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■ 【エッセイ】 やりたかった餃子Bar
私は4年前の癌になる前、二つの店を持っていた。 (ジャニス【�機曚函▲献礇縫后抬供曄法擇匹舛蕕皺礁勝�
私がメインでやっていたジャニス【�供曚蓮■隠個擇曚匹療垢如▲團▲里鮹屬い疹�洒落た洋風居酒屋。
内装は私が業者に頼み、元々和風だった店をがらりと洋風に変えてもらい、店内も黒とグレーのモノトーンに統一した。 しかし、かつての内装を所々そのまま活かし、天井に在った白木の格子の梁と、それと揃いのカウンター上の灯り取り、大きな白木のカウンターと柱等の全てを、まっ黒に塗り直してもらった処、洋風のペンダント型をした洒落た照明と良くマッチし、まるで大正ロマンの頃の雰囲気を醸し出しているような、暖か味のある不思議な感覚の店になった。
ジャニス【�供曚蓮�客の年齢層も若く、40〜50種のオリジナルな手作りフードと、外国産のBeer・各種ドリンク・カラオケを置き、値段も安く、皆が気楽にガヤガヤ集まれるような、そんな店だった。 ピアノを利用し、偶にJazzやシャンソンのミニライブなども企画していた遊び感覚豊かな店だ。
もう一つのジャニス【�機曚蓮�元々は母が一人で始めた5坪程の小さな店。 カウンターだけで、収容人数10人強の、やはり、造りは洋風なのだが、そこも山小屋のロッジ風の内装で、小さいながらも暖か味のある店だった。
【�供曚鮨靴燭乏�店するまでの数年間は、私も自分の仕事が終わると母の店を手伝ったりしながら、徐々に顧客を増やしていたのだった。 その成果があり、母の店だけでは顧客を収容しきれなくなり、私が銀行から多額の借り入れをし、新たに店を始める事となったのだ。
双方の店は徒歩3分程の場所にあり、母は母、私は私で、張り切って互いの店を経営していくつもりでいた。
しかし私が【�供曚鬟�ープンして僅かひと月後、母が癌の病に倒れ、ジャニス【�機曚盪笋坊弍銚△�移り、それからは、病気の母の世話・当時小1だった息子の世話・ジャニス【�供曚琉飮�にと、てんやわんやだった私は、【�機曚諒�までは手が廻らず、学生のアルバイトなどを使ったり、代理責任者を雇ったりしながらジャニス【�機曚盂諒櫃径海韻突茲燭里澄�(発病4年後に母は亡くなったが・・・)
信頼して任せていた学生たちの卒業や、その後、中々良い人が見付からず、ただただ無駄に家賃を支払っていた時期も、少なくはない。 それでも、母の想い出が沢山詰まった店を、何とか確保しておきたかった。
それから十数年・・・・・・。
バブルも弾け、世間が不況に喘ぎ始めた頃から、諸事情が重なり、私も多額の借金に喘いでいた。そんな折、運が良いのか悪いのか、1999に道路拡張で、13年間愛され続けて来たジャニス【�供曚�立ち退きしなくてはならなくなり、借金の面では、何とか一命を取り留めた。 (もし、立ち退きになっていなかったら、心中してたかも知れない・・・・・・)
私はもう、大きな店をやる気などさらさら無かった。 私は、残された故郷のジャニス【�機曚如△海造鵑泙蠅函�餃子BARをやるつもりでいた。
餃子は私が十九歳の時に亡くなった、料理好きだったパパ(父)の、一番の想い出の逸品なのだ。
私が子供の頃、パパのアルバイト先の中華料理屋さんにしょっちゅう連れて行ってもらい、厨房でパパの餃子作りをじーっと見ていた。 両親が離婚してからも、パパとは交流が有ったので、やがてパパが始めた居酒屋でも餃子を出しており、アルバイトがてら、良く餃子作りを手伝わされたりしていた。 特にパパの餃子は天下一品で、皮の作り方から具の作り方まで、全ての手順を私は叩き込まれた物だった。
その経験と、パパの想い出の味を活かし、外国製のBeerとJazz。そんなお洒落な雰囲気の中で、若い女性客でも気軽に美味しい餃子をぱくつきながら、楽しく飲めるような、そんな店をやるつもりで、準備万端整えていたのだ。
10万もする餃子専用の焼き台まで用意した・・・・・・。それなのに、今度は私が癌になってしまったのだ・・・・・・。
そのお陰でジャニス【�機曚泙任癲⊆衒�さざるを得なくなったのだ・・・・・・。 癌の治療に何年掛かるか解らず、治るかさえも解らなかったので、その時点でジャニス【�機曚眥�めて、引き払ってしまったのだ。
やりたかったなぁ・・・・・・、餃子Bar。
パパとの想い出を、母の残した店で、何とか合体させたかったのだ。(笑) それが私に残された、ささやかな夢だった・・・・・・。 二人の想い出に包まれながら、もう一度再出発をするつもりで居たのに・・・・・・。
餃子の他には、メニューには載せない私のオリジナル料理をお勧め品として2〜3置き、客達とワイワイガヤガヤ交流できるような、そんな小さくて、心の触れ合える店を、是非、私の城としてもう一度やりたかった・・・・・・。
今、我が家の台所の棚には、あの時意気揚揚として購入した餃子焼き機が、手付かずのまま、所在無げに横たわっている。
2003年04月20日(日)
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