母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2003年06月10日(火) |
ごめん。分かっているのに…。 |
母と会っている時 つい 口にしてしまう事がある。 「私は誰?」 この言葉は、母にとって「忘れてる事」を逆に認知させてしまうキーワードとなってしまうのだ。 母にとって私は一番安心できる人と認知されているって事は よく分かっているのだけれど…。 「忘れないでね」「娘だから、遠慮は要らない」とつい思ってしまうのだ。
今日も、やってしまった。 それも、答えられないので数回認知作業を繰り返してしまった。 最後までいとこの名を口にした。 最後は、哀しそうな顔をして口ごもってしまった。 そこまで来て わが身の至らなさに気が付く私って やっぱり 駄目だね。 母娘なのに…。
落ち込み気味の母なので、賑やかな所へ連れ出した。 入浴直後だったけれど、外出となると意欲満々だった。 玄関で外履きを出したら、内履きを履いたまま履こうとした。 「ほら」と声をかけると直ぐに気が付き「何してんだろうね」と笑った。 片方がおさまったので、もう片方を出すとまた同じ事を繰り返した。 でも、今度は「ほら」と言う言葉にもぽかん。「上履きを履いたままだよ」と言ってもぽかん。目は、ちゃんと足元を見ているのに話すことは全く関係のない話である。 状況理解困難なのである。 上履きを脱がせて外履きに替えて上げた。 そこを職員が通りかかったので「最近 多いのですよ…」と話すと「そうですね。でも、意識の高い日も有りますよ」と言われた。 そうなのだ。毎度毎度ではない。当たり前のように出来る日だってあるのだ。
マイナス面ばかり見ていても仕方ないのだが…。
母は、歩く事は出来る。それだけでも良いと思う。 先日の旅行で、母の歩き振りがしっかりしているので他の家族が驚いていた。 他の家族の方は、室内にいる母しか見ていない。 歩き始めは不安定だし、第一言葉だってあまり発しない。 だから、とても機能が低下しているように見えるのだ。 でも、旅行した時は、早足で歩く母の姿も歌を歌う母も見たのだろう。
母が歩ける事は、今の私の介護の支えでもある。
外出から戻ると 直ぐに紙と鉛筆を取り出してなにやら書き始めた。 「おかちゃん。 明日は。おかちゃんの日。誕生日 おかちゃん」 こんな配置の文字だった。何故急に書き出したのかとても不思議だった。
「おかちゃんの誕生日は何時なの?」と聞くと頭をかしげている。
きっと、外出した時デパートの中のあちこちで「父の日」と言う文字を何回も目にしたのではないのかな? 其れが、母を強く刺激して「おかちゃんの日」になったのではないのかと勝手に想像した。 余計な場所に連れ出してしまったかなと反省。
そういえば、母と会った時直ぐに「今日はべそかきの日」と言っていたなあ。 気分の落ち込む日だったのだろうな…。
全く、何と言う娘だろう。
|