母のタイムスリップ日記
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2003年11月16日(日) 出来ないなりに分かってるんだな


 昨日、風呂の湯加減を見る時 母の傍を離れた。
その隙に母は、自分で立とうとしていた。
湯飲みを台所に運ぼうとしたのだった。
戻った時「あーびっくりした。立てなくなったと思った」と言った。
おそらく何回かチャレンジして立ち上がったのだろう。
いや、今は基本的には一人で立ち上がれるのだけれど…。
椅子の高さによっては 立ち上がるとき苦労するという程度である。

脳出血時(今年2月)母は、自分で立ち上がることは出来なくなっていた。
筋力はあっても、立ち上がれなかったのである。
今の母が、その時の事を覚えているかは 分からない。

今日の言葉で 立ち上がれなくなる事を「怖い」と思っているんだなと理解できた。
一人で動く事、動ける事 今はその事だけでも感謝しなければならないと肝に銘じた。
母だってきっとそうだろう。動けるという事は 母の喜びでもある筈だ。

もうひとつ。
昨日も「おかちゃん」と言う呼びかけに返事しなかった時の母の反応だ。
実は、夜 母を送っていった時の事。
布団を敷きパジャマに着替えた母は、直ぐに布団に入った。
母を見守りながら 脱いだ物を纏めて周囲を整理したりしていた。
眠りに付いたかに見えた母は、実は眠って居らず「おかちゃん」と何回も呼んだ。その度に返事をしていたのだが、ちょっとごみを捨てに部屋の外に出た戻ると「おかちゃん」と呼んでいた。「はーい」と返事すると「いるんだね。良かった」と言った。
母は、「おかちゃん」と呼びながら私の存在を確認しているのだなと感じた。そんな事が分かると離れがたくなり 軽い鼾を立てるまで 母の傍を離れがたかった。

トイレに行っても時折 分からなくなる。
声をかけると「有難うございます」と言う。

絵を描いても「うまく描けない」事に気が付く。
下手に褒めると、逆に落ち込むので加減が難しい。

「分からなくなった」「忘れてしまった事」「出来なくなった事」「出来なくなりそうな事」全てそれなりに母は、自覚出来ている。
でも、今の母に失った能力に対しての悲しみは、強くないようである。
それだけが、救いだと思う。



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