短いのはお好き?
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その「男」の壁に向かったままの生活も、もう八日目に突入しようとしていた。ただその男は面壁九年の達磨のように結跏趺座しているわけではない。
彼自身は動き回っているのだが、それと一緒に壁も移動し続けているのだった。
そんなわけだから面と向かって人と話すこともできず、ならばいっそのこと壁に穴を穿ち小窓をあつらえて、こ洒落たレースのカーテンでもつけようかと誰かがいいだしたらしいのだが、未だに実現していない。
というか、ただのどこにでもいる普通の男から「壁男」(男はそう呼ばれていた)になってから、仕事にあぶれてしまい(心ない東証二部上場企業は、彼を一も二もなく馘首した)そろそろバイトでもしないと非常にヤバイ逼迫した情況に陥っていたから、窓がどうのこうのといっている場合ではないのだった。
ところで、「壁」にいわせると俺の方こそ被害者なんであり、俺が後を追いかけマワしているわけじゃない、実際はあいつの方こそ「追っかけ」なのさと嘯く始末。
そんなある日、フリルが死ぬほど付いたメゾピアノと思しきディープ・ピンクのワンピをメタクソに着くずした、ぶっさいくな少女がどこからともなく現われて壁男にいうのだった。
「おい、おやじ。おまえはカツサンドイッチマンをやりなさい」
少女はそういうとスタコラサッサと消えていなくなってしまった。
壁男がすかさず「あ、もし! お名前だけでもオキカセください!」
といったものの、後の祭り。その声は少女には届かないようだった。
壁男は不思議そうに呟く。
「カツサンドイッチマン??」
ただのサンドイッチマンならシブヤのセンター街とかで見かけるけれども、『カツサンドイッチマン』てのはいったいなんだろ?
壁が言った。
「たぶん、あれだろ。カツサンドを専門に宣伝するサンドイッチマンのことじゃないか?」
さらに。
「あるいは、あれか? アンパンマンとかメロンパンナちゃんとかの類いじゃないだろか」
「ふむふむ。で?」と壁男。
「そうだ。きっとそうだよ。カツサンドイッチマンに変身して世のため、人のために悪と闘えということじゃないか? 」
「ウォ〜! そうか、そういうことかぁ。でも、どうやったらカツサンドイッチマンに変身できるんだろ?」
「馬鹿だなおまえは。ほんとうにカツサンドイッチマンになんてならなくていいんだ。悪と闘うヒーローになれっていう暗示だろ。たとえでカツサンドイッチマンっていっただけにすぎないの」
「ウォ〜、そうか。んじゃ、敵はどこだ? 巨悪はどこなんじゃあ」
と、そこへ件のメゾピアノ少女が、トコトコと歩いてくるではありませんか。
「あ、あのう。敵は? 巨悪はどこでしょう?」
しかし、少女は壁男たちに一瞥もくれることなく行過ぎていってしまった。
「あ、もし。 じゃ、せめてお名前だけでも〜!」
すると、少女は待っていましたとばかりにフリルを寸分タガワズ計算通りにひるがえし、こういった。
「ヒロミっ! お蝶婦人と呼んでよくってよ」
「はい?」
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