母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2002年12月07日(土) 汗をかく。


 昨日の軍手の掃除モップと紙風船ときいちの塗り絵のコピーと朝はどこからの歌詞カードのコピーを手土産にでかけた。

施設では、職員さんがモールの飾り付けをしていた。
入居者は、何が始るのかとみていた。見てない人も居たけど。

母の部屋をさっと見て簡単に整理。

後は、職員の人の飾り付けを見たりちょっと手伝ったりした。
おちゃをのんでいるいる人も居た。嚥下の心配のある人も居たので、カバーに廻った。
F氏は、甘い物が好きらしい。お茶もちょっと砂糖入り。
スプーンで介助していたが、どんどん飲むのでなくなった。職員の方に尋ねてからとろみで無いお茶をあげた。
F氏は、切り替わった時は気が付かなかった。
暫くして、不機嫌になった。どうやら甘くない事に気が付いたようだった。「ごめんね」と誤りながら、追加分のお茶も飲み終えた。

F氏は、話が文にならない。聞く側が推測する必要がある。
どういう事かというと、「ご飯があったのですよってね。」といったら、大体
の所、何か食べたいというメッセージのようだ。
そんな風に「お腹が空いた」と直接的でないのだ。

話をしている所にF氏のご家族が面会に見えたので身を引く。

それから、塗り絵を出した。
懐かしがってはくれたが、母以外の人は塗る作業にはなかなか手が出なかった。
だから、紙風船を出して遊んだ。
O氏、I氏、Iさん、Fさんと。
これは、みんな乗ってくれた。退屈そうにしているので嫌がるかなと思った。
でも、嫌がる風も無く遊んだ。
驚きは、O氏。
O氏は、左麻痺があるのだが、右手が風船を受けるほど反射反応があるのか判らなかった。でも、どんな形で行っても、手の届く限りきっちりと返してきたのだ。
一時間近く紙風船で遊んだ。途中「疲れない?」と尋ねても誰もギブアップは
しなかった。
みんな、「あつい」と上着を脱いでいった。

で、母は其の間中、ずっと、塗り絵を続けていた。
周囲が、「キャッキャッ」と騒いでもわき目も振らずに塗り絵に集中。

母も紙風船遊びは好きなのだが、今日は、塗り絵が良かったのだろう。

職員の引継ぎも済んだ様で、夕食の配膳が始ったので帰宅した。

母とだけ遊ぶ事はなかったなあ。
軍手のモップは出せなかった。この次だなあ。







はな |MAILHomePage

My追加