような気がした。
「お姉ちゃん、ごめん。私は今日はサボります」 窓を開けて、姉が住む村と思われる方に向かって、 手を合わせて詫びたら、 罰当たりなことに、すっかり気が楽になってしまった。
「体調が悪いので、今日は休みます」 この一言を、どう学校に伝えたものか? たとえどんなにたやすいことでも、 経験がないことは難しそうに思える。 「大事な模試だから、張ってでも出てこい」的なことを言われたら、 はて、どうしたものか(まあ言わないだろうけど)。
もしもこのまま連絡なしで学校へ行かなかったら、 何時ごろ、この電話が鳴るかなあと考えながら、 ぼんやりとディスプレーを眺めているうちに、 バックライトが消えた。 (第1話 了)
この話、続くのか?
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