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■ 【短編ファンタジー】 ピディーがくれた夢 (�機�
オハヨウございます。 そろそろ・・・本当に、ストックしてある作品は、無くなってまいりました(:_;)
そりゃぁ〜、ホボ毎日、日記の更新していれば、なくなるわなぁ・・・・・・。
今、一つ手掛けている作品(エッセイ集)は、応募用なので、残念ながら、載せる事が出来ません・・・・・。m(_ _)mゴメン
未発表に限る・・・・・・なので。(笑)
そこで・・・、今回ご紹介する作品は・・・・・・、
私が、3年前に、子宮癌で入院して居た時、私が入院していた婦人科病棟と、小児科病棟は、同じ階の、隣同士にあり、そんな理由から、仲良しになった子供が居たり、その子供たちのお母さんとも、色々な悩みや、不安を語り合ったりしました。
しかし・・・、幾人かの子供は、白血病や、小児癌で、亡くなってしまったのです。
そんな子供たちのために捧げたい・・・・・と、私が創った、処女作で、そして、チョッピリ哀しい物語です。 ちょっと長いので、何部かに分けて、掲載いたします。 是非 読んでください。
『ピディーがくれた夢』
ここ都会をはなれた郊外(こうがい)に、ひっそりと建てられた、『チャイルドホスピス』とよばれる、病院です。
3階建ての、小さな病院は、たくさんの木立ちに周りをかこまれた、とても静かな場所にありました。
時折(ときおり)聞こえてくる小鳥たちのさえずりや、風のささやき、小川のせせらぎや、虫たちの合唱が、病気におかされた、いたいけな子供たちの心を、やさしくいやしてくれるのです。
秋がおとずれて、枝からはなれた、色とりどりの木の葉たちが、いつしか音もなくふりつもり、おだやかな朝日にてらされています。
それが、まるでジュウタンを敷(し)きつめたように、色あざやかな、美しいもようを描(えが)いているのです。
その病院の一室に、小山めぐみという、一人の少女が入院していました。
(�機法 �
3階のすみの病室に、軽やかなノックの音がひびきます。
「おはよう! メグちゃん。お熱を計りましょうね?」
カーテンがひかれ、飛び込んできた木(こ)漏(も)れ日(び)に、まぶしそうに目を覚ましたメグの耳元に、大好きな看護婦(かんごふ)の木崎(きざき)さんが、やさしく声をかけました。
「おはよう、キィーねえちゃん」
ネボケまなこのメグは、体温計をうけとると、それをワキのしたに入れて、窓のほうに顔をむけました。
窓の外では、木立が風にゆれ、スズメ達がさえずりながら、楽しそうに、おにごっこをしています。
「あーぁ、メグもお外に出たいなぁ〜」
メグはため息まじりに言いました。
木崎さんは、そんなメグに、ニッコリほほ笑むと、
「じつはメグちゃんに、ビッグニュースがあるんだ。今朝ね、先生から、『メグちゃんは、とってもおりこうさんだから、もしもお熱がさがっていたら、少しだけお外に出てもいいよ』って、おゆるしがあったんだけどなぁ〜」
と、すこしいたずらっぽくいいました。
「キャーッ! 本当? ヤッタね、ピディー」
メグは大はしゃぎで、まくらもとのピディーをだきよせました。
「コラコラ、まだ、よろこぶのは早いぞぉ〜。もしも、お熱が無かったら・・・だからね?」
メグは、首をすくめると、ペロリと、舌を出しました。
―メグはまだ、やっと9才をすぎたばかりなのに、『白血病』という、とてもおそろしい病気なのです。
7才のおわりに発病してから、今までずっと、都内の大学病院に入院していたのですが、お父さんと、お母さんの希望で、一月(ひとつき)前にこの病院にうつってきたのです。
『チャイルドホスピス』と言う所は、病気が進んでしまって、もう、どうしてもなおすことが出来なくなってしまった、かわいそうな子供達のために建てられた、それは、それは、とてもかなしい病院なのです。
できるかぎりに、病気のくるしみや、痛みをおさえてくれて、心に安らぎをあたえてくれるばしょ。
そして、そんな子供達が、神様にいだかれるその日がくるまで、夢ときぼうをすてないで、せいいっぱい、少しでもながく、楽しく生きられるように・・・・・・という、いのりがこめられた、病院なのです。
メグの幼い命の炎が、もうすぐ消えてしまう・・・・・・。そう、大学病院の先生から聞かされた時、お父さんもお母さんも、大変、なげき悲しみました。
「自分たちの命とひきかえにしても、メグの命だけは助けてください!」
お母さんたちは、お医者様にも、神様にも、毎日必死(ひっし)でお願いをしました。
でも、メグの病気は、いっこうによくはならず、とうとう主治医(しゅじい)の先生から、もっともざんこくな、命のせんこくを、つげられてしまったのです。
それでも一年いじょうもの間、メグは大学病院で、とてもつらいちりょうを、ずっと、受けつづけて来ました。
大人でさえも、がまんが出来ないほどの、それは、痛くて、こわくて、つらいものでした。
―いつかきっと、元気になれる―
そう信じて、がんばりつづけるメグのすがたを、お父さんもお母さんも、もう、かわいそうで、これいじょうは、見てはいられなくなったのです。
もしも、命をたすけてあげられないのならば、せめて、安らかに、何の苦しみもなく、神様のところに行かせてやりたい・・・・・・。
そう願った両親(りょうしん)たちは、こわい検査(けんさ)も、つらいちりょうもしない、『チャイルドホスピス』を、かなしいけれども、えらんだのでした―
― 続く―
2002年05月26日(日)
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