石田彰に右往左往日記
目次|昨日|明日↑今ならアビスっぽいのがついてくるかも
梅雨明けを迎えた最初の月曜日。 早朝ということもあるだろうが、陽射しはゆるく気温もさほど高くないようだった。夜明け前に降った雨のおかげで清廉な空気があたりを包み、水たまりが輪郭の薄い太陽を照らした。 始業時間より一時間以上早く、土浦は登校していた。練習室でピアノを使うためだ。コンクールの日が近づいているのに防音設備のない自宅では思うように練習ができない。ここ一週間ほど下校時刻ぎりぎりまで練習室にこもり、学校が開く時間と同時に練習室へ駆け込む日々が続いていた。 しんと静まり返るエントランスを抜けて、前日から申請してあった練習室に向かう。まだ誰も来ていない練習室棟はドアの開いた部屋がずらっと並んでいる。 (三番ルームだったよな) 手前から数えて三つ目の部屋が土浦の予約した部屋だった。 (ん?) 扉が閉まっている。 (おかしい、俺以外に申請した人間はいなかったはずだぜ) 不審に思った土浦は早足で扉の閉まった部屋に近づいた。 耳を澄ますと、かすかにヴァイオリンの音色が聞こえた。 (まさか) ノックもなしにドアを開けると一瞬ヴァイオリンの旋律が途切れ、あからさまに不機嫌顔つきの月森と目があった。 「……君か。何の用だ」 「それはこっちの台詞だ。こんなところで何してるんだよ」 「見て分からないか。練習だ。良い演奏には日々の鍛錬が欠かせないのは当然だろう。そんなことも分からないのか」 いちいち癇に障る言い方をする。土浦は我慢していた一言を言った 「第三ルームを予約していたのは俺だ」 「……え?」 「ここを使う権利があるのは俺だって言ってるんだ。予約カードの控えもある」 ポケットから取り出した判のある紙を月森に押し付ける。それを見た月森は目を丸くした。 「……すまなかった。練習室を予約する生徒は音楽科にはあまりいないから」 月森はヴァイオリンをケースにしまいながら、ゆるくしていた服装を整えはじめた。その余裕のある動きが、妙に腹立たしい。 「悪いが普通科には自宅でたんまり練習できる部屋のある人間なんて少ねぇんだよ」 「自宅でばかり練習するのが決していいことだとは思えない。環境を変えれば音色も変わる。それを把握するのも技術のうちのひとつだ」 土浦はおもわず月森の胸ぐらを掴んだ。 「……環境を変えて、だと?音楽科サマはずいぶん余裕がおありだな。こっちは変えたくても変えられない環境のなかで必死なんだよ!」 コンクールのために土浦がどれだけ練習場所の確保に苦労していたか、それを全く知らない月森に腹が立った。ヴァイオリンのように持ち運ぶわけにもいかない。音楽科ばかりの練習室での練習もあまり気分のいいものではなかった。 だから余計に腹が立ったのだ。まるで洋服を変えるように、練習場所を変えられる月森に。 「……離してくれないか」 眉をひそめ、苦しそうな表情をする。お互いの顔が息がかかるほど近くにあった。いつもと違う顔を見せる月森を見て、土浦のなかでひとつの策略が芽生えた。 「……へえ、お前でもそんな顔するんだな」 「何が言いたい」 「いつも涼しい顔してるのが気に入らないって言ってるんだよ」 全て言い終わらないうちに、スカーフを乱暴にほどいてシャツを力任せに左右に開いた。ボタンがはじけとぶ。ひとつひとつのボタンが床に落ちるおとがやけによく響いた。 「そのクールでお綺麗な顔を、ぶっつぶしてやるよ」 土浦自身もなぜそんな気持ちになったのかよく分からない。 ただ、まっすぐで真っ白な月森を一度汚してしまいたいと思った。下品な嫉妬やコンプレックスからではなく、単純に、あるいは純粋にそう思った。 驚いて目を見張ったままの月森が何かを言いかける。それを制して、土浦は乱暴に唇を重ねた。 口腔内を焦らすようにゆっくり嘗め回すと、抵抗して硬くなっていた月森の身体がしだいに緩くなっていくのがわかった。土浦の胸を押し返そうとしていた両腕はだらりとたれさがり、ひきぎみだったあごが上向きになる。悪戯心から、指先でつっと首筋をなぞると面白いくらい大きく痙攣した。 「おまえもしかして……全然経験ねぇの?」 耳元で囁くと、怒ったように拳を弱々しくぶつけてくる。土浦は笑いながらそれをそっと握り締めた。 「ないんだ……。教えてやろうか」 空いていた片手で素早くベルトを外してチャックを下ろす。そして一気に下着の中に手を入れた。 「……あっ!」 「ふぅん、音楽科期待の星も普通に感じる部分は同じなんだな」 言葉でなぶりながら、手の速度を速めていく。湿った音が静かな部屋なかでの唯一の音だった。 「おまえ、本当にしたことねぇの?自分で触ったことも?」 月森の顔を覗きこむ。蒸気した頬に目をぎゅっとつぶって首を横に振った。 「マジかよ。正直に言えよ。したことあんだろ、一人で」 「……な、……」 「聞こえねぇな」 「ない……ッ」 言い終わる前に土浦は月森のものを口でくわえこんだ。経験がないというなら、いきなり強い快感を与えたらどんな反応を見せるか興味がわいたからだ。 「おい、何をす……」 舌全体で包み込んで、下から上を舌先で円を描くようになぶると、月森の身体全体がぶるぶると揺れた。そのまま耐えられないというように、床にへたりこむ。その正直な反応が面白くて土浦は何度も同じ動きを繰り返した。 「経験がない割にはしぶといな。なかなかしぶといな。すぐ出しちまうかと思ってた」 「……下品なことを言うな……ッ」 「下品なことだって分かってるほうもどうかと思うぜ。本当は出したいんじゃねえの?」 雫をこぼしている先端に、わざと音を立ててキスをする。すると月森の喉から、鼻にかかった甘い声が出た。 「女みたいな声だすんだな」 くわえたまましゃべって、ねもとをぎゅっと戒める。月森の粗くなる呼吸のあいまから、ひっかかったような喘ぎが漏れる。 「……やめ、ろ、」 「だから何を」 「……はぐらかすな!」 「はっきり言ってもらわねえと、わかんねーよ」 さらにきつく吸い上げると、月森は悲鳴に近い声を出した。ふだんはヴァイオリンを操る繊細なゆびさきが土浦の頭髪を、快感に耐えかねたようにくしゃくしゃにかき回す。 「強情だな」 正直に欲望を口にしない月森に痺れを切らして、土浦は月森のズボンと下着をずり下ろして無理やり自分のものを突き刺した。 「!……う……、ぁ」 「狭いな……」 慣らしもせずに入れたそこはぎゅっと搾り取られるようにきつい。しかし、痛みは確実に月森のほうが強いはずだ。 「痛いだろ?そろそろ素直になれよ。言わないと……知らないぜ」 組み伏せた月森の胸が荒く上下している。それが快感によるものか、痛みに耐えているものか、あるいは両方なのか、知りたくなった。 土浦はほとんど余裕のない月森の中を荒らすように動き出した。 「は……ぁッ!やめ……」 「なんでだよ?だってお前、痛いのがすきなんだろ」 「ち、が……」 月森の顔が苦痛にゆがむ。両目にはうっすらと涙が浮かんでいた。薄くあいた形のいい唇からは唾液がひとすじ伝っている。 土浦の心臓が大きく跳ねる。 耐えられなくなったのは土浦のほうだった。 無意識のうちに手を離し、月森の中に熱を放っていた。それとほぼ同時に月森も欲望を開放していた。 月森の白いほとばしりを指先に絡めて、土浦はうっとりと眺めた。 「やっぱりお前も同じ男なんだな」 何か言いたげな月森の瞳がまっすぐ月森に突き刺さる。それを笑顔でかわして、土浦は月森の精液のついた指先をねっとりとなめとった。 「な……!」 「お前もなめてみる?」 真っ赤になった月森の口に無理やり指を差し入れる。拒否する唇をこじあけて、月森自身の味を無理やり舐めさせた。 「歯、たてんなよ。これでも一応指は大切にしてるんだからな」 指先で再び口腔内をいたぶると、月森は形のよい眉の根をぎゅっとよせて息を荒くした。 「ふぅん……お前、口の中が弱いんだ……」 熱に浮かされたように、月森はこくりとうなずいた。もしかしたら、意外に快感に弱い体なのかもしれない。そんな月森の素直な反応が、土浦は気に入った。 もう一度キスをして、今度は優しく口のなかを愛撫した。月森はうっとりとしたように声を漏らし、おずおずと土浦のものに手を伸ばした。 「!お、おい……!」 「いいから、黙れ。俺ばかりされるのはフェアじゃない」 まるで不慣れな月森の手が、ぎこちなく土浦のものをしごいていく。動きそのものではなく、いやらしいことをしているという自覚のある月森の乱れた顔が土浦を熱くさせた。 ごく自然に、土浦も月森のものに手を伸ばした。お互いにお互いの快感の場所を探しあう。粘着質な音が二倍になって、土浦の高ぶりをさらに煽った。 「つち……うら」 「ん……?」 「出し、たい……」 「……いいぜ」 今度はあっさり解放させてやることにした。 ほんの少し動きを早めただけで、月森はあっさり果てた。 それとほぼ同時に、予鈴のチャイムが鳴った。
放課後。 オレンジ色がせまる練習室のドアの前に立ってはいたものの、土浦はなかなか足を踏み入れられないでいた。理由は言うまでもなく、今朝のことだ。あの後、二人とも言葉もなく教室へとそれぞれ向かってしまったのだった。 (おれはなんであんなことを……) 興味本位といえなくもない。いや、本心をいうとそうなのかもしれない。 しかし……。 「そんなところに立っていられると邪魔なんだが」 聞き覚えのある無愛想な声に、心臓が大きく脈打った。 「月も……」 「用がないならどいてくれ。今度こそ、その部屋はおれが予約してあるんだ」 いつもと変わらない月森の態度。土浦はどう反応していいかわからず、ただ突っ立っていた。 「……見損なったか?」 長い一秒のあと、土浦が口走ったのはそんな言葉だった。 月森の動きがとまる。 「……正直、君があんなことをする人間だとは思っていなかった」 「……悪かった」 「でも」 月森はふっと土浦を振り返り、少し赤い顔で言った。 「いやじゃなかった」 とっさに言葉の意味をのみこめていない土浦を振り切るように、練習室のドアがバンと強く閉められる。中から、少し荒々しいヴァイオリンの音が聞こえてきた。 土浦はふっと少し笑った。 (素直じゃねえな) それはお互い様かもしれない、と思うと笑いが止まらなくなる。 珍しく余裕のある気分で、別の練習室へ向かう。 夕暮れの廊下には、まだ少し不愉快そうなヴァイオリンの音が響いていた。
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瀬戸かなみ様よりいただきました ありがとうございます!
半分冗談で(しかし半分かなり本気で)「土浦×月森書いてよ」と 頼んだらOKしてくださいました ありがとうありがとう!わ〜い! 作者さまの日頃のSっぷりが土浦の行動にあらわれていて素敵です
れんれん可愛いよ〜!次はもっと困らせてあげてください(!)
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