母のタイムスリップ日記
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昨日の軍手の掃除モップと紙風船ときいちの塗り絵のコピーと朝はどこからの歌詞カードのコピーを手土産にでかけた。
施設では、職員さんがモールの飾り付けをしていた。 入居者は、何が始るのかとみていた。見てない人も居たけど。
母の部屋をさっと見て簡単に整理。
後は、職員の人の飾り付けを見たりちょっと手伝ったりした。 おちゃをのんでいるいる人も居た。嚥下の心配のある人も居たので、カバーに廻った。 F氏は、甘い物が好きらしい。お茶もちょっと砂糖入り。 スプーンで介助していたが、どんどん飲むのでなくなった。職員の方に尋ねてからとろみで無いお茶をあげた。 F氏は、切り替わった時は気が付かなかった。 暫くして、不機嫌になった。どうやら甘くない事に気が付いたようだった。「ごめんね」と誤りながら、追加分のお茶も飲み終えた。
F氏は、話が文にならない。聞く側が推測する必要がある。 どういう事かというと、「ご飯があったのですよってね。」といったら、大体 の所、何か食べたいというメッセージのようだ。 そんな風に「お腹が空いた」と直接的でないのだ。
話をしている所にF氏のご家族が面会に見えたので身を引く。
それから、塗り絵を出した。 懐かしがってはくれたが、母以外の人は塗る作業にはなかなか手が出なかった。 だから、紙風船を出して遊んだ。 O氏、I氏、Iさん、Fさんと。 これは、みんな乗ってくれた。退屈そうにしているので嫌がるかなと思った。 でも、嫌がる風も無く遊んだ。 驚きは、O氏。 O氏は、左麻痺があるのだが、右手が風船を受けるほど反射反応があるのか判らなかった。でも、どんな形で行っても、手の届く限りきっちりと返してきたのだ。 一時間近く紙風船で遊んだ。途中「疲れない?」と尋ねても誰もギブアップは しなかった。 みんな、「あつい」と上着を脱いでいった。
で、母は其の間中、ずっと、塗り絵を続けていた。 周囲が、「キャッキャッ」と騒いでもわき目も振らずに塗り絵に集中。
母も紙風船遊びは好きなのだが、今日は、塗り絵が良かったのだろう。
職員の引継ぎも済んだ様で、夕食の配膳が始ったので帰宅した。
母とだけ遊ぶ事はなかったなあ。 軍手のモップは出せなかった。この次だなあ。
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