あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2003年08月13日(水) 僕が64歳になっても。



つらいとき走っていく場所がなかったですか。
高校生くらいの頃。
もっと単純に言えば、秘密基地みたいな場所がなかったですか。
コドモの頃から、ずっと。

僕にしてみれば、いつも現実にそんな場所が存在したわけではないけど、小学生の頃も中学生の頃も高校生の頃も、どこか独りになれる場所があったように思います。
それは朝の保健室だったり、校舎の屋上だったり、非常階段の上だったり、美術準備室の隅だったりしたけど。
泣かないことを覚えるために必要な、時間を与えてくれる場所。
自分の中身を全部ぶちまけてしまって、ひとつひとつ整理しながら詰めなおす作業をする場所。
条件はひとつ、独りになれるということだけだったかもしれないけど。
外界をシャットアウトできる、静かな場所で。


友人からメールをもらったりして、不意に思い返す。
今僕にそんな場所が明確に存在するわけではないけど。
たとえば恋人を連れて行きたい場所ならある。
だけど時々、自分だけのために存在したような薄暗い静かな場所に走って行きたくなるときがある。
・・・それが子供じみてる、と言われてもいい。
だけど何歳になっても誰もいない真夜中が淋しいように、何歳になってもそれは変わらないんだろうと思う。
僕が64歳の爺さんになってもさ。




↑When I'm sixtyfour.
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周防 真 [MAIL] [HOMEPAGE]

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