ジョージ北峰の日記
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2004年01月11日(日) 雪女、クローンAの愛と哀しみーつづき

 彼女は産まれて来た子供に何の異常もないと告げられると、ほっとしたのかあるいは又それまでの緊張の糸が1度に切れてしまったのか数日間寝込むことになった。それでも自分の子供が余程可愛いのか彼女は付きっ切りで世話し、一日中子供の顔を見ていても飽きることがない、と言った。私はA子の健康状態が心配だったので、誰かに手伝いに来てもらってはと薦めたが、彼女は、その必要はない、あなたは自分の仕事に専念してくださったら良いのよ、とにべもない返事だった。
 しかし彼女の幸せは長続きしなかった。産後一ヶ月の検診で悪性腫瘍が彼女の体全身に広がっているのが確認された。妊娠中抑えられていた癌細胞が一挙に増殖を開始したのである。寒い冬が続き、抑えられていた桜の蕾が一挙に開花したかのようで、もう手遅れ、散るのを待つだけだ、手の下しようがない、とC医師は断言した。
 XIV
 2月に入ってその日は朝から奇妙な天候状態が続いた。雪が降っていたかと思うと突然日が差し込む。雪に覆われた木々の葉や枝が太陽の光にあたかも宝石店に美しく陳列されたダイヤのように八方に輝く。彼方此方で突然木の葉が揺れたかと思うと四方に雪の粉が飛び散りしだれ桜のように降り注ぐ、とその合間から時に名も知らない大柄の鳥が奇妙な声を発しながら飛び去っていく。
 A子の病状が思わしくないことを知って今後の診療所の運営をどうするか話し合うために集まった村人も、今日はあまり経験したことがない天候だとか、A子の病状がどんなだとか、今後の診療所の運営が心配だとか口々に語っていたが、いつものことで、鍋を囲み、お酒が入ってくる頃にはすっかり外の天候・診療所の運営の話などはそっちのけの話題となり村が抱かえている諸々の問題、殊に過疎化の問題は深刻で今後若者を村に引き止めるには如何すべきか?それにはA子のような、若くて美しい女性が村に来てもらうことが早道だとか、果ては某家の誰某の噂話が挟まったりして会議の内容が脱線することの方が多かった。ただ全員が喜んでくれたのは私が当分この地から離れないと言うことだった。
 しかし結局、会議でははっきりした結論も出ず近い将来もう一度話し合いを持とうと決まっただけだった。帰り際に数人がA子の病状を見たいと二階の病室を訪れた時、A子はベッドに座り微笑んでいた。
 彼女の病状は確実に進行しつつあった。貧血が強く、昔のようなふっくらとした健康美は失われ、主人から忘れられ、置き去りにされたみすぼらしい蝋人形のようにさえ見えた。その姿から、彼女の健康が再び回復し昔のように仕事に復帰することはとても不可能なこと、と村人達は悟ったようだった。それでも、皆は元気そうで良かったとか、色々見舞いの言葉をかけてくれたが、誰かが体に障るから横になって下さいと薦めると、A子はいいえ今日はとても気分が良いのです、元気そうな皆さんの顔を見るととても勇気付けられます、とはっきりした声で答えた。
 村人達はそれ以上彼女の姿を見るのがつらかったのか、それとも気をつかったのか、早く元気になって下さいと言って帰っていった。


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