『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年05月23日(木) 雨の日の子守唄−3 「もし、祈れるなら」

「小さな雨の日のクワームィ」


小さく泣いた、大きな空が泣いていた
芽吹いたゴーヤ遠い潮にいのりながら海を知らない雨、食べた
天までのびてたくさんの実をつけたなら島に届くね

だけどここは寒いといって夢を見ながらほんの少しだけ、泣いた


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サトくんに。


お通夜
告別式
初七日


順当に手順を踏みながらあなたは旅立ってゆきます。
暴力的な腕があなたを遠ざけているようにあたしには思えます。
本当の意味で「遺族」と名づけられた人たちのなかにあたしは入れず
その人たちのかなしみようも、それでも立ち続けることの苦しさも
あたしは知らず。


それでも
あたしは


すごくすごく昔、あたしには広すぎるあなたの家の芝生をかけまわっていた。
おじいちゃんが死んだ日、水色のぶらんこで一緒に遊んだ。
場違いな白木の祭壇の横で、静かな顔で賛美歌を歌った。
大学を辞める日、隣の部屋のコタツに座って泣いていた。
第二のサトくん人生を着々と歩んでるよ、と冗談に紛らわせて本気でいえば
それは困るんだけどなあと穏やかな顔で笑った。
人のいい笑顔で、
やさしすぎる笑顔で、
困ったように笑った、


その、ひとつ、ひとつ、ひとつ、ひとつ、ひとつ、ひとつ、


あなたを見送らなければならないと言うんなら
せめてそのすべてを知る人に
悼むような涙でみおくって欲しかった
なのに


「知らない人ばかりに見送られてあなたは旅立っていっちゃったんだ」。


見ず知らずの喪服を着たおじさんたちが偉そうな人たちが
次々に「お焼香」を繰り返しあたしの前を通り過ぎて
そうして部屋を出て行く。
志と書かれた灰色の模様の紙袋を受け渡し、帰ってゆく。

そうしてみんな、いつもと変わらない日に帰って
玄関先で塩をまいて、喪服の埃を払って、夕飯なんか食べて
ああ疲れた葬式は嫌だねとお酒の1杯でも飲んで眠りにいってしまうんだろう。


それはとてもあたりまえのことなのだ。

そうでなければ

押しつぶされてしまうかもしれないでしょう?



「 ・・・・・・そう まるであなたがそうしたように おしつぶされて 」



なのに、あたしは、それが腹立たしくてたまらない。
かなしみを受け取る人がその場所にいないことが
ただ、腹立たしくてたまらない。
「いっそ涙に押しつぶされるような人の一人や二人いればいいのに」
そう思っていさえするのに。

あなたには誰も居なかった。


そしてあたしは
あなたのそばには、居られなかった。
いくら近しく思っていたとしても
そのことばを伝えられるほど大きくなるまであなたは待っていてくれなかった。

あなたのなかのあたしは
水色のぶらんこに乗って制服をひるがえすあたしのまま。
コタツの反対側に座って悪い子になんなきゃだめだよと説教して
泣いてるあなたを苦笑させた、こましゃくれた従妹のまま。


それもまたひとつの恨みなんだよ。ねえ、ねえサトくん、


・・・・・・返事はなかった。


それだから。


あなたの白い骨が
ばらばらと粉々にわけられて、そしてどこかほんとうに
あたしの知らない場所へ、逝ってしまうのを
あたしは、見届けようと思います。

極楽だか浄土だかわからない、
少なくともあたしにもあなたにもちっともなじみのなかった
どこかに納められる白い骨のかけらのゆくすえを
見届けようと思います。

あたしという存在が
その場所には不釣合いなのだと
わかっていても。
本当はその資格がないのだと
わかっていても。

それでも。


すぐに乾くような涙を流す人たちだけで
あなたを見送ることを、黙って見ているということは
あんまりに許しがたくて
うすらさむくて
この我侭なあたしはすべての約束を反故にして、またその場所へゆきます。
あたしのために、そこへ行きます。

かなしみも涙もなしで
参列してゆく黒い服の人たちを憎んで
あなたを取り巻いて、でもあなたと手をつながなかった
たくさんのたくさんの人たちを憎みながら
読み上げられる読経の声を、金色と紫のその衣装を
にらみつけながら。どこまでも反抗してその場に居続けようと
決めました。


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本当は、あたしはもう知っている。


あたしは

あなたが置いていった、この傷口を、生乾きのままかなしむために

目につくあらゆる人を呪って
あなたにまつわるすべてのことに首を突っ込んで

自分のなかをえぐっているのだと。

ただ、あなたが残していった、ただひとつのこの傷口を消したくないから。



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もし、祈れるなら。


所詮は贋作の十字架だけど
あなたの骨が骨になるその日曜日、このあたしのお守りを左の手のひらに握り締めて
あたしは祈ります。どこまでも、誰にでも反抗して、祈ります。

あなたが信じていた神様の居場所がこのせかいのどこかに
本当にあったらいい。
なければならない。


きっと、祈ります。




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